瀬戸内寂聴「美は乱調にあり」で、辻潤が示した軟弱男の性

瀬戸内寂聴さんが1966年に発表した「美は乱調にあり」を読んだ。先日もこのブログに記 したが、寂聴さんの米寿を祝って昨月に復刊されたばかりの小説。大正の時代において女性の人権を主張する雑誌として知られる「青鞜」の同人、編集者として活躍した伊藤野枝という 女性が居たが、女性解放の闘士とも目される彼女に焦点を当てて描かれた、いわゆる評伝文学作品で ある。

作家の寂聴さんは野枝やその周囲の登場人物の足跡を事細かに巡り、膨大な関連資料に当 たり、大正期という当時の時代の空気、息遣いまでも鮮明に記述してみせている。微に入 り細をうがちつつ探求していく作家の好奇心には、とても目を瞠るものがある。また同時 にここには大胆な想像力を羽ばたかせて描写されたドラマが、そこかしこに挿入されてい る。特に、主人公の野枝や平塚らいてうという婦人運動家の恋愛、情事に関する描写には、そんな寂聴さんの強大な想像力の羽根がいかんなく発揮されている。どこまでが史実に基づいたノンフィクションでどこからがフィクションなのか、その見境もわからないまま、寂聴さんの小説世界に入り浸ってしまうのである。

野枝をめぐって恋愛関係に落ちた男は少なくないのだが、やはり辻潤(2度目の結婚相手)と大杉栄(3度目の結婚相手)の二人との関係は、ドラマチックな野枝の生涯に強烈な影響力を与えたものであった。翻訳家として仕事をし野枝の理解者でありつつも、煮え切らない軟弱な態度で野枝に希望と絶望とを与えた辻潤に対して、大杉栄のほうはいかにも堂々としており、野枝は辻を捨てて大杉栄に走ってしまう。夫がいた野枝もあきらかな不倫だが、しかも大杉には糟糠の妻に加えてキャリア女性の愛人がいた。当時は珍しいであろう四角関係の当事者でありながら、野枝は野生あふれる生命力で大杉への愛に突き進んでいくのだ。

自分勝手な恋愛論をひけらかす大杉と3人の女性たちの、そんな四角関係の終焉をドラマ仕立てで描きつつ、暗澹とした時代の中での大らかな性の描写もまたためらいがない。だが一番緻密でリアリティを感じさせるのは、辻潤との駆け落ちのような恋であったと思われるのだ。

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