北の岬で咆哮する獣

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おいらの新作「北の岬で咆哮する獣」を筆了したのでアップしておきます。数年前から描き続けている獣シリーズの、もっとも新鮮なる最新作であります。

キャンバスにアクリル画 F10号

水と光の舞う風景

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先日は新作のタブローを脱筆したのでした。題して「水と光の舞う風景」。上州赤城山の大沼、小沼、そして覚満淵という湿地帯に向かい合ったときのイメージが原点となり、制作したものです。豊穣な水をたたえる赤城山の瑞々しい風景に接した感動が制作のきっかけとなっていたことを実感しています。

豚の故郷に棲んで描いた「ピンクの豚の通る道」

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上州前橋は別名で「トントンの町」とも呼ばれている。トントンこと豚の生産量が多く、しかも美味いという評価が定着していることからなる命名なのであり、おいらもトントン好きを公言したいくらいではある。前橋市内にも豚舎は多く存在している。とくに大胡近辺には大小あわせての豚舎を見掛けているので、おいらもしばしば、当地に足を向けることが多くなっているのである。そんな上州に昨年来定住して数ヶ月が過ぎて、トントンのイメージを定着させ描いたのが上の一作品「ピンクの豚の通る道」である。トントンと歩みが聞こえるように闊歩する豚の姿がおいらのイメージに定着している。

Katsuo Galleryを更新しました

昨年末から首都東京を離れて、上州を拠点に生活をしているおいらでありますが、美術作品の制作活動は地道に行なっています。

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おいら自身の個展を昨年中に行なってからは、少しずつ、八王子市内の老舗的名店ギャラリーの「ぎゃらりーロア」等にて作品発表を行なってきました。

それらの新作を含めて「Katsuo Gallery」にて纏めていますので、ご覧ください。

http://midori-kikaku.com/gallery/

八王子「ぎゃらりーロア」の春季展に出展します

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今週の4月8日から始まる八王子のギャラリー「ぎゃらりーロア」の主催する「春季展」においらも出展します。(会期は4月8日~4月13日)

今回の出展作品は、「獣の棲む里」シリーズとして制作している中でのアクリル画の2作品。人間が踏み込み難い獣の棲息する世界のイメージを、現代絵画の技法を用いて描写した作品であり、郷土上州の原風景に触発されて描くイメージを定着することも企図されており、近頃のおいらの制作ビジョンを集約させた作品でもあります。

展覧会の会期中は群馬県の実家に居ることが多くなりますので、会場に居ることは限られています。もし足を運んでくれた方がいてお会いすることが出来ない場合も想定されるので予めご容赦願います。

■ぎゃらりーロア
〒192-0082 東京都八王子市東町12-7 ロアビル2F
TEL.042-645-8352
木曜日定休 11:00~18:00 水曜日は16:00まで
■春季展第1週
4月8日~4月13日

http://www.geocities.jp/gallery_roi/

絵画制作における原風景についての論考(2)

近頃はといえば、おいらの住処がある東京都八王子と群馬県とを行き来する中で、独特な磁場に引かれるようにして、古里である群馬に対する思い入れやこだわりを強くしている。それは正しくおいら自身の中にある原風景のビジョンを培った古里、郷土にあらためて向き合いながら、生涯逃れ得ることの無い原風景としてのビジョンを鮮明化させていきたいと考えているところである。かつてわが故郷では里山や里にまつわる自然が存在していた。里には街があり、人々の濃厚な息遣いが存在していた。子供心に未知なる神々しい自然を感じ取って、そんな神々しい自然と対峙して生活していたものなのである。それらはおそらく遠くに在って惹かれる郷里の風景、風土に相対して、近くで向かい合いながらの営為ではある。そんな、原風景を絵画作品に定着させようと悪戦苦闘してきた自身の過去を見つめ直しながら、活動の新しい一歩にしていきたいと思う昨今なのである。そもそも絵画の制作という行為は極めて個人的なものであるが、そんな極めて私的な行為を通して、ダイナミックに魅力あふれる故郷としての上州と繋ぎ合っていきたいという希いにかられているところなのである。

絵画制作における原風景についての論考(1)

絵画制作という創作活動を行っていく中で、原体験、原風景というものは、常に活動を導くものとして存在している。おいら自身が生をうけて育った古郷で体験した事柄とその記憶やビジョン等の数々は、創作活動を支えるものとして大きな影響を与えずにはおかなかったものなのだ。薄暗い記憶の中から仄かに立ち現れては消え去っていくそれらの記憶やビジョンは、決して心地良い代物ばかりでは無い。ときには脳裡に付きまとっては離れず、神経を逆撫でする様に居座る厄介な代物たちである。そんな脳裡に居座り続ける「原風景」とも呼ぶべきビジョンを追いかけるようにして、絵画の創作活動を続けてきたものである。記憶の奥深くに焼き付いている里山や街並みへの憧憬、正体不明のけものたちとの遭遇体験とそれらへの畏れ、……そんな生涯逃れ得ない原風景のビジョンを、もっと鮮明化させていきたいという志向性を持ちつつ、新しい表現世界にチャレンジしているのである。

平塚市美術館にて「画家の詩、詩人の絵」展を鑑賞

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先日は平塚市美術館を訪れ、それまでずっと気にかかっていた「画家の詩、詩人の絵」展を鑑賞した。今月の8日までの企画展覧会であり、すでに同美術館での展示は終了している。なかなか時間がとれずにいて、ぎりぎりセーフの滑り込み的スケジュールの美術鑑賞となっていた。

平塚の美術館を訪れた最大の理由は、宮沢賢治さんの「日輪と山」という名作が展示されているという情報に接したからなのだが、実際の展示物は原作の複製だということで、そんな期待は裏切られてしまっていた。少々気落ちして、会場を巡っていたが、青木繁、萬鉄五郎といった近代洋画の巨匠たちの作品に接することが出来たので、同展へ足を向けた意義は強いものを感じていた。さらに、古賀春江というこれまで未知なる作家の原画に遭遇できたことは望外の悦びでもあった。

ところで同展覧会のテーマである、美術と詩との関係については、美術館関係者たちにとってはあまりポジティブなテーマではない。ことにモダンアートのビジョンからすれば美術は詩の後塵を拝すること無かれという志向性が強くあり、詩と美術との繋がりは排除サレル傾向が一面で強くある。そんなことから同展覧会会場へ赴くことが遅れたのだが、実際に鑑賞してからの今の思いとしては、もっともっとポジティブに捉えるべきテーマであると実感している。

画家と其の彼らが記した詩との詳細については、会場では充分な時間をかけて検証することが出来なかったので、同展の公式図録としての書籍「画家の詩、詩人の絵」を購入し、じっくりと読み入っているところである。また新たな発見などがあれば此処でも開陳していきたいと考えている。

赤城山南麓の赤城神社へと向かった

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上毛電鉄に乗って大胡駅にて下車し、そこから上州の名山こと赤城山の南麓へと向かっていたのだった。大胡駅からふるさとバスに揺られて20数分で赤城神社へと到着。樹々の息吹や澄んだ風にやらに囲まれたその大地からは、この地独特の地場とも称すべきものが存在しており、其れこそはある種の神々しさを感じ取るに充分なのだった。赤城山の南麓はと云えばそこかしこに湧き水が湧き溢れ、温泉が湧出している。夜の森には猪の家族が列をつくって更新する姿も見かけるというくらいに、野趣溢れる地域である。都会の生活に行き詰まったりしたときには赤城山を目指してリフレッシュすることが可能である。おいらもそんな神々しい恩恵に浴していたのであった。