極上の53年もの。水上勉の「梅干」は至宝の文士料理なり。

昨日に続いて文士料理に関する話題である。文士料理に欠かせない要素が「時間」であるが、そんな味覚と時間が織り成すストーリーの最たるものが水上勉さんの「梅干」という随筆にあることに想い当たり、蔵書を調べたのです。

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子供の頃から梅干作りに勤しんでいたという水上さんの梅干に対する想いの深さは半端ではない。子供の頃に禅宗寺にて修行の日々を送っていた水上さん。厳しい修行に耐えかねて逃げ出したと語っているのだが、修行の日々に漬けた梅干に特別な愛着を持っている。

テレビ番組の企画で禅宗寺時代の和尚さんの娘さんとの面会を果たしたことがあり、その時にもらった、53年ものという梅干を口にしたときのことを詳細に記している。残念ながら和尚の奥さんは亡くなっていて逢えなかったのだが、奥さんが嫁入りした年に漬けた梅干を、その娘さんが大切に保存し、その貴重な梅干樽の裾分けの中の一粒を、噛み締めつつ泣いていた。

一粒の梅干が生きた53年という時間は、水上さんという作家の人生とも永くまた実に深々とした交いを有していた。そんな食物の歴史を受け止め涙する作家が記しているのは、人生にとってもの食うことの特別な意義について語っているのだ。おいらもまた自身の人生と食と酒とのあれこれを、このブログで記していこうという思いを新たにしたのでありました。