阿佐ヶ谷から古き良き「ゴールド街」が消えていく

中央沿線沿いの「阿佐ヶ谷」から「ゴールド街」が無くなってしまうというニュースを目にして、慌ててその「ゴールド街」へと向かってみたら、もうそのあたり一帯はもぬけの殻状態に近い様であったので喫驚仰天の心持ちなのである。

阿佐ヶ谷「ゴールド街」と云えば、おいらが10年と少し前に中央線沿いに移り住み着いて以来、幾度となく訪れていた好みの地域である。阿佐ヶ谷駅を降りて東側の信号を渡るとすぐに、その界隈一帯のビルにぶつかっている。そんな足の良さもあってか、あれやこれやの時間帯をその界隈の散策に勤しんだりしていたものである。

ちょっとばかり変てこりんな「葉山房」という居酒屋が在った。店舗内には大きな水槽が設けられており、熱帯魚や金魚みたいな風体をした魚達が泳ぎまくっていた。そんな光景を眺めながらちびりちびりと酒をたしなんでいたものである。だがそんな居酒屋「葉山房」もいつの間にか姿を消していた。つまみを何を食べたとかそんなことはほとんど記憶の埒外に追いやられているが、阿佐ヶ谷を訪れて帰りに立ち寄る場所としては、おいらが最も親しんだスペースであった。そんなスペースが今は無い。

駅から徒歩にして1分未満の場所に位置する2階建てビルであり、耐震構造に問題在るとも思えない。だがJR東日本はここを取り壊して新しいビルに立て直すのだと云う。訪れたビルの2階の店舗街は既に封鎖されていた。風情あるこれまでの「阿佐ヶ谷ゴールド街」は、どこにでもあるようなJR駅中のビルへと様変わりしてしまうのだ。残念至極なり。

古い歴史的建造物は人々の歴史を感じさせるが、新しい駅ビルはただ貪欲な功利主義の欲にまみれふざけ切った出店企業の営利活動の排出物を受け取るばかりであり、それ以上の風情のかけらも無い。

 おいらも旨い酒など求めて一献傾けるつもりで阿佐ヶ谷に立ち寄ったのだが、望みも叶わぬまま再びの中央線ホームから乗車し帰路についていた。全くもって徒労の時間だったのである。

御徒町「喜楽」で野趣溢れるどじょうを喰らう

どじょうと云えば近頃は、大衆居酒屋にとんと目につかなくなった。地元店でもずっと品切れだったのが、ついにメニューからも消えてしまった。

江戸の時代からずっとこのかた大衆料理の味覚の代表格だったはずのどじょうがいつの間にか希少な食材となっていたという訳だ。そんなとき、御徒町ガード下にどじょうの専門店があると聞き出かけてみたのだ。

ガード下の「喜楽」という其の店はとても狭く、カウンターと小さなテーブルが3つ、10人と少しで満員になってしまうくらいだが、永い時の印を静かに刻んでいた。名店の名に相応しいと云えるだろう。

同店でどじょう(「どぜう」と表記している)のメニューは二つある。定番の「柳川鍋」と「丸煮」。迷わず「丸煮」を注文した。まるごと沢山のどじょうを牛蒡、豆腐、葱、蒟蒻等々とともに醤油ベースの特製たれで丸ごと煮込んだというシンプルな料理だった。

箸で中を掬ってみれば小ぶりだが沢山のどじょうが見つかった。丸ごとどじょうの骨を噛んだ。洗練された料理ではないから泥くささ、土くささも匂うくらいだが、却ってそれが喉に心地よいくらいだ。野趣溢れる料理というのはこういうものを云うのだ。

リニューアルした新宿思い出横丁の「つるかめ食堂」を訪れ唖然

新宿思い出横丁の「つるかめ食堂」がリニューアルしたと聞いて訪ねてみた。

ところがどっこい期待とは裏腹に、久しぶりに暖簾とやらを潜って入ってみた新制「つるかめ食堂」は、小ぎれいにすっきりしたものの、かつてのつるかめらしさがまるで無くなってしまい、いとがっかり。何と云うこの不条理な光景なのかと、しばし唖然としていたくらいであった。

まずは「コの字型」のカウンターが無い。客(ほとんどが飲みに来客する呑兵衛たちだが)が店舗の人間と向かい合い、注文やら世間話やらを談笑していた空気はそこには無くなっていた。1階の敷地面積は変わっていないはずだが、ゆったりして小ぎれいになっただけで、店舗は狭く感じられた。

客層のことを述べる前に、客足は少ない。おいらが居た時間帯に出入りしていた客は10名に満たなかった。通りすがりと思しき4~5人の客が丼や定食やらに箸を付けて飯を食らっていた光景に遭遇し、時の流れのうつろいを淋しく感じていた。つまりはその場所は、かつてあった呑兵衛たちの憩いの場所とは様変わりしていたのである。

同店の名物「そい丼」を注文した。大豆が主役の丼であり、ひき肉と共にカレー味で煮込まれた具が御飯にのっている。そして隠れた主役がハムであり、この昭和的ハムの風合いが何とも云えない郷愁をそそる。味噌汁付きで、昭和の頃の食生活のままかのごとき500円と云う安さにも、回顧の気分をそそらせる。確かにそそらせたのだったが、かつてのあの元気だった頃の「そい丼」とはどこか違っていた。「バカはうまいよ」の幟が無くなっていたし、それより以上に、当時の調理していた人たちが亡くなってしまっていた。利口な人間にはうまいのか? 不味いのか? そんな突っ込みを受け止めてくれる人達が居なくなってしまったのだから淋しさもひとしおに積み上げられていくかのようだ。

かつては「つるかめ食堂」といえば思い出横丁のへそとも称されシンボル的存在だったが、今は違っていた。他の店舗は昭和の風情を残しているのに、この店ばかりがリニューアルして、得たものは何だったのだろうかと考えた。もしかして同店主は横並び的店舗のスタイルから脱皮しようしてリニューアルを敢行したのだろうかと? だがそんな試みはもろくも崩れ去ってしまったと云うことが見て取れるのだ。

2階も無くなっていた。仮店舗としての許可しか出なかったと云うのが理由らしいことを知った。2階が食堂として機能していた頃には、おいらは何回もその場所で遅い夕食を摂っていた。会社の同僚とはそこで一緒に食事と酒を摂っては会社や社会への愚痴や批判を口にしていた。そしてそんな愚痴や批判を「つるかめ食堂」の店舗の人達や店舗の壁や柱やその他諸々の空域の全てに吸収してもらっていたという気持ちを強く持っていた。そんな特別な場所空間が、小ぎれいな食堂にリニューアルしていたのを見ては、残念に思うしかないのである。

■つるかめ食堂
東京都新宿区西新宿1-2-7

西荻窪南口は、居酒屋「戎」の縄張りだった

西荻窪駅の南口という地帯一帯は実はおいらにとっての鬼門であった。そのむかし、西荻窪駅近くの「ほびっと村」にて写真展を行なった際、打ち上げ二次会パーティーをこの辺りのどこかの店で行なったのだが、その日その時間での小便タイムで場所を離れたのが最後で、二次会会場の店には戻ることが出来ずに慌てふためいていた。そしてついにはそのまま駅に辿り着いて中央線に飛び乗り、当時の我が家のある武蔵小金井まで帰ることになっていた。二次会会場には大量の酒等の贈答品物を詰め込んだバッグを置き去りにしてきたため気になってはいたのだった。なんとその置き去りにした忘れ物を、20数年ぶりに高校の同窓会で再会したばかりの同窓生が届けてもらいいたく感激していたというほろ苦い記憶が心の片隅にこびり付いて離れることが無い。行きはよいよい、帰りは怖いの、云わば鬼門的とおりゃんせ通りとおいらの胸中では呼ばれていて、長く近づくことは御法度となっていた。

さてそのような鬼門的界隈に何故足が向かったのかは判らないが、西荻窪駅を降りて少々右に行った界隈一角は、まるで「戎」の看板が何軒もの軒先にかけられてあり、云わば此処が「戎」の縄張りであることを知らしめされたのだった。人が肩をぶつけ合いそうなくらいに狭い通行路地の左右を挟んで4〜5軒の「戎」の店舗が、それも昔ながらの屋台店舗風の出で立ちで立ち並んでいたのである。

炭火を焼く串焼き屋台風店舗の暖簾をくぐると、中のカウンター席は相変わらずにむしむしとして暑苦しかったのだが、プーンと香る焼き物の香りに魅了されてもいたのだった。

豚の串焼きを頼んでビールで(ここはホッピーが置いていないのが最大の欠点なのだ)一服の喉を潤した後、「レンコン肉詰め」「ピーマン肉詰め」を注文。レンコンは塩で、ピーマンはたれでという店主らしき親爺のおすすめの通りに注文していた。生ではカサカサのレンコンが炭火で焼かれてジューシーな味わいになり、口に運ばれていた。レンコンの穴に程よく詰まっていた豚ひき肉の出汁がよくレンコンの身に絡まっていて美味であった。ピーマンの方は云わば普通の焼き物であった。おすすめのたれが良かったのか否かは判断が尽きかねているところだ。

王子の「飛鳥山」&「平澤かまぼこ」を探訪

先日、町田康氏の「東京飄然」を読書していたら、王子の町の飛鳥山公園やその周辺のことなどがぼろくそに書かれていて気になって気になって仕方がなかった。いつしか自然と足が北区王子方面へと向かっていたのも故あることなり。王子周辺と云えば、かつておいらの生活エリアだった大塚から、都電荒川線にて繋がれていて格好の散策エリアであった界隈である。それをパンク作家の兄ちゃんだかがたかだか1回くらい、飄然として訪れて「失敗だった」と決め付けていたことにはとても釈然としないものを感じていたのだ。たかが公園の料理屋でうどんを食べて店員その他に冷たくされたとしても、或いは黙殺されて虫の居所が悪かったとしても、その旅が「失敗だった」と書き記すことの大人気なさを当のパンク氏はどのように捉えているのか? 考えるたびに益々解せない思いは強まってくる。いっその事現場に出向いて解析しようかという英断に突き当たったという訳だ、たぶん。

王子の飛鳥山は春の桜の花見時期以外はそう来園者も多くなく、児童公園には過去の栄光を無理して形にしたような「SL(D51)」やら「王子電車(荒川線の前身)」やらがまるで主役のような風体でドーンと立ち並んでいるのを見れば、ある種の子供騙し的プレイスだという感は拭えないだろう。そうかといってこの都内で最低標高の山の憩いの里的要素も漂ってくる。今年に入って都内で初めて蝉の声の合唱曲を聴いた気分になったし、或いは小高い山から都会の光景を俯瞰してみる様も、この場所ならではの特別な代物ではある。ただ単に1回の思い付きの飄然旅行の作家の目は恐らく節穴であったという結論が導き出されることになるだろう。

飛鳥山を降りて王子駅に向かう途中には「平澤かまぼこ」という立ち飲み名物おでん屋があり、地域の呑兵衛たちの憩いの場となっている。隣に立っていた初老カップルは映画関係者なのだろう、盛んにお勧め映画の講評等を口にしていて耳障りではあった。それでもそんな初老的団塊世代の胃袋の充溢や社交の場としてのプレイスが存在していることにある種の畏れの気分を抱かざるを得なかったというべきだろう。町田康はまだまだ甘ったるいし大人になりきれていないのだろうなぁ。

骨まで食べられる「氷下魚」を肴に一献なのだ

氷の下にいる魚だから「氷下魚」と呼ぶのだが、春にも夏にも食される。
多くは北海道の海から捕獲され、干物として全国に出回っている。

今日食したのは頭が落とされている7~8cmのもの。含めた頭を体長は10cm程度と想像される。氷の下で生きていた魚類の特徴なのかは知らぬが、骨は柔らかく、そのままに口にして噛み切れるほどだ。

昔よく足を運んだ豊島区大塚の北海道居酒屋では、30cmはあろうかという大降りの氷下魚の干物が振舞われていた。このくらいに大きいものでは体躯も硬い様でいて、火で炙る前には、木槌でポカンポカンと身を打ち落として、それから炭火に乗せていたものである。とても手がかかるが、それだけ口に含めたときには味わいが見事なのだった。

タラの仲間であるが、成魚としてもタラよりは小振りで、そのために骨も柔らかい。白身魚の代表格ことタラと同様の旨みに加えて、天然魚類のカルシウムも味わえるのだから、ことは我々人間にとっては有難いことこの上ないのだ。感謝しつつ箸を交わしていた次第なり候。

今日の氷下魚は小振りではあったが、氷下魚独特の風味や触感が味わえていと満足なのでありました。

鐘ヶ淵、酎ハイ街道の「和楽」にてほろ酔い

浅草と北千住を結ぶ東武伊勢崎線沿いの「鐘ヶ淵」には、鐘ヶ淵通り、別名で通称「酎ハイ街道」と呼ばれる呑兵衛御用達の通りがある。昨日はそこの「和楽」という店をぶらりと訪れて、一献傾けたのだった。

小さな私鉄駅を降りて5分程度あるくとその場所に行き当たる。右手には今や下町のシンボルとなりし「スカイツリー」がそびえている。

「和楽」はその地で最も親しまれてきた老舗の居酒屋である。カウンターに10人も並べばいっぱいになるくらいの小さな店だが、50年もの間暖簾を出し続けてきた。

店の看板には「奥様公認」とある。果たしてどういう意味なのか? この店では決して浮気はありませんよということならば、今時の「出会い系居酒屋」の正反対のスタンスをとっている古き良き居酒屋だということになるし、あるいはまた、浪費はさせないお安い店だということで、奥様の財布の味方であることをアピールしたのかもしれない。マスターにそのことを訊ねていないので、真実は定かではない。

さてここの一押しは「和楽ハイボール」だが、通常のウイスキーで割るのではなく、本格麦焼酎を炭酸で割るというスタイルだ。まずはジョッキに冷えた炭酸を客が自ら注ぎ込む。そして本格麦焼酎をお好みで足して割るというシステムで、客は自分のハイボールを作っていく。

琥珀色した本格麦焼酎はとてもまろやかで口当たりが良く、喉越し爽快である。しかも呑み応えも充分に胃袋にも染み込んで来る。「おかわり」の一言が、いとも自然に発せられていく。

つまみは「煮込み」と「まぐろのぶつ切り」を注文。刺身でなくともまぐろはぴちぴちとして新鮮であり、たらふく箸を重ねていた。

酔い心地も爽やかに杯を重ねたが、店を出て数分歩くと酔いが回っていた。ふらふらになっていつの間にか普段の適量のアルコール量をオーバーしていたことに気付くのも、いささか遅かったのでありました。

時空の交錯するワンダーランド、吉祥寺の「ハーモニカ横丁」を探訪

吉祥寺駅から北口に降りてすぐのところに「ハーモニカ横丁」という狭い横丁の路地裏街が存在している。人が行き交えば肩が触れそうなくらいに狭い路地に足を踏み入れれば、其処はまるで、時がさかのぼってしまった過去の商業空間か、或いは過去と現在とが交錯したワンダーランドのような光景に遭遇する。古き時代の商店街の面影が漂っているとともに、まったく現代的な光景がその中で息づいているのだから不思議だ。

入口近くの魚屋には、活きの良い鮮魚が薄暗い路地裏の光の中で飛び跳ねていた。鮟鱇の内臓の切り身があったり、刺身用の深海魚が並んでいたりと、普段の商店街の魚屋とは異質であり、魚の顔を眺めているだけでも興味は尽きないのだ。

路地をもう少し行くと、小さなギャラリーの入口が目に入る。手作り小物の販売を兼ねたミニギャラリーであり、狭い階段を登るたびに新たな出逢いに時めいてしまいそうだ。入口のアピールの仕方もなかなかキュートな趣を感じさせる。

そして一巡して立ち寄ったところが、「のれん小路」の中の小さな小さな居酒屋であった。その昔、おいらが高田渡さんと吉祥寺で出逢ったその日に、この小路の居酒屋にて一献交わした想い出の場所である。

今回改めて暖簾をくぐった店内は、結構今風な装いに彩られていたのであり、新しい吉祥寺の顔と云ってもよいくらいなものだった。そこで食した幾つかのつまみの中で、「紅芯大根の浅漬け」には驚かされた。紅芯大根という種類の大根があることさえその時知ったことや、独特のえぐみが強かったことやら、居酒屋メニューの常識を覆すくらいのインパクトだったのである。けっして美味しい食べ物ではなくてしかも心を動かすというのだから、相当な曲者だと思われる。

こんなメニューをさらりと提供して呑兵衛の気を引く。さすがに高田渡さんが愛した横丁だけのことはあったのである。

なぎら健壱さんの「夕べもここにいた!」は正しい呑兵衛の手引書なり

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正しい呑兵衛の為の手引書として手元に置いておきたい1冊なり。類書に太田和彦氏の著書等が挙げられようが、どうも彼の書いたものはお高く留まっていていけ好かない。「まったりとして至高の味わいが」云々といった表現は流石に見つからないが、似た様なお説教臭さがぷんぷんと漂っている。何も居酒屋へ飲みに行った先で、海原雄山の講釈など聞きたいとも思わないのだ。

その点、なぎらさんによる同書の方は、講釈臭さが全く無く、純粋に酒とつまみと場所を愛し、呑み仲間との交流を楽しむ精神が満ちている。何しろ懐具合の心配もする必要が無いくらいに安価な店をセレクトしているのだから、普段着気分の好奇心で立ち寄るのにとても便利なのだ。吉祥寺「いせや」をはじめ、行きつけの店が何軒かあるが、まだ知らない処も多い。同書片手にこれから出向いていきたいものである。

ちなみに同書の表紙写真の場所というのが、先日「ハッピー★ホッピー」のライブ鑑賞で訪れた北千住の「虎や」である。お店を借り切っての撮影だったと想像されるが、立ち飲み居酒屋の場になぎらさんは程よく馴染んでおり、微笑ましいくらいだ。

北千住立ち飲み居酒屋「虎や」の「ハッピー★ホッピー」リカさんのクリスマスソングに天晴!

昨日は久々に訪れた北千住の街の居酒屋「虎や」にて、「ハッピー★ホッピー」リカさんのライブが開催されていたので行ってきたのでした。

「ハッピー★ホッピー」を結成する前にはジャズシンガーとして活躍していたリカさんの、取って置きのナンバーを心いくまでに堪能することが出来た、近頃には無かった体験なのでありました。おいらはクリスマスソングとやらには不案内であるが、ジャズやブルースのクリスマスソングの古典的楽曲を高らかに歌い上げていたリカさんには、天晴の一言であった。お陰で一足早いクリスマス気分を味わうことが出来たのでありました。

ライブの途中から合流した「ハッピー★ホッピー」あきひさ氏も、最終ステージではライブに飛び入り参加していて、アンコール曲は「ハッピー★ホッピー」のオリジナル曲となったのでした。やはり〆の曲はこれに限るなと思った。

北千住の「虎や」という店舗は、北千住駅西口を左手に降りて行くと、居酒屋が割拠する地域へ出食わすのだが、北千住の「虎や」という店舗は、そんな地域の居酒屋割拠ルートを少し歩いて辿り着く。お勧めメニューなどをHPにて配信しており、地元の飲兵衛たちの拠点でもあるようなのだ。この日はおでんの盛り合わせなどを頬張りながらライブに参加していた。とてもグッドな体験であった。

おいらの住居からはかなり遠いのだが、たまには訪れて一献傾けたいという居酒屋なのであったのです。ちなみにフォークの評論家として名声を博しているなぎら健壱さんもこの虎やの常連客なのだという。

■虎や (とらや)
TEL 03-3870-7998
東京都足立区千住1-39-8 トキワビル 1F

高田渡さんを思いつつ頬張る、吉祥寺「いせや」の焼き鳥

吉祥寺界隈を久々に逍遥散策した。JR吉祥寺駅の南口を降りて南に向かって暫らく歩くと、井の頭恩賜公園に突き当たる。公園の中には大きな池が陣取っている。池の周囲に散歩道があり、武蔵野界隈の市民の憩いの場所となっている。

かといっておいらは憩いを求めて散策したわけではなかった。この土地の人々の、熱っぽい営みに接したい、そしてまた、刺激的な出会いや発見を享受したいという、願いによるものだった。逍遥散策しているうちに行き着くのは「いせや」であった。云わずと知れた、吉祥寺の名物焼鳥店である。公園の行き帰りに通り過ぎるときの誘惑は甚大なものがあり、やはり吉祥寺を散策して「いせや」に立ち寄らないということは有り得ないのである。

吉祥寺に店を開いて80余年。今では吉祥寺市民の胃袋になくてはならない存在ともなったという、由緒正しき大衆居酒屋なのだ。これくらい地元市民に支持され愛されてきた居酒屋という存在を、この吉祥寺「いせや」の他に知ることはない。

音楽ファン、フォークファンであれば誰もが知っていることだが、ここ「いせや」の常連客として有名なのが高田渡さんである。おいらも何度かこの店でお会いして、世間話を交わしていた。そんなときの高田さんは、おいらにかぎらずとてもおおらかに対応していた。毎日のようにこの店に通っている高田さんを見るにつけ、おいらは何かしら、特別な目的意識を感じ取ってしまっていたのだ。すなわち、大衆酒場における芸術家による創作のネタ探しのようなものかと。おいらのようなルポライター稼業に勤しむ人間にとっては重要な行為であるから、つい余計な詮索をしてしまったようだ。

だが実際は、高田先生はといえば、今よりもずっと歩道にはみ出したその場所で、立ち飲みを楽しんでいらしたとのだろう。純粋に酒場で知人仲間と飲む酒、そんな時間が好きだったのだろう。下世話なるおいらの目論見が外れたということであり、高田渡さんの素晴らしさを益々再認識しているのであります。

■いせや総本店
営業時間: 12:00~22:00
電話: 0422-47-1008
定休日: 火曜日定休
住所: 東京都武蔵野市御殿山1-2-1

鍋料理の〆は、「雑炊」ではなく「おじや」なのだ

この季節は外で鍋料理を食することも多くなった。最後に〆で味わうおじやが楽しみの一つだが、近頃の店舗でのメニューには「雑炊」と表記されている。「雑炊」ではなく「おじや」だろうと常々思うのだが、ほとんどの店側の主張はあくまで「雑炊」なのだそうだ。

どこが違うかと考えてみれば、まずは汁の扱いである。「雑炊」と称するその鍋物は、追加で新しく用意したスープを注いでいき、スープ御飯のようにして食べさせようとする。元々「増水」という文字があてがわれていたというだけあり、違いは明白だ。本来は具材が溶け込んだ汁そのものを御飯に染み込ませてぐつぐつと煮るのが良いおじや作りに欠かせないが、この煮る作業もカットして、簡単に済ませようとする魂胆が透けている。これが邪道なのである。

正しいおじやを味わうためには店員が作ろうとする作業に口出しをしなくてはならず、これが結構面倒だ。特に居酒屋チェーン店の雑炊は、店員がおざなりにして調理すること多しなのであり、要監視だ。やはり鍋料理は店ではなく、知人友人と一緒に家で味わうというのが基本なのだろうとつくづく思う昨今なのでありました。

立ち飲み屋で飲んだ「角ハイボール」の味わい

たまにはホッピー以外の浮気をしようかと、立ち寄った立ち飲み居酒屋「座らず屋」で、久しぶりに「角ハイボール」を注文した。「角瓶」ウイスキーを炭酸で割って飲む、今ではサントリーCMにもなっている、同社一押しのアルコールメニューだ。値段は1杯190円と超格安。

ハイボール専用の抽出器「角ハイボールタワー」から注がれたその酒は、あっさり淡白の薄味であり、アルコール度も高くは無い。かといってウィスキーの味わいを楽しもうとしても物足りない。つまりは中途半端な炭酸割のリカーなのだ。スーパーやコンビニの酒コーナーを占めるカクテル類に馴れた人には、口当たりの良い飲み物となるのだろう。そんな気がする。

酒の量が物足りないという人向けに追加のリカーが用意されている。「恋玉(シングル)」80円なり。もっと欲しい人には「不倫玉(ダブル)」160円もある。

洋酒の味は脇に置いて、つまみのメニューは通常の居酒屋によくある、おでん(冬季限定)、串揚げ(富士揚)、串焼き(富士焼)、煮込み(牛スジ味噌煮込み)、等がその大部を占めている。メニューを少し個性的にアレンジしているのが特徴と云えよう。

この店は多摩地域でも有数の客を呼ぶ店である。気軽に一杯引っ掛けていこうという地元のサラリーマン等で、いつも賑わっている。「座らず屋」という店名に嘘は無く、ずっと立ちっぱなし。客同士が袖振り合って喋り合い、そんな一時の時間を過ごして立ち去っていく。立ち飲み屋の中でも純度の高い立ち飲み店なのだ。

■座らず屋 おや!福幸
東京都八王子市明神町2丁目27-6 文秀ビル
TEL 042-645-2537

がっつり系肉食女子のメッカ、大井町界隈

品川区の一角に位置する「大井町」界隈は、がっつり系のいわゆる肉食女子が屯するメッカとして注目が高まっている。駅に近い横町の路地には、焼鳥、唐揚げ、焼肉、その他様々な肉食系メニューを提供する飲食店がしのぎをけずる。一見して中高年の屯する界隈なのだが、この一帯に、うら若き女子などの姿を多く見かける。そんなことからなのか、大井町は「肉食系女子」のメッカなどとも評価されているのだ。

「品川」駅の隣駅、京浜東北線の「大井町」は品川という都心にありながら、山手線から外れていることから、都心に近くて尚かつ住みやすいというベッドタウン的な街でもある。都心にこれだけ近くて尚、地域住民の生活の匂いを醸している。この特異性が現在の大井町の特徴であると云ってよい。

大井町で働くOLが日々の疲れを癒す場所であると共に、都心で働く女性たちが宵の浅い時間にこの街に帰ってきて、一杯傾けている。行く人来る人が交錯する様を、目にすることができる特異な街なのだ。

駅から2~3分歩いたところに「肉のまえかわ」という立ち飲み居酒屋が在る。もとは焼肉店だったものを現在の立ち飲み屋に改装したのだという。「串かつ110円」「コロッケ70円」「串焼き100円」等々のメニューが並んでいる。鮭とつまみを味わいながら、いわば地域の社交場のような光景が展開されている。この社交界に、老若の女子がとても重要な地位を占めている。彼女なくしてはこの社交場の風景が成り立たないと云える位に、彼女たちの存在感が強いのだ。

「肉のまえかわ」の手前の路地を折れて曲がり、歩いていくと、「東小路飲食店街」というディープな裏町の一角に遭遇する。変に整理されていなくて戦後の時代の物々しさを思わせる一帯でもある。この場所で味わうがっつり系の料理は確かに満足感が大である。

金宮の「シャリキンロック」はいただけない

「デザインフェスタ」の取材の帰り道にふと立ち寄った新橋の居酒屋で「シャリキンロック」なるアルコールメニューを発見した。「金宮焼酎」を凍らしてカキ氷状にしたもののロックなメニューだという。おすすめの飲み方は、梅のエキスをカキ氷状シャリキンの上にかけて飲む方法だという。試飲してみた。

「シャリキン」と云えば「シャリキンホッピー」というメニューを愛飲しているおいらである。だがこの「シャリキンロック」は金宮焼酎と梅エキスの相性がなっていない。金宮焼酎の軽快で味わい深い特徴を殺しているのだ。

若い店員に「シャリキンのホッピーメニューは無いのか?」と聞いてみた。

「シャリキンロックがまだ新しいメニューなので、これから研究してみますよ」

という答え。シャリキンに便乗して設けたメニューなのかと疑った次第なり。

高円寺「餃子処 たちばな」では餃子が無料なり

高円寺駅から徒歩1~2分の「餃子処 たちばな」では、1人前の餃子250円が無料となる。グルメ雑誌等々のマスコミ誌上では注目を集めているスポットである。無料イベント、無料営業の最たるものだと思え、おいらも取材を敢行したのでした。

店に入れば同店の売りである餃子を焼くぐつぐつとした音が引きも切らない。餃子専門の3つの鍋が始終働いていており、休む間もない。ちなみに餃子以外の注文はといえば、向かいのガスコンロにて賄っておるのであり、両手使いのスタッフの技にも驚かされる。まずはいつものホッピーセットを注文。そして当店自慢の無料の「餃子」。

「何人前ですか?」

という店員の声に些か面食らってしまった。

「2人前でも無料ですか?」
「お酒を2人前注文してもらえれば大丈夫ですよ」

迷わずおいらはホッピーセットの「なか(中身焼酎)」を注文することを注げて、無料の餃子2人前を喰らってきたのでした。

丸い専用の餃子鍋で焼くのは、静岡県浜松の餃子の様である。具材もキャベツが基本となっていて、食べやすく何皿でも受け付ける。もやしが無いことや焼きが少し濃いことなどの違いがあるが、2~3人前は充分に味わえる。餃子専門店の意気込みさえ感じることができる。

近頃では「焼酎」が無料とか、格安「飲み放題」の店が氾濫しているのだが、それらに比べればとても真っ当な居酒屋店舗の格式を見るのである。人は一般的に餃子を3人前以上は食べないだろうから、3人前以下の餃子を無料にして、自らの餃子専門店の位をアピールしようとしているのかもしれない。

■「ぎょうざ処 たちばな」
東京都杉並区高円寺南3-69-1

荻窪の串焼き名店「鳥もと」は未だ健在なり

吉祥寺の「いせや」とも並んで中央線沿線の串焼きの名店といえば、荻窪の「鳥もと」である。

以前から荻窪駅北口の再開発とやらでこの「鳥もと」の店舗が取り壊されていたのを見るたびに、とても哀しい思いにとらわれていたのだ。荻窪駅がまだ駅というには頼りないくらいの時代に店舗を構えて、中央線沿線の酔狂たちを虜にしていたあの名店は何処に行ったのやら…?

先日、荻窪駅北口周辺を散策していたときに、「鳥もと」の新店舗に遭遇したのでした。早速串焼きのセットを注文する。そして出てきたのは、昔懐かしの「鳥もと」の串焼きなのでした。タレも塩も結構あっさり目で提供されるのが同店のある種特徴だが、そのままであった。

焼鳥、串焼きの類いを注文した後にメニュー表を見たところ、「毛がにの身みそ和え」という、不思議なメニューを目にして頼んでみた。小さな器に盛られた蟹の身がちょこんと乗っていた。その身に一寸した味噌の味付けが施されていたというものであった。蟹の身に味噌というのは何だか邪道のようでもあり、流石に閉口したくもなったのではあった。それでも尚元気に、一時は廃業してしまったのかもと噂されていた名店が、このようにして継続営業をしているのを目にして、天晴! との声をかけてやりたくなったのだ。

荻窪には「鳥もと」という店が必要なのだということ。そのことを広くアピールしていきたいのである。今現在の荻窪駅北口の風情を眺めるたびに、再開発で失われていく食文化の哀愁を感じずにはいないのである。

■鳥もと新本店
  東京都杉並区上荻1丁目4−3‎

月島や浅草の「もんじゃ焼き」が、どうもいけ好かない理由

関東人のおいらだが、もんじゃ焼きよりお好み焼きが好きなのだ。

10月10日は「お好み焼きの日」

鉄板の上で「じゅーじゅー」と焼いて食べるから、10月10日は「お好み焼きの日」なんだとか。ということで本日は、広島市と東京タワーが企画して「広島お好み焼きまつり」なるイベントが開催されている。業界団体があれば何かと「◎◎の日」を作りたがるが、これもまたそんな業界事情がもたらしたもの。我田引水、牽強付会も極まれりといったところだろう。

■広島お好み焼きまつり
http://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye4547019.html

おいらは関東人であるが、関東風もんじゃ焼きよりお好み焼きが好みである。子供のころは駄賃を持って、地元の薄暗いもんじゃ焼き屋でもんじゃをほおばった経験があるが、あれはちといけ好かなかった。その当時、何が原因かっていうのははっきりしなかったが、今にして思えばそれが子供の幼稚な食べ物であり、すなわち邪道な食生活のひとつとして捉えていたからかもしれない。小さなへらを使ってねっとりした小麦粉のかすを食べるというスタイルも好かなかった。

地元群馬のもんじゃ焼きは、具といえるものをほとんど用いず、土手を作ることもしなかった。東京の子供たちに比べれば、当時からかなり貧乏性が身に付いていたのだ。つまり、本来はうどんやお好み焼きとして提供されるべきものが、子供相手だと手抜きの「もんじゃ焼きに」なってしまう。もんじゃとは腹を空かせた子供が駄賃を使って糊口をしのぐ程度の食べ物ではなかったということが、皮膚感覚(あるいは胃袋感覚)として強く記憶されているのだ。

月島のもんじゃは虚飾のブランド

いやそれ以上にいけ好かなく感じるのは、東京の月島や浅草で提供されているもんじゃである。それらは云ってみれば飾り物である。単にショーウインドーの中でのみ存在理由を持つ虚飾のブランド。ガラスで閉ざされた空間(つまりが窒息しそうになるくらいの月島空間等)においてのみ自己主張するだけの代物だ。

実際にじゅーじゅーとして焼かれたものを口に含めるならば、「お好み焼き」の方がはるかに食事の満足感を与えてくれる。焼き方にも歴史の重みが有り、文化的優位性においても「お好み焼き」に分が良いことは明白である。

一説によれば「もんじゃ焼き」は群馬が発祥だという。浅草や月島を敵に回してそう主張するからには根拠があるのだが、その根拠のひとつが、もんじゃこそ「貧乏食」の代表だという。つまり、高級具材をごてごて入れて焼くもんじゃなど、本来あるべきもんじゃではないというのだという主張である。群馬出身者としてこの主張には身に染みるものがあり、おいらもまた「もんじゃ焼きは群馬が発祥である」説を主張したい。故郷の群馬に帰郷して口にするもんじゃならば悪くは無いのである。

■いせさきもんじゃまつり
http://www.isesaki-yeg.jp/monja/

大衆居酒屋の名店、南千住の「大林」と「大坪屋」

大林

東京下町の正統的居酒屋のスタイルを、いまだに壊すことなく伝えてくれるような、希少な佇まいを残す店である。大きな暖簾をくぐって店内に入れば、古き良き時代の空気に満たされる。

一見してここの店主は愛想がない。とっつきにくそうな印象を与えるが、決して悪い気がする訳ではない。コの字型のカウンターの中で身体を大きく使って働く姿を見るにつれ、その厳かな雰囲気に凛としてくるほどである。悪くはない。そんな空気を求めて通う常連客も少なくない。

つまみにはオーソドックスなメニューが並ぶが、どれもが良い仕事が施されているものばかりであり、歴史の重みさえ感じさせる。「ねぎぬた」のぬた味噌はといえば、まったりとして奥深い。「小松菜の胡麻和え」はさらに洗練された和えものであった。ずばり「感動した」の一言である。

南千住駅から大林に向かう場所には「泪橋」という、とても有名な地名が存在する。偉大なちばてつや先生による「明日のジョー」の舞台となった場所である。ハングリーな精神を矢吹丈はこの土地を舞台に培ったのである。「巨人の星」の星飛雄馬以上に意義深い、アニメ界のヒーローが育った場所として特別な場所だということを胸に抱きながら、その周囲を散策した。商店街を歩きながらふと遠くに目をやるとスカイツリーの勇姿が飛び込んできた。この土地から毎日スカイツリーの成長期を眺めるのも悪くない。

■東京都台東区日本堤1-24-14


大坪屋

「南千住」駅を出て徒歩2分程度というロケーションのよさもあり、地元の酔狂たちで賑わっている。ここもまたコの字型の大きなカウンターが店内を陣取っている。ガード下の店なのだが煩くなく却って活気にも似た雰囲気に感じさせてしまうのだから不思議だ。客層もそうだが女将さんやら店員さんたちの掛け声もまた威勢よく、ついついペースに押されて酒が進んでしまいそうだ。

まずはいつものようにホッピーを注文。するとキンミヤ焼酎がたっぷり入った大き目のジョッキとホッピーの瓶がドカンと、テーブルに豪快に置かれたのだ。思わずメニューを眺めたところ「ホッピー大700円 中 400円」とあるのを確認。てっきり「大」だと思って飲んでいたのが「中」だと判り、再度驚いたものである。

そしてつまみは、同店の名物でもある「どじょう鍋」を注文。見た目は素朴でどうってことのない代物に見えたが、口に含んだ途端にそのワイルドなどじょうのエキスが広がった。結構骨がきついのだがそれも悪くない。

一説によれば同店が「酎ハイ」発祥の店だというくらい、ここの酎ハイは人気だ。しかも1杯200円という信じがたい安さ。つまみも200円からあり、つまみ1点+酎ハイ4杯で、たった1,000円でそれこそべろべろに酔っ払えそうな気がする。

■東京都荒川区南千住4-4-1

高円寺の阿波踊りに酔い痴れたのです

約12,000人もの踊り手が町中を練り歩き、踊りはしゃぎまわり、120万人あまりの観客が集まるという高円寺の阿波踊り大会。今年も28、29日の週末に開催され大賑わいだった。同時期に開催された「浅草サンバカーニバル」の観客が60万人程度だというから、その規模は群を抜いている。

踊り会場から少々外れた通りの「ひもの屋」という居酒屋に初めて入った。「しまほっけ」の一夜干しというのを注文。脂がしっかり乗って焼き方も程よく美味であった。