僕が「交響曲」「ピアノ協奏曲」の音楽シリーズの連作を行なっていたのは、コロナで社会が閉塞していた時期であった。当時は外に出ることが憚れるから、終日家に籠って、クラシック曲を聴いていたのであった。今翻って思い返してみるならば、美術と音楽との融合を求めていたのだと思うのです。美術は美術のみで成り立つことは出来ず、音楽や文学や、その他諸々の人間たちの営みによって成り立っているのだということ、そんなことを再確認していたのでありました。
余談だが、少年の頃は僕もピアノを弾いていたことがあった。特段に好きな曲が有る訳でもなく、チェルニーやらブルグミュラーやらといった所謂教則本の譜面をなぞって弾いていた。あまり面白くなかったことや、母親の干渉が激しかったことなどから、自分の意志でピアノを弾くのを止めていた。翻って当時の自分自身を眺めるならば、それはある種の反抗期、第一次反抗期が作用していたと思われるのである。