気鋭作家、平野啓一郎さんの最新作「空白を満たしなさい」を読了

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気鋭の若手芥川賞作家こと平野啓一郎さんが著した新作の「空白を満たしなさい」を読了した。最初はみるからに人生訓的な匂いを発する同書の表題に引かれて手に取り、目次等に目をやりつつ、そのまま購入することとなっていた。

家族としての最も近しい身内の死や、関係する身内近親者の死者への対応等がテーマである。そもそも人間の「死」については、おそらくは人間である限りは誰もが考えあぐねる究極的テーマであり、この究極的テーマの設定に加えて、SF的エンターティメント的な設定に、最大限の興趣をそそられていたのであった。

何しろ購入したもう一つの重大な要素は、「復生者」、すなわち一度は死んだ後に生を受けて復活したという人々の集団が、重大なプロットとして設定され、ドラマが織り成されていくことが想定されていたからであった。生き返った男が、ドラマの重大な物語的設定の中で生きて、本来的な生者たちの心を掻き毟っていく、のである。エンターティメント的設定としては、これ以上無いくらいに満タンに整っている。

主人公的登場人物であり、死から生き返った設定の土屋徹生は、自分が自殺によって死んだということに納得できないでいた。事故死でもなく、殺人であるはずだという思いから、自分を殺害した殺人犯を追及していくのが前段である。然しながらその思いは打ち破られていき、自分が自死、自殺を図ったことを確認して唖然とするのだ。残された妻と子供に対する懺悔の気持ちと共に、自らの死について、検証しながら自問する日々が待っていた。

中盤の設定としては、自死した自分自身の葛藤に煩わされつつ、家族との絆を取り戻そうとしてもがく主人公がいる。人生訓的表題に対応する展開ではあるのだが、当該的展開は非現実的要素に満ちてあり、プロットも中だるみのロットも印象がぬぐえない。

終盤に来て物語は最後の盛り上がりに達し、其処でこの物語が示した世界観を、厚い筆致と共に受け入れることとなっていた。前段、中段の物語のプロットが非現実的夢想的であったことを残念に感じたものだが、終段の展開に心躍らせていたのだった。

平野啓一郎×梅田望夫の対談集「ウェブ人間論」

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昨日に続き、平野啓一郎氏に関する話題。「ウェブ人間論」とは、紹介した新進気鋭の芥川賞作家・平野啓一郎氏と、「ウェブ進化論」の著者・梅田望夫氏との対談をまとめたもの。両者に共通した関心事である「ウェブ」をテーマにしつつ、とりわけ「ウェブ人間」に焦点を当てて議論が展開する。平野氏が前書きを書き、彼自らがこの対談を提案して実現したことを認めている。

全体的な流れとしては、小説家、表現者としての平野氏が様々な疑問をぶつけ、ウェブ専門家の梅田氏がそれに答えていくというものだ。

デジタルブック等の出現における著作権の問題についても、両者ともに重大な関心を持っている。ことに平野氏においては身に降りかかる切実な問題として捉えていることがわかる。

軽く読めてポイントが捉えやすい。お勧めの一冊。

平野啓一郎著「顔のない裸体たち」は、ネット社会を掻き毟る意欲作

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芥川賞作家・平野啓一郎氏によるネット社会をテーマにした文学作品。特にネット人類達の秘められた性生活にスポットが当てられており、中々の意欲作である。

作家本人の公式サイトの作品解説によれば、「人格が漂流するネット空間を舞台に、顰蹙の中でしか生きられない男女の特異な性意識と暴力衝動に迫る衝撃作!」とある。意表を突く言葉遣いに驚かされるが、所謂「変態」「淫靡」「猥褻」等々の実存的内実を、作家なりに表現しなおしたものと捉えれば納得がいく。

物語は平凡な中学教師の「ミッキー(吉田希美子)」と、こちらも風采の上がらない公務員の「ミッチー(片原盈)」の男女2名が主人公となる。出会い系サイトを通して知り合った2人はたがが外れたように淫靡な世界へと突き進む。ネット空間というメディアのフィルターを通した、変態ストーリーを軸に展開されていくのだ。愛無き憎悪の変態プレイとでも云おうか。もっとありていに云えば、投稿雑誌、投稿サイト等に繰り広げられる露出趣味の性的プレイに嵌まり込んでいくという訳である。

表題の「顔のない裸体たち」というのは、モザイク処理で顔を消された写真を指している。デジカメの普及とともに、投稿サイト、投稿雑誌の類にはそうした「顔のない裸体たち」が氾濫するようにもなった。これもまた若手作家のラディカルな思いが篭った、意表を突いたネーミングだと云えるだろう。そしてそれがまた、現代社会の隠された相貌を抉り出すことにもつながっている。

ネット社会という匿名性の殻の中で演じられる変態プレイは、決してリアルと訣別した行為ではあり得ずにエスカレートしつつ、滑稽な現実とショートしていく。風俗を素材として取り上げながら風俗小説に終わらせない為に、作家は様々な仕掛けを施している。風俗を描写するのではなく、それを掻き毟っていこうとする意思の表れだと捉えることも可能である。

作品中には妙に分析的な作家の言葉が顔を出し、ところどころでストーリーの邪魔をしていくのだ。それはある意味の才気を噴出させているのだが、あまりスマートではなく、万人を納得させるものとは云い難い。幼稚さもあれば偏見も感じ取れる。ただし、実験的に様々なスタイルを取り入れようとしている姿勢には感嘆させられるものがある。決して読後感は良くはないのだが、稀有な読書体験であることを、実感したのだ。