東小金井「太平楽」の餃子とお新香(糠漬け)で一献

おいらがかつて住んでいた小金井市内を散策。帰りに、東小金井駅近くの「太平楽」にて一献傾けたのだった。

手作り餃子が人気の店である。流行的中華のショウロンポウの如くな、肉汁がジュワ~といった類いのきわものではなく、キャベツやニラの野菜がたっぷりとのったアンがジューシーでいて優しい。胃に優しく身体に優しいことを実感できる。餃子は野菜がいっぱい肉汁少な目の、しかしながらに大降りのものに限るのである。当「太平楽」の手作り餃子はまさにこの条件に叶っているのであり、呑兵衛には逸品のメニューとなっているのであった。

手作り餃子の後は、お新香を注文。今では珍しくもなった糠漬けなのだ。日により具材は変わるが今日の具材は、キュウリ、カブ、そして何ということかのサプライズの「山芋」が漬けられていたのであった。あまり重い漬物ではなくて浅漬け風の粕漬けであった。これはサラダ感覚であり、お新香のイメージを新たなものにさせたと云って良い。

■太平楽
東京都小金井市東町4-43-13

「奈良漬」の奥深き味わいには、日本のスローフードを感じ取ったのだ

我国には「奈良漬」と呼ばれる漬物が在る。奈良地方で定着した漬物の一種と見えるが、なかなかこの漬物には、独自の道を行くという心意気にも似た方向性を感じ取るのであり、常に外食のメニューにはこれが在ったらとにかく口にしてみよう(美味い不味いは問わずに)という嗜好性をこのところ持っているおいらである。

奈良漬はとても風味豊かであり、其れはまず「甘い」のが特徴である。何度も新しい酒粕(さけかす)に漬けられながらその姿を琥珀色に染めていくのだ。材料となるのは、白うり、胡瓜、西瓜、生姜などの野菜であり、我国に一般的に自生する野菜の類に他ならない。つまり特別な食材へのレシピを施すのではなくて、一般的な野菜を素材にしつつ、極めて個性的な稀に見る類の逸品が生み出されているのである。

酒粕というものはいまでは「甘酒」の原料としても流通している。これが「奈良漬」の準主役的存在である。主役はやはり日本で自生もする白うり、胡瓜、西瓜、生姜などの野菜類である。母屋が店子に店を取られることは無いのであるからして、主役はあくまでも野菜類であることは強調しておきたいのだ。

何度も漬け込まれることにより、塩見が次第に引いていき甘味が際立っていくのである。これこそは我国におけるスローフードの代表的メニューではないかと考えているところである。

莫迦の比喩に等しい「大木」と揶揄される「ウドの酢味噌和え」は繊細な味わいだった

ウドが美味しい季節となった。一般家庭ではなかなかウドのメニューを調理することは困難である。しかる理由にて多くは外食にてこの季節の食材を味わうことになってしまっていることは残念ではある。

ウドという植物は単にがたいが大きいだけでなく、その身の瑞々しさが特筆される。水分量が極めて大きく、サクサクとした触感のほとんどがその瑞々しさによっているということが云えよう。

今回食した「ウドの酢味噌和え」は、厚さ2mm程度にスライスされたウドが、酢味噌に味付けされて提供されていた。一口齧ってみるととてもサクサクとして瑞々しさが際立っていた。栄養素などが薄くてもこの触感だけは特別なものであると納得。もっと厚くスライスしてじっくりと時間を掛けて煮込んだならば、もっとおいしく調理できるのではないかと想像した。いつか生ウドを手に入れて調理したいと考えているところなのである。

「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」を読んだ

[エラー: isbn:9784478012031:l というアイテムは見つかりませんでした]

こんな長ったらしい名前の本が、2年ほど前の書店におけるベストセラーなんだと云うことなんである。だからか略して「もしドラ」という名前でヒットしていた。「マネジメント」等と云うビジネス書風情のタイトルに、おいらもあまり気乗りしないながら、先日手にとって、少しずつ読み進めていた。

一時期は我国でも、マネージャーでなければ人にあらずというくらいに「マネージャー」が持て囃されており、マネージャー礼賛はあたかも自己啓発セミナーの洗脳の類いにも似て蔓延していた。些か気色悪いブームではあった。そんなマネージャー礼賛の風潮はピークを過ぎたと思えた頃に、出版されたのがこの本であった。

作者の岩崎夏海氏は「AKB48」のプロデュースを手掛けていており、主人公マネージャーは「AKB48」の高橋みなみをモデルにしたと云う。当代きってのちゃらちゃらアイドルをモデルにし、表紙には癒し系イラストを用い、「マネジメント」のブームの再来を企図したのかもしれないが、結局ブーム再来は果たせなかったが、ほんのヒットには結び付いたのであった。

ところでよくある東京都内の都立高野球部が、ドラッカーの「マネジメント」を読んだら、甲子園出場を果たしたという同書の基本的プロットは、かなりの無理があり、プロット自体が破綻していると云って良い。先ずはそこそこのピッチャーをはいしての高校野球がいくら「マネジメント」を駆使し得たと雖も、予選を勝ち抜くことなど不可能だ。バントをしない、ボール球を振らせるピッチングをしない、等々の戦略が功を奏することは有り得ないのである。所詮はドラッカー本の、二番、三番、四番煎じ的、色物的書籍の一つではある。

アンコ椿は恋の花なのであろうか?

♪ あんこ椿は あんこ椿は
♪ あ・・・・あ すすり泣き

作詞 星野哲郎
作曲 市川昭介
唄 都はるみ

この「アンコ椿は恋の花」における「あんこ」というのは、当方方言による美女の形容詞だということであり、例えば沖縄方言の「ちゅら」という言葉に似ているのかもしれない。それはどうあれ、先日に調布市深大寺を散策した時に購入していた我が家の椿、岩根絞りの椿が、可憐な花を咲かせていたので、写真をアップしておきます。

白と紅白とのコントラストが思いの外にビューティフルであり、可憐な乙女が恋の花に身を焼き焦がれていくさまが、まさに都はるみのヒット曲のごとく可憐かつ鮮やかに浮かび上がってくるのである。

紅は紅のみでは単調な色彩であり、そこに白い色が加わることにより、云わばお邪魔虫が介入することにより、より恋模様をイメージさせていくのである。たかが紅色、されど紅色であり、そこにお邪魔に白が介入することによって、恋の色として定着するのであった。

只の紅色の「椿」。これはおいらの実家に生息していた椿の花である。

赤羽の「OK横丁」に在る「八起」の逸品「ホルモン煮」と「チャーメン」

下町の外れとも云うべき「赤羽」には、戦後から呑兵衛に継承されて息づく町並みが存在している。「OK横丁」とはまさに、そんな呑兵衛の息吹を発する界隈となっており、地元の活性化にもしとどに寄与しているのであるから侮ることは出来ないのだ。


■ホルモン煮
「タン」「ハツ」「コブクロ」「ガツ」「ミミ」等の食べどころのモツ部分を、焼くのではなくて煮て提供される逸品たち。

■チャーメン
大量のモヤシに、ニラ、ホルモンのミンチを炒めたメニュー。モヤシが麺の代わりと見えて、麺類は使用されてはいないのでとてもヘルシーなメニューである。

(株)八起
〒115-0045 東京都北区赤羽1丁目18−8
03-3901-5843

この時期、上野駅の桜が満開だった

桜はおろか梅の花さえ未だ見ることのない今年の初春である。

そんな今年の最初の満開桜を眺めたのは、上野駅構内の桜であった。造花ではなくなまの桜である。これ異常、否以上はないくらいに満開に咲き乱れていた。

桜も温室栽培か何かの人工栽培を施せば、天候に左右されない満開花を咲かせることができるのだと、ある種「人工」のパワーを認識し、それと共に、そんな人間の叡智を、温暖化防止等の価値有る営みに結び付けられないのかと考えていた。

未だ3分咲きの故郷上州の梅の花

上野駅からいつもの列車に乗って、故郷上州へと向かった。上州も東京と同様に桜の開花の気配など無かったのだが、出身高校の跡地に程近い双子山古墳の周りの梅が花を咲かせているのを目にすることが出来た。未だ3分咲きといったものだが、可憐で桜より強いピンクの花弁が風趣をそそったのであった。

TPPは断じて「ビートルズ」ではないのであり、そんな比喩を公言する野田馬鹿総理には「大喝!」なのだ

まるで学級討論会レベルの民主党内のごたごたがまかり通っていると云う昨今の政治状況のことは即ち、日本の政治も相当に劣化したことを感じ取らざるを得ないのだが、それ以上にこっけいなのが、野田佳彦首相が語ったとされる「環太平洋連携協定(TPP)はビートルズだ」との発言である。

「日本はポール・マッカートニーだ。ポールのいないビートルズはあり得ない」

「米国はジョン・レノンだ。この2人がきちっとハーモニーしなければいけない」

我が国に国会議員は大量過ぎるくらいに存在すれども、こんなお馬鹿な発言を些かの衒いも無く公にしてしまう野田馬鹿野郎の、人間としての資質やら脳足りん的存在に対しては、逸早くの撤退を声を大にして主張しておきたい。一体全体、自らを「どじょう」に喩えた馬鹿総理は、どじょうの脳味噌どころか蝿や蚊のそれほどもない低能至極であることを公言したに等しいのである。

(些か酔いが回ってきたのでこの先は別稿に続きます)

初春の苦みと香りが美味しい「ふきのとう味噌」にうっとり

小金井の「大黒屋」に途中下車して立ち寄った。目当てはこの季節限定の逸品メニュー「ふきのとう味噌」。

ふきのとうを細かく刻んで味噌と味醂などであえて、そして炒めてから、竹べらに広げて炭火で焼くというメニューである。手が込んでいるがとても素朴なふきのとうの香りが漂ってくる、伝統料理のひとつなのだ。

砂糖を加えるレシピも多聞するが、大黒屋のメニューは砂糖は入っていたとしても極めて控えめだ。辛党向けに限定した味付けと云ってよく、これで温かなご飯があれば申し分がないくらいだ。

山崎ナオコーラさんの「人のセックスを笑うな」に感動した

[エラー: isbn:9784309016849:l というアイテムは見つかりませんでした]

著者の「山崎ナオコーラ」という名はペンネームであるということは、数々の客観的事実としてはっきりしている。そして想像するに「直子」or「尚子」or「奈央子」or「菜穂子」さんという名前の女性が、「コーラ」という語尾を付けて遊んでみたという光景が浮かび上がる。

まあ作家さんの本名についてはどうでも良いのだが、語尾に付けられた「コーラ」はとても詮索力を掻き立てられる。「コーラ依存症」なのか? 或いは「コーラマニア」か、或いは「コーラ好き」「コーラ偏食」「コーラ愛好家」等々のイメージが惹起されるのであり、そんなコーラを象徴的にイメージするのが、アメリカ的毒食なのではある。今はまさにコーラやハンバーガー等と云った、ジャンクフードが花盛りであり、そんなジャンクの申子的メーカーの「マクドナルド」が「食育」等をPRするくらいなのであり、不可解この上ないくらいだ。

そんなナオコーラさんの代表作「人のセックスを笑うな」を読んで、いたく感動したのであった。何故か? と自ら内省的に問えば、その作品世界のテンポのよさとともに、軽々とした世界観でありながら、真摯な人生観とでも云おうか…。20代前半の男と30代後半の女の年の差カップルのやり取りが、まるで俎板の上のセックスのごとくに描写されていくのであり、テンポやセンスが光る描写とともに、達観したごとくの人生観が垣間見られていたのであり、憧れにも近い思いに駆られていた。この作家の色々な作品が読みたいと思ったのであった。

以前には同原作のDVDを鑑賞していたのであり、エロビデオの類いにしか感じなかったが、原作は租の様に剃の様にもっと刺激的で関東的な作品であったのであった。