酒の肴のナンバー1。イカの一夜干しに舌鼓なのだ

日本人は世界一「イカ(烏賊とも書く)」を食べる国民であると聞いて誰も驚かないが、日本の魚介類の中で「いか」が一番食べられていると云われたならば、多少意外な感じがしないであろうか? マグロやアジやカツオといった魚類は、料理店やスーパーマーケットの鮮魚棚には大量に並べられ、日本人の口から胃袋へと運ばれているのだが、イカの多くはスーパー、料理屋、魚屋で売られる以上に、コンビに等で売られている「スルメ」「サキイカ」「イカ軟骨」等の加工品、酒のつまみとなって日本人の胃袋に運ばれているものとなっている。

コンビニで目にする加工品とは少々違い、グルメに好まれる酒のつまみが「イカの一夜干し」である。八戸や房総や北海道の産地にて取れたイカを、その土地で一夜干しにされるものが大変美味なのである。生で焼いたイカの場合は少々独特なえぐみがあるのだが、それが取れてしかもしっとり柔らかなる豊穣な味わいは、まさに「イカの一夜干し」ならではのものである。タウリン、亜鉛等の必須成分を多く含み、EPA、DHAという血栓予防の栄養素を有しているから、もっと注目されて良い食材である。

高円寺のせんべろ居酒屋「四文屋」で「煮豚足」を食す

中島らも氏の「せんべろ探偵が行く」という本に接してから、安くて心地よく飲んで酔っ払える店に関心が向くようになってしまった。否、そういうより元々そういう志向性が在った上にいわゆるひとつの大義名分的命題が加わってしまったため、一層関心の炎がめらめらと燃え上がってしまったということになるだろう。

本日立ち寄った高円寺の「四文屋」は、駅を降りてガード下を阿佐ヶ谷方向に歩いていくと見つかる、小さな露店のような小店舗である。もつ焼き、焼鳥がすべて100円という手頃な値段でありながら、素材の鮮度や焼き具合共にナイスなものばかり提供するので、度々足を向けている。

殊に近頃は気に入って注文するのが「煮豚足」である。豚足を大鍋に入れてぐつぐつ煮込んで調理するというシンプルな一品なのだが、火力全開にして長時間ぐつぐつ煮込まれて出されたことを強くアピールしている。出色の出来栄えであることをシンプルに主張されて、ぷりぷりっとしたゼラチン質を口に含めば自ずと頬がゆるむのである。夕方に店が開店してから煮込まれるので、あまり早い時間には食べられない。「煮豚足はあと1時間くらい経たないと出せないんですよ」と云われて、何度悔しい思いをしたことか。

もつ焼きは常時12~13種、焼鳥も4種、その他アスパラ、ししとう、椎茸などの大振りな野菜串焼きも旨い。もつの刺身も用意されている。常連客たちは「レバーを炙りで!」などと云って、半生のもつ焼きをポン酢で食べたりなどしている。地元呑んべいに愛される人気店なのである。

代々木公園「GIVE PEACE A CHANCE」であんじゅなライブに出逢う

代々木公園の野外ステージで「GIVE PEACE A CHANCE」というイベントが今日と明日、開催されている。昼1時50分からは、あんじゅなこと多田弘一氏のユニット「PEACE WINDS」ライブが行なわれることを知り出かけたのでありました。

サイトやmixiやらで、彼の歌声は耳に目にしていた。だが生あんじゅなライブに触れたのは今日が最初だったのである。mixiにて数年前にマイミクして以来、ライブ情報とお誘いを受けていたのだったが、中々時間がとれずに過ごしてしまっていた。本日は義理も果たせて気分も頗る快調なり。

ライブはギター1本肩に下げた、あんじゅなの大きく口を開いて沸き出されるアコースティックな歌声から始まった。2曲目「HIMARAYA」ではギター奏者の独特なハモリもあってとてもユニークなユニットの世界に導いてくれた。小雨が降る少々肌寒いときではあったが、会場は天高く突き抜けていくような、自然児あんじゅなの歌声に包まれていたのである。

暇つぶしの贅なる機器「iPad」狂想曲 [2]

 

今日の銀座は朝っぱらから「iPad」狂想曲で賑わっていた。2日前から並んでいたというくらいに異様に長い行列が銀座通りを覆っていたのであったのだから喫驚なのである。本日販売が開始された「iPad」を求めて並んだ人々の群れである。だがおいらは昼の休み時間にこの場所に訪れ、Apple Store店内に普通に入れたのはもとより新作「iPad」にも触り続けていたのであるのだから、マスコミが流す似非情報と実譲情報との乖離を今更ながら知り得たということなのでもありました。

それでおいらが「Apple Store」にて実際のiPadを触って確認した画像がこれ。行列の前に触っていたユーザーはしきりにゲーム関係のアプリをいじっていたが、おいらはゲームは全然関心外なのでスルーして、インターネット関係をチェックしてみたのです。まずはおいらがほぼ日更新している「みどり企画のブログ」をチェック。なかなか見応えのある画面なりである。そして次に向かったのが「twitter」のページであった。そこで文字入力をしようとしたところで軽いトラブルに遭遇。文字入力をしようとするとバーチャルなキーボードが表示されるのだが、タイピングをしようとするのに上手く行かない。中々に難儀なのである。

ネットブックと比較して、反応は頗る良いのであるが、内実が伴っていないというのが印象であった。さて、おいらはこれからこの「iPad」を購入するべきか否かという問題であるが、とりあえずは購入することなくこのまま過ごしていこうということを結論として擁いた次第である。新しいメディアを取り込むためにはそれなりの理由付けが必要であるが、今回の「iPad」騒動にとっては有意義な理由付けが見つけられなかったということに依っている。

銀座に聳える岡本太郎の「若い時計台」

写真は、銀座の数寄屋橋公園に陣取って聳える岡本太郎さんの彫像である。タイトルを「若い時計台」というのが、まるでフツーであり、岡本太郎さんらしくないのが却って愛嬌である。1966年に当時のライオンズクラブからの依頼によつて制作された。大阪万博にてシンボルとなった「太陽の灯」が注目を浴びる4年も前の作品である。岡本太郎さんの創作の原点がこの作品にあると呼んでも過言ではないくらいにベーシックな太郎風スタイルがここにある。とてもシンプルな構成でありながら、人間存在のシンボルをイメージさせているのである。

80年代的エロスとカオスの雑誌「スコラ」がついに廃刊

1982年に創刊され、以来28年という長きにわたって世の男性たちのエロスとカオスのニーズに応えてきた雑誌「スコラ」が、今年の7月号を最後についに廃刊となった。「スコラ」という書名は西欧文明の「スコラ哲学」から由来しており、広く学問を指し示す言葉ではあるのだが、雑誌のコンテンツから受けるイメージとのギャップが印象的であった。「エロス」と呼べば聞こえは良いのだが、内実は「エロ」と呼ぶのが相応しいものであったからである。それでも時代の混沌を表徴するがごときのなんともいえない持ち味、存在感があった。

実はおいらもこの「スコラ」に関係していたことがあったのである。しがない雑誌編集者をしていたそうとう昔のことであるが、当時の「エロス」と「カオス」を象徴していたこの雑誌に一筆献上したいという思いから営業を行ったのち、幾つかの「ドキュメンタビュー」記事を掲載したのであった。「ドキュメンタビュー」とは「ドキュメント」と「インタビュー」との造語であることは云うまでも無い。その一つが井筒和幸映画監督への5ページにわたる「ドキュメンタビュー」の執筆である。このときのおいらは「二代目はクリスチャン」を撮影中であった井筒監督に会いに、京都の撮影所へと足を伸ばして数泊の取材を敢行していたのであった。

コンビニで久しぶりに開いてみた「スコラ」最終号は、おいらが若き情熱を注いで執筆していた頃とはまるで趣きが異なっていて、エロが全開となっていた。これでは「エロス」と「カオス」を求める男性人のニーズに応えることはできないのは当然である。いつからこんな詰まらない雑誌になってしまったのだろうか。とても残念である。

中島らもが名付けた「せんべろ居酒屋」考

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千円札1枚ででべろべろになるほど酔っぱられるというのが「せんべろ居酒屋」である。デフレの時代、激安居酒屋ばやりの昨今、こんな店も珍しくは無くなった。作家の中島らも氏が「せんべろ探偵が行く」という著書にて使ったのが始まりだとされている。

だがよくよく考えてみれば、可笑しな話である。中島らもという人は相当な酒豪であったという伝説がまかり通っているのだが、「せんべろ居酒屋」の一件を耳にすれば、些か疑問符も沸いてしまう。例えば千円札を握り締め1杯250円の焼酎を4杯飲んだところで、これだけで酔っ払ってしまうというのは「酒豪」の名前に相応しくは無いものである。

まあそれはそれとしてではあるが、おいらはいわゆる一人の「せんべろマニア」なのではないかと自問自答してしまうことが最近は多くなった。美味しい立ち呑み屋があると聞けば出かけてしまうし、都会を散策していて疲れて立ち寄るのは、こうした「せんべろ」系の居酒屋である。

安ければ良いというものでもない。居酒屋チェーンがこうした激安店舗の出店に力を入れ始めている。安さに誘われて足を踏み入れたは良いが、べろべろに酔うことも無くがっかりして店をあとにしたという経験も少なくないのである。

わらびとこごみのおひたし&若竹の天ぷら

毎度流浪の居酒屋にて本日食したのは「わらびとこごみのおひたし」「若竹の天ぷら」などなど。殊にわらび、こごみ(ぜんまい)の香り高きおひたしを口にして、若き30年位前の、わらび取りの記憶が強烈によみがえってきたのである。

おいらの母親の実家がある群馬県利根郡の田舎には、わらび、ぜんまいなどの山菜が豊富に棲息していて、おいらも小学生の少年時代には、わらびとぜんまいを取りに利根郡の田舎に出かけたことなど強烈な想い出として浮かび上がってくるのである。

マスターが週末に滞在していた新潟では、その他に若竹や他の山菜が棲息していたということなり。天ぷらにして食したその「若竹」も美味なり。

岡本太郎の「明日の神話」に会いに行く

八王子の「アートムーチョ」というイベントが雨で流れて時間を持て余していたとき、ふと岡本太郎の壁画に無性に会いたくなり、出かけたのです。渋谷駅と京王井の頭線の改札を結ぶ通路壁全体を覆うようにして設置されている。毎日30万人の人間の目に晒されるという、幅30メートル×縦5.5メートルの巨大な壁画だ。

もともとはメキシコの新しいホテルに設置される予定で制作されたが、財政難からホテル開業の見込みが無くなり、その後メキシコ国内の何処か判らぬ場所へと姿を消していた。それが母、岡本敏子さんの熱意が実って隠されていたこの作品が発見されたという。2005年には巨大壁画が分割されて日本へとわたり、修復作業も始まった。一般公開もされ、2008年秋には現在の渋谷での恒久展示が実現したのである。

糸井重里さんの「ほぼ日」サイトや他のニュースで壁画の存在は知っていたが、中々観に行く機会も無いままに徒なときを過ごしてしまっていた。やはり「腐っても岡本太郎」のことはある。と云うよりか想像以上の圧等的な衝撃を受けたと述べるべきだろう。この「明日の神話」は広島の原爆投下をイメージして描いたという説が強い。かつてフランスへ渡った岡本太郎はピカソの「ゲルニカ」に衝撃を受けたとされるが、ピカソを乗り越えるためのテーマが、この作品に凝縮されているのかも知れない。日本人である岡本太郎が「広島」に目を逸らすことはできないであろうし、そのことはまた彼個人としての芸術的野心にも裏打ちされていたと云えるだろう。岡本敏子さんも関連ホームページで、以下のようなメッセージを寄せている。

―――――
『明日の神話』は原爆の炸裂する瞬間を描いた、
岡本太郎の最大、最高の傑作である。
猛烈な破壊力を持つ凶悪なきのこ雲はむくむくと増殖し、
その下で骸骨が燃えあがっている。悲惨な残酷な瞬間。
逃げまどう無辜の生きものたち。
虫も魚も動物も、わらわらと画面の外に逃げ出そうと、
健気に力をふりしぼっている。
(以下略)
―――――

中央に聳える巨大な生き物はレリーフ状に浮き上がって描かれており、全く異界からの生物のようであるが、人間のように見えないことも無い。全ては「人間界」における事象、事案がテーマとなっているのだから、きっと人間そのものの変容したイメージを描いているのだろう。

ピータンが食べたくなった夜の話

ピータンという中国料理は、本来はアヒルの卵を用いてつくられるものだが、最近では鶏卵が原料となるものが少なくないのだとか。おいらが通っている店舗で出されるピータンの原料は何かということを確認したことはなく、ただ時々食べたくなるから通っているのに過ぎないのである。

そもそものピータンのレシピはといえば、1ヶ月あまり、塩、石灰、木灰、その他の混じった甕に卵を入れて密封される。白身は独特の茶色のゼリー状となり、この食感がたまらないのだ。元黄身の部分もまた、卵の成分を自らの作品に表徴とさせるがの如くに独特な味わいを提供している。このような不可思議な食材はあまり目にしたことが無い。

というわけで、ピータンが食べたくなったおいらはまたまた地元の中国料理店の扉を開けて、「ピータン豆腐」をオーダーしたのでありました。豆腐とたまねぎの刻みがピータンに合わさって、癖の強いピータンの味わいがマイルドに中和されていた。これはこれで良いのだが、ピータンの独特の鼻に突くくらいの癖が体験できなかったのが残念であった。