フライパンで「和風パエリア」をつくったのだ

paella01paella02
地元のスーパーでは海鮮食材の特売的安売りをしていた。海老、蟹、ムール貝、鱈の身、其れらを観て早速買い込んだおいらは、自宅のフライパンで和風のパエリア(paella)をつくったのだ。コンソメスープの代わりに和風出汁スープを使ったことが味のポイントだが、予想を違わない出来栄えであった。

御存知のとおりパエリアとはスペインを代表する料理であり、多種類の魚介類とお米を用いてつくられる。魚介類とお米の取り合わせの妙味はパエリアを形成する最大の要素であり、味付けが和風の出汁であったとしても美味なることこのうえないのだ。

そもそも「パエリア(paella)」とはフライパンを意味しているとされる。フライパンで簡単に出来る料理なのであり、我が家のフライパンを使って出来たパエリアも、パエリアの条件を満たしていると云えるだろう。良い海鮮魚介類にはパエリアがとても良く似合うのである。

初挑戦の「山なめこシチュー」に舌鼓

yamanameko01yamanameko02

幼少のころから数年前までのずっと長き間、なめこと云えばそのネバネバしたぬめりとその小粒のプリプリした食感が魅力であり、未だその思いは続いている。最近になって出会った「山なめこ」というのは、以前に属していた一般的ななめこに比べて大振りであり、そのネバネバ感は薄い。だが「山なめこ」という名が体を表すかの如くにワイルド感があり、所謂野趣があふれている。

だがこの山なめこという食材の調理法は限定されていた。いつもは味噌汁の具や蕎麦の付け汁に加える具材として使用していたのだったが、もっと色々と利用するべきメニューはないかと模索していたのだ。

今回初めて挑戦したのは、シチューの具材として用いるというもの。洋風レシピにもこの山なめこは似合うと判断していたからではある。そしてその予測的判断は正しかったようである。

シチューに代表される洋風メニューには、牛乳等の乳製品が主要な地位を有しているのであり、和風料理には見られないものだが、山なめこを和風料理にばかり限定させていては勿体無いのであり、敢えて洋風のシチューに用いてみたのである。酒のつまみとしてもナイスであった。

タコの食感がうれしい「タコの大根煮」を作った

takoni01takoni03takoni02

タコと大根を使った煮込み料理に挑戦。大根の煮込みにはブリやイカが一般的だが、タコもなかなかおもしろい味わいだ。煮込んだタコの赤い色素が染みこむことから「桜煮」と呼ばれることもある、おいらも好きな料理の一つ。あまり外食では食べられないので、自宅で作るときは気合がいつも以上に入ってしまう。

先ずは2センチ程度にカットした大根に切れ目を入れて出汁でぐつぐつと煮込む。沸騰して5~6分したところで大きめにカットしたタコを投入。その後、醤油、味醂、砂糖といった調味料を加え、木の落とし蓋をして細火にしてコトコトと40分程度。

大根に含まれる酵素ジアスターゼの働きで、硬くなりがちなタコの身が簡単に噛み切れるくらいに柔らかく煮上がった。大根にも生タコとは違ったタコの上品な味が染みて、いい具合だ。時間はかかるがその費やした時間分の旨さは充分に味わえたのである。

この時季の「あさり炊き込みご飯」がすこぶる美味い

asarigohan02

asarigohan01

asari03

炊き込みご飯は旬の食材を使うのが鉄則だが、この時季に美味い鉄板的炊き込みご飯といえば「あさり飯」なのだ。

先日までのゴールデンウイークには、日本全国の遠浅海岸に出かけてあさりを収穫するという、潮干狩りなるイベントが行なわれていた。なかなかそんなイベントには参加できないおいらは、この時季になると、無性にあさり料理が恋しくなる。

ここはシンプルに、あさりの炊き込みご飯づくりと決めて、早速調理にとりかかっていたのだった。

地元のスーパーの海鮮コーナーには旬のあさりが大量に並んでいる。料理に使う食材は、鮮度の良いあさりに加えてネギと油揚げ。この食材の取り合わせこそは下町発祥の「深川飯」のそのものであり、これで充分に満足できる。

土鍋ご飯専用の土鍋に具材を投入し、薄めの出汁と醤油と味醂で味付け。あさりは殻つき生のまるごとを投入していた。これで充分な味わいに仕上がったのだ。久しぶりの「あさり炊き込みご飯」がすこぶる美味かったのである。

旬の国産筍(竹の子・たけのこ)を使った「筍御飯」に舌鼓

takenoko01

筍が美味しい季節が到来して以来、なにかと筍が気になる昨今である。春の季語ともなっており、この季節に筍を食べていないととても春を損した気分におちいってしまうものだ。

ところで筍といえば、竹冠に「旬」の字がそのまま、竹の旬のときを表している。筍として食することができるものは、数日の間に限られており、その数日を逃して伸びてしまったものは筍とは云えない。地下茎としての野性味を備えつつ、生命の芽生えの生き生きとした瑞々しさが味わえる旬の季節の筍は、まさに春食材の代表選手である。

先日は筍の炭火焼を味わっていたが、なかなかその後に筍料理にありつけることがなく、結局のところは家で「筍御飯」にして味わうことにしたのだ。生の筍を茹でるのはなかなか大変なものがあり、ここは国産筍を下茹でしたものを用いることにした。スーパーにて「水煮」として出回っているもののほとんどが中国産であることが、筍料理づくりに二の足を踏んでいたところに、国産のそんな食材を目にしたとき、ためらうことなく購入をしていたのだった。

御飯炊き用の土鍋に、下茹でされた筍、切り刻んだ人参、葱、等の食材をセットして、鰹出汁で炊き上げたところ、筍のサクサクとして瑞々しい食感が嬉しい筍御飯という料理が出来上がっていた。思うに、久々に美味い炊き込み御飯にありつくことができたのだった。

寒い冬には根菜の煮付けが常備食だ

konsai01

昨日は小春日和の気候であったが、まだまだ寒い冬が続いている。身体の中から温まる料理は、鍋料理以外にも幾つか存在するが、その代表が「根菜の煮付け」。寒い冬には根菜の煮付けが常備食だ。

冬の根菜類をじっくりと煮込んだ根菜の煮付けは、まさに寒い冬の身体を芯の中から温めてくれる料理、冬の定番的常備食となっている。大降りにカットして煮込んだ人参の味わいが滋味豊かに味覚を潤している。

本日は、いつもの人参、蓮根、牛蒡、蒟蒻、等に加えて、椎茸、舞茸を合わせて煮込んでみた。椎茸、舞茸から滲み出たきのこのエキスが、根菜の煮込みに深みとバリエーションをもたらしてくれた。

自家製の「きりたんぽ鍋」でほっかほかなのだ

kiritanpo01

kiritanpo02

自家製の鍋といえば、おいらのところでは例えば「湯豆腐」「キムチ鍋」「寄せ鍋」というものたちがポピュラーだったが、今宵は少々赴きを変えて、「きりたんぽ鍋」をつくって食したのだった。

近くのスーパーマーケット店にて、きりたんぽの具のもりあわせを買い込んで、おそらくは初めての自家製的「きりたんぽ鍋」にチャレンジということになったのである。

自家製の「きりたんぽ鍋」でほっかほかなのだった。

鶏肉に塩麹を漬け込んで味わう「塩麹鶏鍋」にほっこり

昨日は一時のブームだった「塩麹鶏鍋」をつくって食した。外食で食べたことはあったが、調理したのは初めて。スーパーにて「塩麹鶏鍋」のセットと云うのが並べられていたのを見て、是非ともこの鍋を試してみたくなったという訳である。大降りにカットされた鶏のモモ肉に塩麹を30分程度漬け込む。話題の塩麹調味料を口にしてみると、予想したほど塩辛くも無く、しっとりした滋味を感じることができた。麹そのものを奥深い味わいを付与した趣きだ。

そしてその後は、普通の鶏鍋を調理する要領で、鶏肉を下に敷き、白菜、椎茸、等々の野菜を乗せて火にかけた。出汁は中華の基本である鶏がらベースの白湯スープ。スープも極く薄味である。塩麹に浸けた鶏と野菜が鍋の主役となるべき状況は整っている。カレーとかトマトとかいった色物的鍋料理ではないことは確認できたのである。鶏肉はよく云われるように柔らかくなりふわっとした食感を味わうことができた。塩麹の魅力が伝わってきたのである。鍋の〆は細うどんを入れて、喉越しよくつるっと味わった。完成度が高い鍋ではある。

久しぶりの「蓮根ハンバーグ」にホクホクなのだ

久しぶりに「蓮根ハンバーグ」を調理して食したのだった。

先ずは新鮮な蓮根を荒めに研いで、同様につなぎとしての山芋も研いで、合わせてフライパンでじっくりと焼いていく。片面に焦げが付いたところでひっくり返して逆面を焼き、さらに焦げが付きかかったところで反転、という行為を2~3回繰り返してもちもちハンバーグの完成。ソースもまたマクロ流にて、冷蔵庫に残っていたほうれん草のあんかけ風に仕上げていた。

久々に食したマクロビオティック流「蓮根ハンバーグ」は、胃に染みてホクホクとした食感を味わうことが出来たのであった。

北海道松前発祥の「松前漬け」はシンプルな自家製に限るのである

「松前漬け」を漬けたのだった。北海道産の千切りにされた昆布とスルメイカがセットになって売られている。これを醤油ベースのたれに2~3日漬け込んで味わう。我家の常備的つまみの一つとなっている代物だ。

「松前漬け」と称しているように、北海道松前町界隈の郷土料理を発祥としており、今では東京をはじめ全国的な漬物の一つとして広まっている。

スーパーや百貨店等々に於いては、高級食材としての数の子を用いたものが売られている。数の子が入った「松前漬け」は確かにその高級素材が入ったことにより、食感やマイルドさにおいてスルメと昆布だけのものよりも際立っている。これだけで比較すれば、シンプル的松前漬けの立場は極めて不利な状況だ。

改めて思うに自家製の「松前漬け」には数の子は蚊帳の外である。これは新鮮な数の子が手に入りにくいということに加えて、シンプルな松前漬けこそが酒の肴としてはピントの合ったつまみであるという認識に基づくものなのである。

おいらがかつて食していた「松前漬け」は昆布とスルメイカによるシンプルなものであり、酒の肴としてはとても絶品な代物なのであった。「松前漬け」のセットは安価でありながらとても酒にぴったりくる、逸品の肴として重宝していた。そんな思いを抱きつつ、自家製の松前漬けを肴に晩酌の日々なのであった。