奥多摩の「吉川英治記念館」は、散策のコースとしてもってこいの場所である

奥多摩地区の二俣尾を散策していた先日に偶然遭遇した「吉川英治記念館」は、人気流行作家吉川英治氏が終戦の前年になって、それまで暮らしていた都心の赤坂から疎開してきた氏の屋敷がそのまま、記念館として残されている。大衆文学者として親しまれた氏の遺した遺稿類をはじめ、氏自ら筆を操った遺墨類、勲章などの記念品類、そして彼の著書の数々、等々が綺麗に展示されている。将棋の天才名人こと升田幸三氏ら友人から贈られた書もあった。散策のコースとしてはもってこいであった。母屋に接して立てられた書斎は、ここで「新平家物語」が執筆されたという由緒ある風情を醸し出している。

瀬戸内寂聴責任編集の「the 寂聴」はとても面白い雑誌です

久しぶりに面白い雑誌を発見した。「the 寂聴」。瀬戸内寂聴さんが責任編集者となって大活躍しているのだ。毎回インタビュアーをこなしたり、写真家の藤原新也さんとの往復書簡を連載したりしている。往復書簡のテーマは「終の栖(ついのすみか)」、ちょいとやそっとでは引き受けられるテーマでは無い。最新号(第9号)の特集テーマは「少女小説の時代」である。寂聴先生が設定したテーマだと思えばさらにその重厚度が増すというものである。

個人的においらが最も関心を持ったのが、ロレンス・ダレル著の「ジュスティーヌ」を若い頃から愛読していたということであった。「ジュスティーヌ」こそ「人間失格」「1Q84」等とも比肩し得る世界文学の最高峰を極めた作品である。たしかに寂聴さんの物語世界には、愛欲混沌としたロレンス・ダレルの物語世界と響き合い高め合う、特別に共鳴しあう波長を感じ取っている。お勧めの一冊。

「the 寂聴」
http://www.kadokawagakugei.com/topics/special/the-jakucho/

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歌舞伎座が千秋楽で出来た異様な人の群れ

昭和26年に開場して以来60年の歴史を有する歌舞伎座が、本日千秋楽を迎えた。数日前から歌舞伎座の前には異様な観光客の群れが殺到し、猫も杓子もデジカメにその最後の姿を納めていたのだが、本日はそれがピークに達した。

老朽化による建て替えだと関係者は説明するが、それほど傷んだ風には見られない。銀座を象徴する建造物がまた一つ消えて無くなるのは忍びないことこの上なしなのである。

明日から取り壊しということでもなさそうなので、まだまだここは昼散歩の良いコースとなっていくだろう。入口の前には蕎麦屋があって賑わっていたものだ。蕎麦の味はよくある一般的なものなのだが、かき揚げてんぷらが個性的で愛嬌があってよろしいのだ。この蕎麦を食べに行くだけでも、歌舞伎座に通う価値ありなのである。

酒の肴にこそ似合うのが、ホヤである

上京して間もない頃のおいらは、「ほや」は食べられなかったと記憶している。原始的記憶以降のものであるので、その信憑性は大である。いつから「ほや」が食べられるようになって、しかも何時からかは「ほや」こそ酒の肴の逸品であると思うようになったのであるから人生はまた不可思議なのである。

日本における主な生息地は東北の北東部であろう。一部では「海のミルク」などと称されることもあるようだが、決してミルクのような味わいはないだろう。むしろ、磯の香りがぷんぷんと漂っていて、とてもはじめての人にとっては箸を付けたくないような、そんな香りの肴なのである。

泡盛古酒に似合う肴メニュー 大根を使った三種

「瑞泉」という泡盛古酒を飲んでいる。泡盛を深く寝かせて熟成させたもので、とてもまろやかで繊細な味わいでありながら、米こうじを原料とする泡盛独特の素材の香りが香ってくる。「ベルギー優秀味覚賞」を受賞したとある。国際的にも認められた日本の酒である。こんな上等なお酒によく調和し、しかも負けない味の主張をする、酒の肴を紹介してみましょう。

■大根ちゃんぷる
沖縄のちゃんぷる料理の代表格は「ゴーヤちゃんぷる」だが、ゴーヤの苦味はどうしても古酒のまろやかな香りにしっくり来なかった。何か良い素材はないものだろうかと思案していたところでふと閃いたのが「大根」である。旬の大根の葉を活かしたちゃんぷるは、とても瑞々しく、味わい深く調理ができた。豚肉ではなく豚のソーセージを使用したのもポイントの一つだ。

■ぶり大根
大根という野菜は、ぶりなど魚類の旨みを上手に吸ってとても旨みを増す食材である。ぶりも大振りのものを選んでみたが、正解であった。味付けは醤油とみりんで薄味に仕上げるのがよいだろう。旬の魚の旨みを充分に染み込ませたぶり大根こそ、古酒に相応しく美味なり。

■大根のぬかづけ
大根料理のもう一つのおすすめが、大根のぬかづけである。ぬかの香りがぷーんと来るくらいに漬かった大根は、とても甘味が漂ってきてたいへんに美味いものなのである。

村上春樹著「1Q84」の重要な舞台、二俣尾を散策

「1Q84」を回顧するべく、奥多摩に近い「二俣尾」という場所に向かったのです。青梅線の青梅駅で奥多摩行きに乗り換え、4駅先にその地はあった。天吾が新宿でふかえり(深田絵里子)と初めて会った日に、二人で二俣尾の戎野邸に向かっていた。ふかえりが「せんせい」と呼ぶ元文化人類学者の戎野氏は、子供の頃に宗教団体の一員であり、その団体からも両親からも離れて暮らすふかえりの後見人、保護者でもあった。ふかえりが執筆者とされベストセラーとなった「空気さなぎ」という文学作品が誕生したのも、この場所であったと考えられるのだ。

1984年の世界から「1Q84」の魔界世界へと足を踏み入れた天吾と青豆だが、この地名は、二俣に別れた一方の邪の道に踏み入れてしまったという、基点となる場であることをも暗示させている、特別な意味合いを有した場所なのである。

何も無いような土地柄を想像していたが、自然が豊かな、散策にはもってこいの場所であった。「1Q84」の作品ではこの駅を降り、タクシーで山道を登ったところに戎野邸はあるとされている。眺めると愛宕山がある。その山の方角へと歩くと、多摩川の上流の清涼な流れが眼に飛び込んできた。釣りをしたりボートで川下りをする人の姿もある。奥多摩峡の一部として観光化も進んでいると見える。

実はこの場所へと足を運んだ訳には、一つの推測があった。「1Q84」のBOOK4は、ここが主要なドラマの舞台となるのではないかという思いが離れなかったのである。先日もこのブログ上で述べたが、BOOK4の時間軸は1Q84年の1~3月となるであろう。そしてその主要テーマとは「空気さなぎ」の誕生に関連したものになると推測する。まさにその時間軸こそは、ふかえりが「空気さなぎ」を執筆したときに相当するのではないか? BOOK3の途中で姿を消したふかえりが主人公となって紡がれていくドラマの誕生は、総合小説の設定としてはとても良い。このプロットは春樹さんの頭の中にも存在しているはずである。総合小説の時間軸は直線的に進むものと考えてはならない。時間、空間を、自由に飛びまわって創作される作品こそ、総合小説の名に値するものとなるのである。

この土地には豊かで季節感漂う自然が、当たり前のように存在していた。多摩川にかかる奥多摩橋を渡って少し行くと、吉川英治記念館に遭遇した。大衆小説作家として著名な吉川さんが「新平家物語」等々の名作を執筆した書斎がそのまま残されていた。吉川英治記念館については稿を改めてレポートしたいと考えている。

岡本真夜「そのままの君でいて」の、上海万博盗作騒動


岡本真夜さんの15周年記念アルバム「My Favorites」が発売延期になってしまった。このところニュース欄を騒がせている中国上海万博のテーマ曲「2010年はあなたを待っている」のパクリ騒動が発端である。一聴して判るくらいに岡本真夜さんの「そのままの君でいて」と「2010年はあなたを待っている」とは酷似している。しかも2フレーズ目はわざわざ単調なリズムに変えて原曲を改悪しているのだからあきれ返るのだ。

おいらのWalkmanには、岡本真夜さんの「そのままの君でいて」が録音されていて、早朝の慌しい時間においてはとても心安らぐ楽曲の響きを有り難く感じていたりしているのである。そんな岡本さんが、上海万博のテーマ曲に採用(?)されたということは、それ自体は素晴らしいことである。これからの課題として、剽窃的ソングの呆れたメロディーを、中国側が全て退けるかどうかがポイントとなるのであろう。剽窃した中国の作曲家が、詰まらない主張などしないことを願う。

古酒にあうつまみとは如何なるものか?

昨日は「古酒」のことに触れたせいか、無性に「古酒」が呑みたくなって、沖縄料理店に足を運んで注文したのです。ところが併せてたのんだおつまみが悪かった。定番のゴーヤちゃんぷるは、苦味が古酒のまろやかさを壊していく。島らっきょうの酸味もまた、じっくり寝かせて蒸留させた古酒の風味には相応しからず。結局は満足することなく帰路に着いたのであった。

今度は古酒のボトルを買って、家呑みに挑戦するぞ。きっと古酒に似合うおつまみ料理をつくってみせるぞと、密かに意気込んでいたのでありました。

高純度の純愛小説。村上春樹の「1Q84 BOOK3」は、馥郁たる古酒の香りが漂う

村上春樹さんの新作「1Q84 BOOK3」を読了。600ページにも及ぶ大作章であるが、とどまることを許さないスピード感に乗って一気に読み進めることができた。その筆致はまさに作家をして一気に書き上げたとさえ感じさせる筆遣いである。立ち止まることのできない春樹さんの独特の筆遣いに導かれて、彼の魔界的な物語の世界観に耽ってしまう。そのリズムは懐かしい、「ダンス・ダンス・ダンス」のリズム感である。

ところで、今回の「BOOK3」の読後感を一言で述べるならば、それは純度を上げて蒸留された如くの馥郁たる香りが漂う純愛小説であったと云いたい。純度の高い、国産の純愛小説であり、泡盛や本格焼酎を永年寝かせた「古酒」の如くなりである。

いわゆる読者のニーズに応えるかの如く、ドラマはクライマックスに至るところまでを一気に、それこそ周囲の雑音を排除して突っ走っていく。そしてその行き着く先こそ、読者が求めていたであろうクライマックスの到着点でもある。作家としての村上春樹さんはこの作品で、大きく羽根を拡げているのである。天性のストーリーテラーでもある作家は、まさにここにきて、これまでの全ての「枷」を振り払うかのごとくに、彼の思いをいかんなく存分に解き放って、一気呵成に展開させた物語であると評価するべきである。であるからして前章「BOOK1」「BOOK2」から引き継いでいる物語の、細かな矛盾点や疑問点は、今ここでは論ずるに値しないものとなっている。「BOOK4」の発表をまって氷解していくだろう。

二つの月が浮かんで見える世界を脱出して、天吾と青豆は、月が一つだけ輝いている世界へと辿り着いた。そこはまさに「1984」年の世界であった。「BOOK4」の話題は尽きないが、ここから続いていくであろう「BOOK4」のタイトルを「1Q85」となるだろうと推測する説があるが、けだし邪道である。何となれば月が一つだけ輝いて見えている世界を「1Q85」年と呼ぶことは決してできないからである。しかして来たるべき「BOOK4」は、「1Q84」年の1~3月を時間軸に展開する物語となるはずである。そして物語のテーマとして考えられるのは、次のようなものとなるのだろうか。

・1Q84年の月は何故に二つ見えていたのだろうか?
・新興宗教は、如何にして増長伸長していったのか?
どちらも思いつきで記したに過ぎず、もっと重要であり、必須のテーマが存在するのであろう。

春樹さんの描いた「1Q84」の物語世界は、春樹さんのこれからの「BOOK4」の展開次第では、我が国文学界が誇るべき初めての「総合小説」の姿を指し示すことになっていくだろう。それはまさに作家という特権的な人種にのみ許された、特権的な権利と云えるのかもしれない。

村上春樹「1Q84」の「猫の町」千倉を歩く

村上春樹著「1Q84」の重要な舞台、二俣尾を散策

高純度の純愛小説。村上春樹の「1Q84 BOOK3」は、馥郁たる古酒の香りが漂う

村上春樹さんの「1Q84 BOOK3」発売。「BOOK4」も既定の路線か?

村上春樹の短編集にみる都合の良い女性観

村上春樹「1Q84」が今年度の一番だそうな

村上春樹の「めくらやなぎと眠る女」

村上春樹のノーベル賞受賞はありや否や?

青豆と天吾が眺めた二つの月

リトル・ピープルとは何か? 新しい物語

青豆と天吾が再会叶わなかった高円寺の児童公園

「1Q84」BOOK4に期待する

リトル・ピープルとは?

村上春樹「1Q84」にみる「リトルピープル」

武田鉄矢の「贈る言葉」より贈る花束

職場のスタッフが一人またひとりと去っていく。こんなときに贈る言葉を伝えたいのだがなかなか思いつかない。武田鉄也の「贈る言葉」ほど白ける文句は無いだろうからそれだけは口にしないよう努めている。

幹事女史は花束を贈って旅立ちの祝辞を述べていた。けだしそれがすべてであろう。