冬のほっこり「餃子鍋」は生姜と薬膳素材がポイント

今年の冬は「餃子鍋」が流行なのだという。以前からメニューとしては存在してはいたのだが、この不況下、低価格でしかも腹持ちが良いということで、近頃では各界からの支持を集めているのだ。

今年はおいらもこれまでに何回かの「餃子鍋」を食してきた。その実態は、安価で作れるというだけのいい加減なものから、グッと来るものまで様々なのだが、それにしても押さえておくべきポイントは存在するのだ。その基本のポイントというのは以下の3点。

①中華味のスープ

②もちもちした食感の餃子の具材(つまり焼餃子のものではなくて水餃子用に用意された餃子のたねが必須である)

③身体の芯から温め得る薬膳の使い方

等々である。特に「薬膳」の効果を最大限に活かすメニューであればこそ、流行の鍋の名に値するものだということなのだということを基本にそなえるべきである。

薬膳の素材としては、キクラゲ、クコの実、松の実、そして忘れてならないのが「生姜」なのだ。生姜のすり身をたっぷりとスープに加えること。これが欠かさざるべきなのである。しつこく強調すれば、生姜のすり身の無い餃子鍋などは、真の餃子鍋にも値しないということ。これは恐らく食べてみなくては判らない真実であろう。

おいらもそんな基本に則りつつ、「餃子鍋」を調理したのです。これまであまり使わなかったキクラゲ、クコの実、松の実、等々の食材を活かして作る冬の鍋は、心も身体も暖かくさせるに充分でありました。

紅葉見納めで訪れた「夕やけ小やけふれあいの里」の風景

紅葉の見納めをしたくて、先日「夕やけ小やけふれあいの里」を訪れた。

高尾の駅からバスで約30分、陣場街道を走っていくと「夕焼け小焼け」というバス停に辿り着く。紅葉のピークは過ぎたが、まだ都市部には見られない落葉樹の色づきに接することができたのです。

今年は猛暑で紅葉の出足は遅れて色も鈍いが、東京近辺ではしぶとく長く色づいている。いろいろ訪ねてみれば意外な出会いにも遭遇したし、見所も発見できたのだ。特に近郊の里山周辺は、季節の様々な色合いに驚かされる。

この施設はかなりの広大な敷地にあり、夕焼小焼館、ふれあい牧場、御食事所、宿泊施設「おおるりの家」、キャンプ場、そしてポニーやウサギと触れ合えるふれあい牧場が並設されており、さながら自然のテーマパークといった趣だ。登山道の入口でもあり、陣場山、高尾山とも繋がっている。

八王子市上恩方町という地域は、童謡「夕焼小焼」の作詞者・中村雨紅(本名 高井宮吉)の出身地である。今のようなバスや自家用車の便は無く、駅から里山道を歩いて通った日々に見た夕焼けのイメージが、この名作を生み出したのだという。中村雨紅ホールもあるので、興味ある人にはお勧めの場所だ。

■八王子市夕やけ小やけふれあいの里
東京都八王子市上恩方町2030
TEL 042-652-3072 / FAX 042-652-4155

世界の妖怪像を網羅した、水木しげる著「妖怪画談」

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妖怪研究の第一人者こと水木さんがしたためた、一目でわかる画像がふんだんに掲載された入門書である。「水木しげるの世界展」にはその一部が展示されているが、じっくり妖怪世界に浸りたいと、この一冊を購入した。

東北岩手のおしらさま、座敷童子、河童といった妖怪は全国に知られているが、妖怪はそれらばかりでなく、至るところに生息し伝承されている。水木さんは妖怪研究の為に、日本国内のみならず海外へと足を伸ばして、その生態を追究している。戦時中に訪れたパプアニューギニアをはじめ、アフリカ、メキシコ、ペルー、いずれも地域に存在する「霊霊(かみがみ)」の実在を確認している。ニューギニアの「森の霊」を描いたページは、現地の人たちの生活が霊の存在とともにあることを、強烈なイメージとして明らかにしているようだ。

「霊」の字を二つ書いて「霊霊(かみがみ)」と読むのだが、これは実に面白いと書いている。「本来、神様も妖怪も幽霊さんも同じ所の御出身なのだ。」と高察する。

妖精に会いにアイルランドへ行ったり、インディアンの精霊を見に現地へ直行したりと、世界を股にかけている。そんな熱意は、「目に見えない世界」をどのような形にしたのか? という興味からもたらされているという。

子泣きじじい、一反木綿、ぬりかべなど「ゲゲゲの鬼太郎」の登場人物の多くは、民間伝承によって伝えられる妖怪たちの姿が原型になっている。だがこれだけ鮮明な形でキャラクター化されたのは、水木さんの想像力に依っている訳である。主人公の「鬼太郎」はといえば完全なオリジナルであり、その出自等は「墓場の鬼太郎」シリーズによって示されている。「ガロ」「少年マガジン」では「墓場の鬼太郎」として登場していたのだが、テレビアニメ化に伴って現在の「ゲゲゲの鬼太郎」に改題された。どちらがよいということではないが、雑誌時代の「墓場の鬼太郎」は、妖怪たちとの交流の様子がより濃密に描かれている。

「水木しげるの世界展」が八王子市夢美術館にて開催中

昨日(11/26)より八王子市夢美術館では「水木しげるの世界 ゲゲゲの展覧会」が開催されている。ご存知水木しげるさんは「ゲゲゲの鬼太郎」の作者として知られ、近年は「ゲゲゲの女房」という夫人の本がヒット。TVドラマ化、映画化もされるなど、水木ブームが沸き起こっている感さえある。そんな米寿を迎えた彼の、原作品展示はもちろん、伝説的な漫画雑誌「ガロ」における活躍にもスポットが当てられ、見応えは充分だ。

原作品展示の中でも特に、妖怪研究家としての仕事ぶりは、その質量共に充実を極めており、水木的妖怪道の深奥へと連れ込まれてしまうこと必至なり。歌川広重の「東海道五十三次」をもじった「妖怪道五十三次」のシリーズには、思わず知らずに笑みがこぼれてしまい、東海道ならず妖怪道を旅してみたいという誘惑に捕らわれてしまったのだ。

漫画家としての才能の他に、極めて徹底した妖怪達への偏執的執着性に圧倒させられるのだ。つまりは妖怪研究あっての水木先生なのである。「卵が先か鶏が先か」的なるパラドックス、そんな二律背反の世界を妖怪世界の果てまでに追いかけて追求している。その姿勢に脱帽なのである。

なんと「世界妖怪協会会長」までなさっているというくらいにその学問追求の姿勢は徹底しているのだ。水木さんの弟子には、荒俣宏、京極夏彦という著名な作家の名前が挙げられる。ちなみに、漫画家としての弟子には、つげ義春さんを始め池上遼一等々の大御所が名前を連ねている。晩年においてもこれだけ慕われるアーティストはあまり見かけない。天才は夭折するだけが運命と決められている訳ではないことを、この展覧会にて納得させられたのでありました。

■水木しげるの世界 ゲゲゲの展覧会
会期:2010.11.26(金)~ 2011.01.23(日)月曜休館
観覧料:一般500円、学生、65歳以上は250円
場所:八王子市夢美術館
〒192-0071東京都八王子市八日町8-1 ビュータワー八王子2F
TEL 042-621-6777 FAX 042-621-6776

寮美千子さんの「雪姫 遠野おしらさま迷宮」は遠野の物語を加速させる

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今秋発行された寮美千子さんの最新小説「雪姫 遠野おしらさま迷宮」を読んで以来、遠野地方の方言に敏感に反応するようになった自分を感じている。東北弁の一つなのだろうが、とても繊細で、極めて情緒豊かな言葉と感じるのだ。わかるわからないの違いを越えて、遠野の言葉はとても懐かしい響きを漂わせている。「おしらさま」の物語もこの遠野の言葉を背景にして、鮮やかな舞台として記憶に染み込んでいく。

この小説の舞台になるのが岩手県の遠野。これまでおいらも何度か訪れたことのある遠野の町は、今では岩手山間部の中核都市だが、都市とは云い難い特別な磁場を発している特別な町である。民俗学者・柳田國男の「遠野物語」、あるいは写真家・森山大道の「遠野物語」の舞台として有名なのだが、寮さんの新作小説は、さらに鮮やかな風を吹き込んでいくかのようだ。

「オシラサマを相続して欲しい」という依頼を受けて、主人公の雪姫が辿る迷宮の物語。詳細はネタバレにも繋がるので避けるが、この地方の妖艶でありながら懐かしい妖怪が色々に出没するドラマの展開を辿りながら、ある種のカタストロフィーの愉悦とでも云うような感慨を抱いたのでした。

またこの小説の中には「ひっつみ」「割り干し大根」等のおいらの大好きな岩手の料理たちが、ピリリと光る脇役として登場していて、さらに物語世界に引っ張り込まれてしまったのでありました。

立ち飲み屋で飲んだ「角ハイボール」の味わい

たまにはホッピー以外の浮気をしようかと、立ち寄った立ち飲み居酒屋「座らず屋」で、久しぶりに「角ハイボール」を注文した。「角瓶」ウイスキーを炭酸で割って飲む、今ではサントリーCMにもなっている、同社一押しのアルコールメニューだ。値段は1杯190円と超格安。

ハイボール専用の抽出器「角ハイボールタワー」から注がれたその酒は、あっさり淡白の薄味であり、アルコール度も高くは無い。かといってウィスキーの味わいを楽しもうとしても物足りない。つまりは中途半端な炭酸割のリカーなのだ。スーパーやコンビニの酒コーナーを占めるカクテル類に馴れた人には、口当たりの良い飲み物となるのだろう。そんな気がする。

酒の量が物足りないという人向けに追加のリカーが用意されている。「恋玉(シングル)」80円なり。もっと欲しい人には「不倫玉(ダブル)」160円もある。

洋酒の味は脇に置いて、つまみのメニューは通常の居酒屋によくある、おでん(冬季限定)、串揚げ(富士揚)、串焼き(富士焼)、煮込み(牛スジ味噌煮込み)、等がその大部を占めている。メニューを少し個性的にアレンジしているのが特徴と云えよう。

この店は多摩地域でも有数の客を呼ぶ店である。気軽に一杯引っ掛けていこうという地元のサラリーマン等で、いつも賑わっている。「座らず屋」という店名に嘘は無く、ずっと立ちっぱなし。客同士が袖振り合って喋り合い、そんな一時の時間を過ごして立ち去っていく。立ち飲み屋の中でも純度の高い立ち飲み店なのだ。

■座らず屋 おや!福幸
東京都八王子市明神町2丁目27-6 文秀ビル
TEL 042-645-2537

「山芋+蓮根ハンバーグ」はマクロビ的なお勧めメニュー

昨日の北朝鮮による韓国砲撃で、朝鮮半島情勢は緊迫が続いている。軍事の専門家でもないので徒な評論は控えるが、これだけ用意周到に準備されて仕掛けられた攻撃であることからも、次なる攻撃が準備されていることは明らかだ。菅首相、防衛相始め関連大臣、政治家たちの気の緩みの無いことを求めたい。

ところで先日は、蓮根がよく取れているとニュースで報道されていた。この蓮根と山芋をすりおろし、練り固めたものを焼いてハンバーグを作った。我が家では時々やるメニューである。

肉類を一切使わずに、ほくほくとして味わい深い一品が誕生する。実はこれこそ、マクロビオティックの思想に適っているのだ。

普通にソースをかけてもよし。餡かけにしてもよし。大地の恵みをほくほくとして味わえる。

大塚「うな鐵」のうなぎ串焼きで精力補強なのだ

弟が経営する写真事務所のHP作りの打ち合わせを済ました後、豊島区大塚界隈を散策した。この辺りはおいらも以前事務所を構えていたことがあり、馴染みの土地だ。都電電車が駅を横切って走る風景は、独特の情緒を醸し出している。東京の山の手近くでありながら人の流れも静かであり、疲れた頭や身体を癒しに散策するには土地柄としてもってこいであった。

一巡して立ち寄ったのは、うなぎ料理の専門店「うな鉄」。うなぎの蒲焼き、白焼きはもちろんだが、串焼きが名物だ。まずはそのうなぎ串焼きコースを注文。よくある「きも焼き」の他、「ヒレ焼き」「バラ焼き」「レバ焼き」「串巻き」「短尺」「カブト」が、丁寧に炭焼きにして出される。うなぎの各部を食べ尽くせるコースであり、精が付くことこの上ない。中でもおいらの好みは「ヒレ焼き」である。うなぎのヒレとは数杯の背ビレの部分であり、これをニラで巻いて炭焼きにする。うなぎの凝縮された精力の元たる苦味が口腔内いっぱいに広がるのだ。思わず追加注文したしだいなり候。

以前はここ大塚にももう1軒、うなぎの串焼きを出す店があったのだが久々に通り掛かったその店は閉店していた。新宿思い出横丁の「カブト」、国立の「うなちゃん」等、こうした専門店はとても珍しく貴重なものとなってしまった。

■うな鐵大塚店
東京都豊島区北大塚2-12-2
TEL 03-3918-5700

新米野次大将の丸川珠代というのは一体何様なのか

近頃のニュース番組を見ていると、キャンキャン煩い丸川珠代の黄色い声が響いてくる。丸川珠代といえば元テレビ朝日の社員アナウンサーでありながら、安倍晋三に見初められて国会議員に出世した、云わばマスコミ女子アナウンサーの出世頭であり、皮肉な修飾を被せれば、玉の輿的政界入籍劇とも云ってよい。政界デビューと共にときを経ずして国会議員との結婚入籍を果たしたことも、記憶に新しい。

機を見るに敏なる丸川氏の機敏な習性が見て取れるが、正直な感想を示すならば、やっぱりなぁ、この人も、政治家に憧れて生きてきた人なんだなあ。でもやはり、政治家の資質はまったくなんだなあ…、ということ。ときの総理大臣を理不尽に罵倒して悦にいっている手合いこそ、政治家として三流以下、全く相応しくない。だれかこういう常識を丸川に教えて欲しいとせつに願う。

ところで、アナウンサー時代の丸川を知っている同僚、タレントからは、「彼女は政治家になって変わった」という感想がもれている。東京大学卒業という知性派であり、器量もそこそこ。普通に生きていれば何の遜色も無く居られたはずだが、政治家に転身したために、こんな野次まみれの世界に現をつかす毎日か。後ろで糸を引く石原伸晃たちの魂胆が透けて見える。

小椋佳の矛盾だらけの詩でヒットした「シクラメンのかほり」

最近は花屋の前を通る度にシクラメンの鉢植えをよく見かける。高校生の頃にはよくこの鉢植えを買い求め、油彩画のモチーフにしたものである。石膏デッサン、人体デッサン等と共にこうしたポピュラーな静物の素材は、写実的描写力を培うのに格好のアイテムであった。何年ぶりかでシクラメンを購入したのだ。

この花弁は独特な形態をしている。一見チューリップの花弁の様でもあるがボリューム感はほとんど無く、目を近づければ蝶の羽根の様でもあるが、規則性もまるで無い。つまりシクラメンをシクラメンらしく描くことは結構なコツを必要とする。ボリューム感だけを強調すればそれはシクラメンとは云えない。とたんに別種の代物になってしまうのだ。

ところで、失恋を歌った有名な曲に「シクラメンのかほり」がある。云うまでも無いが1975年に布施明が歌ってヒット、その年のレコード大賞を受賞した曲である。布施の甘い歌声が世の中の特にギャル層に浸透し、当時のTV、ラジオで流れない日は無いというほど、毎日のように聞かされていたことを回想する。

曲のヒットに連れて、世間一般からは「“かほり”ではなく“かをり”だろう」という疑問の声が沸き上がる。歴史的仮名遣によればどうしてもおかしいのだが、小椋佳の妻の名前が「佳穂里(かほり)」ということから、正しいものとしている。詩の内容が失恋のものなのに妻の名を出すこと自体、矛盾だ。さらに指摘されたのが、「シクラメンには香りと呼ぶものが発せられない」ということだった。こちらの方も妻の名前で誤魔化されたという印象が拭えない。まあいちいち目くじら立てる問題ではないが、歌謡史の中でも特異な事例として記憶に刻まれている。

時々マスコミ媒体では、フォークの名曲だとして紹介、解説がされるが、誤りである。曲の提供者が小椋佳であることがその理由のようだが、本人や周りの取り巻きの思い込みはともかく、日本のフォークミュージシャン、アーティストのほとんどは、小椋佳がフォークシンガーであることを認めていない。現にフォーク解説の第一人者ことなぎら健壱の「日本フォーク私的大全」では、小椋佳の名前さえ取り上げられていない。メディア等の産業と結託した商業レーベルの曲には、フォークの魂が宿っていることなどは無いのである。