冬のほっこり「餃子鍋」は生姜と薬膳素材がポイント

今年の冬は「餃子鍋」が流行なのだという。以前からメニューとしては存在してはいたのだが、この不況下、低価格でしかも腹持ちが良いということで、近頃では各界からの支持を集めているのだ。

今年はおいらもこれまでに何回かの「餃子鍋」を食してきた。その実態は、安価で作れるというだけのいい加減なものから、グッと来るものまで様々なのだが、それにしても押さえておくべきポイントは存在するのだ。その基本のポイントというのは以下の3点。

①中華味のスープ

②もちもちした食感の餃子の具材(つまり焼餃子のものではなくて水餃子用に用意された餃子のたねが必須である)

③身体の芯から温め得る薬膳の使い方

等々である。特に「薬膳」の効果を最大限に活かすメニューであればこそ、流行の鍋の名に値するものだということなのだということを基本にそなえるべきである。

薬膳の素材としては、キクラゲ、クコの実、松の実、そして忘れてならないのが「生姜」なのだ。生姜のすり身をたっぷりとスープに加えること。これが欠かさざるべきなのである。しつこく強調すれば、生姜のすり身の無い餃子鍋などは、真の餃子鍋にも値しないということ。これは恐らく食べてみなくては判らない真実であろう。

おいらもそんな基本に則りつつ、「餃子鍋」を調理したのです。これまであまり使わなかったキクラゲ、クコの実、松の実、等々の食材を活かして作る冬の鍋は、心も身体も暖かくさせるに充分でありました。

紅葉見納めで訪れた「夕やけ小やけふれあいの里」の風景

紅葉の見納めをしたくて、先日「夕やけ小やけふれあいの里」を訪れた。

高尾の駅からバスで約30分、陣場街道を走っていくと「夕焼け小焼け」というバス停に辿り着く。紅葉のピークは過ぎたが、まだ都市部には見られない落葉樹の色づきに接することができたのです。

今年は猛暑で紅葉の出足は遅れて色も鈍いが、東京近辺ではしぶとく長く色づいている。いろいろ訪ねてみれば意外な出会いにも遭遇したし、見所も発見できたのだ。特に近郊の里山周辺は、季節の様々な色合いに驚かされる。

この施設はかなりの広大な敷地にあり、夕焼小焼館、ふれあい牧場、御食事所、宿泊施設「おおるりの家」、キャンプ場、そしてポニーやウサギと触れ合えるふれあい牧場が並設されており、さながら自然のテーマパークといった趣だ。登山道の入口でもあり、陣場山、高尾山とも繋がっている。

八王子市上恩方町という地域は、童謡「夕焼小焼」の作詞者・中村雨紅(本名 高井宮吉)の出身地である。今のようなバスや自家用車の便は無く、駅から里山道を歩いて通った日々に見た夕焼けのイメージが、この名作を生み出したのだという。中村雨紅ホールもあるので、興味ある人にはお勧めの場所だ。

■八王子市夕やけ小やけふれあいの里
東京都八王子市上恩方町2030
TEL 042-652-3072 / FAX 042-652-4155

世界の妖怪像を網羅した、水木しげる著「妖怪画談」

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妖怪研究の第一人者こと水木さんがしたためた、一目でわかる画像がふんだんに掲載された入門書である。「水木しげるの世界展」にはその一部が展示されているが、じっくり妖怪世界に浸りたいと、この一冊を購入した。

東北岩手のおしらさま、座敷童子、河童といった妖怪は全国に知られているが、妖怪はそれらばかりでなく、至るところに生息し伝承されている。水木さんは妖怪研究の為に、日本国内のみならず海外へと足を伸ばして、その生態を追究している。戦時中に訪れたパプアニューギニアをはじめ、アフリカ、メキシコ、ペルー、いずれも地域に存在する「霊霊(かみがみ)」の実在を確認している。ニューギニアの「森の霊」を描いたページは、現地の人たちの生活が霊の存在とともにあることを、強烈なイメージとして明らかにしているようだ。

「霊」の字を二つ書いて「霊霊(かみがみ)」と読むのだが、これは実に面白いと書いている。「本来、神様も妖怪も幽霊さんも同じ所の御出身なのだ。」と高察する。

妖精に会いにアイルランドへ行ったり、インディアンの精霊を見に現地へ直行したりと、世界を股にかけている。そんな熱意は、「目に見えない世界」をどのような形にしたのか? という興味からもたらされているという。

子泣きじじい、一反木綿、ぬりかべなど「ゲゲゲの鬼太郎」の登場人物の多くは、民間伝承によって伝えられる妖怪たちの姿が原型になっている。だがこれだけ鮮明な形でキャラクター化されたのは、水木さんの想像力に依っている訳である。主人公の「鬼太郎」はといえば完全なオリジナルであり、その出自等は「墓場の鬼太郎」シリーズによって示されている。「ガロ」「少年マガジン」では「墓場の鬼太郎」として登場していたのだが、テレビアニメ化に伴って現在の「ゲゲゲの鬼太郎」に改題された。どちらがよいということではないが、雑誌時代の「墓場の鬼太郎」は、妖怪たちとの交流の様子がより濃密に描かれている。

「水木しげるの世界展」が八王子市夢美術館にて開催中

昨日(11/26)より八王子市夢美術館では「水木しげるの世界 ゲゲゲの展覧会」が開催されている。ご存知水木しげるさんは「ゲゲゲの鬼太郎」の作者として知られ、近年は「ゲゲゲの女房」という夫人の本がヒット。TVドラマ化、映画化もされるなど、水木ブームが沸き起こっている感さえある。そんな米寿を迎えた彼の、原作品展示はもちろん、伝説的な漫画雑誌「ガロ」における活躍にもスポットが当てられ、見応えは充分だ。

原作品展示の中でも特に、妖怪研究家としての仕事ぶりは、その質量共に充実を極めており、水木的妖怪道の深奥へと連れ込まれてしまうこと必至なり。歌川広重の「東海道五十三次」をもじった「妖怪道五十三次」のシリーズには、思わず知らずに笑みがこぼれてしまい、東海道ならず妖怪道を旅してみたいという誘惑に捕らわれてしまったのだ。

漫画家としての才能の他に、極めて徹底した妖怪達への偏執的執着性に圧倒させられるのだ。つまりは妖怪研究あっての水木先生なのである。「卵が先か鶏が先か」的なるパラドックス、そんな二律背反の世界を妖怪世界の果てまでに追いかけて追求している。その姿勢に脱帽なのである。

なんと「世界妖怪協会会長」までなさっているというくらいにその学問追求の姿勢は徹底しているのだ。水木さんの弟子には、荒俣宏、京極夏彦という著名な作家の名前が挙げられる。ちなみに、漫画家としての弟子には、つげ義春さんを始め池上遼一等々の大御所が名前を連ねている。晩年においてもこれだけ慕われるアーティストはあまり見かけない。天才は夭折するだけが運命と決められている訳ではないことを、この展覧会にて納得させられたのでありました。

■水木しげるの世界 ゲゲゲの展覧会
会期:2010.11.26(金)~ 2011.01.23(日)月曜休館
観覧料:一般500円、学生、65歳以上は250円
場所:八王子市夢美術館
〒192-0071東京都八王子市八日町8-1 ビュータワー八王子2F
TEL 042-621-6777 FAX 042-621-6776

寮美千子さんの「雪姫 遠野おしらさま迷宮」は遠野の物語を加速させる

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今秋発行された寮美千子さんの最新小説「雪姫 遠野おしらさま迷宮」を読んで以来、遠野地方の方言に敏感に反応するようになった自分を感じている。東北弁の一つなのだろうが、とても繊細で、極めて情緒豊かな言葉と感じるのだ。わかるわからないの違いを越えて、遠野の言葉はとても懐かしい響きを漂わせている。「おしらさま」の物語もこの遠野の言葉を背景にして、鮮やかな舞台として記憶に染み込んでいく。

この小説の舞台になるのが岩手県の遠野。これまでおいらも何度か訪れたことのある遠野の町は、今では岩手山間部の中核都市だが、都市とは云い難い特別な磁場を発している特別な町である。民俗学者・柳田國男の「遠野物語」、あるいは写真家・森山大道の「遠野物語」の舞台として有名なのだが、寮さんの新作小説は、さらに鮮やかな風を吹き込んでいくかのようだ。

「オシラサマを相続して欲しい」という依頼を受けて、主人公の雪姫が辿る迷宮の物語。詳細はネタバレにも繋がるので避けるが、この地方の妖艶でありながら懐かしい妖怪が色々に出没するドラマの展開を辿りながら、ある種のカタストロフィーの愉悦とでも云うような感慨を抱いたのでした。

またこの小説の中には「ひっつみ」「割り干し大根」等のおいらの大好きな岩手の料理たちが、ピリリと光る脇役として登場していて、さらに物語世界に引っ張り込まれてしまったのでありました。

立ち飲み屋で飲んだ「角ハイボール」の味わい

たまにはホッピー以外の浮気をしようかと、立ち寄った立ち飲み居酒屋「座らず屋」で、久しぶりに「角ハイボール」を注文した。「角瓶」ウイスキーを炭酸で割って飲む、今ではサントリーCMにもなっている、同社一押しのアルコールメニューだ。値段は1杯190円と超格安。

ハイボール専用の抽出器「角ハイボールタワー」から注がれたその酒は、あっさり淡白の薄味であり、アルコール度も高くは無い。かといってウィスキーの味わいを楽しもうとしても物足りない。つまりは中途半端な炭酸割のリカーなのだ。スーパーやコンビニの酒コーナーを占めるカクテル類に馴れた人には、口当たりの良い飲み物となるのだろう。そんな気がする。

酒の量が物足りないという人向けに追加のリカーが用意されている。「恋玉(シングル)」80円なり。もっと欲しい人には「不倫玉(ダブル)」160円もある。

洋酒の味は脇に置いて、つまみのメニューは通常の居酒屋によくある、おでん(冬季限定)、串揚げ(富士揚)、串焼き(富士焼)、煮込み(牛スジ味噌煮込み)、等がその大部を占めている。メニューを少し個性的にアレンジしているのが特徴と云えよう。

この店は多摩地域でも有数の客を呼ぶ店である。気軽に一杯引っ掛けていこうという地元のサラリーマン等で、いつも賑わっている。「座らず屋」という店名に嘘は無く、ずっと立ちっぱなし。客同士が袖振り合って喋り合い、そんな一時の時間を過ごして立ち去っていく。立ち飲み屋の中でも純度の高い立ち飲み店なのだ。

■座らず屋 おや!福幸
東京都八王子市明神町2丁目27-6 文秀ビル
TEL 042-645-2537

「山芋+蓮根ハンバーグ」はマクロビ的なお勧めメニュー

昨日の北朝鮮による韓国砲撃で、朝鮮半島情勢は緊迫が続いている。軍事の専門家でもないので徒な評論は控えるが、これだけ用意周到に準備されて仕掛けられた攻撃であることからも、次なる攻撃が準備されていることは明らかだ。菅首相、防衛相始め関連大臣、政治家たちの気の緩みの無いことを求めたい。

ところで先日は、蓮根がよく取れているとニュースで報道されていた。この蓮根と山芋をすりおろし、練り固めたものを焼いてハンバーグを作った。我が家では時々やるメニューである。

肉類を一切使わずに、ほくほくとして味わい深い一品が誕生する。実はこれこそ、マクロビオティックの思想に適っているのだ。

普通にソースをかけてもよし。餡かけにしてもよし。大地の恵みをほくほくとして味わえる。

大塚「うな鐵」のうなぎ串焼きで精力補強なのだ

弟が経営する写真事務所のHP作りの打ち合わせを済ました後、豊島区大塚界隈を散策した。この辺りはおいらも以前事務所を構えていたことがあり、馴染みの土地だ。都電電車が駅を横切って走る風景は、独特の情緒を醸し出している。東京の山の手近くでありながら人の流れも静かであり、疲れた頭や身体を癒しに散策するには土地柄としてもってこいであった。

一巡して立ち寄ったのは、うなぎ料理の専門店「うな鉄」。うなぎの蒲焼き、白焼きはもちろんだが、串焼きが名物だ。まずはそのうなぎ串焼きコースを注文。よくある「きも焼き」の他、「ヒレ焼き」「バラ焼き」「レバ焼き」「串巻き」「短尺」「カブト」が、丁寧に炭焼きにして出される。うなぎの各部を食べ尽くせるコースであり、精が付くことこの上ない。中でもおいらの好みは「ヒレ焼き」である。うなぎのヒレとは数杯の背ビレの部分であり、これをニラで巻いて炭焼きにする。うなぎの凝縮された精力の元たる苦味が口腔内いっぱいに広がるのだ。思わず追加注文したしだいなり候。

以前はここ大塚にももう1軒、うなぎの串焼きを出す店があったのだが久々に通り掛かったその店は閉店していた。新宿思い出横丁の「カブト」、国立の「うなちゃん」等、こうした専門店はとても珍しく貴重なものとなってしまった。

■うな鐵大塚店
東京都豊島区北大塚2-12-2
TEL 03-3918-5700

新米野次大将の丸川珠代というのは一体何様なのか

近頃のニュース番組を見ていると、キャンキャン煩い丸川珠代の黄色い声が響いてくる。丸川珠代といえば元テレビ朝日の社員アナウンサーでありながら、安倍晋三に見初められて国会議員に出世した、云わばマスコミ女子アナウンサーの出世頭であり、皮肉な修飾を被せれば、玉の輿的政界入籍劇とも云ってよい。政界デビューと共にときを経ずして国会議員との結婚入籍を果たしたことも、記憶に新しい。

機を見るに敏なる丸川氏の機敏な習性が見て取れるが、正直な感想を示すならば、やっぱりなぁ、この人も、政治家に憧れて生きてきた人なんだなあ。でもやはり、政治家の資質はまったくなんだなあ…、ということ。ときの総理大臣を理不尽に罵倒して悦にいっている手合いこそ、政治家として三流以下、全く相応しくない。だれかこういう常識を丸川に教えて欲しいとせつに願う。

ところで、アナウンサー時代の丸川を知っている同僚、タレントからは、「彼女は政治家になって変わった」という感想がもれている。東京大学卒業という知性派であり、器量もそこそこ。普通に生きていれば何の遜色も無く居られたはずだが、政治家に転身したために、こんな野次まみれの世界に現をつかす毎日か。後ろで糸を引く石原伸晃たちの魂胆が透けて見える。

小椋佳の矛盾だらけの詩でヒットした「シクラメンのかほり」

最近は花屋の前を通る度にシクラメンの鉢植えをよく見かける。高校生の頃にはよくこの鉢植えを買い求め、油彩画のモチーフにしたものである。石膏デッサン、人体デッサン等と共にこうしたポピュラーな静物の素材は、写実的描写力を培うのに格好のアイテムであった。何年ぶりかでシクラメンを購入したのだ。

この花弁は独特な形態をしている。一見チューリップの花弁の様でもあるがボリューム感はほとんど無く、目を近づければ蝶の羽根の様でもあるが、規則性もまるで無い。つまりシクラメンをシクラメンらしく描くことは結構なコツを必要とする。ボリューム感だけを強調すればそれはシクラメンとは云えない。とたんに別種の代物になってしまうのだ。

ところで、失恋を歌った有名な曲に「シクラメンのかほり」がある。云うまでも無いが1975年に布施明が歌ってヒット、その年のレコード大賞を受賞した曲である。布施の甘い歌声が世の中の特にギャル層に浸透し、当時のTV、ラジオで流れない日は無いというほど、毎日のように聞かされていたことを回想する。

曲のヒットに連れて、世間一般からは「“かほり”ではなく“かをり”だろう」という疑問の声が沸き上がる。歴史的仮名遣によればどうしてもおかしいのだが、小椋佳の妻の名前が「佳穂里(かほり)」ということから、正しいものとしている。詩の内容が失恋のものなのに妻の名を出すこと自体、矛盾だ。さらに指摘されたのが、「シクラメンには香りと呼ぶものが発せられない」ということだった。こちらの方も妻の名前で誤魔化されたという印象が拭えない。まあいちいち目くじら立てる問題ではないが、歌謡史の中でも特異な事例として記憶に刻まれている。

時々マスコミ媒体では、フォークの名曲だとして紹介、解説がされるが、誤りである。曲の提供者が小椋佳であることがその理由のようだが、本人や周りの取り巻きの思い込みはともかく、日本のフォークミュージシャン、アーティストのほとんどは、小椋佳がフォークシンガーであることを認めていない。現にフォーク解説の第一人者ことなぎら健壱の「日本フォーク私的大全」では、小椋佳の名前さえ取り上げられていない。メディア等の産業と結託した商業レーベルの曲には、フォークの魂が宿っていることなどは無いのである。

色づく街の色づく公園で、南沙織を聴いたのです

この数日来の寒波襲来で、東京の街も着実に色づいてきた。近場の公園や裏山を散策するだけで紅葉の季節を実感する。東北を旅行して観た紅葉の美しさには敵わないが、それでも散策する行き先の処々で目にする、イチョウやモミジに見とれてしまうこともしばしばだ。

ビル街を通り越して公園を歩くと、どこからか「色づく街」のメロディが聴こえてきた。南沙織が1973年に歌ってヒットしていた曲だ。「17才」とともに彼女の代表的な曲として知られている。高橋真梨子、三田寛子、水野美紀、その他様々な歌手がこの曲をカバーして発表している。松田聖子がこの曲を歌ってアピールし、その後の歌唱賞を獲得したというエピソードは有名である。それにしても今なお、南沙織の楽曲が21世紀の今日に響いていようとは、発表当時の関係者の誰もが想像し得なかったことに違いないだろう。

作詞は有馬三恵子氏が手掛けている。芸能界での活躍は相当なものだが、作詞家のプロフィール、個人情報は、いまだ謎ばかりだ。名前だけの作詞家という存在があるならば、有馬三恵子氏はその筆頭とも目される。何ゆえにこれほど個人情報を秘匿するのかと、以前おいらは不思議だったが、今にして思えばこれぞ、賢い作家的戦略であったとも云えるかもしれない。

さて紅葉といえば、落葉樹が色づいた葉をその後に地面の上に落としていくのであり、そのイメージは「失恋」を連想させるのであり、必然的に失恋の楽曲へと繋がっていくのだ。南沙織が歌った「色づく街」は、まさにそのイメージを我が国の国民的感情として定着させるに値する、忘れられない名曲となった。日本人はとても失恋の歌が、詩が好きである。失恋大国日本の代表的な一曲となる可能性を秘めているのだ。

ボジョレー・ヌーヴォー&牡蠣グラタンで乾杯なのだ

昨日11/18にはボジョレー・ヌーヴォーが解禁となって、毎年ながらマスコミは大騒ぎ。今年はペットボトル入りのものも出ていることを知り、試しにそちらの方を飲んでみることにした。「PHILIPPE DE MERY」とラベルにあり、メーカーの名のようだ。つまり「ボジョレー・ヌーヴォー」は数社から販売されているということ。考えてみれば当然だが、これだけ世界のブランドとしてアピールするための、国家挙げての協同戦略が存在するということ。

ボジョレーとはそもそも、フランス・ブルゴーニュ地方の一地域を指している。其処で採取され生産された新しい(ヌーボー)ワインという定義なのだから、それ自体曖昧糢糊としており、その曖昧さが世界的ブランド力の背景として存在する。毎年大騒ぎされるのも、それだけ枯渇することのない豊富なネタに依っている。

特別な原料(ガメ種またはガメイ種と呼ばれる品種のぶどう)を用いて特別な製法に依ることなど、定義が煩雑だということ以上に、毎年ぶくぶくと湧き水のように量産される話題性こそが、世界的ブランドを支えているということなのだ。

ワインと呼ばれる飲み物の中ではとりわけフルーティーで、強い酸味が口腔を刺激する。余計なコメントだが「赤玉ポートワイン」とは大違いだ。アルコールの匂いが少ない分、フレッシュな葡萄酒の様にあとを引く。明日の宿酔いが心配だ。

特別なワインのつまみに選んだのは、牡蠣のグラタン。最近牡蠣グラタンのことばかり書いているような気がするが、今日ばかりは外せない。マクロビオティックの健康料理とは矛盾するが、「海のミルク」等と呼ばれ、ミルクとチーズのソースで焼き上げる料理は、ワインにはピタリンコの相性なのだ。解禁日1日遅れの乾杯の気分なのです。

マクロビオティック料理の基本【2】切干大根の煮物と酢の物

日本が世界に誇るマクロビオティックの料理には、切干大根メニューもよく使われる。切干大根はこの時期に収穫された旬の大根を細切りにして、通常は、天日干してつくられる。中には工場で機械的乾燥をさせたものもあるが、やはり切干大根の基本は、天日干しにより太陽の恵みをしっかり吸収させたものでなくてはならない。秋の季節の乾物の代表であり、寒くなるこれからの季節には欠かせない。

生の大根料理はそれ自体が味わい深いが、天日干しして乾燥させた切干大根は、日光を浴びることによりさらに、カルシウム、食物繊維等の栄養素を増していく。そうした貴重な食材を水で戻して調理する。これぞ、日本が世界に誇るべき健康料理の真髄である。日本料理が「生」を基本としているといった偏った理解が、一部海外で定着しつつあるが、実際は貴重な旬の食材に干したり戻したりという手間をかけて、本来の日本的料理が成り立っている。このことをこれから世界にアピールしていく必要が在りそうだ。

我が家で日常的に調理しているのは「煮物」だが、時々「酢の物」にも手を出している。大ぶりにカットして干された「割り干し大根」を使うと、大根のツーンとした野生の香りを味わえるので、ことのほかに注目してしまい、近頃は嵌まりかけている。マイブームにもなろうかという特別なメニューなり。

この他にも、味噌汁の具に用いたり、サラダに応用したりと、すでに様々なメニューが浸透しているようだ。もっともっとこの切干大根のメニューの可能性を追求していきたいなどと思案しているところなり。

マクロビオティック料理の基本【1】ひじきと大豆の煮物

「ひじきと大豆の煮物」を調理した。月に数回は調理する我が家の日常食の定番メニューの一つだ。古くからの日本の食材「ひじき」だが、実はこれこそ日本が誇る長寿食の中心に置くべき貴重な一品と云うべきなのだ。我が国では国内のほぼ全域で採取されるが、国外では中国および朝鮮半島の一部でしか棲息しない。しかも日常食として浸透しているのは、日本のみだと云ってよい。

これらの日本の伝統食の素晴らしさを世界に広めたのが、桜沢如一氏らによる「マクロビオティック」の食養生の思想である。欧州や米国の著名人たちが信仰している「マクロビオティック」という思想は、世界大戦以前に桜沢氏らによって広められた運動が基本となっているものだ。

マクロビ思想によると、毎日の献立の中で「豆類、海藻類」を5~10%摂取することとされている。「ひじきと大豆の煮物」のようなメニューを、1割は摂りなさいと云うのが基本である。

これらに関する思想や経緯の解説については、「マクロビオティック 生食の心得」(秀和システム刊)にて詳述されている。著者は福山さきさん。おいらが企画、編集を担当して出版された一冊だ。手前味噌だが、マクロビオティック思想の基本から背景、実践法が極めて判りやすく解説されている。説明図やイラスト等も豊富であり、直感的にマクロビオティックの全貌を捉えることができる書籍なのだ。多くの人に手に取っていただきたい。

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さて、改めてひじきの健康要素を見てみた。食物繊維、亜鉛、カルシウム、マグネシウム、ビタミンB群、等々の栄養素が豊富であり、これにしか含まれないものも少なくない。栄養過多と云われる現代人の多くが、ひじきに含まれる必須栄養素の何かが不足しているのだろうという疑いは拭えないのだ。

ひじき、大豆以外のあわせものとしては、油揚げ、蓮根、人参、竹輪、等々バリエーション豊富だが、やはり基本はひじきと大豆。これを基本のベースとするべしなのだ。

「日本ひじき協議会」のホームページでは、骨粗鬆症、高脂血症、高血圧、等の予防効果もPRされている。参照されたし。

http://www.hijiki.org/

冬の味覚「ぶり刺し」と「ぶり大根」

今年一番の寒波で12月並の寒さだという今日は、久しぶりにぶりが食べたくなった。ぶりとはスズキ目アジ科に分類され、青魚のファミリーでありながら青臭さが全くなくて、愛好者も多いと聞く。青々として鮮やかな紺碧の背中と腹とを分けるかのように、緑色したラインが目を引く。今からまさにぶりの季節なり。以前にも書いたが、出世魚のぶり(鰤)に脂が乗る冬の季節が食べごろである。

ぶり刺し
白く脂の乗った刺身の色が、この季節ならではである。築地の市場ではこれからの時期に取引が頻繁になる。大ぶりでありながらしっかりと味が乗ったぶりの姿は厳かにも見える。

ぶり大根
ぶりのアラを大根と一緒に煮込むという、素朴な煮込み料理。丁度この頃からのぶりは煮込み料理に適しているのみならず、その旨みを大根が吸収して得も云われぬコンビネーションを発揮する。普通は醤油味で煮込むが、薄味でありながらしっかりと色付いた大根の色味が旨いぶり大根のポイントだ。

馬肉を味わえる居酒屋「馬肉酒場 おや!馬っ鹿」

馬肉というものは中々目にし味わうことが少ないが、そんな馬肉を手軽に味わえる居酒屋を発見。「馬肉酒場 おや!馬っ鹿」では、馬肉の刺身(メニューには6種類ある)や鉄板焼、鍋物などの豊富なメニューが売りである。

赤身馬肉の刺身
馬肉といえば一般的に「刺身」で味わうものとされている。そんな要望に応えるメニューだ。新鮮な馬肉の赤身は柔らかく味わいも濃厚である。これぞ馬肉料理の基本なり。

くらしたの鉄板焼
マスターに「おすすめ料理は?」と聞いて返ってきたのがこのメニュー。「くらした」とは馬の肩ロースの部分を指しており、一番馬らしい部位であるということだ。味わってみれば確かに、馬本来の筋肉質のギュッと締まった肉質が充分に味わえる。

ホルモンの鉄板焼
こちらも馬の腸の部位であり、馬料理の本場信州では「おだぐり」と呼ばれている。これは信州の一部(全般ではない)では、郷土の定番料理ともされているらしい。

■馬肉酒場 おや!馬っ鹿
東京都八王子市東町1-7
℡ 042-643-1728

がっつり系肉食女子のメッカ、大井町界隈

品川区の一角に位置する「大井町」界隈は、がっつり系のいわゆる肉食女子が屯するメッカとして注目が高まっている。駅に近い横町の路地には、焼鳥、唐揚げ、焼肉、その他様々な肉食系メニューを提供する飲食店がしのぎをけずる。一見して中高年の屯する界隈なのだが、この一帯に、うら若き女子などの姿を多く見かける。そんなことからなのか、大井町は「肉食系女子」のメッカなどとも評価されているのだ。

「品川」駅の隣駅、京浜東北線の「大井町」は品川という都心にありながら、山手線から外れていることから、都心に近くて尚かつ住みやすいというベッドタウン的な街でもある。都心にこれだけ近くて尚、地域住民の生活の匂いを醸している。この特異性が現在の大井町の特徴であると云ってよい。

大井町で働くOLが日々の疲れを癒す場所であると共に、都心で働く女性たちが宵の浅い時間にこの街に帰ってきて、一杯傾けている。行く人来る人が交錯する様を、目にすることができる特異な街なのだ。

駅から2~3分歩いたところに「肉のまえかわ」という立ち飲み居酒屋が在る。もとは焼肉店だったものを現在の立ち飲み屋に改装したのだという。「串かつ110円」「コロッケ70円」「串焼き100円」等々のメニューが並んでいる。鮭とつまみを味わいながら、いわば地域の社交場のような光景が展開されている。この社交界に、老若の女子がとても重要な地位を占めている。彼女なくしてはこの社交場の風景が成り立たないと云える位に、彼女たちの存在感が強いのだ。

「肉のまえかわ」の手前の路地を折れて曲がり、歩いていくと、「東小路飲食店街」というディープな裏町の一角に遭遇する。変に整理されていなくて戦後の時代の物々しさを思わせる一帯でもある。この場所で味わうがっつり系の料理は確かに満足感が大である。

アートイベント「COLORS」の取材で代官山ヒルサイドフォーラムに出没

例年この時期になると代官山のヒルサイドテラスで開催される「COLORS」というアートイベントがある。今年もまた取材を敢行したのです。美大の芸術祭、先週のデザインフェスタ等と比べると賑やかさには欠けるが、若いアーティストたちの意欲的な作品が目に付き、会場には若い才能が開花していた。東京を中心とする圏域ばかりではなく、地方かきらの出品者が目立っているのも特徴的だ。

参加者の中には雑誌メディア等にて作品発表を行なっている人が少なくないが、媒体ニーズによる依頼作品とは別に、こうした展示会での作品発表に力を入れている様子が伺われる。

作家にとってこうしたグループ展活動は、多勢の観客に直接接して、感想や反応に接することができるなど、メリットも大きいのだ。

福井県から上京していたyouさんは、女性をテーマに、コンピュータによる作品、所謂CGによるイラスト作品を展示している。「Illustrator」ソフトを充分に使いこなし、独特なインパクトのある線の描出等、素晴らしい持ち味を感じさせている。自身の作品をアクティブにPRする様も天晴れであった。

■COLORS
2010年11月9日~11月14日
代官山ヒルサイドフォーラム
http://www.hillsideterrace.com

糸井重里さんもおすすめの「上州手振りうどん」

上州(群馬県)産100パーセントの地粉とオーストラリア産小麦粉とで作られたうどんなのだが、これがまたつるつるシコシコと喉越しが良く美味なのだ。上州出身の先輩、糸井重里さんも御用達にしている、いわばお墨付きの逸品である。

麺自体に食感があるので、もりうどんでもいける。茹でた麺を冷水できゅっと冷やしてもれば、つるっとして腰があるもりうどんがすぐ出来上る。朝の忙しい時間にも簡単に調理ができ、胃にももたれない。まあ早く云えば、二日酔いの朝食にはもってこいなのだ。

麺は讃岐うどんのようには太くなく、中太麺といった感じ。上州には「水沢うどん」という名物があるのだが、それをもう少し細くしていながら、つるつるしたうどんの腰は残っている。水沢うどんは半生めんとして出荷されるが、手振りうどんは完全な乾麺である。丁寧に練ったうどんの細く伸ばし、それを時間を掛けて乾かすのだという。水沢うどんは通常10分以上の時間を掛けて茹でるのだが、手振りうどんは4~5分で充分な柔らかさになる。単純に比較は出来ないが、日常食べる乾麺としては、手振りうどんに分があるのではないか。

トッピングによく用いるのは、油揚げ、なめこ茸、葱、ほうれん草、茗荷、三つ葉、…等々、日本料理の汁に合うものならばほとんどOK。時々味噌スープになめこを入れて作るのだが、これが抜群の相性である。

「プレカリアート」は果たして現代の「デラシネ」か?

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この「プレカリアート」とは、作家の雨宮処凛さんが我が国に広めた言葉のことを指している。彼女の著書「プレカリアート」にて冷静かつ徹底したその現状分析が示されている。

「プレカリアート」の定義とは「不安定な雇用・労働条件における非正規雇用者・失業者を総称していう」とされている。元々はイタリア語で「Precario(不安定な)」と「Proletariato(プロレタリアート)」とを掛けてつくられた造語である。イタリアの若者が路上でこの言葉を落書きとして書き記し、国境を越えて全世界に広まった。日本のみならず、グローバル化した先進資本主義社会の中で、若者の貧困化、不安定化が進行している。そんな背景から自然発生的に広まったキーワードなのだ。

経済のグローバル化は新自由主義という美名の基、世界各国に新しい貧困と不安定な暮らしをもたらしたことは、いまや誰もが認識する実態である。だが、貧困、不安定生活は、厳として過去にもずっと存在していた。そんなある時代の不安定生活を表現していた言葉が「デラシネ」である。

一般的に「デラシネ」とは「根無し草」と翻訳される。「根こそぎにされた」という意味のフランス語が語源である。かつて作家の五木寛之氏は「デラシネの旗」という作品において、学生運動への傾斜やその挫折観からの独自の世界観を描いていた。詳細については失念したが、自らの強い意思にてそのデラシネ的生活を求める、求道者的な世界観が背景に見て取れてもいたのだ。

その当時、体制や伝統に背をそむけるという生き方は今以上のエネルギーを必要としたであろうし、今以上に経済的困窮を視野に入れねばならなかったに違いない。だがそれは、自らの祖国や伝統、体制に背を向けてこそ手に入れる生活。たとえ生活は困窮しようとも、受け入れ得ぬ祖国故郷の浅はかなる仕来たりや伝統から身を引き離すことで得られる、ロマンがこもった世界観だとも云える。そんな作家として自立する思想的な営為が、とても鮮やかなものとして感じ取られていたものだ。

時代は移り行き、改めて「プレカリアート」の不安定的現状を考えるに、自ら選択して選ぶことをせずに、不安定生活を強いられてしまう現代の若者は、デラシネ的なロマンをも持つことができないでいる。フリーターでも何とかなるし、生活保護も受ければ良いといった、社会全体の甘えや弛みがそうさせているのかもしれない。一体こんな日本に誰がしたのだ。