日高屋ナンバー1人気の「野菜たっぷりタンメン」

tanmenn01

仕事場に程近い場所には「日高屋」という中華食堂がある。おいらも時々この店に足を運び昼食をとることが多いのだが、そこでの人気ナンバー1メニューは、「野菜たっぷりタンメン」である。あるときそのことを知り、それ以来は、どうもこの店に来ると「野菜たっぷりタンメン」というメニューを注文する癖がついてしまった。

別段にこの店のタンメンの味に嵌まったという訳ではない。中華麺料理の中でのおいらの好みは、味噌ラーメンであり、タンメンの好意度は、醤油味、豚骨味にも及ばないものなのでもある。然しながら、何故ゆえにタンメンを注文してしまうのか? それはおそらく、野菜類に対する飢餓の思いがあるからなのだろう。

今流行のサプリメントの類では代用できない、生野菜がかもす味わいを求めているからなのだろう。モヤシ、キャベツ、人参がたっぷり入って、炒めて煮込んだ野菜を口にしていると、どこかで安らかな気持ちにひたってしまうのだから、これが良いのか悪いのかはわからないのだ。

衝動的に「ニラ玉子」が食べたくなったのだ

niratama01

niratama02

無性に「ニラ玉子」が食べたくなって、玉子とニラと、そしてシメジ茸を買って帰ったのだった。

シメジ茸は石つきをとってさらに半分にカット、ニラは2~3cmほどにカットして、玉子とあわせる。日本料理で用いられる出汁類は使わない。玉子とニラの味わいが無性に恋しくなっていたからであり、それ以外の食材は茸くらいで充分であったということだ。

ニラの香りは独特であり、玉子という濃厚食材に対しても充分的に対応してくれる。玉子料理とよく似合う食材として、もっともポピュラーだと云えるのかもしれない。

出汁の味で煮込んで作る「ニラ玉子」という料理もときどき散見されるが、ニラの旨味を引き出しているとは云い難いのである。

伊坂幸太郎著の「残り全部バケーション」を読んだ(1)

[エラー: isbn:9784087714890:l というアイテムは見つかりませんでした]

「残り全部バケーション」という著書を先日購入して読了したところなのである。

実はおいらはすでに「残り全部バケーション」の第1章のくだりを読み終えていた。実業之日本社がかつて発刊した「Re-born はじまりの一歩」という書籍に触れてこの一つの章を前もって読み終えていたのだった。だからにして尚更しんに、この「残り全部バケーション」のそれ以降の経緯には深い関心を持っていたのである。

ぽっかり口を開いた「ハマグリのバター蒸し」が食欲をそそるのだ

hamaguri01

二枚貝の中では大きな部類であり、アサリに比べて食べ応え、噛み応えも大きなものがある。

吸い物、鍋の具材、等々と様々な活用法があるが、とてもシンプルで味わい深いのが「ハマグリのバター蒸し」である。調味料としてのバターがハマグリ料理に独特のコクを与えている。バターの他に酒蒸しというものもあるが、ハマグリにはバター蒸しに敵わないといえよう。

栄養的にはビタミンB2を比較的多く含むので、動物的タンパク質ともあいまって、身体に優しい味わいに満たされるのである。

この時季の「野蒜(のびる)」は、キムチ漬けにしても美味しい

nobiru02

先日から、野手溢れる「野蒜(のびる)」の魅力に取り憑かれている感のあるおいらである。先日は久々に口にした興奮などを交えて野蒜(のびる)をレポートしている。

http://www.midori-kikaku.com/blog/?p=7650

野蒜と漢字で書いてあとでかっこ付きのルビを振っているのは、漢字では難しすぎるし、かといってひらがなの「のびる」では全然すっきりしないことから、仕方なくそうしていることをおくみとりいただきたいなと思っている次第である。

さて本題に入るが、野蒜(のびる)という野生食物は生で口にする以外に、キムチ漬けにしても、格段に美味いのだということの発見について述べたいのだ。爽やかな鮮度あるピリリ感を保ったままに、キムチ漬けしたピリ辛の「野蒜キムチ」は、いつになく満足な味わいのキムチ料理であった。

ネットを検索すれば、味噌漬け、キムチ漬け、等々のメニューがヒットしているが、確かに生野蒜(のびる)に負けず劣らずの旨味を主張するべき価値がある。生で驚き、漬物にしてさらに舌鼓を打つ。これぞ野蒜(のびる)ならではの存在感。もっと注目されてよい食材であることは確認できたのである。

生垣に生える躑躅(つつじ)の花が、都会の潤いをもたらしている

tsutsuji01

tsutsuji02

tsutsuji03

桜が散った春の都市の風景に、躑躅(つつじ)が花を咲かせている。ここ数日街並みを歩けばつつじの花に目が吸い付けられている。生垣からピンクの花弁を広げるつつじの花は、都会のモノトーンに潤いをもたらしてくれるようでもある。

先日は、自転車のペダルを漕ぎつつ路地裏の小路を走っていたおいらの視界に飛び込んできたのは、真紅な花弁を咲き猥らせている、さる瀟洒な庭の花壇の一隅に咲き誇っていたつつじなのだった。躑躅という花の咲き誇った様子に、自転車の歩を止めて見入っていたのだ。

東京都心の歩道を歩けば、瑞々しいつつじの姿に目を止めて印象に留めてしまうのがこの時期のつつじなのである。

地元禅寺の和尚さん逝去の手紙が届いた

我家が檀家でもある、地元上州の禅宗寺院の住職をされていた和尚さんが、先月亡くなったという手紙が届いて、悲しみにくれている。昨年末に法事でお寺を訪れた際には、元御住職が小脳に関する難病を患っているという話をお聞きしていた。国立の群馬大学医学部病院でも治療できない難病だと言われていたそうであるが、こんなに早く逝かれるとは予想もできなかった。そのときにもっと早く病院にお見舞いをして、これまでの感謝を伝えたかったこと、それが出来なかったことを悔いている。

先祖からの菩提寺である東京都内の某禅寺から上州のそのお寺に引き継いでいただくために訪れたとき以来、とても気さくに接していただき、禅の教えも身近に感じることができていた。「般若心経」を朗読するようになったのも、和尚さんからその経典をいただいてからのことである。はじめは「御住職」と堅苦しく接していたのに、何度かお会いするうちにいつの間にか「和尚さん」と呼んで接することが出来ていたのも、そのお人柄のゆえなのだろう。先月に亡くなった和尚さんは密葬を済ませたとのことであり、来月には本葬にあたいする「津送の儀」が執り行われるとのことが、手紙に記されていた。常人とはまた違う天国への道のりをたどっているということなのかもしれない。あらためて和尚さんのご冥福をお祈りしたい。

アサリの出汁が効いた「スンドゥブチゲ」

tige01

tige02

韓国鍋の代名詞である「チゲ鍋」の中でも最もポピュラーなのが「スンドゥブチゲ」だ。韓国料理専門店では此の鍋の味を競っている様子は、韓国料理店に入るたびに感じていることだ。

「スンドゥブ」とは「純豆腐」の韓国読みであるので、素材としての豆腐には特別な食材が用いられている。姿形もまた味わいも柔らかくて、辛味の効いたチゲ鍋にはなくてならない食材である。

そして「スンドゥブチゲ」にもう一つの必須食材が「アサリ」である。アサリの出汁がこの鍋料理の味の一体感をつくり出しているのてあり、なくてはならない。海鮮食材としての出汁

特別な豆腐に鮮度の良いアサリで調理された「スンドゥブチゲ」は、日本人であるおいらの舌にもこびりついている。旨い酒と共に口にしていたいと云うべき定番料理の一つなのである。

夜食に「蒟蒻(こんにゃく)と色ピーマン炒め」はとっておき的メニューだ

konnyaku01

konnyaku02

konnyaku03

地元のスーパーにて「色ピーマン」を見かけたので、蒟蒻とともに購入して帰り、、夜食に利用した。名づけて「蒟蒻(こんにゃく)と色ピーマン炒め」である。

蒟蒻を油で炒めたメニューは、カロリーが極少的に抑えられており、しかも蒟蒻自体が天然食物繊維の宝庫となっているために、夜の食事としてはよく作っている。今宵は「色ピーマン」という、食物繊維に加えてビタミンCやカロテンが豊富だときているのだから両者あい合わせて見たのであり、思い通りの味わい深いメニューにありつけたという訳なのであった。

もともとは濃緑色したピーマンは、熟させて収穫すると赤、橙色、黄色等に色づいて、甘味も増していく。近頃ではこの種の「色ピーマン」を見るのも珍しくなくなっているので、炒め物としてはもってこいである。

だが「色ピーマン」に似て「パプリカ」なる代物も、近頃の我が国の食材市場に侵入しており、これらはほぼ外国産のものとなっており、我が国では認められない農薬やらその他の添加物が注入されていることから、注意が必要である。メニュー名に「色ピーマン」とあるものを選びたいものである。

大根の味わいを累乗した以上の旨い「カクテキ」を味わう

kakuteki01

大根のキムチこと「カクテキ」を食した。辛くてさっぱりしていて、サクサクポリポリとしたその食感が絶妙であり、胃袋にも優しそうである。辛さをもたらす唐辛子じたいの味わいもまた、優しい味わいがしていた。その味わいは大根料理としての発見をもたらすものでもあったので、その印象的なる邂逅についてはとてもインパクトに満ちていたのだ。

胃袋にも優しそうだったという印象には根拠がある。水分が豊富であり、食物繊維もまた充分に豊富だ。そんな特別な食材に、辛さとともに旨味がプラスされているのだから、プラスアルファ、累乗された美味しさを味わえたと云えるのだろう。インスタントなキムチの基などでは決して作れない味わいである。

そもそも大根料理には奥が深いものがある。例えば大根とともに煮込んだ煮物は、大根が脇役になるにもかかわらずに、無くてならない食材が大根だ。鰤をはじめとする魚の脂が染みた大根は脇役としての大根の良さをアピールしている。あるいは美味いおでんの大根は、具が出している複雑な味わいを充分に染み入れているからこそ、美味くなっているのである。