「ビブリア古書堂の事件手帖」にも登場する太宰治さんの名著「晩年」

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以前に原作本を読んだ縁から、TVドラマの「ビブリア古書堂の事件手帖」を見る羽目に陥っている。

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今晩もまたそんな一夜の時間を過ごしてきた訳ではある。主人公栞子さんを演じる剛力彩芽がしっとりとした演技で良い味を出している。フレッシュさだけが取り柄の若手女優という評価は上向きに更新され、しっとり女性の演技が出来る実力派という評価が生まれつつある。

何よりもまず今回第六話の主役は、登場人物たち以上に太宰治さんの「晩年」であった。1936年(昭和11年)に刊行された文豪の処女作であり、唯一の自費出版作品である。コレクターならずとも必携であり、ファンにとってはぜひとも手元に置きたい一冊であることは確かである。そんな一冊に値する書物こそ太宰治の「晩年」であり、そんな希少なる条件に値する我が国文学作品の最高峰と認められるのだ。

おいらの所有する「晩年」はもちろんレプリカである。「ビブリア古書堂の事件手帖」にも本物ではなく偽者的復刻版の、レプリカが、わき役的配役の登場としての本物以上に重要なる要素を占めているのだ。レプリカと云えどもけっして侮ることなどできないのである。

太宰治さんの62回目「桜桃忌」に、三鷹「禅林寺」へ向かう

本日は太宰治さんの101回目の誕生日であり、62回目の命日でもある。玉川上水に山崎富栄とともに入水自殺したのが6月13日だったが、遺体が発見された日がこの6月19日となっており、この日が公式的な命日とされている。今日は数年ぶりに、太宰治さんの菩提寺、三鷹の禅林寺に足を運んだのです。

毎年のように行なわれる「桜桃忌」のセレモニーには今回時間が合わずに参加できなかった。けれども彼の墓の周りには、常時10名程度のファンに囲まれ見舞われており、今更ながら太宰さんの人気の高さをこの目に植えつけたのである。交わされる会話を聞いていれば、太宰さんの古里、青森出身で東京の大学を卒業したという女性陣たちの姿が視界に飛び込んできた。20代と見える元文学少女たちである。たぶん全員が独身なのだと思われ、交わされる言葉も、男としての太宰治の評価に集中していたようだ。死してなお生身の女性に惚れられ親しまれるという文学者は、おそらく太宰治さんがその1等賞なのだろう。他には彼のような熱狂的ファンを想像するこささえ難しいくらいなのである。

ここ禅林寺は、太宰治さんに加え森鴎外(森林太郎)の墓がちょうど向かいに陣取られており、文学を巡るツアーの一角として重要な場所となっている。今日もまた口笛を携えたおばさんたち十数名のツアーにも遭遇し、些か面食らったものである。

「こちらがお父様。そしてこちらがお母様のお墓です。…」

と案内していたツアーの牽引おばさんは、ついでのように

「そしてこちらが、太宰治さんのお墓です。…」

などと、取り繕うような説明をしていて、おいらを含めて太宰治ファンからの抗議の視線を浴びせられることになったのである。

太宰治さんのらっきょうの皮むきから学ぶ、自我の儚さとその痛み

 

先月の19日に漬けた自家製らっきょうを、少しばかり瓶から取り出して食してみたのです。

http://www.midori-kikaku.com/blog/?p=1491

う~ん。濃目の甘酢たれに負けることなくらっきょうらっきょうしているのに、ほっとしたような感動を味わう。噛み締めれば、しっかりとした野性味が味覚を刺激する。そんな刺激がこの6月という季節を思い起こすことになりとても清々しく感じ入った。毎年この時期にらっきょうを漬けていたのは、過去の想い出であった。そんな甘味な想い出を取り戻すかのように今年は無理してらっきょう漬けに挑んでいたというのが、今日までの経緯である。

そしていつもこのらっきょうの漬け込む時期には、太宰治さんがらっきょうについて記した小説の一節を思い起こさずにはいないのであった。

「Kは、僕を憎んでいる。僕の八方美人を憎んでいる。ああ、わかった。Kは、僕の強さを信じている。僕の才を買いかぶっている。そうして、僕の努力を、ひとしれぬ馬鹿な努力を、ごぞんじないのだ。らっきょうの皮を、むいてむいて、しんまでむいて、何もない。きっとある、何かある、それを信じて、また、べつの、らっきょうの皮を、むいて、むいて、何もない、この猿のかなしみ、わかる? ゆきあたりばったりの万人を、ことごとく愛しているということは、誰をも、愛していないということだ。」(太宰治「秋風記」より抜粋)

洒落た文章の背後に流れているのが、芸術家としての太宰さん自身の矜持であり、そしてそれはまた彼の自我が皮むかれ、中身を晒され、かつその上で、自身の空疎な姿を衆目に公開してしまうと云ったことへの忸怩たる思いの表出である。何重にも重ねられつつ、それこそまさに道化としての姿かたちを描写しているかのごとくでもあった。

「ヴィヨンの妻」を鑑賞。「人間失格」とは月とすっぽんの出来栄え。

レンタル解禁となった「ヴィヨンの妻」(太宰治原作・根岸吉太郎監督)のDVDを鑑賞中である。先日観た凡作映画「人間失格」に比べて素直な原作解釈なストーリー展開であり、また主役の松たか子がいい味を出していて好感が持てる。何よりも天才作家に対する畏敬の念に溢れているところが好ましい。映画は娯楽であり、しかも役者の持ち味に依っているところが大の大衆芸術である。変てこな風俗描写などしていた「人間失格」に比べて月とすっぽんの出来栄えなのである。やはり映画はこうでなくっちゃいけないのである。出だしを観れば映画の良し悪しなどの区別はつくものである。今日観た「ヴィヨンの妻」は傑作であったと記しておこう。

太宰治流「卵味噌のカヤキ」+ふきのとうの香りは絶品なり。

 

卵味噌の素朴な味付けとふきのとうの独特な苦味が絶妙のハーモニーなのだ。

久々においらも創作料理に励んだのでした。先日ここでも紹介した「文士料理入門」にあった、太宰治さんのとっておきお勧め料理「卵味噌のカヤキ」ことホタテの味噌卵焼きにチャレンジしたのです。青森県の津軽地方においては定番の郷土料理であり、この料理について太宰治さんの「津軽」にはこう記されている。

「(前略)卵味噌のカヤキを差し上げろ。これは津軽で無ければ食えないものだ。そうだ。卵味噌だ。卵味噌に限る。卵味噌だ。卵味噌だ」

よっぽどこの料理に愛着があったと想像するのだが、その調理法にも独自の作法を必要とするのだ。

まずはできるだけ大振りの殻付き帆立貝を用意する。そして帆立貝の殻に味噌と卵に出し汁と葱を乗せて中火で炙るといういたってシンプルな焼き料理である。帆立に葱と卵と味噌というのが基本の取り合わせではあるが、ひと工夫したのが、春の味わいとして最大の味覚でもある「ふきのとう」を取り入れたこと。季節の食材を取り入れて創作料理に活かすことは基本であるからして、ふと思い付いた。そしてそれが的中したというわけなのである。

ふきのとうは味噌とよく調和する。過去のある場所で「ふき味噌」なるものを味わったことの記憶は深く刻まれている。そんな春のふきのとうの苦くて香り高い食材が、太宰さんの地域料理と完璧にマッチしたことこそ、本日最大の発見であった。

川上未映子さんの言葉に太宰治の天才性を解く鍵があるのです。

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公開中の凡作映画「人間失格」は何故駄目か、ということをしきりに考えている。太宰治さんの原作は天才的に凄いのになんだこの凡作は! しっかりせいっ! ていう意味である。ギャップが大きいほどに叱咤激励したくなるのは世のならい也。

だがなかなかしっくりした言葉が見つからないのだ。足りないものは、センス? 情熱? 思想性? はたまた貴族性? 天才性? 選ばれたることの恍惚と不安の凄さか? う~ん、そんなんじゃないじゃない、駄目だだめじゃ! そんなこんなの今宵、かの美人芥川賞作家こと川上未映子先生の処女作「そら頭はでかいです、世界がすこんと入ります」に、大変ヒントとなる言葉が見つかったので紹介しておきます。

「ってまあ、最後は僕すごく幸せ、幸せですっていうことで、思わずこっちが照れますよ。物を作る人間に限らず、力を形にし切ったあと、恋愛でもなんでも、そう思える束の間の幸福、これのみを体験するために生まれたんだよ俺は私は僕は、つって叫び出したい、意味はないがもうとにかく叫び出したい境地が確かに、あるのですよね完成は。」

川上さんが太宰さんについて記した文章の抜粋である。芸術家だろうがなかろうが、物を作る人間っていうのは豪いんですよ、えらいんだっ! その喜びを感じ取ることさえ曖昧な、風俗的世間の姿かたちばかりを描写して、何ぼのもんじゃねん! 監督の荒戸源次郎よ、顔を洗って頭冷やしてやり直しじゃねん! 次第に興奮してきたのではありますが、まことにかの映画には、頭にくること多かりしなのでありました。

映画「人間失格」は、太宰治の名を借りた風俗映画なり

太宰治原作の映画「人間失格」を鑑賞した。けれども「あれ、こんなんだっけ?」 という印象を、映画が終わるまでずっとぬぐえなかった。名作の名を借りてリメイクされた風俗映画と云わざるを得ないのだ。原作の「人間失格」は太宰治の代表作でありしかも彼の思想性が際立った純文学作品である。この側面が映画では、すっぽりと抜け落ちていて甚だ腑に落ちない。原作に太宰治さんの名前を冠しているのだから、もっと真面目に制作してもらいたいたかった。

主役を演じた生田斗真はじめ石原さとみ、坂井真紀、寺島しのぶ、伊勢谷友介らの俳優たちはそれぞれの持ち味を出していて悪くない。問題があるとすれば、脚本と監督の資質である。酒と女と薬に溺れて堕落していくというストーリーはとてもステレオタイプである。原作には居ない中原中也なる詩人まで登場させて、ストーリーをごちゃごちゃにさせていく。戦前昭和の文壇なりを描いたつもりだろうが、風俗を通り抜けて通俗の極みである。猪瀬直樹原作の太宰治映画「ピカレスク」に出てくる中原中也に比べれば実在感は上回っているのだが、そのぶん太宰先生の存在感が薄くなっていることを、脚本家なりはどう考えているのだろう。

ネガティブなことを書いて筆を(キーボードを)置くのは気がひけるので、吾なりにこの映画の見所を書いておこう。まず、石原さとみさんが主人公を誘う笑顔が可愛い。坂井真紀さんの主人公を惑わす仕草が前時代的である。主人公に誘惑されていく室井滋さんの自堕落な様が哀愁をそそる。主人公に身も心も肩入れしていく三田佳子さんが艶かしい。つまりは太宰さんがモデルの主人公を取り巻く、女性たちの有り様が、この風俗映画の物語を潤わせているのである。女優陣の演技は見て損は無いだろう。

暗イウチハマダ滅亡セヌ(太宰治より)

本日体は調が優れぬために、一日ぼんやりと読書なりをして過ごしていたのでした。「吉本隆明のメディアを疑え」という一冊を主に読書していた。吉本隆明さんの本を読むのは久しぶりである。その本で、吉本さんも尊敬する太宰治さんの小説に述べられていたと紹介されていたのが、表題の言葉なり。非常に重くてジーンと感じてくる。すべての日本人にとって非常に貴重な言葉であると想うなり。

出版されていたのが2002年4月なり。小泉純一郎が我が世の春を謳歌していたまさにその時期である。様々に吉本さんの提言が述べられていて、それはそれで重みのあるものなのではある。だがしかし、吉本さんの提言やらは無視されながらその後の時代は推移したのである。

小泉純一郎なる政治家は確かに他の政治家以上に洗練されてかっこよかった。当時は何か明るい未来を期待させたのかもしれない。しかしながら現代日本にとっては類まれなる悪党と云わざるを得ないくらいに重い責任を負っている。

余計な明るさこそ無用なり。こんなシンプルな真実を理解できないでいた小泉純一郎やそのかぶれ信者やほか関係者は、深い反省が必要である。それさえ真っ当に出来ていない日本の現状とはなんぞやである。

神の焔の苛烈を知れ(太宰治の遺言〔1〕)

太宰治さんの生誕百周年というのに、本年これまでにあまり関心も示さずに過ごしてしまった。本日はそんな太宰治原作映画を鑑賞しようかなどとレンタルビデオ店に立ち寄ったのだが、そんな作品のビデオは無かった。吾ながら拙いの一言なり。世間一般においては、太宰さんの原作による映画が沢山に公開されていたり、雑誌には太宰さん特集が組まれていたり、さまざま賑わせていたことに接して、偉い、とてもえらかった太宰さんの足跡をいま一度辿ってみたいと考えたしだいてあります。題して「太宰治の遺言〔1〕」なのである。

ある日太宰さんはおいらの神になっていた。詳細は忘却の彼方にありて見出すことできないのであるが、確かに15歳を過ぎたひと頃のおいらは、太宰さんを現人神のように崇拝していた。そして毎日のように太宰治全集に齧り付いていたのでありました。

改めて想うに、太宰さんのえらさを一言で述べるならば、苛烈なる探究心である。そんな彼の探究心は己をも滅ぼすまでに徹底していたのだから益々えらいのである。昨今流行りの「自分探し」などといったお笑い種などとは比較にならない。取るに足らない「自分」を探している輩などは、とかく「自由」だとか「自我」「個性」とか云々したがるものであるが、太宰さんの自分探し的自我の探求は、「津軽」といった一作品に書き表す程度のものであった。もっとえらい太宰先生による自分探しの旅はといえば、吾が身を賭した彼の膨大な全集に眠っているのである。

そんなこんなを云々する以前に、太宰さんは、正しきデカダンスの思潮を広めていたのだし、誰にも真似できない文学的才能を発揮したのであるし、さらには戦後の出鱈目な「戦後民主主義的」世相に対する強烈な批判を呈してもいたのである。であるからにして一流文化人としての評価は枚挙に暇がないのである。たださらに以上の太宰さんのえらいところについて述べていきたいと考えたのである。という訳で今宵は「太宰治の遺言」の序章を記してお仕舞いにします。

銀座「ルパン」と、時代の酒

銀座のレポートは昼に偏っていて、夜がなかったことに気付いたのです。そこで、以前おいらが某ブログにて記したレポートをアレンジして、銀座の名店「ルパン」について紹介します。

坂口安吾が愛した「ゴールデンフィズ」

坂口安吾が愛した「ゴールデンフィズ」

先日、銀座にある老舗バー「ルパン」に行ってきました。昭和3年に開設されたこの酒場には、太宰治、坂口安吾といった無頼派作家をはじめ、数多の作家、芸術家たちが足を運んだ社交場としても有名で、今なお彼らの足跡を辿るべく全国からのファンが訪れているそうな。少年の頃から太宰さんや安吾さんを敬愛してきた僕が、今頃になってここを訪れたのは遅きに過ぎたのですが、これも銀座勤めがもたらした巡りあわせなのかも。遅れて叶う出会いというのもまた乙なものでした。

何もわからないまま、安吾さんが好んで飲んだという「ゴールデンフィズ」というカクテルを注文してみました。ジュースに卵黄を入れてシェークしたものらしく、結構甘口系で、辛党の僕としてはとてもお酒を味わった気分にはなりません。銀座では銀座の酒をということなのか。無頼派の旗手こと安吾さんも案外銀座の振る舞いを熟知していて、人生と作品探求にも熱意がこもったのでしょうか。ちなみにこの日、何故太宰さんの愛飲した飲み物を頼まなかったかといえば、太宰さんは一流の道楽者ですから、きっと予算オーバーしてしまうこと必至であり、その点で、危険な香りを振り撒く女豹より、いささか口煩いが安心してつき合える堅実派の安吾さんによりシンパシーを感じていたためなのかもしれません。

よく知られているように、ここには林忠彦が駆け出しの頃に撮影した写真が展示されており、大きく額装された中には、一寸地味目にカウンターにおさまる安吾さんの姿もありました。林忠彦は当時「ルパン」を自分の連絡場所としていて、ここで知り合った安吾さんの住居に押しかけては、ごみだらけの仕事部屋で撮影した写真を発表して、話題をさらったものでした。のちにそれらの写真は「カストリ時代」という写真集にまとめられ、戦後の昭和二十年代を伝える貴重な一冊となっています。

「カストリ」とは粗悪な密造酒のことをいう。林忠彦が出会った当時の安吾さんの自宅では、時々仲間を集めては「カストリを飲む会」が開催されていたそうです。安吾邸にはカストリの入った石油缶がでんと置かれていて、それを仲間に振舞っていたというのだが、自分は「ルパン」でゴールデンフィズを愛飲していたのだから、安吾さんがはたして「カストリ」を好んでいたのかはなはだ疑問です。酒乱で鳴らした太宰さんや織田作と違い、安吾さんが泥酔する姿はあまり想像できません。仲間たちには安物の密造酒を飲ませつつ、こっそり高級酒をちびちびとやりながら推理小説のトリックを練っている。そんな安吾さんの姿を想像してしまうのです。それこそが無頼派の旗手として混沌の時代を駆け抜けた安吾さんの生き様ではなかったのではなかろうか。

それにしても「カストリ時代」とは粋なネーミングである。現代ならばさしずめ「発泡酒の時代」とでもいうのだろう、どうもピンとこないし味気ない。「ハイボール」の人気が上昇中だが、「ホッピー」ほどには人気定着の兆候は見られない。粋で天晴れなネーミングはないものかと悩む毎日である。

考えてみれば時代を表わす酒、あるいは時代のキーワード、ネーミングとはとても難しいものである。現在のマスコミが多用する「ネットの時代」「未曾有の時代」なんて全然駄目である。対抗できるのは一昔前に椎名誠が命名した「かつおぶしの時代」くらいじゃないかなと思うのであります。芸術作品は「時代を映す鏡」ともいわれるが、なかでも写真ほどこれに当て嵌まる媒体はないと云っていい。「現代」「今日」といった時間を写し取っているのだから当然のこととはいえ、時代の息吹を見事に活写した林忠彦や坂口安吾さんの取り組みには、益々畏敬の念を禁じ得ないのである。