新藤兼人映画監督逝去の報に触れ、天晴&合掌

新藤兼人映画監督が100歳で逝ったというニュースが飛び込んできた。先日は49作目の監督作品映画「一枚のハガキ」の話題で注目を浴びたばかりであった。流石に体力の衰えは隠し様が無かったとみえたが、一語一語噛みしめるように発していた言葉が印象的であった。

とにもかくにも100歳まで映画制作の現場の一線で居られた監督の逝去は、大往生ということばが相応しいだろう。まことにもって天晴れであり、合掌の思いを強く感じているのである。

独立系映画プロダクションと云う、経営的にはとても厳しい状況に自らを置きつつ、新藤監督は映画の製作に尽力していた。売れてなんぼの商業映画が跋扈している日本映画界にあって、とても厳しい試練を自らに課していたのだと想像している。長いものには巻かれまい。お馬鹿な仲間はけっして作るまい。愛妻あっての映画監督。乙羽信子さん万歳三唱。…等々の思いを今は改めて強くしているのである。

実はおいらはかねてより、乙羽信子さんのファンであった。あの清楚で凛として可愛らしい風貌にはとても魅せられていたものである。「裸の島」「原爆の子」「裸の十九才」「絞殺」等々の作品は乙羽さんのリアリティ溢れる演技と共に、新藤監督の巧みな演出がプラスされてのものであることにとても感動的な思いであった。映画監督と女優との稀有なる遭遇が、これらの名作を産んだのであった。

民主党、野田佳彦&小沢一郎による茶番政局の行方(1)

野田佳彦が民主党代表かつ首相となって、民主党政治はまさしく第二の自民党政治そのものとなりはてている。少し前まで、鳩山由紀夫、菅直人、両氏の首相在任中当時に些かでも存在していた期待感など、いまや微塵も無い。

期待感の消失と共に在るのは失望感では在るが、失望感と云うしろもの以上に在るのは、ある種の変革的ビジョンである。

野田佳彦、小沢一郎、或いは輿石、岡田、前原、等々の政治家に関するビジョンが無い分に却って、脱民主党ビジョンが近い将来の現実的ビジョンとして浮かび上がってくる。

ピリリとした刺激が嬉しい「シシトウ」の苦味と辛み

シシトウの串焼きが好物である。

小型のピーマンのような形をしていて、ピーマンよりも苦くて辛い。同じシシトウでも辛さには何種類もあり、中には舌がひりひりするくらいに辛いものに出くわすことがある。「青唐辛子」という名前で出ていることもあり、これは赤唐辛子以上の辛味がある。緑だから辛くないと齧ったらひどい目にあったこともある。油断大敵なのである。

苦くて辛くて刺激的な食材だから、酒のつまみにはもってこいであり、特にこれから暑い季節には、身体の細胞を生き返させる働きもありそうだ。

元東京電力会長、勝俣恒久の罪

本日の管直人前首相の参考人聴取を経て、福島第一原発事故に関する裏舞台の詳細はほぼ明らかになったと云ってよい。官邸と東電、保安院とのギクシャクした関係が明らかになったが、其れ等も予想していたとおりである。ここにおいて関係者のコメントが集約されているのだが、「言った、言わない」の、低俗な議論を一蹴する事実が明らかにされているのだ。

そんな中でのもっとも唾棄すべき発言は、元東京電力会長の勝俣恒久によるものである。衆人環視の状況で事実が明らかになっているにも関わらず、全面撤退とは云っていない等と虚偽答弁に終始しつつ大見得をきっていた。それでことが済むとでは思っていたような節があり、当時のマスコミ論調は「東電は全面撤退とは云っていない」という邪悪な報道が踊っていた。この経緯において勝俣恒久が大きく暗躍していたことは明らかである。

先日行われた参考人聴取では、東電が「撤退」するということを云ったことは無いなどという、ふざけきったたコメントを放っている。今にしてこの発言の真意を問えば、マスコミを思うが儘にして蹂躙してきた過去の事実が浮かび上がってくるのである。

そして勝俣は「官邸がダイレクトに(福島第一原発の)吉田所長に連絡するのは好ましくない」と言ってのけたのである。

「国有化してちゃんとした経営になった企業というのは、今まで見たことがない。とんでもない勘違いをしておられる。公的資金を注入するにしても、過半数より3分の1に留めるべきで、できるだけ早く、通常の企業に戻るのが一番だ」

駄弁を遥かに超えて、ふざけた発言である。こんなことを一流企業の幹部が発言していることこそ、東電の体質の深部が窺われるというものである。

よって、元東京電力会長の勝俣恒久には引退したからそれで終わりというものではなく、厳罰を処すべきである。こうした大災害を未然に防ぐには、断乎たる処置が必要である。

今年も「皐月(さつき)」の花が見頃となった

5月上旬に赤々と咲いていた花は「皐月」ではなく「躑躅(つつじ)」であった。とても似ているが少し違う。「皐月(さつき)」のほうが花弁が硬く色も鮮やかである。5月の後半になってこの時期にやっと咲くのが「皐月(さつき)」である。時期的には5月の花と云うイメージではない。一般的に6月が旬である。

今年も都内の生け垣やその他の緑地、鉢植えにはこの「皐月(さつき)」が見頃となっている。1年のほとんどを緑色の衣装で過ごしながら、「皐月(さつき)」はこの時期の開花を今か今かと待っており、いっせいに咲き誇ろうとしているかのようである。

大衆的味覚を今に繋げる「クジラのベーコン」を味わったのだ

クジラの捕鯨制限で生のクジラ肉は中々食することが出来なくなった。たとえ東京都内でクジラ肉に遭遇したところで、べらぼうな料金を請求されること必至ではある。であるからして近頃ではクジラ料理を口にすることは滅多に無い。

そんな中で「クジラのベーコン」という代物は、クジラ肉を原料とする保存食であり、安価に提供されている。都内でも決まったところの居酒屋では、年中在るメニューとなっているのだ。

このメニューも製造法は他のベーコン類と同様で、塩漬けにした後に燻製にして保存食仕様に変容される。酢醤油や和辛しで食されるのが一般的だ。

白い部分は脂肪分であり、高カロリー食品でもある。しかしベーコンとして流通しているクジラベーコンは、脂の生臭さは全くと云ってよいほど無く、まるで白身魚のベーコンのようにあっさりとした食感である。

改めて感じるのは「いわし刺身」の有り難さ

東京へと戻り日常の生活がスタートしているのだが、何時もの居酒屋の注文は「いわし刺し」であった。

青魚の原点とも云うべき豊富なEPA、DHAが含まれており、成人病(生活習慣病)予防には必須の食材なのである。

刺身として提供される生魚は高騰の気配だが、こと「いわし」に関してはそのような動きは無くて安定しているので、いつも普段も値段の事など気にせず注文できるのである。

青光りとも称すべき光輝くいわしの光明は、呑兵衛のみならず生活習慣病予備軍の人々に対して相当なる光明となって一段と光輝くはずである。

「弱い魚」などと蔑んでいる人はまだこの鰯の凄さを知らないのだというべきなのである。

天然かけ流しの秘湯「滑川温泉」に投宿

奥羽線「峠」駅から「滑川温泉」へと向かっていた。と云っても自力で登山したわけではなくて、宿の送迎の車に乗せてもらったのである。

送迎してもらった滑川温泉の「福島屋」は地理的に見ると山形県米沢市内にあるが、秘湯の一軒家と呼ぶに相応しい稀有な温泉宿となっている。自然のままにある山の風景と、天然かけ流しの温泉と、地元由来の料理、そして宿の人たちの人情、それ以外には無駄なものが無い。余計なものが無い。そういった特長を示している。ごてごてと着飾った温泉宿などは過去の遺物ではある。それに引き替え滑川温泉「福島屋」の存在は、あるべき将来像としての日本旅館の姿を示しているとも云ってよいだろう。

温泉は天然温泉100%のかけ流しである。新緑の息吹が香る露天風呂につかっていると日常の雑念は確かに消え去ってしまう。天然自然の力に対して人間の矮小な営みの様相がまるで馬鹿げた雑念の如くに捉えられてくる。自然の持つ力に対して人間存在の脆弱性が浮かび上がってくるのだ。

例えば人間にとっての「死後」という存在は、自然の大いなる営みの一部でしか無いのであり、観念的な雑念を排して死後の姿を捉えるには、此処のような特別な場所に居てしか感じ取ることが出来ないのかもしれない。そんなことを感じ取っていたのである。

この宿では自家発電によって電力供給を行っており、あまり電力を使い過ぎると切れてしまうので、電気を扱う関係者も大変なのであろう。おいらの滞在中も時々は電気が切れて中断となっていた。だが予想外なこととしては、インターネットのWiFi回線が回っていたために、おいらが持ち込んでいたノートパソコンの無線Lanにも対応していたので、滞在中のブログ更新も可能となっていたのだった。

夕食には「鯉の旨煮」が出されていた。川魚の王様こと鯉の旨煮であり、旨いことは申し分がないのだが、些か甘すぎるきらいがあった。こんな甘過ぎる味付けが必要なのだろうかと、訝しくも思っていた。

滑川温泉 福島屋
山形県米沢市大字大沢15番地
TEL.0238-34-2250

奥羽線「峠」駅前茶屋で食べた「ずんだ餅」

奥羽線に乗って「峠」駅にて下車。駅前の「峠の茶屋」にて福島、山形地方に伝わる郷土料理の「ずんだ餅」を食べたのだった。

枝豆をつぶして砂糖などを混ぜて甘く味付けした「ずんだ」を柔らかな餅にまぶして出されていた。枝豆の香りがほのかに香る上品な餡がとても魅力的だ。賞味期限は短く日持ちしないのだが、そこがまた旅行者の人気の要因でもある。全国区にならない理由の一つといえよう。防腐剤入りの力餅など食べたくなるはずも無いのだから。

この「峠の茶屋」は創業明治27年。奥羽線の開業よりも古く、かつて峠を越えていく旅人を相手に、精のつく餅を提供した茶屋として親しまれてきた。「峠」駅構内では電車の発着時になると、駅弁スタイルで「峠の力餅」が売られている。今時珍しいローカル駅での光景である。

■峠の茶屋
〒992-1303
山形県米沢市大沢848

福島の飯坂温泉は寂れていた

福島県を旅行中である。所謂ゴールデンウイークに何も安らぎの時を持てなかった故の、遅れたバケーションのようなものである。福島といえば云うまでもなく昨年の311の大地震被害とそれに伴う原発爆発の被災という累乗された被災地として、もっとも関心の高い地域ではある。いつもは東北旅行と云えば福島はたまには途中下車してみる土地柄ではあった。だが今回は兎に角も行きたい土地だったのである。

夜の街の歓楽街としての福島市街は、想像していたよりも数倍は賑やかであった。市街地の主要道路を占めるのがタクシーの縦列であった。深夜にわたってこの地の呑兵衛たちは酔いの時を過ごし、そして帰りにはタクシーや代行車やらの、決して安くはない業者への支払いを、日常的に行なっている県民市民は、けだし貧乏な被災地というイメージから程遠いものではある。

市街地の夜の居酒屋で注文したのは「餃子」である。この土地のB級グルメであるとのインフォメーションを受けていたことからでは在る。厚めの皮にシンプルな野菜の餡が入っている。消費量を見れば数字的には宇都宮や浜松に劣るのであろうが、ここ福島の餃子は立派にB級グルメの冠に似合うものだと理解していたのではある。グルメの基準が数字でばかり計れること自体がそもそも可笑しいのである。

市街地の喧騒に比べて、立ち寄った福島市内の「飯坂温泉」は、閑散としていた。福島駅から電車で30分弱という好立地、松尾芭蕉が入った「鯖湖湯」という名湯を持ちながらも、観光地の風情は感じられない。逆に目に飛び込んだのは「がんばろう!!福島」「飯坂温泉は負けない!!」というのぼり旗だ。震災とそれ以上に原発爆発事故の影響で、観光客が激減しているのがはっきり見て取れる光景である。市街地の喧騒と名門温泉郷の寂れ振りとのギャップは凄まじいものである。福島に対する所謂風評被害が甚大である。