坂口安吾著「戦争と一人の女」と映画作品との齟齬についての考察

何度か目になるが、文庫版「白痴」に収録されている坂口安吾さんの「戦争と一人の女」を読んだ。

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先日鑑賞した「戦争と一人の女」にこころ踊らされたにもかかわらず、胸の奥深くにとどまって咀嚼できないでいる小骨があり、なんとかその飲み込めずにいる小骨の正体を知りたいと考えたからでもあった。

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もっとも違和感として残っていたのが、安吾さんの分身である作家の野村が、戦後まもなくヒロポン中毒が原因で死んでしまうというくだりである。このストーリーは正しくないばかりか安吾さんの生涯的生き様を無視しスポイルしている。作品中の主人公、江口のりこ演じる飲み屋の女将と同様に、原作者の坂口安吾さんは戦後をしぶとく、逞しく生きたのである。それを脚本家の恣意的な操作でヒロポン死というわい小なストーリーにアレンジさせた事実は、安吾ファンの一人として容認することはできない。

若松孝二監督の弟子に当たる井上淳一が脚本を書きメガホンをとっている。戦後生まれの映画監督が描く「戦争」のビジョンは観念的であり浮ついている。とても安吾さんの達観したリアリズムをうけついでいるとは云い難い。単なる編集、アレンジを逸脱しており、原作者に対する尊敬の念も欠いた恣意的な脚本であると云わざるを得ないのである。

坂口安吾さんの原作映画「戦争と一人の女」を鑑賞

http://www.dogsugar.co.jp/sensou.html

東京都内では、坂口安吾さんの原作を題材にした「戦争と一人の女」という映画が公開されていると聞き、おいらも休日を利用して、都心の公開映画館「テアトル新宿」へと足を運んでいた。新宿駅東口を降りて、数分歩いて行くと、「新宿ぴカデリー」というメジャー映画を公開する映画館があり、其処を超えて行くと「テアトル新宿」に辿り着いた。

戦争によって自堕落に生きる安吾さんを連想させる「先生」とその愛人を演じたのが江口のりこさん。主演女優の江口のりこさんについては、過去にはテレビドラマの「時効警察」や映画「ジョゼと虎と魚たち」等にて覚えていた。

別段に美人でも可愛くも無いが、彼女の存在感がこの映画でも抜群であり、この映画には無くてはのキャストであった。戦時中真っ盛りの時代を背景にして、エロスに生きる作家こと安吾さんを、永瀬正敏が演じている。巨匠の安吾さんを演じるにはいささか役不足の感も無くは無かったが、力深くてけっこう良い味を出していたのであり、役者の評価を見直していた。

自堕落に生きて堕ちた坂口安吾さんには実はこんなに魅力的な愛人が居たのかとも想像していて動していた。そして尚更には、この戦時下という時代の戦争犯罪と、日本という国家の脆さと、更には国家的な不条理とを身に染みて感じさせていたのだった。過去に浴びた数々の虐待から不感症となっていた女主人公をめぐる人間模様の背景で、多くの日本の映画には無くなっていたとても重々しいビートが演奏されている。主演の江口のりこさんはじめとするキャストたちに留まらずに、監督、等々のスタッフたちの息遣いを感じる、大変な力作的映画に遭遇したという思いである。