「メディアの発達と人間の精神の発達は、無関係だ」(吉本隆明氏「悪人正機」の語録より)

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上記に引用したのは、吉本隆明さんと糸井重里さんとの共著「悪人正機」の一説に示された言葉である。「無関係だ」という素っ気無い一言の中にこそ真実が潜んでいる。

いまや国会議員ともなり出世した有田芳生氏は、かつて「ネット人格は矯正不能です」と述べていたのだが、それに比べれはとても温かな人情味溢れる言葉として受け取ることが可能である。

人間の基本は「魂」「心」の存在に依拠している。であるからしていかにしてネット等のメディアが発達しようとも、あるいは猛威をおよぼそうとも、メディアによる情報操作が及ぶのは末梢的な出来事に過ぎないのであり、それ自体が不毛な論議であるということを、吉本隆明さんはとてつもなく朴訥とした言葉によって語っているのである。う~む、深い箴言である。流石だ!

高円寺の阿波踊りに酔い痴れたのです

約12,000人もの踊り手が町中を練り歩き、踊りはしゃぎまわり、120万人あまりの観客が集まるという高円寺の阿波踊り大会。今年も28、29日の週末に開催され大賑わいだった。同時期に開催された「浅草サンバカーニバル」の観客が60万人程度だというから、その規模は群を抜いている。

踊り会場から少々外れた通りの「ひもの屋」という居酒屋に初めて入った。「しまほっけ」の一夜干しというのを注文。脂がしっかり乗って焼き方も程よく美味であった。

小沢一郎有利(菅直人不利、鳩山由紀夫変節)という民主党代表選の行方

世論の圧倒的な不人気とは裏腹に、9月に行なわれる民主党代表選は、多くのマスコミ論調によれば小沢一郎の有利なのだという。

現首相の菅直人氏が必ずしも首相に適任だとは考えていないが、この今、ここでの小沢一郎登板、待望論は無いだろう。「あいた口がふさがらない」と書いた媒体もあるがうなずくしかない。小沢の子分たちの発言を聞けば、マニュフェストの原点に帰れというのが主張らしいが、昨年の予算編成で口出しして公約を反故にさせたのは小沢であり、何をかいわんやである。低次元の代表選挙にうんざりするのはおいらばかりではないはずだ。

小沢一郎有利の状況を形成した最大の要因は、鳩山由紀夫前首相からの支持取付けである。前日まで「条件付の菅直人支持」を明言していたのが、小沢との会談後にころっと寝返った、その変節ぶりに驚いた国民も少なくなかったに違いない。

小沢・鳩山の会談で何が語られたか知る由もないが、小沢は鳩山から「お前がやるなら…」と云われたと述べ、鳩山のほうは「小沢先生が…」云々と語る。語尾の重箱を突いているのではない。小沢は高みから述べているのに対して鳩山由紀夫の語る語尾は、なんと物悲しいものだろうかと感じさせるに充分である。まるで蛇に睨まれた蛙が言葉を発すると、こんな風になるのではないのか? こんな茶番に観客として付き合わされる国民こそ大迷惑と云うべきだろう。

TV番組では小沢一郎子分一派の議員達が矢鱈に目がつく。だが中々慣れていないのか舌足らず、言い逃れ、あるいは強弁の姿がほとんどである。小沢一郎の敗北がもしあるとしたら、こうした取巻き議員達による失言が原因となる可能性があるが、こうしたマイナス要因くらいでしか小沢敗北が期待できないというのも情けない。民主党にとっても、日本の政治環境に携わる人々にとっても。

圧力釜で自家製の「牛スジ煮込み」をつくる

地元のスーパーで色艶の良い「牛スジ」を見つけた。早速、圧力鍋を引っ張り出して、牛スジの煮込みをつくったのでした。

そもそも一般に牛スジとして流通しているものは、主に牛のアキレス腱を指している。ほのかに赤く、煮込むと渋い茶褐色に姿を変える。だがその姿かたちは煮込むことによってその存在感を増すのである。煮込みの一連の調理工程を経た後の牛スジはと云えば、一見地味にも映るが、その実はその姿を凛として示している。他の素材ならば煮込まれて姿を無くすものを、牛スジばかりはしつこいように姿を消したりすることが無い。しかもまたこの煮込み牛スジの栄養素というものが、コラーゲン豊富な栄養素である。若い女性を虜にする要素というものがこの食材に隠されている。

牛の正肉や牛タンのような高級素材ではない。だがある種の低級素材の牛スジもまた、愛でて丁寧にかつ特殊的調理により、逸品の料理にもなるのだ。今日は牛蒡と蓮根とを一緒に煮込んでみたが、両根菜類にはともに味がしっかりと牛スジのエキスが染み込んでいて、まさにこのシンプルな煮込み料理の奥義を見たのです。感動ものなり。

この煮込みの出汁こそ、旨みの宝庫なのだ。明日はこの出汁を使って、冷麺か素麺か、饂飩か、…とにかく美味い麺料理をつくって味わってみようと思うのである。

池波正太郎「夜明けのブランデー」風に、たまには洋風のリカー&メニューもありなのだ

池波正太郎の「夜明けのブランデー」を読んでいたら無性にブランデーが飲みたくなって、駅ビルで買って飲んでいるのです。

今でこそ焼酎、あるいは焼酎割り、ホッピー、等々との付き合いが増えている昨今なのだが、その昔のおいらは、さる板橋区内のカラオケスナック等ではブランデーをキープしていたものである。そんな記憶も懐かしく、時空間を行き交う記憶のあれこれを今宵も愉しんでいる。

ブランデーとはワインを蒸留して精製した蒸留酒のこと。コニャック・アルマニャック等の高級酒をはじめとして様々な品種が販売されている。ウイスキーよりも口触りがよく、女性にはことによく口が合うとされている。そもそもウィスキーやバーボンといった蒸留酒とはまた違う洋酒、ヨーロッパ酒として認められたものとして、ブランデーの持つ意味は大きいのだといってよい。

さてっと、ブランデーにもよく似合いマッチするメニューが上に掲げた「Penne alla Pescatora」である。イタリアの家庭で食べられる田舎風パスタに、タコ、イカ、エビ等々の魚介をトマトソースであえてみたものである。まるでイタリアの食卓のメニューみたいではありませぬか?

まろやかな舌触りが秀逸、「茂富」の豆富を使った冷奴

普段は冷奴でも湯豆腐でも使うのは木綿豆腐と決めているおいらだが、今日は多少変わった冷奴を味わったのです。「茂たま えだまめ」という北海道産の大豆を使用してつくられた絹触りの豆富(豆腐ではなくてあえて「豆富」と呼んでいる)。ほのかな緑色の枝豆味である。

この逸品素材を得て、ネギ、茗荷、そして食べるラー油をたっぷり乗せて冷奴にしたのです。う~む、豆乳の香りが漂うまろやかな豆腐の味わいがたまらない。ちなみに値段は1個105円。今どきの格安値段である。しつこいようだが味は感動的なくらいの本物なり。

秋葉原連続殺傷犯の加藤智大は、果たして「裏切った」のか?

秋葉原連続殺傷犯である加藤智大の被告人尋問がマスコミの紙面を飾ってから、少々の時が経過した。それ以前、事件直後に抱いていた大まかなイメージを、覆するような被告人の裁判における発言が、意外な成り行きだとして報道されてもいた。取調べ時に加藤智大が語っていたとされるものと、裁判の被告人尋問で語られた内容とのギャップに、スポットが当たっていた。

確かにおかしいと思わせる内容であった。それは何かしらのおかしな作為が感じ取られていたからである。加藤自身の「自己分析」による告白内容のいかがわしさがそこにはあると感じ取らすに充分であった。あまり賢くもなさそうな被告人の口から語られた「告白」のほとんどが、虚飾に満ちていると感じさせるものであった。

先週発売された雑誌「AERA」では、「アキバ事件 被告が語った『真の動機』『加藤よ、裏切ったな』」との見出しで、加藤智大の裁判を特集している。だが実際は特集というのはオーバーであり、たかが3ページほどのレポートでお茶を濁している、些か薄っぱらな企画ものというのが妥当だろう。

被告人加藤智大が裁判で語った内容は、報道関係者のみならず、加藤被告を慕い思いを寄せる加藤ギャル達をも失望させている。仕事が無い、不細工である。女に持てない、等々のネット上の「告白」が、やらせだった、嘘だったと語っているのだから、彼に多少なりとも「同情」していた全ての人間に「失望」をもたらすに充分であった。

仮定の話にはなるが、たとえばこの告白内容が、加藤被告本人が望んで語ったものではなく、弁護人による誘導があったとしたら事は重大である。今後の裁判の行方に益々目が離せないものとなっている。

黒酢の水餃子でスタミナ補強なのだ

夏バテには酢が利くということは経験的に知っていたのであり、本日はもちもちの水餃子に、たっぷりの黒酢を合わせて食したのでした。もちもちの餃子にピリリと黒酢の刺激が心地好く、落ち込んでいた食欲もこれで何とか快復の兆しなのである。

それにしても立秋をとうに過ぎ、暦は秋だというのに、今年のこの猛暑はなんだ!

肺ガンで逝った芸能ジャーナリスト、梨元勝氏の功績を改めて考える

芸能ジャーナリズムの雄として、長らく日本芸能界にその痕跡を記してきた梨元勝氏が肺ガンで逝った。本日ここでは改めて、肺ガンで逝った芸能ジャーナリスト、梨元氏の功績について考えてみたい。

だがその前に一言。おいらも以前には参加していた「赤煉瓦掲示板」界隈ではいまだにデマゴギーが撒き散らかれており、まるで梨元勝死去でおいらがガッツポーズをしているような記述まである。まるでデマゴーグによる誹謗中傷の垂れ流しなのである。2ちゃんねるだけでなく未だに掲示板の書き込みの位相がこのようであることははなはだ残念である。

芸能記者、レポーターとして梨元氏が残した仕事は、主にTVという媒体を通して我々に示されることがほとんどであった。だがそれ以前に彼は、講談社の「ヤングレディ」編集部に籍を置いて芸能記者の仕事を経験している。このことはTVという媒体ではほとんど触れられずにスルーしているのだが、彼の原点がまさに此処にあるのだ。

当時の講談社「ヤングレディ」という媒体は、おいらの師匠でもある竹中労や、立花隆、等のメンバーが集っていた。当時の編集部員として仕事を共にしていた人物が語っていたのだが、それはもう戦場のように様々な種類の爆撃弾が飛び交っていたという。一つの記事なり告知なりに対して編集者、執筆者たちがそれだけ濃密な思い入れを込めていたということでもある。テレビという媒体に取り入れられるその前の梨本氏の青春期の息吹が此処にあったのだろう。

テレビという媒体を得て、水を得た魚のように飛び跳ねていた梨元氏の活躍については、改めて述べるまでもない。たがかれの信条として語られる言葉、

「たかが芸能、されど芸能」

というこの名句に隠されている思いの奥底に、真のジャーナリストとしての姿を見るのである。

芸能のことをレポートしようが、他の政治や経済、文学、芸術、その他様々のジャンルの事柄をレポートすることとの基本的なスタンスは変わらない。この基本を常に意識しながら彼は芸能レポートを敢行し続けていたように思われる。政治家も芸能人も市井の人もレポートの対象として軽重はない。その思いは彼の行動のあれこれから伝わってくるものであり、我々が見習わなくてはならないものなのである。

信州旅スナップ3 信州大町で、日本酒三昧の夜を過ごす

信州の大町は黒部ダム観光の玄関口として有名だが、民話と日本酒づくりが盛んな町でもある。町なかには三つの蔵があり、それぞれに「金蘭黒部」「白馬錦」「北安大國」という銘柄酒を製造している。

夕方になり街を散策していると、風情ある暖簾のかかった居酒屋が目に付いた。その一軒に入ってみたところ、「原酒3点セット」というメニューが飛び込んできたのだ。おいらは迷うことなくそれを注文。グラス製の洒落たお猪口に3種の原酒を注いで出されたその光景は、目と嗅覚とを虜にし、喉に流した原酒はピリリとしてとても刺激的に感じられた。

東京では中々こんな体験はない。まさに大町でしか体験できない種類のものだったと云えよう。いつかまた大町に来て、ここの日本酒酒場を踏破したいと、密かに願ったくらいなのでありました。