銀座逍遥記 ―東京銀座で出逢った都会の相貌―

昨日に引き続き、「デジブック広場」に「銀座逍遥記」スライドショーをアップしました。

当ブログをを始めて以来、銀座の様々な相貌をデジカメに収めつづけていたのだが、今回それらの写真群の中から特に、印象に深く刻まれた15点のスナップ風景をピックアップしてみた。以下に挙げるのがその写真群の中身である。

1 パティシエと赤い花弁
2 清楚な胸元
3 籠の中のバッグを見詰める少女
4 籠には鳥の姿も
5 LOUIS VUITTON
6 50th Aniversary
7 幕を閉じた歌舞伎座
8 HERMES
9 奥野ビル内ギャラリーにて
10 春近いショーウィンドー
11 和光ビルの踊子
12 岡本太郎の若い時計台
13 MERRY CHRISTMAS
14 銀座シネパトス
15 韓流スター、ヨンさま

日本全国には数多の「銀座」が散在している。銀座こそは増殖された都会像の表徴なのかもしれないと、時々感じることがある。全国の田舎には銀座的な表徴が少なからず存在しており、それらはある種の、都会に対する憧れを指し示していると云えよう。

現実に在る東京都中央区銀座の街は、日々その表情を変えていきながら、田舎からの大勢の訪問者を出迎えているのだ。

人間の都合で銀座にオープンされた「沖縄美ら海水族館」の巨大ザメ

東京銀座の「ソニービル」前には、「沖縄美ら海水族館」がオープン。それほど大きくは無い、否、沖縄を取り巻く海洋に比べては極端に矮小な水槽の周りには老若男女が取り囲み、甚平ザメなどの巨大魚たちの姿かたちに見とれている。行き交う人々は足を止めては水槽に見入っている。

ビルの内側に回って水槽の中を観察してみると、巨大なサメが可愛い目をこちらにむけて近付いてきた。瞬きもせずに道行く人間たち生態を観察するかのごとくである。36度を越えたという猛暑の東京だが、甚平ザメたちは東京都民をどのように観察しているのか? 逆に知りたいところでもある。それにしても人間の勝手な都合で極小の水槽に閉じ込められた南洋巨大魚たちにとってはいい迷惑この上ないのである。

暇つぶしの贅なる機器「iPad」狂想曲が勃発 [その1]

apple銀座店の前には、「iPad」予約のために長蛇の列が出来た。

前日10日、いつものように銀座を散策していると、一群の行列に遭遇した。こんな光景は銀座では珍しくもなんでもない。ブランドショップの激戦区でもあるこの土地は、様々な仕掛けを打って銀座観光人に行列を作らせる。未だに強烈な印象として残っているものに、新規参入宝飾店ブランドの「モーブッサン」が、0.1カラットのダイヤモンドを先着5000人に無料で配布するというイベントを敢行したことの一件である。職場のスタッフが朝の行列を目にして取材したところ、無料宝石サービスに目が眩んで並んだ群集による長蛇の列であることが発覚した。彼は仕事を放棄してその行列の末尾に並ぶという誘惑に囚われていたというのだが、やはりそんな邪心は捨て去って、職場へとたどり着いていたわけである。さすがは立派な心がけであった。

さて今回の「iPad」騒動とはこんな単純な出来事ではない。先端のITマシンを逸早く手に入れようとして、APPLE銀座店の前に長蛇の列に並んだのであるから、相当に志の高い人々であったと想像される。実はこの日は、国内で販売される「iPad」の予約注文が開始された日なのであり、決してその日に並んだからと云って真新しいニューマシンが手に入れられることでもなかったのである。だから行列者は余程の暇人であったか、あるいき余程この機種購入に拘ったかのどちらかであろう。

俄か勉強ではあるが、この数日は「iPad」に関する情報収集に余念が無いおいらである。いろいろジャーナリストやらマニヤやらのコメントを目にするところ、「iPad」とは究極の暇つぶしのためのマシンではないかという思いが強くなってきた。ライバル機器とされる「ネットブック」「ノートブック」「iPod」「iPhone」等々と比較しても、「iPad」がずば抜けているという要素が見当たらない。どれをとっても中途半端のようなのである。だが、遊びに長けた若者や中高年たちからは、暇つぶしに開いて時間つぶしするにはもってこいの機器だという評価が意外に高かった。

であるからして、後に続く[その2]の稿では、具体的にどこが暇つぶしに良いのかをレポートしていきたい。

銀座で食した「肉巻きおむすび」

東京銀座のおむすび専門店「金の芽」にて「肉巻きおむすび」を食した。元来は宮崎県が発祥の地域グルメの「肉巻きおにぎり」として、全国に浸透していったニューフェースである。「おにぎり」ではなく「おむすび」とメニューにあるのは、この店舗が「おむすび」の専門店であることによっている。

おむすびに牛の薄切り肉を巻いてそのうえで焼くのが基本的なレピシのようである。銀座の「おむすび」も、そんな基本的レシピは踏襲しているようだ。

肝心なのはその味わいである。お米ご飯のおむすびに肉を巻くといった、一見シンプルにも見えるレシピではある。だがこんなことは戦前の日本人は誰も考え得なかったのであろう。それを「気まぐれレシピ」と見るか「コペルニクス的転回のレシピ」だと評価するかによって、味の評価にも大いなる影響を与えかねない。はっきり云っておいらの評価は前者である。宮崎の気まぐれなシェフによる気まぐれレシピという評価を与えたい。

若いシェフの卵たちにとっては、こんな肉巻き料理はエネルギーの元となることだろう。それは別に「おにぎり」「おむすび」である必要性もなく、肉じゃが定食なりハンバーガーなりを求めれば良いというだけの話であると思われる。まずはこのおむすび、おにぎりは食べ難い。さらには肉+ご飯という取り合わせ自体は、メタボ的であり非健康的であると云わざるを得ないのである。

銀座の一等地において宮崎の人気メニューを提供するといったアイデアは認めるが、それ以上ではない。東京都中央区銀座にて提供されるべきメニューでは、決してないのである。

歌舞伎座が千秋楽で出来た異様な人の群れ

昭和26年に開場して以来60年の歴史を有する歌舞伎座が、本日千秋楽を迎えた。数日前から歌舞伎座の前には異様な観光客の群れが殺到し、猫も杓子もデジカメにその最後の姿を納めていたのだが、本日はそれがピークに達した。

老朽化による建て替えだと関係者は説明するが、それほど傷んだ風には見られない。銀座を象徴する建造物がまた一つ消えて無くなるのは忍びないことこの上なしなのである。

明日から取り壊しということでもなさそうなので、まだまだここは昼散歩の良いコースとなっていくだろう。入口の前には蕎麦屋があって賑わっていたものだ。蕎麦の味はよくある一般的なものなのだが、かき揚げてんぷらが個性的で愛嬌があってよろしいのだ。この蕎麦を食べに行くだけでも、歌舞伎座に通う価値ありなのである。

パッシングされた沢尻エリカの向かうべき今後の、正と邪。

銀座のソニービルでは沢尻エリカの巨大なポスターが道行く観光客らの人々の視線を釘付けにしている。極小ブラと腰まわりを隠した皮製のなにやらを身にまとってポーズしているのだから、思わず知らずに足を止めて見つめてしまうのもせん無きことだと云うべきだろう。ポスターに踊っている「沢尻エリカ、解禁。」のコピーは、様々に不穏当な憶測を呼ぶのだが、まあ何てことはない、芸能界に復帰できてオメデトー、初仕事はこれたかのゆりのCMですよと、まあ単なる人を喰ったセレモニー、イベントのである。

そもそも沢尻エリカと云えば、井筒和幸監督の映画「パッチギ」で女優デビューを果たし、その可憐な存在感で多くのファンを魅了したものであった。それが一昨年の「別に…」騒動で芸能マスコミの餌食となってしまった。ちょっとばかりお行儀が悪かったという程度のネタなのだが、それが芸能マスコミの格好のターゲットとされ、パッシングの対象となったのだから不運であった。

「持ち上げるだけ持ち上げて、落とす」。これが芸能マスコミの基本的スタンスである。沢尻さんはデビュー間もなくさんざん持ち上げられていて、たぶん有頂天になっていて、「私は女優よ、もともと女優よ。女優なんだから生意気よ。生意気なんだから、マスコミは媚び諂いなさい。」云々という、云わば思い上がり的境地に辿り着いたのではあるまいか。ただしそんな境地はまだかりそめのものであって、芸能マスコミがお膳立てしたものでしかなかったのである。だから結局のところ、芸能マスコミの格好のネタにされてしまったことを強く認識すべきなのである。

おいらはかつて芸能マスコミの一員として仕事をしたという恥ずべき過去を有しているが、ただし沢尻エリカさんをパッシングするような邪道なサメ集団では決してない。それどころか、エリカさんの復帰を歓迎するものなり。敬愛する俊才、井筒和幸監督が見込んで主役に抜擢した逸材が、こんなことで萎んでしまってはならないのである。もう一度「パッチギ」に抜擢された女優の原点に立ち返り、女優としての再起を図る心づもりが必要である。CMに起用されたからと云って浮かれていてはいけないのである。

銀座は今や即席インタビュアーたちのメッカなのだ

映像の時代、ネットの時代と、人々がもてはやしている間に、そんな時代のスキマをねっては、キャッチインタビューが横行している。キャッチセールスならぬキャッチインタビューである。東京の真ん中にある銀座は、まさしく即席インタビュアーのメッカだと云ってよい。欲得に目がくらんだミーハーたちを鴨にして食する光景がみられるのである。

有楽町ガード下の「満腹食堂」を初体験したのです(☆)

黒ホッピーしかないと云って出てきたのがこれ

有楽町のガード下付近を歩いていると、とても目に付く店がある。店名を「満腹食堂」という。店構えからしてとてもレトロな雰囲気が漂う。今日はこの店を初体験したのであった。まずはいつものホッピーを注文である。だが店員の対応は頗る悪い。

「うちのはグラスに入ってますけど、いいですか?」

なにやら最初から高圧的モードなのである。そうかそうか、ここは銀座によくある「樽生ホッピー」を出す店なのか…。それならばそれでよしと、気を取り直して再注文する。またまた店員の反撃である。

「うちには黒だけなんですよ。白はないんです」

またまた訳のわからない高圧モードがぶり返している。おいらはもうどうでもよくなって、だったらそれでよしと、白けた黒ホッピーを飲んで帰ってきたという訳なのである。出てきた黒ホッピーは、白けたプラスチック製のカップで出てきた。つまみはよくあるソーセージとポテトの盛り合わせ。出てきたポテトはマクドナルドで出されるようなポテトフライであった。これもがっかり。☆(星五つ満点で星一つって云うところですね)ジャンじゃんっと。

群馬のアンテナショップ「ぐんまちゃん家」で水沢うどんを当てたのだ

マスコット「アルティ」君も大活躍である。

銀座にある群馬のアンテナショップ「ぐんまちゃん家」(銀座5-13-19)では、伊香保・渋川フェアを開催中である。

http://kikaku.pref.gunma.jp/g-info/

2Fのイベント会場に入ると、沢山のパンフレット類に「エチケットセット」までもが無料提供される。そして簡単な2問のクイズに答えると抽選の権利が与えられるのだ。1等賞は伊香保の一泊旅行券である。久しぶりに気合が入って臨んだのだ。早速簡単なクイズに合格して、次なる抽選の機械をぐるぐるっと回す。

「お目出とうございます!」の大きな掛け声とともに、チャリン! チャリン! と、鐘の音が鳴り響いたのです。見事引き当てた賞品は「水沢うどん」でありました。知らない人も多いだろうが、日本3大うどんにも称せられる名物である。3大うどんとして名を連ねる他の讃岐うどん、稲庭うどんに比べても、この水沢うどんの方が断然と品良く高級であることは明らかである。即ち、水沢うどんこそ日本のNo.1うどんと云っても過言ではないのである。

家に持って帰って食してもよかったのだが、群馬出身のピチピチOLの「うどんちゃん」に差し上げることにした。もちもちとした柔肌のうどんちゃんには、水沢うどんが良く似合うと感じたからである。

銀座の「ブランド」考現学或は鳩山内閣の使命

東京の下町をこよなく愛した作家、永井荷風さんは、名作「墨(変換不能文字)東綺譚」の随筆的後記「作後贅言」のなかで、銀座にふれて次のように記している。

「もとの処に同じ業をつづけているものは数えるほどで、今は悉く関西もしくは九州から来た人の経営に任ねられた。裏通の到る処に海豚汁や関西料理の看板がかけられ、横町の角々に屋台店の多くなったのも怪しむには当らない」

この文章を、「関西」を「欧州」、「九州」を「亜細亜」、「海豚汁や関西料理」を「イタリアンもしくはエスニック」、「屋台店」を「立呑み店」に置き換えてみるならば、まさしくそのまま、現在の銀座を云い当てていると述べても過言ではない。つまりは、現代銀座を荷風さんの先見の明を借りた表現にて述べるとするならば、以下のような表現が成り立つ。

「もとの処に同じ業をつづけているものは数えるほどで、今は悉く欧州もしくは亜細亜から来た人の経営に任ねられた。裏通の到る処にイタリアンもしくはエスニックの看板がかけられ、横町の角々に立呑店の多くなったのも怪しむには当らない」

さらに述べるならば、銀座の表通りには「エルメス」「ルイヴィトン」をはじめとして高級ブランドのショップが軒を連ねている。「エルメス」「ルイヴィトン」は誰もが知るが、そう有名でもない二流、三流のブランドショップの名を知っていないと、銀座界隈における会話でつま弾きにされてしまうのである。おいらもそうしたつま弾き的痛恨の目にはしばしば遭遇しているのだが、かといって二流三流のブランドの名など覚えようという気はさらさら持ち合わせては居ないのである。そもそもは「ブランド」といった概念の生成過程における矛盾は、銀座のみならず日本国全般に覆い尽くされていると云って良いだろう。

先日は鳩山首相も引用した、インドのガンジー元首相の言葉「七つの大罪」を正しく理解するならば、「富みなき労働」を作り出しているものこそ「ブランド」にほかならない。悪しきブランドの弊害は、日本国全般を蔓延しつつあるくらいに重大な問題である。銀座がこれからブランド化していくことは、即ち日本国が虚業化、空洞化していくことに繋がっていく。この一連の動きこそ、止めていかなくてはならない鳩山内閣の使命なのである。