高田渡さんの「ブラブラ節」を口遊みつつ上州路をブラブラ

紅白歌合戦を摘み聞きしていて思ったことだが、近頃の楽曲の歌詞ときたら、どれも彼もが言葉だけの作り事だらけだ。言葉だけの希望、飾りを纏った作り事、そんな曲ばかりが蔓延っている現代日本人の正月にとって、忘れられないのが、高田渡さんの「ブラブラ節」である。日本人の、日本人による、日本人のための、正月にふさわしい名曲と云って良い。



今年こそは本当に うんと働くぞ そしてああしてこうもする
うその行き止まりの大晦日 なった なった なった なった
大晦日が正月に なってまた おめでたくブラブラ

栄作はん どちらへお出かけはりまっか 何ぞボロイことおまへんか
ワタイもやっぱりその口や なった なった なった なった
世の中が不景気に なってどうして 又そうなるもんやブラブラ

物価が下がったからと 町へ出てみれば 暮らしが苦しくてやり切れぬ
困る困るの愚痴ばかり なった なった なった なった
失業者が多数に なってどうして 又どうなるもんかブラブラ

寒い寒いよ 今年は寒い 外米やラーメンばかり食ったために
こんなに寒さが身にしみるのか なった なった なった なった
人間が栄養不良に なってまた 薄着でブラブラ

(以下の歌詞省略)

上州に帰省したおいらは、そんな名曲を口遊みつつ、上州路をブラブラしたのだった。

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高田渡さんの本日の8回目の命日に思うこと

http://www.midori-kikaku.com/artist/takada.htmltakada-2

http://www.midori-kikaku.com/artist/takada.html

伝説的天才フォークシンガーとしての高田渡さんは2005年4月16日日にある意味で不遇な生涯を終えたのであり、本日は高田渡さんの8回目の命日にあたることになる。この時期この日になると毎年毎年、生前の高田さんの姿振る舞いを思い浮かべつつ、想い出にふけってしまうのである。

さて本日のおいらはといえば、高田渡さんを偲ぶイベントとしての「かけ込み亭」に駆けつけようという予定を立てていたのたった。数年に何回か訪れたイベントだが、本日は所用によりそれも叶わぬこととなってしまつた。

http://www.asahi-net.or.jp/~yi7k-ttn/kakekomi/live.html

であるからこそよけいにおいらは本日のこの日を、伝説的天才フォークシンガーとしての高田渡さんに改めての心を奉げたいという思いが強くなっている。
である
山之口貘、金子光晴、草野心制度平らの現代詩にフォークのスタンダードを組み合わせたという評価が定着している高田さんだが、やはりそれ以上にインパクトを与えてくれる、あるいは完成度が高い作品は、高田渡さん本人が作詞したものであることは、あらためてであるが主張していきたいと思うのである。

渡さんのファンならば誰もが知っている、山之口貘、金子光晴、草野心というビッグネームの詩人たちを凌駕した作詞を、高田渡さんの作詞した作品には強く感じ取っているのである。ここ数年来において強く思い感じとっている心持ちのひとつであると云ったら良いのであろうか。

高田渡さんは稀代のエンターティナーだったことを思い起こさせる「タカダワタル的」の特典CD

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先日当ブログにて紹介した「タカダワタル的」には、同名の映画にはなかった特典映像のCDがおまけ的にもうけられている。

さきほどまでそのおまけ的特典CDを鑑賞していたのであり、稀代の高揚感に囚われていたと云ってよく、これはまさに高田渡ファンにとっては必鑑賞の映像であった。

下北沢「ザ・スズナリ」におけるライブ映像には、柄本明、蛭子能収達の歌唱映像がてんこもりでありそれに加えて、高田渡さんの私生活を追跡した貴重映像が盛り沢山なのである。

あらためて高田渡さんは稀代のエンターティナーだったことを思い起こさせるに充分至極な映像ではあった。

DVD「タカダワタル的」には高田渡ファンの思いが詰まっていた

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先日「BOOK OFF」にて偶然遭遇して購入することになった「タンダワタル的」というDVDを視聴している。

それはとても懐かしい映像であった。かつて同名の映画「タカダワタル的」が公開されておったのであり、おいらは厳しかった日々のスケジュールをぬって万難を排して映画を観に行った記憶がつまびらかに甦ってくるのだ。

公開当時、高田渡さんは存命であった。稀有なアーティストである渡さんのライブ活動や日常生活を追跡して、一遍の映像作品として世に問うた作品である。

熱狂的な渡さんのファンでもある俳優の柄本明氏が、実質的なプロデューサー的に同作品の製作に大きく関わっていた。DVD「タンダワタル的」には高田渡ファンの思いが詰まっていたのである。

DVD裏表紙の説明には以下の説明書きの言葉がある。以下引用してみる。

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伝説のフォークシンガー高田渡。彼の孤高の音楽性とは裏腹に、周りにはいつも沢山の人達が溢れ、笑い声が絶えない。そんな高田渡の魅惑的な世界を記録したドキュメンタリー音楽映画が「タカダワタル的」である。ギターを抱え全国を歩き回り、代表曲として親しまれた「生活の柄」など名演奏の数々を収録。一方で彼の住む吉祥寺の生活に完全密着、馴染みの<いせや>で一杯飲み、井の頭公園の桜を眺め、自宅で酔いつぶれるまでの貴重な姿を記録した。
―――――

アーティスト高田渡のあるがままの魅力を表す形容詞として、既存の言葉に頼ることなく、「タカダワタル的」という新たな造語を生み出して世に問うている。未だに新鮮なる高田渡ファンの息遣いや情念がよみがえってくるのである。

(この稿は続きます)

「酒にまじわれば」(なぎら健壱著)でも特記されていた高田渡先生の存在感

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東北旅行に旅立っていた途中に買い求めた一冊がこの「酒にまじわれば」(なぎら健壱著)であった。予想していたとおりに丁度軽いノリの彼是に、旅の途中の暇潰し的時間的利用術としてはもってこいではあった。

酒にまじわってしまった人々の滑稽なる仕草やエピソードを、色々な人間観察的視点で描いている。だが実際には酒にまじわった人々をそのままに著すのではなくて、可也の脚色を施していることが、その鮮やかなる落ちの切れ味にて見て取れる。事実的にはこれは、なぎら的お馬鹿な呑兵衛達への仲間意識から記された一冊ではある。

脚色によって面白可笑しく記されていた呑兵衛たちの姿であるが、同著の後半に或る一章にては、なぎら氏にとっての師匠でありおいらにとっての師匠でもある高田渡先生のエピソードが記されていた。同著の中での呑兵衛達は、某氏等の匿名的記述に満ちていて、其れこそが脚色的背景を明らかにしているのだが、こと高田渡さんの節こと「忘却とは……」においては、特記的に実名で記されていた。曰く…、渡さんは時として、朝7時ごろに酔っぱらってフォーク仲間に電話をかけることが良くあったという。機嫌が良い日は喋り続けて、そのうちに眠ってしまったという。電話の相手は「渡さん、渡さん」と呼びかけるのだが、返事はない。やっと声が返ってきてほっとしたところで、渡さんの一言があったと云う。

「え~っと、私は一体誰に電話をしているんでしょうか?」

なぎら氏は同節を「なんという、正しい呑兵衛の姿であろうか。」と〆ている。まさしく高田先生の存在感が際立っている、微笑ましいエピソードではある。

人生を旅した高田渡さんの「高田渡、旅の記録」

高田渡さんが没後にリリースされた「高田渡、旅の記録」と云うCDを、某リサイクルショップにて入手した。2枚組みのCDに43作品が収録されている。うちの10作品が「トーク」であり、渡さんならではの軽妙な喋りが収録されていて面白いこと極まれる。かつて何度か接したライブ会場でのトークに聞き入ってしまったときのことを想い出して止まないのである。

高田渡さんの人生はまさに「旅」と呼ぶに相応しいものであった。「演奏旅行」と称して全国各地を巡り各駅停車の旅をし続けていたのだった。かつておいらが写真展を行なうときに高田さんに挨拶に出掛けたのだが、「僕はいつも旅をしているので、写真展には顔を出せないと思います」と、ある種の素っ気無い反応を示されたことを、昨日のことのように想い起こしている。人生とは旅の如く。そして彼の旅とはまた、歩き続ける創作の日常的な生業其のものであったのであろう。

お酒が無くては生きられないくらいに耽溺していた渡さんの日常は、恐らく寿命を縮めてしまったことであろうが、酒と旅とそして人生を謳歌した高田渡さんに、あらためて「あっ晴れ!」なのである。

高田渡作「自転車に乗って」を口ずさみつつのサイクリングは格別なり

 

高田渡さんが作った曲の中で、ベスト10、否ベスト5に入る名曲が「自転車に乗って」である。今日は休日というのにちょっとした仕事が待ち構えていたために、以前から予定していたぶらり旅はおあずけとなってしまった。かわりに自転車でのサイクリングを満喫してとてもハピーな気分なのです。

自転車に乗って川原に下りてみると、そこには中学生と思しきカップルが語らっているではないか。青春よ頑張れ! 等と叫びたいところではあるが、こういう光景はおいらの青春の時代には無かったことなのである。だから今にして尚更に吃驚強調したいという思いを強くしたのでありました。

21世紀の時代は再び高田渡さんを追い求めていた。

[高田渡] ブログ村キーワード

昨日24日、NHK教育番組「知る楽」では、高田渡特集の第4回(最終回)が放映された。生涯最後というライブ映像も映し出されていて、とても貴重な映像など面白く視聴したのである。

高田渡さんをテーマにした映画「タカダワタル的」は、おいらも公開すぐに映画館に足を運んだユニークな作品であった。1年間という異例のロングラン上映だったという。渡さんを崇拝する監督の柄本明は、本物のフォークを謳う高田さんの生き様を通じていろいろなことを知らしめたかったと語っていた。古くてかつ新しい高田渡さんの生き様は、若い層にもひたひたと浸透していた。この映画が高田さんの再評価に寄与していたことは特筆される。個人的な思い入れを映画という公共のメディアに載せて知らしめるというやり口は、ほかに知ることが無いくらいである。

生涯を吟遊詩人として旅していた高田さんの最後のツアーは、北海道の白糠町であった。亡くなった最期を記すことになった、ゆかりの地なのだという。その日、悪性の風邪を患い40度の高熱をおしてのライブだったという。何百回聴いていた「生活の柄」だが、最後のライブとて記録された映像は圧巻であった。

「全部が新しいし、凄いんです。響くものは響くんです」となぎら健一がコメントしていた。人間の普遍的な日々の生活を歌にし、疾風怒濤の生涯を駆け抜けた高田さんに乾杯なのである。

受け継がれるべき高田渡さんの語り

高田渡のトリビュートアルバム「石」を聴いている。シンガーソングライター・こうもとあいさんがカバーする「私は私よ」のコケティッシュな高音の歌声が心地よく響いてくる。とてもこまっしゃくれた歌詞なのだが、高田渡さんの稀有な世界観、女性観を覗き聴かせてくれてジーンとくるのだ。かつて何処かのライブ会場で、渡さんが低音を響かせたこの曲を聴いていたはずなのに、どんなうたい方をしていたのか想い出せない。けれどとても懐かしく響くのである。こういう現象をデジャヴとでも呼ぶのだろうか。

高田渡の後継者を自任するなぎらけんいちは、例えば「生活の柄」を歌わせたら自分の方が上手いのだが、どうしても渡さんには敵わないということを語っている。渡さんの持ち味は「語り」の持ち味に凝縮されている。渡さんの「語り」はそれくらい人を魅了する力を持っているのだ。

研ぎ澄まされた音楽世界に身を置きつつ、全国を放浪行脚して大勢の高田信者を増やしていた彼はまさに、放浪詩人に値するだろう。TV界や芸能産業などから自ら距離をとりつつ、全国各地でのライブ廻りを続けていた渡さんだが、各会場で接した人々のみが受け取ることができた何かが、渡さんの語りの中にはぎゅうぎゅうと詰まっていたのである。彼の語りはユニークであるが、とても親しみやすいものでもあり、皆が真似をしたがる。けれども実際、真似することはとても難しいことを実感するのだ。

本日これから放映されるNHK教育の「知る楽」のテーマは「反骨人生 時代に背を向けて」となっている。「反骨」という看板を掲げて勧誘活動やらサークル活動、友達ごっこをする風潮はたえて消え去ることはないが、渡さんが全国を廻って伝えていた反骨の姿こそ、そんな風潮とは真逆のものであり、もっとも尊いものと思うものなり。渡さんの歌を歌い、彼について語るときごとに、益々それを実感するのである。

高田渡の特集番組、4週連続放映中

高田さんは吉祥寺の愛酒会の人気者であった。

NHK教育の「知る楽」では、高田渡の特集番組が4週連続で放映中である。先週の第1回放映を見逃していたので、本日は早朝目覚ましで起き、5時35分からの再放送番組を視聴した。「随想 吉祥寺の森から」の杉本さんより番組情報を提供していただいていた。

http://blog.livedoor.jp/mediaterrace/archives/52082820.html

第1回放映では、高田渡さんの少年時代にスポットが当てられていた。裕福だった岐阜での幼少期とは裏腹に、破産して東京に逃れ着いてからの一家の生活は、とても苦しいものであった。飯場の労働者たちと接しながら育った渡さんのの少年時代の環境が、彼の音楽性に甚大な影響を与えていたことは想像に難くない。

高田渡さんと云えば、かつておいらが西荻窪の「ほびっと村」にて二人写真展を行った際、祭りのライブ会場で渡さんを撮影した写真の展示許可をもらうことやご挨拶などから、彼の住む吉祥寺を訪ねたことがある。南口改札前で待ち合わせた渡さんは、とても静かに現れて、とても想い出深い面会となった訳である。かねてからの行きつけであるハーモニカ横丁でのお付き合いを願い出たところ快く応じてくれたのである。ビール、焼酎と杯を重ねながら、奥さんが写真関係の仕事をしていて渡さんも写真に関心が深いことや、息子さんのことなど、とても熱っぽく語ってくれたことを昨日のことのように思い出すのだ。その日はおいらも少々深酒してしまい、帰宅するなり妻にじっくり叱られたという、ほろ苦い想い出もあったりするのである。

本日はこれから、第2回目の放映がある。テーマは「“日本語フォーク”の先駆者 」となっている。フォークシンガーの中でもとても異色であった彼の音楽が生み出された背景や必然や、その他諸々のドラマが展開されるだろうと期待しているところである。