荒木径惟・舟越桂「至上ノ愛像」展をみて思う母子愛の崇高さ。

「高橋コレクション日比谷」にて「至上ノ愛像」展が開催されている

http://www.takahashi-collection.com/

写真家・荒木径惟と彫刻家・舟越桂とのコラボレーション的二人展である。展示されている作品の目をひく大部分が、熊本市現代美術館で開催された「荒木径惟 熊本ララバイ」に出品された「母子像」シリーズのうちの12点となっている。幼い子供と母親とが全裸でカメラに向かい被写体となる。そうした数十組の母子像の姿をとらえた写真群の一部がこの企画展にて展示されている。すなわち「熊本ララバイ」にて作品に接することのできなかった東京人へのお披露目という要素も、この展示会が担っているというわけなのである。ちなみに「熊本ララバイ」の展示会図録は開催間もなく売り切れ完売となったそうだ。それだけ展示会としては至上の人気を博したものであった。

昨日エントリーした「アホの壁(議論の続きはまた後日)」でも触れたことだが、「アホ」とは人間社会においての潤滑油ともなり得る貴重な存在であり、愛すべき要素を持っている。人がカメラの前にて全裸になる、すなわち「アホ」になるには相応の根拠を必要とする。昔の女優であれば「芸術のため」等々の決まり文句が存在していたが、今の世の中、そんなお目出度い言葉は見当たらないのであり、「アホ」の称号を博することが必至なのである。至上の愛とはそんな俗世間のしがらみを払拭すべくパワーをもたらすものである。「熊本ララバイ」の成功がそのことを証明しているのだ。

それにつけても「至上の愛」とはよくもまあのたまったものである。日本語には「無上の愛」「極上の愛」「究極の愛」などといった同様の意味する言葉があるのだが、何故「至上」なのだろうかと、何故か拘ってしまうのである。「無上」という言葉は仏教的であまり一般的ではないし「極上」にいたっては金ピカ成り上がり的雰囲気をまとっていることなどがマイナス的要因ではある、しかも「究極」ときては人気漫画の剽窃とも疑われかねない、等々の検討過程が想像されるが、しかしながら「至上」が何故選ばれたかの根拠は定かではないのである。おそらくスタッフの誰かの入れ知恵で「無上」はこうこうで駄目、「極上」はあれこれでマイナス…的な、スタッフアドバイスが噴出したのだろうかと推測可能である。

「バカの壁」を凌駕する「アホの壁」の面白さ

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筒井康隆さんが「アホの壁」(新潮社新書)という書をしたためたと聞き、早速読んでみることにした。ベストセラーにもなった同じく新潮新書版の「バカの壁」に比べて、遜色ないどころか断然にこちらが「上手(うわて)」である。遥かにこちら(アホ)の方が面白いし、考えさせるネタを提供してくれている。「バカ」のほうは一段高い地位に己を置いたりすることからくる視野狭窄的観点が難点である。理科系秀才の嫌味がそこかしこに撒き散らされてあり、とても読めた代物ではない。さらに云えば自ら筆をもとらずゴーストライターの手をわずらっていることなど、とても一流の書物とは云いがたいのである。そもそも養老某のあの独りよがりの喋りは不快感のたまものである。不快文化人の筆頭が勝間和代だがそれに続く不快文化人である。こんなものらがベストセラーになるのだから、日本出版界の現状は情けないと云わざるを得ないのである。筒井さんの「アホ」には、アホに対する愛情さえ感じ取られるものとなっており、彼の筆力との相乗効果もあいまって、出色の新書版となっているのである。

それはそれとして、この「アホの壁」には、ブログ、ネット心中、等々のネット時代ならではの現象に対する考察がとても目に付き、行き届いており、とても考えされるのである。これについては後日にあらためて論ずることにしたい。(この項続く…たぶん)

満開の桜の木の下に立つと、誰でもバカに見える。(i)

タイトルに示したのは村上春樹と糸井重里との共著「夢で会いましょう」の中の、糸井さん担当の章に記された一節である。

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そろそろ東京も桜の見頃かと銀座の桜の咲く公園を散策したが、まだまだであった。幸いなことに満開な桜がなかったため、バカ騒ぎする人々の姿も見当たらなかったのである。春かと思えばみぞれ降る空模様に、桜のつぼみもどうしたらよいのか迷っているに違いない。現在はまだ2分咲きといったところだろうか。周囲を気にし周りに合わせる。周りを気にしてなかなか早咲き桜が後に続かないのは日本の桜だからこその光景である。

廣瀬裕子著「とっておきの気分転換」でリフレッシュ。

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押入れの中に眠っている文庫本「とっておきの気分転換」(廣瀬裕子著)をめくって読んでみる。表題のとおり、気分が落ち込んでいる時、滅入っている時などに効く、気分転換のおすすめ本である。ハウツー本の一種と云っていいかもしれない。内容は一見、とても他愛がない。例えば「クレヨンで絵を描いてみる」「お日さま色の花を生ける」等々。55箇条の項目にわたって、具体的に気分転換のノウハウを伝授しているという訳である。なかなか一人では気分転換が出来ないときなど、この本を取り出して一押ししてもらったという経験は少なくない。

おいらはかつてさる出版関係の会にて廣瀬さんにお会いしていた。当時は出版社で書籍編集を担当されていたと記憶しているが、その穏やかな笑顔が印象的な美人編集者であった。その後独立して何冊もの著書を目にし、活字を追いながら、彼女が編み出す癒しの言葉たち、独特の筆遣いに、幾度と無く「気分転換」させてもらっているのだ。

初かつおの季節が早くも到来。

まだまだ早いかと思っていたのだが、本日はラッキーにも「初かつお」を食することができたのでした。「目に青葉、山ほととぎす、初かつお」と謳われるように、春の季節の到来を告げるもっとも顕著なる風俗こそ「初かつお」なのだからとても目出度いのです。ちなみに名乗るほどではないのだが、おいらの名前は「かつお」と云います。であるからして初かつおには大変に縁もゆかりもあっておるのです。初かつおが広まるのは東西の勝浦なのです。近々近いほうの千葉の勝浦に旅して、取りたての初かつおなどを食することなどばかり考えているところなのです。

尾崎豊を聴きながら振り返る「卒業」という名のセレモニー。

朝、晴着の若い女性を何人も見かけた。何があるのだろうかと思案していたが、「卒業」というセレモニーの日なのだということが判った。近頃の大学、短大の卒業式と云うのは大学構内ではなく巨大なホール等のイベント会場を借り切って行なわれるそうだ。きっと日本武道館やらは大盛況の1日だったことだろう。

ところで「卒業」と云えば、社会への第一歩ととらえる向きが一般的であるが、学校支配からの卒業という一面も忘れることはできない。教育という名の管理、支配に反発を抱いていたおいらにとって卒業とは、早く乗り越えるべき通過点でしかなかった。だから今振り返っても、卒業式で何を得たかはもとより何が起こり何をしたかということさえ覚えていないのである。自分とはあまりにもかけ離れたイベントであるということを、今更ながらに感じている今宵である。

それかあらぬか、今宵は尾崎豊の「卒業」を無性に聴きたくなったのである。ジーンと歌詞をかみ締めつつ聴き入っていたのである。尾崎豊はかねてよりのファンである。カラオケに行って「I Love You」「Oh My Little Girl」「シェリー」などはよく歌うが、こと「卒業」については未だに人前で歌ったことがない。何故かとも思うが「卒業」を人前で歌うには特別な勇気とやらが要るのかもしれないと感じているのだ。それくらいに大きな意味を持つ名曲である。尾崎豊はある意味での「腫れ物」であったのかも知れないと思うことがある。腫れ物にはあまり近付きたいとは思わない。だが、それだけ彼は特別な存在であったということは間違いのない事実であった。

茂木健一郎×酒井雄哉「幸せはすべて脳の中にある」

朝日新書「幸せはすべて脳の中にある」を読了。天台宗の僧侶で、7年かけて4万キロを歩くという千日回峰行を2度達成した酒井雄哉氏と、著名な脳科学者茂木健一郎氏との対談をまとめたものである。

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茂木がインタビュアー的に質問を投げかけ酒井がそれに答える。そして茂木がポイントで解説、というスタイルで進行する。両者とも肩肘張らずに日常の言葉をぶつけ合うのは近頃の読者層の読書嗜好性に合わせようというものだろうが、ちょいと焦点がまとまらない。書名からして焦点が見えないのだから当然なのか?

成道するために魔境に入る。

そんな感想を持ちつつ読み進めていると、上記の言葉に出逢った。偽者のなかでまがい物ばかり見せ付けられたら本物は見えてこない。魔境を通り抜けてこそ真実が見える。成道が開かれるという。

新興宗教流行りの時期に、関係者に聴かせたかった重い言葉である。学校など教育システムでは教えられない「ビジョン」を見せ付けられることで新興宗教や諸々の唱道者に惹かれてしまう若い精神に、ある種の警鐘を鳴らしている。この言葉は本物である。それにしても84歳という高齢ながら臆することなく自己の歩みを語る酒井氏の語りは、ずんとした重みで響いている。

水よりも澄んだ本格焼酎の佇まい

水よりも澄んでこくのある本格焼酎「赤兎馬」。

いきなりだが「赤兎馬(せきとば)」なる芋焼酎は絶品であった。グラス氷とともに赤兎馬を注ぐなり、甘い香りがおいらの脳味噌を直撃した。普段は甲類焼酎とホッピーとの組み合わせばかりであったが、たまには本格焼酎が欲しくなる。中国出身のお姉さんの説明によれば、この焼酎は中国名で「千里馬」というらしい。千里こと4千キロもの距離を1日にして走り去るという伝説の名馬だそうな。う~ん、思い起こすに涎…。

カンパリソーダは甘苦き恋の味がする。

♪ カンパリソーダ片手 バルコニーに立って
  風にさらわれて グラス落とした
  あの晩の 夕陽の悪戯 ♪

http://tayune.com/?pid=479061

知っている人はまず居ないだろう。かつてのシンガーソングライターこととみたゆう子さんの「蒼い風」の歌詞の一節である。メジャーではないが出身地名古屋のローカル局ではリクエストの上位にランクし、ローカル人気は沸騰したのである。おいらも過去に名古屋旅行で一泊したときにこの曲を耳にして以来、愛聴歌曲のひとつとなっている。当時所属していた会社の名古屋支局長がとみたゆう子のファンであり、彼に薦められたのがきっかけでもあった。その後、とみたさんには4~5回は取材、インタビューをしていた。公私混同も甚だしかったのである。

ともあれ当時はこんなヨーロッパ調のポップスは珍しかった。「カンパリソーダ」もまた、バーボン、スコッチ等の洋酒とは違って、程よく甘く苦く、ヨーロッパのエスプリを感じさせる飲み物であった。「カンパリ」というリキュールをソーダで割ったのが「カンパリソーダ」である。調べてみるとこの「カンパリ」は、ビター・オレンジ、キャラウェイ、コリアンダー、リンドウなど60種類もの原料によって作られているという。薬草類が主原料であり、未だその製造方法は公表されることがない。まさに味覚の協奏するカクテルと呼ぶのが相応しいのである。

二十代に入るか入らぬかの青春の門、大人の門を潜り抜けたばかりの頃においらは「蒼い風」と「カンパリ」に出逢った。尚かつ当時の甘苦い恋に酔っていたことを懐かしく回顧するのだ。まるで血液のような鮮赤色。苦味走った複雑な味わいがのどを潤すとき、青年の頃の甘苦い想い出は胃袋から身体全体へと巡りゆくのである。そんな甘苦い想い出を回顧するにはとっておきのリキュールなのである。

つぼみが開く瞬間こそ花の見ごろ

昨日の未明から、東京は大荒れだったらしい。らしいと書いたのは、家を出るまでそんなことは実感できなかったが、家の周りの風景が乱雑模様で散らかっていた。まるで台風一過の朝の光景に思えたのだ。しかも屋根のトタン材の一部が落ちて庭に転がっていた。慌てて屋根の修繕業者を呼ぶ羽目に。帰省する予定が急遽変更となったわけである。結局は屋根に上ってもらったところ、我が家ではなくお隣さんの家の屋根だったことが判明。普段は留守宅のお隣に、飛んだ屋根材とメッセージを置いてきたのだ。

そんなか、東京の染井吉野桜の開花宣言が発表された。例年より6日ほど早いという。昨日新宿御苑を散策したのだが、数十種類ある桜の木のほとんどに花を咲かせていた。地元の多摩でも見かけた「小彼岸桜」や「寒桜」「しだれ桜」などなど、一度に数十種類の花見見物ができる場所など、此処くらいしかないのではないか。今の季節は「染井吉野」がまだつぼみ状態で、控えめでおとなしくあり、却って桜鑑賞にはもってこいなのである。もともと江戸時代の信州高遠藩主の屋敷だったという土地柄なのか、高遠が発祥の「小彼岸桜」が勝ち誇るようにして威勢が良い。手入れも行き届いている。そんな姿がとても目に付いたのである。

本日は愛機「オリンパスペンE-P1」に「ニッコール28-85mmズーム」を装着して地元散策に出かけた。多摩の公園の桜はまだおとなしい。都心との気温差が3度程度あるというくらいだから、東京の開花宣言とはずれが生じるのだろう。どんな花もそうだが、つぼみが開くときのその移り変わりの瞬間が最も興味をそそるものである。

ニッコールの名レンズが、オリンパスペンE-P1で甦るのだ。

先日、オリンパスペンE-P1にニッコールのレンズを装着するアダプターを購入した。本日は新システムの試写を兼ねて、新宿御苑などへと繰り出したのでした。

ニコンのF、F2、F3と云った「Fシリーズ」の隆盛を支えていたのは、ニッコールレンズの優秀性である。キャノンレンズには無い品の良い写り。ライカやコンタックスレンズのボワッとした個性は無いが、シャープさ、切れの良さには飛び抜けたものがあった。昔から「ニコマート」「ニコンF3」といった機種を愛機としていたおいらの家の戸棚の中には、クラシックなニッコールレンズが多数眠っている。アダプターなる代物によってそんな往年の名レンズたちが甦ったのである。

本日、「ニッコールの中のニッコール」とも称される「50mm F1.4」レンズを装着したまま撮影を続行した。画角は35mmフィルムカメラに換算して100mmに相当する。いわゆる中望遠系のレンズとなる。標準レンズだが使いこなすには慣れが必要だ。特に開放絞りに設定して撮るボケの味わいは素晴らしく、最新デジカメ用レンズには見られない独特のものがある。とても真新しく感じられたのである。

クラウス・シュルツェ japan live 2010

本日は日頃体験できないプログレロックを鑑賞できたので、気分は晴々なのであります。う~ん、それにしてもクラウス・シュルツェさんの存在感は凄かった。眠りを誘うアートというジャンルをシュルツェさんは展開しているのかもしれない。(※名前の呼び方を修正しました)

編集後記的に綴る、吾がブログとの半年間なのだ。

当ブログをスタートさせ、本日は半年を迎えたのでありました。

ブログの隆盛について、「自己テキストの時代」と称した五十嵐茂さんの言葉を引用させてもらったことは、おいらが自らブログを始めなければ決して出逢うことのなかった出来事であった。みなみさん、かもめさん、イカちゃん、そしてフルちゃん、などなどのブログの先達たちの後を追いかけつつたどった半年間であった。

当ブログのスタイルとしては、日々の雑記こと日記スタイルが基本である。便宜上「アート」「書物」「銀座」「居酒屋」「ランチ」等々のカテゴリーを設けているが、基本的にカテゴリーを意識してブログを書いている訳ではない。ことビジネス系のブログではこんなことはあってはならないのだろうが、当ブログの基本スタンスなのだから仕様がないのである。ビジネス系のブログとは一線を画して、今後ともせっせと続けていく所存なのであります。

沢尻エリカは井筒和幸監督の呼びかけにきちんと応えよ!


沢尻エリカの復帰初仕事となるたかの友梨ビューティークリニックCMを、本日初めて目にした。レーザー製の衣装と見えていたものは、実はCG処理を施されたものであったことが判明した。とするならば沢尻エリカは全裸でCM撮影に臨んでいたということになる。その心意気は良しである。だがやはり、CMにて仕事復帰というシナリオは、誰が描いたのかは知らぬがいただけない。復帰をするならば映画の主演女優を演じるという王道を歩んで欲しかったのだ。名匠・井筒和幸監督も、エリカのことを心配して呼びかけを何度か行なっていたではないか。エリカよ目を覚ませ! そして原点に立ち戻れ! なのである。

そんなことを叫んでみたところで本人の耳には届かないことだろう。だから今宵はちょいと視点を変えて、エリカたんの「別に…」発言の持つ意味について、考察してみるのである。

事件となったのが、映画「クローズド・ノート」の舞台挨拶である。行定勲監督による同作品は駄作ではないが大したことはない。フツーの娯楽作品としての条件を満たしているものに過ぎない。井筒監督ならばさしずめ「テンポがなってない」などと一蹴するに違いないだろう。もしやもしやの仮定話であるが、エリカたんが「こんな通俗映画なんか、私だいっ嫌い」などという思いを秘めてあの「別に…」発言を行なったのだとしたら、大した大物である。それならばなお更に、これからの彼女がとる道は決まってくるのだ。井筒和幸監督の呼びかけに早く応えて、井筒さんとともに納得できる映画づくりにまい進するしか、エリカたんには道がないのである。沢尻エリカよ、早く目を覚ませ! なのである。

パッシングされた沢尻エリカの向かうべき今後の、正と邪。

銀座のソニービルでは沢尻エリカの巨大なポスターが道行く観光客らの人々の視線を釘付けにしている。極小ブラと腰まわりを隠した皮製のなにやらを身にまとってポーズしているのだから、思わず知らずに足を止めて見つめてしまうのもせん無きことだと云うべきだろう。ポスターに踊っている「沢尻エリカ、解禁。」のコピーは、様々に不穏当な憶測を呼ぶのだが、まあ何てことはない、芸能界に復帰できてオメデトー、初仕事はこれたかのゆりのCMですよと、まあ単なる人を喰ったセレモニー、イベントのである。

そもそも沢尻エリカと云えば、井筒和幸監督の映画「パッチギ」で女優デビューを果たし、その可憐な存在感で多くのファンを魅了したものであった。それが一昨年の「別に…」騒動で芸能マスコミの餌食となってしまった。ちょっとばかりお行儀が悪かったという程度のネタなのだが、それが芸能マスコミの格好のターゲットとされ、パッシングの対象となったのだから不運であった。

「持ち上げるだけ持ち上げて、落とす」。これが芸能マスコミの基本的スタンスである。沢尻さんはデビュー間もなくさんざん持ち上げられていて、たぶん有頂天になっていて、「私は女優よ、もともと女優よ。女優なんだから生意気よ。生意気なんだから、マスコミは媚び諂いなさい。」云々という、云わば思い上がり的境地に辿り着いたのではあるまいか。ただしそんな境地はまだかりそめのものであって、芸能マスコミがお膳立てしたものでしかなかったのである。だから結局のところ、芸能マスコミの格好のネタにされてしまったことを強く認識すべきなのである。

おいらはかつて芸能マスコミの一員として仕事をしたという恥ずべき過去を有しているが、ただし沢尻エリカさんをパッシングするような邪道なサメ集団では決してない。それどころか、エリカさんの復帰を歓迎するものなり。敬愛する俊才、井筒和幸監督が見込んで主役に抜擢した逸材が、こんなことで萎んでしまってはならないのである。もう一度「パッチギ」に抜擢された女優の原点に立ち返り、女優としての再起を図る心づもりが必要である。CMに起用されたからと云って浮かれていてはいけないのである。

「贅沢は素敵だ」の今日的な意味について。

最近「プチ贅沢」というのが流行りなのだそうな。不況のあおりでなかなか贅沢はできかねるが、かと云って禁欲生活を続けていくばかりでは心も萎む。良いことなど何にもないのである。おいらもたまにはプチ贅沢などしたく想い、通勤帰宅列車に特急指定席券など買い込んでしまうのである。本日もまたそんなプチ贅沢気分で帰宅したのでありました。東京駅発高尾行き中央ライナーの指定席に乗車。追加料金500円なり。

さて話は少々古くなるが、かつて「贅沢は素敵だ」というキャッチコピーで華々しい脚光を浴びていたのが、コピーライターの糸井重里さんである。いわずもがなの解説になるが、戦時中にはお上から強制された「贅沢は敵だ」をもじっている。一言「素」の文字が入っただけで意味合いは逆転する。過去のメジャーコピーは一転して古臭い黴臭いものとなり、新たなるコピーが活き活きしたものとなり蔓延するのだから面白い。歴史を茶化し、文明を茶化すこんな芸当は、糸井さんの専売特許と云っても過言ではない。

それにしても「贅沢は素敵だ」の社会は過去のものになりつつある。不況といった状況ばかりではない。贅沢を望まないライフスタイルは、今や珍しいものではない。おいらもまた贅沢な資本主義的生活は飽き飽きであり、もっとまともなる生活に切り替えていきたいと考えているところなのである。

ごった煮の街、上野アメ横の引力。

上州出身のおらにとって、上野の街とは格別に縁の深い都会である。上州はじめ東北、北海道など北国日本の出身者にとって、上野といえば巨大都会東京の玄関口となっている。かつて岩手出身の天才詩人こと石川啄木さんは、上野の街を題材に故郷への想いを次のような一片の詩(短歌とも云う)に託して謳っている。

ふるさとの訛なつかし
停車場の 人ごみの中
そを聴きにゆく

ご存知、教科書にも出てくる「一握の砂」の中の一句である。我が国の地方出身者の多くがこの句を励みとしながら都会生活を送っていることは想像に難くない。啄木さんもまた故郷岩手の渋民村を懐かしく想いながらの詩を沢山残していることはよく知られている。それくらい幅広いファンを有している啄木の代表的な作品である。

その反面、多くの地方出身者にとって東京とは、過去においては憧憬でありまた現在においては苦難や失望、あるいは絶望をも象徴する巨大な街として存在する。人生をふさぐ壁となって屹立する存在しているのである。27歳という若さで夭折(イカさんの好きな言葉である。ちなみに「夭折」と「溶接」は似て非なる言葉であるので注意が必要)した啄木さんを慕い想う気持ちが、おいらを度々この街に吸い寄せてしまうのである。

さて昨日は久しぶりに上野のアメ横を訪れたのであった。戦後の闇市が進化発展して現在の景観をつくりあげたとされるアメ横は、未だなお亜細亜、オセアニアなど海外からの異文化を吸収、反芻しながら変化発展を遂げている。他の街では接することのできないごった煮の文化文明が息づく様子がとても刺激的なのである。

多摩の早咲き桜は「小彼岸桜」というそうな。

小ぶりだがピンクの可憐な花びらが艶やかである。

先日雨模様の中で見かけた桜のことが気になって、も一度眺めに行きました。しかしながら桜の花までの距離は想いの外に遠く、3メートルはあろうかと云うほどの、遠距離恋愛ならぬ遠距離鑑賞デーとなった訳である。こういう場面に遭遇したおいらとしては、徹底的に近付こうと試みるかあるいはそのまま立ちすくむか、どちらかを決断しなくてはならない。まるで想いを寄せる女性に対する仕草と似ていなくも無いのである。だが鑑賞を深めつつそんなことはどうでもよくなってきたのである。小ぶりだが可憐な花びらを開花させて愉しませてくれる、地元多摩の小彼岸桜は、まるで忘れていた胸きゅん体験にも似ていたのでありました。

八王子の富士森公園といえば春の桜で有名だが、早咲き桜の種類はやはり、染井吉野ではなかったようである。

聴くところによると「小彼岸桜」という名前だとか。う~む、なんとも風情豊かな名を付けられたものである。もうすぐ、彼岸の頃には満開の花を咲かすのだろう。ちゃらちゃらと着飾った華やかさはなく、却って可憐であり瑞々しさが伝わってくるのであります。

太宰治流「卵味噌のカヤキ」+ふきのとうの香りは絶品なり。

 

卵味噌の素朴な味付けとふきのとうの独特な苦味が絶妙のハーモニーなのだ。

久々においらも創作料理に励んだのでした。先日ここでも紹介した「文士料理入門」にあった、太宰治さんのとっておきお勧め料理「卵味噌のカヤキ」ことホタテの味噌卵焼きにチャレンジしたのです。青森県の津軽地方においては定番の郷土料理であり、この料理について太宰治さんの「津軽」にはこう記されている。

「(前略)卵味噌のカヤキを差し上げろ。これは津軽で無ければ食えないものだ。そうだ。卵味噌だ。卵味噌に限る。卵味噌だ。卵味噌だ」

よっぽどこの料理に愛着があったと想像するのだが、その調理法にも独自の作法を必要とするのだ。

まずはできるだけ大振りの殻付き帆立貝を用意する。そして帆立貝の殻に味噌と卵に出し汁と葱を乗せて中火で炙るといういたってシンプルな焼き料理である。帆立に葱と卵と味噌というのが基本の取り合わせではあるが、ひと工夫したのが、春の味わいとして最大の味覚でもある「ふきのとう」を取り入れたこと。季節の食材を取り入れて創作料理に活かすことは基本であるからして、ふと思い付いた。そしてそれが的中したというわけなのである。

ふきのとうは味噌とよく調和する。過去のある場所で「ふき味噌」なるものを味わったことの記憶は深く刻まれている。そんな春のふきのとうの苦くて香り高い食材が、太宰さんの地域料理と完璧にマッチしたことこそ、本日最大の発見であった。

極上の53年もの。水上勉の「梅干」は至宝の文士料理なり。

昨日に続いて文士料理に関する話題である。文士料理に欠かせない要素が「時間」であるが、そんな味覚と時間が織り成すストーリーの最たるものが水上勉さんの「梅干」という随筆にあることに想い当たり、蔵書を調べたのです。

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子供の頃から梅干作りに勤しんでいたという水上さんの梅干に対する想いの深さは半端ではない。子供の頃に禅宗寺にて修行の日々を送っていた水上さん。厳しい修行に耐えかねて逃げ出したと語っているのだが、修行の日々に漬けた梅干に特別な愛着を持っている。

テレビ番組の企画で禅宗寺時代の和尚さんの娘さんとの面会を果たしたことがあり、その時にもらった、53年ものという梅干を口にしたときのことを詳細に記している。残念ながら和尚の奥さんは亡くなっていて逢えなかったのだが、奥さんが嫁入りした年に漬けた梅干を、その娘さんが大切に保存し、その貴重な梅干樽の裾分けの中の一粒を、噛み締めつつ泣いていた。

一粒の梅干が生きた53年という時間は、水上さんという作家の人生とも永くまた実に深々とした交いを有していた。そんな食物の歴史を受け止め涙する作家が記しているのは、人生にとってもの食うことの特別な意義について語っているのだ。おいらもまた自身の人生と食と酒とのあれこれを、このブログで記していこうという思いを新たにしたのでありました。