文士料理の店、高円寺の「コクテイル」を探訪したのです。

高円寺の飲食メインストリートとも云うべき中通商店街を行く。3~4分と歩いたところにお目当てのお店はありました。看板も無いような地味な店構えなので、普通に歩いていたら見逃していたことでしょう。

店に入り、ホッピーと最初のおつまみを注文する。

「今日は文士料理のめにゅーはあまりないんですよ」

書籍「文士料理入門」の執筆者のおかみさんが云う。メニューを見れば、他ではなかなかお目にかかれないものが並んでいた。だがそれ以上に、お通し(付け出し)として出された「ひたし豆」には度肝を抜かれたのである。青豆を煮て酒と醤油の煮切り汁に付け込む。それ自体は普通だが、煮切り汁には山椒の実が入っていて、そのピリリとした風味がアクセントを添えているのである。付け出しにそこまで拘る居酒屋は珍しい。その他、本日注文したメニューは以下の通りである。

・豆腐の味噌漬け
・煮こごり
・かぶと人参のピクルス

ホッピーセットと中を飲み終えたおいらは、次に「本日の日本酒」に目が行った。聞けば「じょっぱり」という、青森の地酒だという。迷うことなくその酒を注文。

「冷にしますか? それとも常温にしますか?」

またまた難題であるが、これも迷うことなく「常温」に即決したおいらであった。けだし常温で飲めない日本酒など邪道系である。即決即断の効果はあったのである。(最後は鳩山首相のコメントをもじってみました)

文士料理の店、高円寺の「コクテイル」を探訪したのです。」への2件のフィードバック

  1. 高円寺は1986年~1988年五月まで住んだのですが懐かしい。高円寺は高円寺。ピンキー今陽子が歌った東高円寺はまた別の町です。あとニューキラーズ(ピンキラのキラーズの末裔)が歌った、中野、阿佐ヶ谷、高円寺なんて曲もあります。

    なんで大田区東矢口から高円寺に移住したか、基本がサイケ・・実験音楽専門店・・レンタルレコード・・パラレルハウスが床屋に2階にあったからです。パラレルハウスのレンタルで借りた実験音楽はみなすさまじいものでした。特にddaaとパスカル・コムラードがショックだった。

    いつも思うのですが、どんなバンドでも初期(第1期)、2期、3期とあったりするのですが、初期の実験音楽にこだわる人は永久にマイナーで絶対メジャーにはなりません。あまりこだわり過ぎると赤字になる危険性があるから要注意です。
    例えば中利夫→若松にこだわる場合、中利夫ばかりこだわってると失敗します。星野せんいちも自著本でいってる。いや中利夫でも第1期・中利夫→第2期・中利夫→第3期・中利夫と中利夫研究家も、いろいろ時代区分しながら研究する必要があります。
    第1期・中利夫・・牧野茂コーチの影響を受けたデビュー当時は、あまりにもレベルが高過ぎるので、地下室で、こっそり研究します。パームボール藤沢がエースだった頃の中利夫監督時代の野球について研究発表すると、満員のお客さんが、どっとわいて
    藤沢→牛島リレー方程式を考えたのは中監督、稲尾コーチだって指摘すると、野球本作家として英雄視されるのです。

    お魚を食べるときでも、頭か、はらわたか背油か、食べる部位の違いによって人間性が違ってくるのです。

  2. エンゼルス松井や広島カープの選手が最近、赤い服を着て仕事をしてるが、おかしいんじゃないか。

    高校球児が地味なユニホームで、
    さわやかな汗を流してるのに、
    なんたるこった。

    赤は赤信号、赤旗
    反社会的な印象を受ける。
    襟を正してもらいたい。
    ネット喫茶より。
    憂国。

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