「共喰い」が売り切れで、仕方なく田中慎弥氏の「切れた鎖」を読んだのだ

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1月27日には芥川賞作家の受賞作、田中慎弥氏の「共喰い」が発行されていたのだが、おいらはそんなことも知らずその日に赴いた書店にて「切れた鎖」を買って帰った。書店には「売り切れ」の貼り紙も無く、何時発売されるのかも知らなかったので、田中慎弥ブースに陳列していた中から「切れた鎖」を選んでいたに他ならなく、出版社や書店の思惑とは無関係な場所にておいらの読書体験が進行していたと云うことのみではある。

さてそんな経緯から「切れた鎖」を読了したのだったが、これが結構、稀有な読書体験を齎してくれたのだった。表題作の「切れた鎖」は、或る名家の三代にわたる妻による確執がテーマとなっており、刺身のつまのようにて、夫なり彼氏なりの男性が登場している。それに加えて傍流のシチュエーションとしての在日人による教会との確執が描かれていく。小説のテーマは混在しており、どれがメインの其れかは人夫々の判断に委ねられている。純文学に相応しい構成であると云えるのかも知れない。ただし、物語は時系列に則って進んでいくわけではないので、時々留まっては物語の筋道の整理をする必要などが生じてくる。これもまた物語の読書体験としては稀有なものであった。

巻末の「解説」にて、安藤礼二氏は書いている。

―――(引用開始)―――

田中慎弥は、コミュニケーションの即時性と即効性が求められる現代において、きわめて特異な地位を占めつつある作家である。わかりやすい伝達性や物語性とは縁を切ってしまい、自身の無意識から発してくる原型的なイメージの群れを、その強度のまま、表現として定着させようとしている。そこで問われるのは、無意識の破壊的なイメージ、すなわち妄想の主体となる、閉じられた「私」の問題であり、そのような「私」を可能とした家族の問題――特に、いったんは時間の外に失われながら、ついに亡霊のように回帰してきては「私」を脅かす「父」の問題――である。

―――(以下略)―――