
おいらの新作「北の岬で咆哮する獣」を筆了したのでアップしておきます。数年前から描き続けている獣シリーズの、もっとも新鮮なる最新作であります。
キャンバスにアクリル画 F10号
おいらの絵画制作のテーマの中でありますが、かなり大きな地位を占めているのが「月」であり、ことに其の月の裏側に対する想いの強さがかなりの比重を占めているのです。思春期のある時期の想い出であるが、おいらは月の裏側を見たいと欲していたのでした。察しの良い人々にはピンと来るだろう。ピンク・フロイドによる名曲「The Dark Side of the Moon」に、或る時期に心底を揺らばされていたことからの、月の裏側への憧憬から発せられた、思春期ならではの想い入れなのであった。ウサギが住むと公言されていた月の裏側には何が存在しているのだろうか? などといった疑問符が沸き、そんなおいらの思春期の疑問符は拡大していったのだったのです。「狂気」とも和訳されたその名曲の存在の背景には何があるのか? といった疑問が、そもそもの出で立ちであり、そのような素朴な疑問がずっとずっと、奥深くに巣食っており、数年前からおいらの制作の主要なテーマの一つとして湧き上がっているのであります。月の裏側を見たいというおいらの願望は、いずれの時期には叶うことになるのでしょうが、今では月の裏側に限らずに、月の表面における憧れを強くしていったのでした。月の表面には何が在るのか? 生命は存在するのか? 宇宙の生物は地球外に在り得るのか? 等々の疑問が、おいらの「月」に関してのテーマに対して、強く反応してきていたのが、おいらが月の裏側や表面に対するテーマ性を強くしていったことのきっかけで在ったのだろうと思うのであります。そんなおいらの近作にも、月が沢山登場しています。旧作品の御紹介とともにご覧下さい。
昨年末から首都東京を離れて、上州を拠点に生活をしているおいらでありますが、美術作品の制作活動は地道に行なっています。
おいら自身の個展を昨年中に行なってからは、少しずつ、八王子市内の老舗的名店ギャラリーの「ぎゃらりーロア」等にて作品発表を行なってきました。
それらの新作を含めて「Katsuo Gallery」にて纏めていますので、ご覧ください。
今週の4月8日から始まる八王子のギャラリー「ぎゃらりーロア」の主催する「春季展」においらも出展します。(会期は4月8日~4月13日)
今回の出展作品は、「獣の棲む里」シリーズとして制作している中でのアクリル画の2作品。人間が踏み込み難い獣の棲息する世界のイメージを、現代絵画の技法を用いて描写した作品であり、郷土上州の原風景に触発されて描くイメージを定着することも企図されており、近頃のおいらの制作ビジョンを集約させた作品でもあります。
展覧会の会期中は群馬県の実家に居ることが多くなりますので、会場に居ることは限られています。もし足を運んでくれた方がいてお会いすることが出来ない場合も想定されるので予めご容赦願います。
■ぎゃらりーロア
〒192-0082 東京都八王子市東町12-7 ロアビル2F
TEL.042-645-8352
木曜日定休 11:00~18:00 水曜日は16:00まで
■春季展第1週
4月8日~4月13日
近頃はといえば、おいらの住処がある東京都八王子と群馬県とを行き来する中で、独特な磁場に引かれるようにして、古里である群馬に対する思い入れやこだわりを強くしている。それは正しくおいら自身の中にある原風景のビジョンを培った古里、郷土にあらためて向き合いながら、生涯逃れ得ることの無い原風景としてのビジョンを鮮明化させていきたいと考えているところである。かつてわが故郷では里山や里にまつわる自然が存在していた。里には街があり、人々の濃厚な息遣いが存在していた。子供心に未知なる神々しい自然を感じ取って、そんな神々しい自然と対峙して生活していたものなのである。それらはおそらく遠くに在って惹かれる郷里の風景、風土に相対して、近くで向かい合いながらの営為ではある。そんな、原風景を絵画作品に定着させようと悪戦苦闘してきた自身の過去を見つめ直しながら、活動の新しい一歩にしていきたいと思う昨今なのである。そもそも絵画の制作という行為は極めて個人的なものであるが、そんな極めて私的な行為を通して、ダイナミックに魅力あふれる故郷としての上州と繋ぎ合っていきたいという希いにかられているところなのである。
絵画制作という創作活動を行っていく中で、原体験、原風景というものは、常に活動を導くものとして存在している。おいら自身が生をうけて育った古郷で体験した事柄とその記憶やビジョン等の数々は、創作活動を支えるものとして大きな影響を与えずにはおかなかったものなのだ。薄暗い記憶の中から仄かに立ち現れては消え去っていくそれらの記憶やビジョンは、決して心地良い代物ばかりでは無い。ときには脳裡に付きまとっては離れず、神経を逆撫でする様に居座る厄介な代物たちである。そんな脳裡に居座り続ける「原風景」とも呼ぶべきビジョンを追いかけるようにして、絵画の創作活動を続けてきたものである。記憶の奥深くに焼き付いている里山や街並みへの憧憬、正体不明のけものたちとの遭遇体験とそれらへの畏れ、……そんな生涯逃れ得ない原風景のビジョンを、もっと鮮明化させていきたいという志向性を持ちつつ、新しい表現世界にチャレンジしているのである。
先日は平塚市美術館を訪れ、それまでずっと気にかかっていた「画家の詩、詩人の絵」展を鑑賞した。今月の8日までの企画展覧会であり、すでに同美術館での展示は終了している。なかなか時間がとれずにいて、ぎりぎりセーフの滑り込み的スケジュールの美術鑑賞となっていた。
平塚の美術館を訪れた最大の理由は、宮沢賢治さんの「日輪と山」という名作が展示されているという情報に接したからなのだが、実際の展示物は原作の複製だということで、そんな期待は裏切られてしまっていた。少々気落ちして、会場を巡っていたが、青木繁、萬鉄五郎といった近代洋画の巨匠たちの作品に接することが出来たので、同展へ足を向けた意義は強いものを感じていた。さらに、古賀春江というこれまで未知なる作家の原画に遭遇できたことは望外の悦びでもあった。
ところで同展覧会のテーマである、美術と詩との関係については、美術館関係者たちにとってはあまりポジティブなテーマではない。ことにモダンアートのビジョンからすれば美術は詩の後塵を拝すること無かれという志向性が強くあり、詩と美術との繋がりは排除サレル傾向が一面で強くある。そんなことから同展覧会会場へ赴くことが遅れたのだが、実際に鑑賞してからの今の思いとしては、もっともっとポジティブに捉えるべきテーマであると実感している。
画家と其の彼らが記した詩との詳細については、会場では充分な時間をかけて検証することが出来なかったので、同展の公式図録としての書籍「画家の詩、詩人の絵」を購入し、じっくりと読み入っているところである。また新たな発見などがあれば此処でも開陳していきたいと考えている。





上毛電鉄に乗って大胡駅にて下車し、そこから上州の名山こと赤城山の南麓へと向かっていたのだった。大胡駅からふるさとバスに揺られて20数分で赤城神社へと到着。樹々の息吹や澄んだ風にやらに囲まれたその大地からは、この地独特の地場とも称すべきものが存在しており、其れこそはある種の神々しさを感じ取るに充分なのだった。赤城山の南麓はと云えばそこかしこに湧き水が湧き溢れ、温泉が湧出している。夜の森には猪の家族が列をつくって更新する姿も見かけるというくらいに、野趣溢れる地域である。都会の生活に行き詰まったりしたときには赤城山を目指してリフレッシュすることが可能である。おいらもそんな神々しい恩恵に浴していたのであった。
母が病院へ入院して以来、地元の上州前橋に定住気味のおいらである。先日は母も病状回復して病院を退院し、以前からの老人施設へ戻ったが、なかなか東京の生活には戻れず、このまま実家での定住を考えている昨今なり。そんなこんなの本日は、旧市街地周辺にて「前橋まつり」なるイベントに遭遇したのだ。シャッター街などとも呼ばれて久しい故郷前橋の商店街にて、このような祭りが開催されていた。壊れかけている商店街の息吹を快復させようという、関係者の思いが強く圧し掛かってきたものだ。ただ此処で感じたことのひとつには、新しい「祭り」の形態に戸惑う一面があったのもまた確かなり。新しい「祭り」の形態に戸惑うのはおいらが変わったのが要因なのか、あるいは古里の質が変貌を遂げていたからではなかったのか?



明日10月2日から始まる「ぎゃらりーロア」の「秋季秀作展 第3週」においらも参加し作品2点を出展します。出すのは「獣の棲む里」シリーズとして描いたアクリル画の2点。ペットとして人間にも身近な猫と犬をモチーフにして描いたが、人間が踏み込み難い獣の棲息する世界のイメージを描写したかった。
展覧会の会期中は群馬県の実家に居ることが多くなる予定で、会場に居ることは限られています。もし足を運んでくれた方がいてお会いすることが出来ない場合も想定されるので予めご容赦願います。
http://www.geocities.jp/gallery_roi/
■秋季秀作展 第3週
10月2日~10月7日
■ぎゃらりーロア
〒192-0082 東京都八王子市東町12-7 ロアビル2F
TEL.042-645-8352
木曜日定休 11:00~18:00 水曜日は16:00まで


所要で立ち寄った高崎で「峠の釜めし」を購入。丁度お昼時であり、乗車までにも時間が在ったので、駅構内にて其の釜めしを喰らうことになっていた。そもそも的に群馬県内の駅弁の中で、おいらは「峠の釜めし」が一番のお勧めである。おいらが幼少の頃から釜めしといえば「峠の釜めし」を指していたのであり、電車旅のお供としても最もポピュラーな代物だった。どっしりとして重量感の在る益子焼きの土鍋の中には、鶏肉味が染みたご飯に椎茸、筍、栗、牛蒡、杏、等々の具材がトッピングされている。やや濃い目の奇をてらわない味付けが、何度食べても恋しくなるほどで、まさしく旅の友としての駅弁の魅力が詰まっているのだ。
■峠の釜めし本舗 おぎのや
http://www.oginoya.co.jp/index.html
昼食時にふと、BASEL(バーゼル)富士森公園店を訪れた。都営の富士森公園を見渡す場所に位置するその「BASEL(バーゼル)」店内のはほぼ100パーセント近くの女性客で溢れている。そんな店内へと歩を向けたおいらは、やはり、相当に気恥ずかしい思いに囚われていたのであった。
そしてランチメニューの中から、チキンカレーを注文。出てきたそのメニューは、じっくりと煮込まれたチキンの味わいがしみて、とても女性客に受けそうだということを合点した。トッピングがまた、温泉卵とキムチである。このビミョーな取り合わせに、男性陣の一人としてのおいらは少々疑問視したのであるが、お腹に入ってみれば、カレーの辛味、チキンの旨味、そしてキムチのピリリ感とが一体となっており、まずくはないことをさらに合点していたのである。
■BASEL(バーゼル)富士森公園店
東京都八王子市台町3-13-4


秋の彼岸頃の季節になると、妖艶な真紅の花を咲かせる曼珠沙華。今年は少々早くに彼岸花に遭遇したのだった。別名・彼岸花とも呼ばれ、彼岸の日をピークにその満開の時期を迎える。おいらの実家の近くの道端にも曼珠沙華を見かけるが、鮮紅色の花の姿はまるで彼の世の世界からの導きの姿のように魅了しており、思わず顔を近づけてしまう。秋の香り云うべきその香りを嗅ぐと日々の雑念が消え失せるような錯覚にも捉えられていた。
鋭い真っ赤な花弁が咲きまくるその光景は流石の曼珠沙華である。天晴至極の様相を呈していると云ってよい。ところで曼珠沙華とは別名で彼岸花とも呼ばれており、秋の彼岸の到来を示している。今年の彼岸花の生育はほぼ予定通りの生育的スケジュールにのっとっているかのごとくだ。
ところで曼珠沙華の本場は高麗の巾着田である。埼玉県日高市高麗の「巾着田」を取り巻く地域には、100万本もの曼珠沙華が一帯に咲き誇り、その勇姿を人々の目に焼き付けている。高麗の「巾着田曼珠沙華祭り」はいまがはえどき、今年はちょうど、例年に無くピッタリの満開時期に訪れることができたのだった。家の近くの道端にも曼珠沙華を見かけるが、やはり巾着田のその群生する姿は圧巻である。鮮紅色の花の姿はまるで彼の世の世界からの導きの姿のように魅了しており、思わず顔を近づけてしまう。

焼き白貝で一献。通称名が「白貝」「シロガイ」あるいは「サラガイ」とも呼ばれる。外見は文字通り白い色をしており、滑らかで、成長脈と云う筋模様が弱い。大きさは蛤くらいだが、形は青柳やムール貝に近い。生でも食することができるが、蛤のように炙ってバターと醤油を垂らして味わうのが正道だ。少々火を通した方が甘みもコクも拡がっていくようだ。市場では中々見かけないが、魚介専門店、北海道料理店などに行くと時々目にすることがあり、そんなときには注文したくなる。
味は淡白でこれといった癖がない。ビールやホッピーのつまみとして充分だ。色々な貝料理にも使えるようで、検索すれば様々なレシピが見つかった。スーパーなどではなかなか出ないが、今度色々探してみたい食材ではある。