山菜と云えば「わらび」と「ゼンマイ」が代表的である。そして山菜は春の初めに生えるのが季節の訪れを感じさせるのだが、今回のゼンマイはと云えば確かに季節的にずれている。それでも瑞々しく美味しかったのであり、満足したのだった。
調理法としては胡麻和えの味付けが施されている。すり胡麻の香りがにおってくるくらいに多くの胡麻が目の中に浮かび上がってくる。
晩酌をしてい居酒屋で、隣の客の焼きそばがとても美味そうだったので、思わず知らずに同じメニューの焼きそばを注文して食べてきたのだ。ソース焼きそばで晩酌の〆もたしかにありなのだった。
ウスターソースの懐かしい香りが引き立っており美味であった。ソースと云う調味料は塩分が高くてなかなか自宅では調理しにくいのだが、外食においてはけっこう頻繁に、大胆に口にしているのかも知れず、はてな、健康と懐かしき味覚とを天秤に掛けてみたらどちらが勝つのか判らなくなってしまっていた。
しかも添えられていた紅ショウガが赤々として食欲をそそり、食品添加物まみれの紅ショウガさえもが懐かしき食材として愛で親しんで頬張ってなどしていたのである。こんなことだから生活習慣病の原因となるメタボ体質を発症させているのであるとの自覚は持つものの、少年の頃からの慣れ親しんだ食生活はいかんともしがたいものがあるのだ。
それで今宵の晩酌の〆はソース焼きそばではあるが、ブログの〆としては川柳短歌的に〆てみるのである。
メタボ的
ソース焼きそば
口にして
しょうがないかと
ショウガ頬張る
新藤兼人映画監督が100歳で逝ったというニュースが飛び込んできた。先日は49作目の監督作品映画「一枚のハガキ」の話題で注目を浴びたばかりであった。流石に体力の衰えは隠し様が無かったとみえたが、一語一語噛みしめるように発していた言葉が印象的であった。
とにもかくにも100歳まで映画制作の現場の一線で居られた監督の逝去は、大往生ということばが相応しいだろう。まことにもって天晴れであり、合掌の思いを強く感じているのである。
独立系映画プロダクションと云う、経営的にはとても厳しい状況に自らを置きつつ、新藤監督は映画の製作に尽力していた。売れてなんぼの商業映画が跋扈している日本映画界にあって、とても厳しい試練を自らに課していたのだと想像している。長いものには巻かれまい。お馬鹿な仲間はけっして作るまい。愛妻あっての映画監督。乙羽信子さん万歳三唱。…等々の思いを今は改めて強くしているのである。
実はおいらはかねてより、乙羽信子さんのファンであった。あの清楚で凛として可愛らしい風貌にはとても魅せられていたものである。「裸の島」「原爆の子」「裸の十九才」「絞殺」等々の作品は乙羽さんのリアリティ溢れる演技と共に、新藤監督の巧みな演出がプラスされてのものであることにとても感動的な思いであった。映画監督と女優との稀有なる遭遇が、これらの名作を産んだのであった。
野田佳彦が民主党代表かつ首相となって、民主党政治はまさしく第二の自民党政治そのものとなりはてている。少し前まで、鳩山由紀夫、菅直人、両氏の首相在任中当時に些かでも存在していた期待感など、いまや微塵も無い。
期待感の消失と共に在るのは失望感では在るが、失望感と云うしろもの以上に在るのは、ある種の変革的ビジョンである。
野田佳彦、小沢一郎、或いは輿石、岡田、前原、等々の政治家に関するビジョンが無い分に却って、脱民主党ビジョンが近い将来の現実的ビジョンとして浮かび上がってくる。
本日の管直人前首相の参考人聴取を経て、福島第一原発事故に関する裏舞台の詳細はほぼ明らかになったと云ってよい。官邸と東電、保安院とのギクシャクした関係が明らかになったが、其れ等も予想していたとおりである。ここにおいて関係者のコメントが集約されているのだが、「言った、言わない」の、低俗な議論を一蹴する事実が明らかにされているのだ。
そんな中でのもっとも唾棄すべき発言は、元東京電力会長の勝俣恒久によるものである。衆人環視の状況で事実が明らかになっているにも関わらず、全面撤退とは云っていない等と虚偽答弁に終始しつつ大見得をきっていた。それでことが済むとでは思っていたような節があり、当時のマスコミ論調は「東電は全面撤退とは云っていない」という邪悪な報道が踊っていた。この経緯において勝俣恒久が大きく暗躍していたことは明らかである。
先日行われた参考人聴取では、東電が「撤退」するということを云ったことは無いなどという、ふざけきったたコメントを放っている。今にしてこの発言の真意を問えば、マスコミを思うが儘にして蹂躙してきた過去の事実が浮かび上がってくるのである。
そして勝俣は「官邸がダイレクトに(福島第一原発の)吉田所長に連絡するのは好ましくない」と言ってのけたのである。
「国有化してちゃんとした経営になった企業というのは、今まで見たことがない。とんでもない勘違いをしておられる。公的資金を注入するにしても、過半数より3分の1に留めるべきで、できるだけ早く、通常の企業に戻るのが一番だ」
駄弁を遥かに超えて、ふざけた発言である。こんなことを一流企業の幹部が発言していることこそ、東電の体質の深部が窺われるというものである。
よって、元東京電力会長の勝俣恒久には引退したからそれで終わりというものではなく、厳罰を処すべきである。こうした大災害を未然に防ぐには、断乎たる処置が必要である。
クジラの捕鯨制限で生のクジラ肉は中々食することが出来なくなった。たとえ東京都内でクジラ肉に遭遇したところで、べらぼうな料金を請求されること必至ではある。であるからして近頃ではクジラ料理を口にすることは滅多に無い。
そんな中で「クジラのベーコン」という代物は、クジラ肉を原料とする保存食であり、安価に提供されている。都内でも決まったところの居酒屋では、年中在るメニューとなっているのだ。
このメニューも製造法は他のベーコン類と同様で、塩漬けにした後に燻製にして保存食仕様に変容される。酢醤油や和辛しで食されるのが一般的だ。
白い部分は脂肪分であり、高カロリー食品でもある。しかしベーコンとして流通しているクジラベーコンは、脂の生臭さは全くと云ってよいほど無く、まるで白身魚のベーコンのようにあっさりとした食感である。
奥羽線「峠」駅から「滑川温泉」へと向かっていた。と云っても自力で登山したわけではなくて、宿の送迎の車に乗せてもらったのである。
送迎してもらった滑川温泉の「福島屋」は地理的に見ると山形県米沢市内にあるが、秘湯の一軒家と呼ぶに相応しい稀有な温泉宿となっている。自然のままにある山の風景と、天然かけ流しの温泉と、地元由来の料理、そして宿の人たちの人情、それ以外には無駄なものが無い。余計なものが無い。そういった特長を示している。ごてごてと着飾った温泉宿などは過去の遺物ではある。それに引き替え滑川温泉「福島屋」の存在は、あるべき将来像としての日本旅館の姿を示しているとも云ってよいだろう。
温泉は天然温泉100%のかけ流しである。新緑の息吹が香る露天風呂につかっていると日常の雑念は確かに消え去ってしまう。天然自然の力に対して人間の矮小な営みの様相がまるで馬鹿げた雑念の如くに捉えられてくる。自然の持つ力に対して人間存在の脆弱性が浮かび上がってくるのだ。
例えば人間にとっての「死後」という存在は、自然の大いなる営みの一部でしか無いのであり、観念的な雑念を排して死後の姿を捉えるには、此処のような特別な場所に居てしか感じ取ることが出来ないのかもしれない。そんなことを感じ取っていたのである。
この宿では自家発電によって電力供給を行っており、あまり電力を使い過ぎると切れてしまうので、電気を扱う関係者も大変なのであろう。おいらの滞在中も時々は電気が切れて中断となっていた。だが予想外なこととしては、インターネットのWiFi回線が回っていたために、おいらが持ち込んでいたノートパソコンの無線Lanにも対応していたので、滞在中のブログ更新も可能となっていたのだった。
夕食には「鯉の旨煮」が出されていた。川魚の王様こと鯉の旨煮であり、旨いことは申し分がないのだが、些か甘すぎるきらいがあった。こんな甘過ぎる味付けが必要なのだろうかと、訝しくも思っていた。
滑川温泉 福島屋
山形県米沢市大字大沢15番地
TEL.0238-34-2250
奥羽線に乗って「峠」駅にて下車。駅前の「峠の茶屋」にて福島、山形地方に伝わる郷土料理の「ずんだ餅」を食べたのだった。
枝豆をつぶして砂糖などを混ぜて甘く味付けした「ずんだ」を柔らかな餅にまぶして出されていた。枝豆の香りがほのかに香る上品な餡がとても魅力的だ。賞味期限は短く日持ちしないのだが、そこがまた旅行者の人気の要因でもある。全国区にならない理由の一つといえよう。防腐剤入りの力餅など食べたくなるはずも無いのだから。
この「峠の茶屋」は創業明治27年。奥羽線の開業よりも古く、かつて峠を越えていく旅人を相手に、精のつく餅を提供した茶屋として親しまれてきた。「峠」駅構内では電車の発着時になると、駅弁スタイルで「峠の力餅」が売られている。今時珍しいローカル駅での光景である。
■峠の茶屋
〒992-1303
山形県米沢市大沢848
福島県を旅行中である。所謂ゴールデンウイークに何も安らぎの時を持てなかった故の、遅れたバケーションのようなものである。福島といえば云うまでもなく昨年の311の大地震被害とそれに伴う原発爆発の被災という累乗された被災地として、もっとも関心の高い地域ではある。いつもは東北旅行と云えば福島はたまには途中下車してみる土地柄ではあった。だが今回は兎に角も行きたい土地だったのである。
夜の街の歓楽街としての福島市街は、想像していたよりも数倍は賑やかであった。市街地の主要道路を占めるのがタクシーの縦列であった。深夜にわたってこの地の呑兵衛たちは酔いの時を過ごし、そして帰りにはタクシーや代行車やらの、決して安くはない業者への支払いを、日常的に行なっている県民市民は、けだし貧乏な被災地というイメージから程遠いものではある。
市街地の夜の居酒屋で注文したのは「餃子」である。この土地のB級グルメであるとのインフォメーションを受けていたことからでは在る。厚めの皮にシンプルな野菜の餡が入っている。消費量を見れば数字的には宇都宮や浜松に劣るのであろうが、ここ福島の餃子は立派にB級グルメの冠に似合うものだと理解していたのではある。グルメの基準が数字でばかり計れること自体がそもそも可笑しいのである。
市街地の喧騒に比べて、立ち寄った福島市内の「飯坂温泉」は、閑散としていた。福島駅から電車で30分弱という好立地、松尾芭蕉が入った「鯖湖湯」という名湯を持ちながらも、観光地の風情は感じられない。逆に目に飛び込んだのは「がんばろう!!福島」「飯坂温泉は負けない!!」というのぼり旗だ。震災とそれ以上に原発爆発事故の影響で、観光客が激減しているのがはっきり見て取れる光景である。市街地の喧騒と名門温泉郷の寂れ振りとのギャップは凄まじいものである。福島に対する所謂風評被害が甚大である。
何しろ先日からのマスコミ報道によれば、我国本州で金環日食が見られるのは129年ぶり、首都圏においては実に173年ぶりの天体ショーだということであり、万難を排してその貴重なショーを目に捉えようと、昨夜から些か気張っていたのである。
ところが朝起きて窓を開け、ベランダから東の空を眺めると、そこには分厚い雲の群れが立ち込めていて、とても太陽ショーを拝められる様な天候ではなかった。グレーの空の向こうに太陽は隠れており、日食が始まる時間が過ぎても、太陽は中々姿を見せようとはしなかった。TVニュースにて放映される日食の映像は九州鹿児島から始まってリレー式に捉えられていたが、予定コースの多くの地域では厚い雲に閉ざされているようではあり、おいらの居場所もまた、姿を見せぬままいわば素通りしてしまうのだろうと、半ば諦念とともにあった。昨晩用意した一眼レフカメラ、ミラーレスカメラ、日食めがねを傍らに置きつつ、ただおぼろげに光る隠れた太陽の方角を眺めながら、時は過ぎていった。
7時を回っても空も大地も重く暗く、諦めが落胆に変わろうとしていた。そんな時、厚く閉ざしていた雲の隙間から漏れるように、黄色い筋状の光が地上を照らし、その後数分間の間だけ、薄い雲のフィルターから覗かせるかのように日食の太陽が姿を現したのであった。天体ショーのクライマックスを直前にしたときの主役の登壇に否がおうにもテンションは高まり、慌ててカメラのシャッターを押していた。厚ぼったい衣装を脱ぎ捨てつつその熱い柔肌を薄いベールの先に露出するかの演出に、気持ちは上ずっていたと云えるのかも知れない。
標準ズームレンズのミラーレス機で捉えた金環の太陽は、小さいながらもくっきりとした黄金のリングを描いていた。だが望遠レンズを装着した一眼レフ機の映像は、白く拡散した光が散らばるばかりで、リング状の姿を捉え得なかった。オート露出に頼った為の露出ミスであることに気付いてマニュアル露出設定に切り替えたが、捉えた太陽はすでに「金環」の左の環を欠いてしまっていたのであった。
青い空に白い太陽の金環ショーを想像していたのとは全く異なった光景ではあり、それが却ってドラマティックな印象を植え付けてくれたのである。
空豆を焼いて食べたのだ。大ぶりのさやに大ぶりの緑色の豆がおさまっている空豆は年中食材とは云い難く、季節感を伝えてくれる。今の時期は収穫量も多く、旬の食材の一つである。
通常は茹でて味わうものだが、焼いても旨く、少々硬いが身が締まっていてかえってその野趣を味わうことができる。特に弱火でじっくり時間を掛けて焼いた空豆には頬が緩んでしまうくらいだ。
さやごと火に掛けるので焦げたさやを目の前にするとグロテスクではある。それでも手で裂いてみれば、鮮緑色のはじけるような豆の生命感を感じるのであり、そんな豆の身を見るにつけ夏近き季節の到来を実感することとなった。
子供の頃から頻繁に食べたという記憶は無く、今でもなお希少な食材であろう。我が国においても、蚕豆、四月豆、五月豆、夏豆、冬豆、雪割豆、 大和豆、雁豆、唐豆、南豆、等々と、地域それぞれにその呼び名は様々であるという。中でも一般的な「空豆」という呼び名の由来は、さやが空に向かって身を付けていることから付けられたネーミングであり、関東出身のおいらにとってはやはり「空豆」という呼称が一番しっくりくるのだ。
「ちょっと時間が掛かりますか、大丈夫ですか?」
そう返答されて、却って期待がふくらんでいた。居酒屋で飲んだ後で〆に「焼きおにぎり」注文したときのことである。
家では滅多に作らないし、冷凍食品の焼きおにぎりには辟易している。実際に焼いていないことにプラスし、おにぎりの中身にまで醤油味が蔓延していてあり、まるで焼きおにぎりの良さを台無しにしているのであり、その昔食べてもどしたくなったくらいである。
メタボ体質が目立ってダイエットを続行中のおいらは、あまり〆の料理、殊に炭水化物の摂取を控えているのであるが、それでもたまにこの「焼きおにぎり」のメニューを目にしてつい注文の一言を発してしまうのであった。
日本人の体質において「米」の果たす役割は尋常ならざるものがあり、しかも米というのはスローフードのトップランナーである。それを極々スローな調理法にて絶妙の逸品を生んでいる。「焼きおにぎり」とはさしずめ、呑兵衛人の〆の正横綱だということは間違いないようだ。
以前に「ホッピー党宣言」を行なったおいらである。夕食と共に行なう晩酌は、基本は和食、と云うよりも居酒屋料理である。旬のものを、できるだけ生の素材を生かした料理で、というのが基本だ。
だが然しながら最近はといえば、中華料理を肴にホッピーを呑むことも難しいことではなくなっており、そんな店舗においては必然的に中華&ホッピーという構図が成り立っているのだ。
今宵の中華店にて食したのはは「ゴーヤと豚肉の炒め」。ゴーヤ(苦瓜)と豚肉を炒めた料理であり、沖縄の「ゴーヤチャンプル」に良く似ているが、味付けは別物である。中華料理の中でも特に辛味調味料を駆使する天津風の味付けであり、更に目立つのは、オイスター風味である。干渉的な素材としてトマトが用いられていたことが特筆される、このメニューのポイントなのかもしれない。
高円寺に途中下車して居酒屋「大将」にて一献傾けていた。
本日のお勧めメニューには「スタミナ漬け」というクエスチョン的メニューがあったので、早速注文してみたところ、出てきたのは、モツの中でもとりわけ「ハツ」の部位が主体のものが、酢漬けにされていたものであった。
有りそうで無かったような奇抜なメニューではある。コリコリとしたモツの感触が冷たい酢漬けという調理工程を経て、こうなったというのが先ずは判るというのがこのメニューの存在感ではある。
このようなメニューは云わば奇抜と云うより以前に有り得ないような類いの品ではある。それでもおいらはこの酒のつまみについては好意的な思いを抱いていた。これからの夏真っ盛りに向かう季節において、このメニューは呑兵衛には有り難いメニューとなっていくのだろうなという思いを、多大なものにしていたのではある。
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プロット、登場人物等々、かなり痛快である。
主役は、現代のヘラクレス(すなわち「英雄」)こと佐藤イチロー。暗くかつ凄みある過去を持つ天才暗殺者である。脇役として、シャーマン探偵ナルヒコ、「特命捜査対策室」の穴見警部、たちが脇を固めている。端役として登場する大阪府知事、新興宗教団体代表、或いは北の黄泉の国の三代目たちは、まるで哀れで滑稽なキャラクターとして動き回り、読者が多分望んでいるであろう筋書きにて進行していく。ちなみに大阪府知事はあっけなくイチローの刃で暗殺される。そんな筋書きは、上質な小説ならではの筆致にて描かれていき、ある種のカタストロフィーをかたちづくっていくのである。
そんなこんなの記述がまた英雄の存在感、英雄待望のプロットに、ある種の必然性を加えているのだ。
然しながらだからといって物語に現実性があるかというのではなくしてその逆ではある。ヘラクレスの物語が非現実性で一貫している以上に、非現実性がはえる特異な物語のプロットを最後まで貫いているのだ。
先日の記述の続きになるが、島田雅彦さんが描いた現代的ヘラクレスの物語は、おいらをはじめとする読者を興奮の渦に巻き込みつつ、ちゃんと小説的世界観を確立させてもいる。純文学とは云えないであろうこのエンターティメント小説を読みつつ感じるのは、何よりも、時代の風、息吹、或いは息遣いというものである。時代の風を小説的に構成している。けだしこんな才能は現代日本の文学界には、島田雅彦さん以外に見つけることはできないのである。