「逍遙酔記」とさせていただきました

ふとした思い付きと、多少の意気込みなどが作用して、設立させた当ブログがスタートして1ヶ月余りを過ごすことができました。試行錯誤の毎日が続きますが、本日より、サブメニューの「逍遙漫記」を「逍遙酔記」に変更させていただきました。

かつて、おいらも参加していた掲示板界隈の、あの当時の大きな潮流をつくってはいた功労者ではあるが、近頃の総選挙では落選の憂き目にあったという、あの有田芳生さんのサイト名「酔醒漫録」(今夜もほろ酔いというサブタイトルもあったような)が念頭に過ぎっていたことは否定できないが、おいらもまた有田さんに負けず劣らずの酔漢でもあると自負しておりまして、また語感的にも「漫記」より「酔記」だろうという思いが急激に脳裡を占拠していたということからの変更であります。今後もこのような些細な変更がたびたびあるやも知れませんが、堅いことなどいわずに寛大な思いで見守ってやってください。

気功の力

本日話題にしたいのは、「奇行」ではなくて「気功」のこと。職場で、街中で、あるいは俗界にて、くだらない事象に出くわす度に、おいらは気功を実践する。気功に頼るというのではなく、否、出口を模索するのだ。

そもそも俗界のあらゆる事象は心身の健康を阻害するのだが、それは基本的に気が滞ったことによっている。そのような状況を解消し、邪気を祓う行為が、気功である。大地から「気」を受け入れ、全身に施そうとする。本日も、先ほど地上に出て(今居るところは階上の2階だから下に降りて)気功を行ってきたところなのです。

おいらがはじめて気功を実践したのは、今は亡き妻の病気治療によるものだった。その治療に立ち会っていたとき「気功」に巡り合った。残念ながら気功によって病気を克服することはできなかったが、病魔にともに立ち向かう力となっていたように思う。最近になってその当時を振り返りつつ、一人気功を実践する日々が絶えないで居る。もう少しパワーアップができないかといろいろな模索中である。