空虚に響く「ブログ論壇の誕生」の中身

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佐々木俊尚の「ブログ論壇の誕生」を先日読んだ。著者・佐々木俊尚氏は、毎日新聞社からアスキーへとわたり、現在はIT、ネットを主テーマに著作活動を続けているフリーのジャーナリスト。「ブログ論壇」という思い切ったテーマ設定に興味を覚え、購入したという訳である。

時代は「自己テキスト」の時代である。ブログをはじめとしたITメディアの拡大により、市民は簡易なる自己表現の手段を持つことになった。同書においてもそうしたITネット社会の拡大を基にした綿密な状況分析が述べられている。IT、ネットの専門ライターであるだけに、その検証の筆力には脱帽である。だが、論点を強引に彼自身の結論へと引っ張り込もうとする意図を見て取るにつけ、当初の脱帽は、眉唾へと変わっていた。読了してみれば、彼自身が設定した仮説的論点をこれでもかこれでもかと拡げていくような、なんだか空虚な主張に染められていて、仕舞いには白々した読後感に襲われている。何なんだろうこの空虚な主張の根拠とは?

最大の疑問は「ネット論壇」なるもの自体が存在し得るのか? という疑問である。「論壇」と云えば聞こえは良いが、所詮不特定多数同士の主張のし合い。しかもそのほとんどが「匿名性」によって庇護された者同士の「議論」である。そもそも本来の議論の名に値しないネット上の遣り取りに根拠を置く代物を指して「論壇」と称すること自体にかなりの無理が生じているのだ。ネット上のコミュニケーションには可能性もあるがその限界も存在する。そのことを忘れてはならないのである。