何だか懐かしく感じた「八王子祭り」

八王子市民は大の祭り好きの市民のようだ。11月の酉の市は3回も開催されてそのたびに神社の周りは大賑わいであった。駅から放射状に伸びる「ユーロード」と呼ばれる道路では、趣向を変えつつ様々なイベントが企画開催されている。

そんな祭り好き八王子を代表するのが「八王子祭り」。本日まで3日間開催されていた。本日は真夏というのに、わざわざ八王子祭りの会場に足を運んだという訳なのだ。

市街地には屋台が軒を並べていく。そして、山車、神輿が市内のいたるところに出没し、市民はその周りに集っている。こんな光景はあまり都会で見ることも無くなった。なんだかとても懐かしい気分に酔い痴れたのです。

FUNKEY MONKEY BABYSのDJケミカルの位相はとてもユニークだ

昨日に続いてFUNKEY MONKEY BABYSの話題。時折しも昨日から「八王子祭り」が開催中であり、彼らがつくった「ぼくらの八王子」なる歌が、地元の少年少女たちに披露されている。今や彼らは松任谷由実、北島三郎に続く八王子の有名人の座を射止めたと云っても良い。町中挙げてのファンモンブームには些か驚かされるが、何しろ嫌味がない彼らを悪く非難しようとする地元民は見ることも出来ない。いずれ地元のヒーローとして「観光大使」以上の座を確保することになるのだろう。

ところでそんな「FUNKEY MONKEY BABYS」のメンバー「DJケミカル」はとてもユニークである。その役割、立場、あるいは吉本隆明さん流に云えばその「位相」こそは、大変にユニークであり天晴れなのだ。

まず目に付くのが、「DJケミカル」というニックネームに反してDJをしないということ。決してDJが出来ないわけではなくしないのだという。結構DJの腕前は確かなのだが夢中になると顔が怖くなるのでさせないようにしているなどと、まことしやかな噂まで流れているくらいなのである。

メンバーの後ろに居て彼が行なっていることといえば、変てこりんで下手糞な踊りである。風貌も猿とガキンチョを足して割ったようなものがある。だが決して居ても居なくても同じというものではない。下手糞な振る舞いをすることが観衆を引きつけ、視線を彼らに向かわせてしまう。他のメンバー(ファンキー加藤、モン吉)というのはいかにも普通で、しかも好青年で、ケチの付けようがないようなキャラクターであり、対照的な「変な」「キモい」キャラクターとの相乗効果を生んでいる。

FUNKY MONKEY BABYSが大好きな「THE Shalimar」の本格カレー

今年の甲子園高校野球の公式ソングとなったのが、FUNKY MONKEY BABYSの歌う「あとひとつ」である。メンバーの3人が八王子出身であり、八王子の観光大使を勤めていることでも有名となった。HIPHOPグループを名乗っているようだが、HIPHOPと云うよりは、今風の歌謡曲、応援歌と云ったほうがピンと来る。おいらは彼らの持ち歌にそんなに好きな曲は無いが、かといって嫌いでもない。若い世代が元気や勇気を感じ取れるような、嫌味の無い楽曲が受けているのも納得。

彼らがメジャーデビューする前から通っていて大好きだというのが、「THE Shalimar」というカレー店。インド人が調理も経営もする。味も本格派であることは間違いが無い。特に「ファンモン(FUNKY MONKEY BABYSの略称)」が大好きだというカレーメニューを一つにしたのが「ファンモンカレー」だ。チキンベースの本格カレールウに、茄子、オクラ、パプリカ、ブロッコリー等の夏野菜が載っている。まさに夏向けのカレーであり、マイルドな味わいが日本人にも違和感が無い。これにナン、ライス、サラダ、チャイが付いたセットで1,000円なり。

駅から少しばかり外れた場所にあるので、それほど賑わっているとは云えかねるが、味もナイスなこの店のメニューはお勧めである。

■THE Shalimar
八王子市寺町49-4山下ビル 1F
TEL 042-626-1341

焼いた大ぶりの蛤(はまぐり)に出合えたのです

蛤や浅利といった二枚貝は、日本人の食生活にはなくてはならないものであったが、最近ではあまり出合える機会も減ってしまった。アルコールで弱った肝臓や腎臓を癒すには、こんな二枚貝の手助けが必要なのだ。

であるからしておいらは、大ぶりの蛤などが目に入れば、速攻で注文してしまうのが習わしとなっているのです。今宵の蛤もたっぷりとふっくらしていて美味なのでありました。

高田渡とホッピーの伝道師的な粋なデュオ「ハッピー★ホッピー」に遭遇

小室ゆいさんも駆けつけて素敵なハーモニーを披露した

高田渡さんの音楽が大好きというデュオ「ハッピー★ホッピー」のライブイベントに、昨日遭遇したのです。

そのライブは吉祥寺の「のろ」というお店で開催された。高田渡さんの名曲「ヴァーボン・ストリート・ブルース」からスタート。ボーカルのりかさんは、洒落たウクレレを小脇に抱えながらリズミカルなメロディーを奏で響かせる。あまり広くない会場は、この日「15人限定」と銘打って行なわれていたのだが、あたかもホームパーティーで口ずさむ様な独特のノリがとても手応え強く、ガツンと響いてきたのだ。元はジャズシンガーだという彼女の歌声は会場を響き渡りながらてらいがない。本物である。先日伊豆で聴いたお姉ちゃんシンガーたちとはえらい違いである。かつてりかさんは、渡さんの行き付けの焼き鳥屋「いせや」に、社会勉強のために足を運んでいたことがあるという。気合も中々充分なのである。

高田渡ナンバーだけではない。オリジナル曲も沢山あって披露していたが、独特なテンポのあるリズム感やフレッシュでユニークな歌詞の世界観などをみせていて、とても素敵なのである。少し前の5月には記念すべき「ハッピー★ホッピー」の初アルバムが発売されている。その中の幾つかをピックアップしてみる。

以下、ファーストアルバム「ハッピー★ホッピー」より

「ホッピーあります」
ホッピー大好きなおいらも好きな応援歌。「ホッピービバレッジwithキンミヤ焼酎」の公式応援歌を目指している。

「キララ☆恋の歌」
昔はよく歌っていたという、デュオの代表的な恋歌。20世紀後半のリカさんの乙女時代から恋の棚卸し曲!

「ギターおじさん」
愛すべき高田渡さんを思ってつくられた曲。

 ♪ くしゃくしゃな笑顔で
   ぴっかぴかな歌を歌う
   噂の町の煙の中
   いつでもたたずんで …
 ♪

ぜひ聴いてみてください。
http://happyhoppy.pepo.jp/movie.html

会場には小室ゆいさん(小室等さんの娘さん)、サックスの武田和大さんも駆けつけていた。2部ステージではりかさん&ゆいさんのハーモニーが響き渡り、ライブはとてもアットホームな盛り上がりをみせていたのです。

という訳で、昨晩は素敵な音楽にどっぷりと漬かった夜であった。その心地よい余韻は今も尚、続いているようなのである。

夏野菜をたっぷり使った「ミネストローネ」は夏の定番

夏季の食生活の基本とは、夏野菜をたっぷり摂ること。外食に頼っているとそんな基本的食事さえままならなくなってしまうようだ。こんなときこそ「ミネストローネ」の出番である。

冷蔵庫に眠っていた野菜に加え、地元の八百屋で仕入れてきた夏野菜で、ミネストローネをつくったのです。ミネストローネとは一言で云えばイタリア風野菜スープ。用意したのはゴーヤ(にがうり)、ナス、トマト、ズッキーニ、パプリカ、ブロッコリー、それらに定在野菜の玉ねぎ、シメジ茸を追加した。それらをたっぷり1cm程度のザク切りにして鍋に入れ、軽く炒めた後15分程度じっくり煮込む。味付けは塩、胡椒とトマトソースで。すっきり酸味がのどを潤すように、シンプルにまとめるのがポイントだ。ズッキーニ、パプリカ等の西洋野菜はトマトスープにすればとてもまろやかに味わえる。

多めにつくって冷蔵庫で保存しておけば、スパゲッティのソースにもなる。簡単でいながらとても重宝する夏の定番メニューである。

まるで偽者のホッピー「ハイッピー」なるものを発見

某所の酒売り場にて「ホッピー」にそっくりであるがちと違う「ハイッピー」なる炭酸飲料を発見したのです。ホッピーの人気にあやかって同様のテイスト飲料として企画・販売されたということは想像に難くない。ご丁寧にも「黒(ビアテイスト)」と「白(レモンビアテイスト)」の2種類のラインナップである。ホッピーに「黒」と「白」があることを真似たことは明らかであり、些かの恥じらいも無いようなのであり、完璧なる剽窃商品と云ってよい。

だがその肝心なる中身には、非常に疑問符が付きまとう。どちらも苦味が無い。ガツンと来るインパクトが薄いのである。これでは本家のホッピーに太刀打ちすることは難しいだろう。

最近になって、実はホッピービバレントが販売する小売り用のホッピーを購入することが増えているのだが、ホッピーは夏の夜にはもってこいの焼酎割り飲料なのだということを思いつつ、この有難みを益々強くしているところなのです。

当然過ぎて白けた。香山リカ著「しがみつかない生き方」

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かねてより気になっていた1冊の本、香山リカさんの「しがみつかない生き方」を読んだ。初版発行が2009年7月30日。ちょうど1年前に発行され、様々な書評でも目にしていた。殊にあの勝間和代の馬鹿げた主張の数々に対抗する文化人として、香山リカの同書が論壇の遡上に載っていたことなどもあり、早くこの本の論拠を目にしたかった。

そして先日やっと手にとって読んだこの本の感想はといえば、まあまあ、極くごく「当たり前」のオンパレードであった。結論が当たり前なことは、同書のキャッチコピー「「ふつうの幸せ」を手に入れる10のルール」を目にしたときから判ってはいた。しかしながらその論拠もまた当たり前とあっては、些か白けるばかりでもある。

一言感想を述べるならば、勝間和代の主義主張にアンチであれば誰もが抱くであろうポイントをまとめたに過ぎない。だがこれだけ丁寧にまとめたのであるからして、アンチ勝間に受け入れられたのである。

時代はそれだけ、勝間和代的なムードにジャックされているのか? 等とも思わざるを得なかった。もはやブームとも云えない。すべて人間の行為の根拠を「成功」への努力に収斂させようとするかのごとくのものである。荒っぽいというだけでは云い足りない。

人間の存在理由を、そのすべてを、成功法則、効率なる概念で捉えようとするかの勝間的ブームは愚の骨頂であるが、そんな「愚」を祀り上げていくかのムーブメントは、さっさと終わらさねばならない代物の代表とも云ってよいだろう。

「いかすみ丸ごと缶」で炊き込みご飯をつくる

以前に当ブログでも紹介した「いかすみ丸ごと缶」の缶詰は、360円というリーズナブルな価格でありながら、本格的なイカ墨料理が丸ごと味わえるのだが、本日はそれを使って創作料理、その名も「いかすみ丸ごと炊き込みご飯」にチャレンジしたのでした。

レシピはいたって簡単である。お米を研ぎ、その米を炊く煮汁に、「いかすみ丸ごと」缶詰の汁を使うのだ。研いだお米と缶詰の汁とを合わせて小1時間ほど置き、炊き上げればよいというだけのものである。こだわったポイントといえば、おいらの家にはご飯炊き用の専用土鍋があるのでそれを使った。普通の炊飯器でももちろん問題なく炊き上げることが出来るので心配無用なり。そしてもう1品を加えたこと。その1品を何にしようか? 何が良いか? と考えた末に、夏野菜の主役でもあるゴーヤ(にがうり)を使用することにした。苦いイカ墨の煮汁に張り合えるのがゴーヤであると考えたのであった。

そして結果は見事といって良いくらいに正解であった。イカ墨炊き込みご飯のワイルドな味わいに、さらにワイルドなゴーヤの苦味が加わったことにより、そのワイルドさ、気品ある野生の苦味は、2倍ならぬ2乗にも深まって舌と喉とを愉しませてくれたのである。極めて苦々しい炊き込みご飯の味わいこそ、猛暑酷暑の日にはことさらに似合うものなのでありました。

加藤智大がはまったネット掲示板の罠

秋葉原での連続殺傷事件の犯人こと加藤智大の被告尋問が行なわれている。加藤被告本人は神妙な反省の弁などとともに、自らが犯行に至った理由を幾つかの理由を挙げて述べているという。マスコミでも大きく取り上げられているその理由とは以下の三つである。

1.私(加藤智大)自身の考え方
2.掲示板での嫌がらせ
3.掲示板に依存していた生活のあり方

何とも驚くのだが、その理由のおおよそを「掲示板」が占めていると加藤智大は述べたのである。かつてはおいらも掲示板を主宰などしていたこともあり、この発言は看過できないものであった。擬似社会としてのネット掲示板を取り巻く遣り取りが、いまや実社会と擬似社会、似非社会との区別さえをもつかなくさせていたのであったようなのである。ネット社会に依存しながら真っ当な現実感覚を喪失していた加藤智大という男が居たという現実は、決して遠い世界の事柄では無くして身近なものとして迫ってくる。だがそんな一般論で遣り取りされるものとは異質の犯罪が勃発してしまったのであった。そんな男の日常とは、果たしてどのようなものであったのか?

平凡な日常、凡庸な毎日から逃避して、ネット社会に依存する人間たちは決して少なくない。実はおいらの周りにもごまんと居るのだ。これはかつて、名プロデューサーとももてはやされた小室哲哉が作詞した歌謡曲の歌詞に示されていた現象としても示されているものでもある。小室哲哉的な現実逃避、非現実的な「幻風景」への誘いというものが、犯罪の底流を形づくったというのは、果たして暴論であろうか?

もとより、匿名書き込みを基本としているネット社会、ネット掲示板という処においては、現実社会のたがが外れた「全能感」というものが羽根を拡げていくものである。小さな自分、ちっぽけな存在という「現実社会」から逃避し乖離した「全能的な」自己というものを主張したがる。そんな欲望が羽根を拡げたがるメディアなのである。それは、かつて数年間において掲示板の管理人を行なっていたおいらの体験から云える事実でもある。

ところで、加藤智大がスレッドを立ち上げて「管理」していた掲示板とは、某携帯サイトのものであった。この場合の「管理」というものは曖昧である。大手のネット掲示板の一部を拝借するといったものでしかない。お山の大将にもならないのだ。云わば、派遣社員として階級社会の底辺に彷徨う人間が、少し上の、中間管理職の夢を見た末の犯行だったとすれば、この巨大な「ずれ」を笑い飛ばしたりすることも出来ない。ただただ情けない犯罪の一端がここに垣間見えるのである。

久しぶりに自家製のモツ煮込みにチャレンジ

地元のスーパーにてモツの盛り合わせが出ていた。それを見たら無性に自家製のモツ煮込みがつくりたくなって、久しぶりにチャレンジしたのでした。新鮮なモツが手に入れば旨いモツ煮込みが出来たも同然だが、あわせて煮込む食材選びも重要だ。あわせて買い求めたのは、蒟蒻と牛蒡である。蒟蒻はもちろん群馬の下仁田産。

選んだ食材は圧力鍋で煮込む。強火で沸騰したところで弱火にし、約10分。これだけでモツと牛蒡と蒟蒻が程よく柔らかく煮込まれる。最後の決め手は群馬県産須川味噌なり。

村上春樹的ビールの飲み方の虚実

夏の猛暑日になくてはならないのが冷やしたビールであるが、こう猛暑日が続くと、胃袋も悲鳴を上げている。かといって猛暑をビール無しで済ますことはできないので厄介なのである。暑さを冷やすというよりも、暑さを誤魔化す、紛らわすといった効果を期待してビール缶に手が伸びる。

かつて、村上春樹さんは処女作「風の詩を聴け」にて、登場人物の鼠に次のように語らせている。

―――――――【以下「風の詩を聴け」からの引用】
「ビールの良いところはね、全部小便になって出ちまうことだね。ワン・アウト一塁ダブル・プレー、何も残りゃしない。」
―――――――【引用終了】

ずっと若いときは、名句だと感じて疑うことが無かった。ただ最近になって、必ずしも真実とは云えないということを感じとっている。ビールは飲めば飲んだぶんだけ、確実に身体に溜まる。小便として出て行くなどとは決して云えないのである。

うなぎの名産地、三島の不二美の「うな重」で夏バテ予防

本日は丑の日ということもあり、尚且つ伊豆に旅行中だということもあったので、首尾良く絶品の、三島のうな重にありつくことができたのでした。

静岡県の三島といえば、富士の雪解け水が流れ込む名水の地として有名だが、絶品のうなぎを置いて語ることなどできないのである。良き水のあるところに良きうなぎが育つという。すなわち美味しいうなぎを育てるには、そんじょそこらには無いくらいに良き水が必要であるということ。三島には、そんな良き美味しいうなぎが育つ条件が揃っている。全国的に有名な浜松と比べても決して引けをとることのない絶品のうなぎを味わうことが出来るのである。

開店間際の暖簾をくぐったのは「うなぎの不二美」。三島には「うなぎ横町」という専門街もあるくらいであり、その街中の名店である。いくつかあるメニューのうち迷わず「うな重」を注文した。

重箱の蓋を開けると、いつもの整ったうな重の姿が目に飛び込んできた。東京で食べている「うな重」との、とりたてて違いは無いようにみえる。だが箸でうなぎを刻んでご飯とともに口に頬張れば、その違いは歴然としていたのである。箸で刻んだうなぎの蒲焼は柔らかで、ふっくらと蒸しあげたということを示している。蒸して焼くのが関東風の基本であるからとても基本に忠実なことが判る。かつうなぎの味が苦味を含んで濃い味である。たれの味ではなくてうなぎの味がこれ程に染み渡る「うな重」は、滅多に有るものではないのだ。

数年ぶりに見た石部の棚田は絶景なり

本日は伊豆の天城ドームで「Folk Song Festival 伊豆」というイベントが行なわれており、とりあえずは会場に足を運んでみたのだが、ステージに立って歌っていた西荻窪在住のるりちゃんという女の子の音程が滅茶苦茶で、こんな場所に居ることが耐えがたく思い出したので、さっさと会場をあとにしていた。

向かっていたのは西伊豆の石部温泉。そう遠くはない昔に何度か足を運んだことのある港町である。此処の「棚田」が評判なのだ。何度も訪れた好きな漁港でもあり、棚田の場所は知っていた。当時のその場所は荒れた天然野という風景であり、過去にはそこが棚田であったことを示していた。その場所がどうなっているのか、非常に興味があったのである。

小さな港がある海岸から30分くらい丘を登ると目指す場所がある。いまだ猛暑の続く夏の日に丘登りするのはつらいものがある。体中から汗が吹き出ていた。棚田の場所までずっと民家が並んでいる。生活圏の中にその棚田があることを示しているのだ。そして何年ぶりかで眺めた棚田の風景は圧巻だった。棚田に生える緑の稲の幹葉は生命力がはじけるようにピンピンとしていたのだ。

沼津で途中下車してかもめ丸の「ぬまづ丼」を食したのです

伊豆の修善寺に旅しているのだが、ここに来る前の旅の途中で沼津港に立ち寄ったのです。そこには駿河湾で収穫された魚介類が豊富に陸上げされ、港周囲に立ち並ぶ市場には朝どれされた食材をふんだんに使ったメニューが提供されている。十数年ぶりの訪問の、今回の最大の目当ては駿河湾の名物「桜エビ」であった。過去に由比ガ浜で食べた「桜エビのかき揚げ」の味が忘れられないのである。

十数年前に来たときにはこんな賑わいは無かった。港周辺の風景は一変していたのだ。港町にも色々あり、例えば千葉の勝浦がいつでも長閑な港町風情を示してくれているのとは対照的に、常に前のめりに変化し続けているさまを呈示するかのようだ。

わざとお腹を空にして市場の食堂「かもめ丸」に到着した。メニューを眺めてみると「ぬまづ丼」が視界に飛び込んできた。桜エビに加えて生シラス、鯵が載っている。一目見てそれに決めた。10分くらい待たされただろうか、目の前のテーブルに出された「ぬまづ丼」は、桜エビ、、生シラス、鯵刺し、がキラキラと宝石のように光って視界に飛び込んできた。口に頬張ればますますその感動は高まっていた。一つひとつの食材がキラキラと舌と目を愉しませてくれる。どんぶりのご飯にもまた一味が加わっていることに気付いた。炊き込みご飯を使っているようなのだ。酢飯ではこうはいかない。旅の天晴れがここにあった。

猛暑によく効く「麻婆(マーボー)トマト」はたしかに美味かった

本日は「大暑」だという。こんな猛暑に打ち勝つには夏野菜を摂ることが肝心である。夏野菜料理には様々あるが、中華の麻婆料理に夏野菜を取り入れてみれば、これがまた美味かったのです。

麻婆料理といえば「麻婆豆腐」「麻婆茄子」「麻婆春雨」などが知られているが、夏には夏の食材を取り入れることは基本中の基本。殊にトマトの存在を忘れてはならない。

「麻婆トマト」の調理方法は「麻婆茄子」のレシピと基本的に違いは無い。食材としてトマト、茄子、ピーマン、そして夏の常備菜の茗荷を用意する。ひき肉を少々加えるのが中華風だが無くてもかまわない。調味料は豆板醤、甜麺醤、とろみの片栗粉が基本、これに味噌を少々加えれば日本人向けのこくが出る。

まずは茄子とピーマンを少量のサラダ油でじっくり炒める。それに水と調味料、それにトマト、茗荷を加えて煮込み、最後に片栗粉でとろみを出せば完成である。至極簡単であり、トマトの酸味と麻婆の辛味とがよくマッチして食欲を刺激するのである。いちどお試しあれです。

ブリの照り焼きこそ日本の食卓の原点を示していると想う

昼間は定食屋をやっている居酒屋に立ち寄って、「ブリの照り焼き」を注文したところ、その懐かしい味わいにとても染み入っていたのです。

そもそもブリの照り焼きというメニューは、おいらの田舎ではそれほどポピュラーとはいえないものであったが、その後上京し、このしっとりした脂が乗ったブリの照り焼きに出合った。その甘辛の調理の妙こそは、日本食の原点を示していると云っても過言ではなかろうという、いわばある時点でのおいらの思い込みにて、当時そればかり作っていたものである。週に何度も同じメニューを試行錯誤して調理し、そして口にしていたブリは、おいらに調理の楽しみを発見させるきっかけにもなっていた。苦学生の時代の古き良き記憶でもある。そんな特別のメニューを、知らぬ間に口にしながら、懐かしい気分に満喫していた今宵なのです。

ご存知のように「照り焼き」という調理法は、醤油、砂糖、味醂等を調合した甘辛の調味料を食材に塗り、上面から炎を炙って焼くというものである。まずは時間がかかる。ガスコンロもそれなりのものが必要である。おいらの学生時代のアパートにあったコンロは、いい加減なものであったが故、ほとんど満足すべきメニューの完成をみないままであった。そんなほろ苦い想い出も混在するのだ。

地元の食堂で出された「ブリの照り焼き」は、その点でも満足できるものであった。ブリの皮は焦げて黒く、それを剥いでみれば、甘辛味の染み込んで香ばしいブリの身が嗅覚、味覚を刺激したのでありました。

人間の都合で銀座にオープンされた「沖縄美ら海水族館」の巨大ザメ

東京銀座の「ソニービル」前には、「沖縄美ら海水族館」がオープン。それほど大きくは無い、否、沖縄を取り巻く海洋に比べては極端に矮小な水槽の周りには老若男女が取り囲み、甚平ザメなどの巨大魚たちの姿かたちに見とれている。行き交う人々は足を止めては水槽に見入っている。

ビルの内側に回って水槽の中を観察してみると、巨大なサメが可愛い目をこちらにむけて近付いてきた。瞬きもせずに道行く人間たち生態を観察するかのごとくである。36度を越えたという猛暑の東京だが、甚平ザメたちは東京都民をどのように観察しているのか? 逆に知りたいところでもある。それにしても人間の勝手な都合で極小の水槽に閉じ込められた南洋巨大魚たちにとってはいい迷惑この上ないのである。

吉本隆明が「貧困と思想」で嘆いた現代日本の現状

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不況不況の大合唱は鳴りをひそめたとは云え、先の見えない状況はいっこうに変わる気配など無い。数年前から小林多喜二の「蟹工船」のブームがさかんに取りざたされているのだが、かつて「蟹工船」が発表されていた時代に於ける新しい息吹きさえもが見えてはこないのである。見えているものと云えば、いまだ横行するリストラという名の不当解雇、ワーキングプアの増大、そして時代が共犯者となって引き起こされる大量の凶悪犯罪、等々といった暗澹たる世界。

このような状況を目の前にして、思想家、吉本隆明氏が述べている言葉は、重くしっかりと状況を見据えている。「貧すれば鈍する」といった類いの浅薄な通俗論議とは、真逆の論調なのである。

さて、同書の中で吉本氏は、現代文学の世界に於いて「蟹工船」を越えるくらいの作品が現役作家から生まれてこないことを嘆いていた。たしかにそうだろう。同様の思いは常々感じているところである。

純文学作家たちが「文壇」という名の閉ざされた村社会で胡坐をかいている。そうした状況からは真に感動的な文学作品など生まれ得る余地など無いのかもしれない。誰が今の状況に突破口を開いて、あるいは描いていくのだろうか? はたしてそれは可能なのだろうか?