「赤魚の粕漬け」という料理を食した。白身魚のうちの何かの魚である「赤魚」を粕むに漬け込んでのちにじっくりと焼き込んだものだ。
白身魚はそのまま焼くと何だが淡白過ぎてしまい、味気ない。そんな欠点を補うのが「粕漬け」という調理法だ。キュウリや茄子や大根を粕で漬け込んだりすると美味い漬物が出来上がってくるのだが、そんな良きスローフードの調理法を魚料理に持ち込んだメニューがこの「赤魚の粕漬け」だった。
美味くないはずが無いのである。
俗に「秋茄子は嫁に食わすな」という。それくらいに秋に収穫される茄子は熟して実が肥えて美味いということである。
嫁いびりも盛んだった頃の喩えとはいえ、品も無い上に味気もない一句だが、秋の茄子は夏の茄子よりも重宝がられていたということを如実に示している。
ともあれいったんの旬の時期を過ぎて、茄子が益々美味しい季節に入ってきた。夏の代表選手としての茄子だが秋に入って益々更に熟して実をもうけるというのは、一体全体茄子って云う野菜君は夏派なのか? それとも秋派だったのか? とまあ、訝しく感じることもままである。
それでも実際のところは秋の茄子のほうが断然に美味だという声を強く耳にする。希少性やマニア向けの嗜好とも関係しているに違いない。
定食屋の「茄子の味噌炒め」を口にして、その思いを強く感じていた。秋茄子は夏茄子よりもぐっと来る。それは本日のおいらの舌で実証した事実でもあった。
それにしても茄子の味噌炒めというメニューは、日本人であるおいらの味覚にとてもとても強くフィットしている。こんなにも相性の良い食材と調味料との妙と云ったら、他には数えるほどしか思いつかない。
それくらいにぐぐっと感じる逸品メニューだ。
千代田区の旧練成中学校を改修して昨年オープンした「アーツ千代田3331(3331 Arts Chiyoda)」にて「千代田芸術祭2011」が開催されている。(9/3〜9/19火曜休場)
昨年の「アンデパンダン展」がスケールアップして企画された展示会ということで、1階メインギャラリーでの作品展示に、コミュニティスペースと屋上にて「ステージ」や「マーケット」の催しが加わった。
展示部門のジャンルは設けられておらず、油画、アクリル画、立体作品、写真、ビデオ、その他、多岐にわたっている。広く市民アーティスト達の表現の場として生まれた同会場においてジャンル等々の出展の規制を設けることなどナンセンスであり、会場にはジャンルを超えた表現の息吹が渦巻いていたのであり、企画者達の基本的な目的は達成されていると見える。「アンデパンダン展」を称した展示会であるからしてあからさまな職業批評家達のコメントやらは避けられており、当たり前のことながら風通しの良い展示会と云う印象を与えている。
先述したようにこの会場は元は区立中学校だった場所だ。校庭はそのまま公園として再利用されている。通常こういう場所のことを「廃校」と呼ぶのかもしれないが、こと旧練成中学校に関してはこの言葉は当てはまらない。現役の校舎としてそのまま使えるくらいに、旧校舎と場に関係する人々、あるいは行き交う人々との関係性が密にあるということを感じさせるに充分である。庭の花壇には昼顔が花を咲かせ、ツルが天然の緑のカーテンを形作っていた。
2階、3階は貸しギャラリーとして機能しており、様々な個人やグループによる展示が行われている。階段や廊下を歩いているだけで、中学生の時代にタイムスリップして気分にもなれて、それだけでもわくわくしてくる。おすすめのスポットである。
■アーツ千代田3331
〒101-0021
東京都千代田区外神田6丁目11-14
野田佳彦という「どじょう総理」が誕生したことにより、どじょう人気が高まっている。地味で泥臭いが実行力があって頼もしい…等々の評価のためか、どじょう人気はバブル期の株価の様でもある。
念のために記しておくが、おいらはどじょう総理が誕生するずっと前からどじょうが大好きであった。おいらこそは野田総理にも引けをとらぬくらいなどじょう大好き人間なのである。のみならず、当ブログにもどじょう料理については数回記述している。
http://www.midori-kikaku.com/blog/?p=4477
http://www.midori-kikaku.com/blog/?p=2200
あらためて振り返ってみれば、たまに行くならこんな店、としての「どじょう料理」を紹介してきたが、いざどじょうが食べたいと思ったときに、近くにどじょうを提供する店が無いことに気付いた。地元のよく行く居酒屋のメニューには「どじょう鍋」があったのだがいつも「売り切れ」だった。今年に入ってからはメニューに墨で塗りつぶしてあった。嗚呼残念。
そんなこんなの経験を繰り返しているうちに、どじょうと云う川魚は、馴染みがありそうでいて実はそうではなくて特殊で稀少な川魚のではあるまいかと考えていた次第なのである。
野田総理がそれほどに特別な存在であるとは毛頭思えないが、ことどじょうの存在については、とても稀少であり特別な存在感を持つのであると、ここ数日の間ずっと考えていたと云う訳なのだ。
どじょうを食べると須らく、泥や骨の味覚を一緒に味わうことになる。泥と骨とは、今日的政治家の資質としての大切な資質であると云うことなのかもしれない。ただし野田総理がそんな資質を有しているのか否かについてはもう少し観察、洞察の必要がありそうなのだ。
時々足を運ぶ中華居酒屋にて「もつ煮麻婆豆腐」という新しいメニューを発見。早速食べてみることにした。
出てきたその料理は、いかにも辛いげな麻婆料理のギラギラしたアブラぎった風体で現れた。こういう料理はこちらもそれ相応の対処が必要となってくる。まずは胃袋が、襲いかかる辛みでもって悲鳴を上げたりはしないか? 消化の悪いもつなどが後日に胃腸障害などを引き起こさずにいられるか? あるいは折角のダイエット指向が無駄になってメタボ体質に逆戻りはしないか? 等々とチェックしておくべきポイントは多いのだ。
それでもこのメニューを注文し、実際に食してみたというのにはそれだけの理由があるのだが、その理由とは一言で述べれば、「刺激を求めて」だったと云うべきか…。
日々の喉と心とその他あれこれを癒してくれる居酒屋のメニューも、ときにはガツンとした刺激が欲しいのである。毎日同じようなメニューを口にしていると、それはとても癒しのメニューとは云い難くあり、ガツンとした刺激を味わってこその晩酌メニューと云って良いのであり、そんなことから求めるのが刺激メニューなのである。
ギラギラと赤光りする料理の表情に接して、これは相当にダイエットにもその他諸々の身体にとっても良くないだろうな、と確認したところで、口にして喉に、胃袋、小腸、大腸へと流し込むことの欲望に抗うことはできなかった。こうした時々の悪しき食生活を繰り返すから、おいらの健康的食生活はまったくもっての幻でしかなくなってしまったのだ。
口に含めばピリリとした刺激が心地よい。唐辛子のストレートな辛さの後にじんわりと辛い花椒の刺激が待ち構えている。花椒即ち中国胡椒のじんわりと来る辛さこそが「麻辣味」の醍醐味であるのだ。
加えて煮込んだ「もつ」が入っている。しかも一般的な内蔵の小腸、大腸に加えて「トリッパ」「ハチノス」等と呼ぶ牛の第二胃袋が存在感を持って主張しているのだ。煮込んだモツだが噛み切るには少々の顎の筋肉を使う必要が生じる。顎や顔面の筋肉体操にもなっており、意外なところで貢献していくのかもしれない。
御徒町の「佐原屋」へ訪れるとよく注文するのが「納豆とんぶり」だ。
http://www.midori-kikaku.com/blog/?p=4015
「山かけとんぶり」等とともにおいらの大好きであり、同店の看板メニューでもあるのだが先日は、同店のメニューにおける欠陥を発見したのだ。それは御飯に乗せて食べることが出来ないと云うこと。
先日このメニューを口にしていたとき、ふと思い付いて「御飯が欲しい」と注文したのだが、願いは叶えられなかった。
御飯くらいは何処の飲食店でも用意しているはずだが、「居酒屋」「酒呑処」…等々の看板が邪魔をしていて日本人の飲食の基本であるべき御飯も提供できないと云うのだからがっかりだったのである。
ならば我家で、満足できるメニューを拵えてみようではないかと思い立って、都心のスーパーを覗いてみたら「とんぶり」が見つかった。喜びいさんで持ち帰り、納豆、葱、その他食材を合わせてみてそして、温かい御飯の上に乗せて食べたのだが、想像以上に絶品の味わいなのであった。満足至極のメニューである。
そもそも居酒屋だから御飯を出さない、出せないなどと云う口上は、はなはだ客の気持ちを踏みにじっている行為である。こと飲食店関係であれば、御飯を出してくれと云う客の要望には真っ先に応えるべきであるのに、何故だか勿体をつけて「御飯はありません」等と云うのはまるで、料理屋の基本を蔑ろにしている行為である。
全くもって不条理至極なのだったのではあったが、今宵はこうして美味いメニューと、美味い晩酌の酒にありつけたのだから良しとすべきなのかもしれないな。
【追記 とんぶりとは】
ホオキギという1年草の成熟果実を元にして加熱加工したもの。中国では漢方食材として利用されている。「野菜のキャビア」とも称され、黒緑色のプチプチとした食感が人気だ。旬のものは9月から流通する。注目の食材なのだ。
中央沿線沿いの「阿佐ヶ谷」から「ゴールド街」が無くなってしまうというニュースを目にして、慌ててその「ゴールド街」へと向かってみたら、もうそのあたり一帯はもぬけの殻状態に近い様であったので喫驚仰天の心持ちなのである。
阿佐ヶ谷「ゴールド街」と云えば、おいらが10年と少し前に中央線沿いに移り住み着いて以来、幾度となく訪れていた好みの地域である。阿佐ヶ谷駅を降りて東側の信号を渡るとすぐに、その界隈一帯のビルにぶつかっている。そんな足の良さもあってか、あれやこれやの時間帯をその界隈の散策に勤しんだりしていたものである。
ちょっとばかり変てこりんな「葉山房」という居酒屋が在った。店舗内には大きな水槽が設けられており、熱帯魚や金魚みたいな風体をした魚達が泳ぎまくっていた。そんな光景を眺めながらちびりちびりと酒をたしなんでいたものである。だがそんな居酒屋「葉山房」もいつの間にか姿を消していた。つまみを何を食べたとかそんなことはほとんど記憶の埒外に追いやられているが、阿佐ヶ谷を訪れて帰りに立ち寄る場所としては、おいらが最も親しんだスペースであった。そんなスペースが今は無い。
駅から徒歩にして1分未満の場所に位置する2階建てビルであり、耐震構造に問題在るとも思えない。だがJR東日本はここを取り壊して新しいビルに立て直すのだと云う。訪れたビルの2階の店舗街は既に封鎖されていた。風情あるこれまでの「阿佐ヶ谷ゴールド街」は、どこにでもあるようなJR駅中のビルへと様変わりしてしまうのだ。残念至極なり。
古い歴史的建造物は人々の歴史を感じさせるが、新しい駅ビルはただ貪欲な功利主義の欲にまみれふざけ切った出店企業の営利活動の排出物を受け取るばかりであり、それ以上の風情のかけらも無い。
おいらも旨い酒など求めて一献傾けるつもりで阿佐ヶ谷に立ち寄ったのだが、望みも叶わぬまま再びの中央線ホームから乗車し帰路についていた。全くもって徒労の時間だったのである。
[エラー: isbn:9784334740559 というアイテムは見つかりませんでした]
先日ふとしたきっかけで、色川武大氏の「喰いたい放題」の文庫本が目に止まって読んでいるのだが、なかなか興味と食欲とをそそられる内容だ。
相当な食いしん坊であった色川氏は、まあ相当な偏愛的美食家でもあったと見える。冷やしワンタンから始まり松茸鍋、上海蟹、鱈子、鰻、等々はまずは定番だが、一番食べたいものが「御飯」、そして副食物の極め付けが「ふりかけ」と云うんだから本物である。
そして、本物食いしん坊の色川氏の同書で、何度も登場するのが「鮭のまぜ御飯」なのだった。一塩の鮭の身をほぐして、大場を揉んだやつと混ぜ合わせる、というこれだけのレシピ。これが何度も登場しているのでついつい作りたくなり、バーチャル食欲が湧き上がっていたと云うことなのだ。
そうして作ってみたのが上の写真である。煎りゴマなどを添えて多少のオリジナルを演出してみた。難しい調理法などは全然採用されていないが、食べたところこれがなかなかの味のハーモニーだった。一流の料理とは素材と素材のハーモニーであることがよく分かる。流石は本物食いしん坊だけのことはある。
「ゴーヤのおひたし」という珍しいメニューが目に付いて注文してみたところ、その苦々しさがストレートに舌を刺し、まことに珍しい食事の体験だったのだ。単純にゴーヤをスライスしたものを塩で浅漬けにしたものに、鰹節がまぶされていた。
今年の夏はゴーヤをそれ程食べていないな、それ程特別な付き合いをしてこなかったな、そんな回顧的気分に一瞬とらわれていた。おいらは夏には夏の野菜の中でも最もゴーヤに愛着を持っている。キュウリ、トマト、ナス、ピーマンと、いった夏野菜のどれよりも以上にゴーヤが好きなのだ。
涼しい秋風が吹きかう今の季節になっては、ゴーヤの何とも云えぬ猛暑ならではの味覚体験は難しくなった。猛暑でくたくたになり、汗だくた苦になった身体を、ゴーヤは俊としてくれてことがあって、それこそが食と味覚と季節の相乗作用だったと認識しているおいらにとって、ゴーヤとは特別な味覚を届ける稀有な食材だった。今日が今年の食べ収めかと思うととても切ない思いにとらわれてしまっていた。
この「造反無理政局の行方」のサブタイトルでブログを記すのもいよいよ最後となった。
野田佳彦氏が海江田万里を破り民主党代表に就任したことで、最悪のシナリオは回避されたようだ。ただ野田という政治家については知名度も低いどころかこれまでにほとんど政治的活動に関して注目されたことが無く、いかにもぽっと出の感が否めない。代表選挙の演説が高い評価を得ているようだが、日本国内の政治環境の中ではそうかもしれないが決して国際的に通用する様なレベルではない。彼の経歴についてはほとんどを知らないが、年期の入った雄弁役者といった以上のインパクトを与え得るスピーチでなかったことは確かである。
そんなスピーチで彼は自らを「どじょう」になぞらえ、金魚になれはしないのだから、自分はどじょうのように泥臭い政治を行なうのだと宣言してみせている。どじょうは美味いが金魚は食えない。食ってなんぼのどじょうがエライのだという、泥の中に生活の基盤をもち活動を行う人々の心情に仮託させた比喩として捉えることもできよう。新幹事長に任命された輿石東氏の座右の銘に、野田氏が乗ったという報道も一部には流れている。政治的駆け引きの言葉として受け取ることも可能である。
野田氏のこうした発言は相当な自信の現れとして受け止められている。自らを地味な存在、卑下した存在として定義してみせることで、相手との融和を導き出そうという狙いを秘めているのだろうことが推測可能だ。菅直人前代表が相手との対立軸をひたすら強調することで、「脱原発」や「脱金権政治」を少しずつ実現させてきたことと比較すると、一見大人の態度にも見なされないことは無い。「泥臭い大人の政治家」といった評価が定着するのにそう時間はかからないだろう。だがそれこそが最大の欠点であり、そう遠くない今後において思い掛けない陥穽を招来する大きな要因でもあるのだ。
党内融和や大連立等というものは何の意味も持たないことは、数々の歴史が証明していることでもある。「融和」を目指した政治等というものは前世紀の遺物であるということを、野田氏ははっきりと認識する必要があるだろう。つまりは彼が在任中の政治はこれまで以上に停滞した意味の無い(ナンセンスな)時間とともにあるということが、残念ながら内閣の発足前から見て取れるのである。
「ヨコハマトリエンナーレ2011」のあとで、黄金町から日の出町駅ガード下のスポットを訪れた。伊勢崎町の市街地からも近いこの一帯はかつて売春窟として有名であり、犯罪の温床ともみなされていた場所である。2000年代に入ったそう遠くない頃に、古くからの地元住民や警察関係による浄化の運動が展開されてきた。かつての売春宿や違法店舗が消えて空き家になった場所に、アーティスト達が活動や発表の場所として利用している。街ぐるみでアートのスポットとして再生させようと、様々な試みが行われているのだ。
2008年からの「黄金町バザール」は、今年は「ヨコハマトリエンナーレ2011」と合わせてスタートし4回目を迎えた。町興しに日本国内外のアーティストが参加し、今流行の「絆」を深め合おうと云う活動が展開されている。ガード下には新しいスタジオや制作の拠点が生まれており、町の再生という目標を後押ししているとも云えるのだ。
「黄金町バザール」の事務所を兼ねる「竜宮美術旅館」では、古めかしい旅館の建物の場を利用して、松澤有子さんの作品「ひかりを仰ぐ」等の作品を展示している。木賃宿風情の一角には風呂場が設置されているが、その場がアートとして再生されており、希望者が申し込めば1日1組に限り入浴も可能だと云うことだ。場とアートとイベントとが一体化したユニークな試みとして注目される。機会があればおいらも一風呂浴びたいものだ。
その他、ガード下を歩けばアートグッズを扱うショップや、若手アーティストの制作現場に遭遇することとなる。9月からは作品発表の場として様々なイベントが企画されているようなので注目しているところである。
現代アートの国際展として3年毎に開催される「横浜トリエンナーレ」。09年に続き今年は第4回目となる今年の展示が8月6日から開催されている。期間は11月6日までと、3カ月間の長い日程をとって開催される、我国における美術の一大ムーブメントだ。いつかは訪れねばという思いを漸く本日は解消することが出来た。とはいっても4カ所でイベント展示されているうちの2カ所を訪れたのであり、まだあと半分の後半戦を控えているのではある。
http://118.151.165.140/archives/index.html
サブタイトルには「OUR MAGIC HOUR 世界はどこまで知ることができるか?」とある。何やら意味深な響きやらが冠されているが、経験から見ていけばこういうものにはほとんどスルーするか無視するか、あるいは邪険にするか、兎に角は真に受けないでおくのが肝心である。聞き流しておくに限る。
そもそもこんなサブタイトルだとかの代物は、キューレーターだかプロデューサーだか、ディレクターだかなんだか知らない人種たちがお遊びで付け足してみたものと相場が決まっている。アートのいろいろを理解しているとさえ云い難い。今回の企画展の総合ディレクターだと云う逢坂恵理子という人のコメントをある雑誌で目にしたが、全くもって要領を得ない。「体験」とか「想像力」とか定番の語彙を絡ませ小中学生に美術の授業を行うくらいのものでしかなかった。まるで自分でも何を解説しているのか判らないだろうポイントがずれていたものであったので、唖然としたものではある。それでも「総合ディレクター」とやらが務まっているのだから日本の美術界はそうとうに没落悪化の一途なのではないかと危惧しているくらいだ。
実際に小中学生は観覧料が無料ということで、多くの小中学生が夏休みの課題をこなすためなのか、ペンや筆記帳等を携えて美術鑑賞を行なっていたのだ。だいたいにおいて現代美術の鑑賞を小中学生に課すということ自体に、現代美術への無理解が根底に在ると思えるのである。
おいらの今回の目当ての一つは、横尾忠則氏の近作を鑑賞することだった。ネットや一部媒体にて作品のコピーには接していたが、実作品に接することが真の鑑賞の第一歩となるが故にその行程が急がれたのだった。ところが生憎、横尾氏の作品は撮影不可という扱いになっていたため撮影取材が不可能となりがっかり至極であったので、感動も半減させられたと云うしか無いのだった。黒いトーンを基調にして、闇の中から浮かび上がるようにして描かれていた街中の風景たちは、想像していた以上に大仰に黒のトーンをまき散らしておりそれなりの迫力満天の作品であった。迫力といつたついでに加えれば、100号かそれ以上の大作も数多く展示されており、此処へ来てこの時代での横尾氏の制作力には目をみはるしかなかった。作品の大きさと作家のパワーとが凄く同次元で感受できたのであり、これはこの時期にとても意義ある美術鑑賞体験だったのだと考えているのだ。
さてそれ以外の作品について。まずは今は亡き過去の「現代美術家」たちの作品への邂逅に対する感動が大きかった。マックス・エルンスト、ルネ・マグリット、マン・レイ、等々、美術の教科書にも載っている巨匠達の作品を直に目にすることの、衝撃度は大きかったと云うしかない。先述した欧州の作家以外にも、古今東西、砂澤 ビッキ、歌川(一勇斎)国芳、たちの作品への憧憬は凄いものがあった。砂澤 ビッキ、歌川(一勇斎)国芳らについては少々研究の上、改めてコメントしたいと考えている。ただし現在生存中で活躍中という真の現代作家達の作品には、特に何も受け取るべきものを得なかった。国内外を問わずそれは歴としていた。
もしかしたらこの国際美術の展示会は結果的に、「温故知新」ということの再認識をもたらすためのものだったということになるのではないだろうか…。
久々「デジブック」に「2011夏の記憶」をアップしました。
2011夏の記憶。青、緑、赤、黄、橙、…まるで陽炎のようなこの夏の記憶。
http://www.digibook.net/d/4305cdff811904c97116ed36fc3c2e96/?viewerMode=fullWindow
このサブタイトルでブログを記すのも最後かもしれない。あるいはもう1回くらいは機会が訪れるのかもしれないが、本日は菅直人総理が正式に辞意を表明し民主党の新しい代表を選ぶスタートの日となった訳であり、何か日にちの因縁を感じるのだ。かといって新しく選出される新代表、新総理に期待はおろか興味がある訳など毛頭無く、云わばこれがレクイエムの序章とでも云ったところだろうか…。
期待も興味も無いと記しながら、新代表が海江田万里有利と聞いては穏やかではあり得ない。小沢一郎の支持を取り付けたことで一躍トップランナーの仲間入りとみなされている。仮に海江田が新総理になったらば、脱原発に向かうはずのエネルギー政策の全てがご破算になることが目に見えている。何としてもそれだけは阻止したいという思いが強烈に湧き上がっている。小沢一郎に操られる海江田万里など悪夢でしかないことははっきりしている。
ここまで来たらもう菅総理の続投の芽は無くなったが、他にまともな候補は居ないのか? 他の誰でも脱原発の道程を進むしかないのだが、あまりにも信頼できない候補者ばかりである。
今のここに来て記すのが妥当かは判断しかねるが、菅総理がもしあの時(9/11以後の数日間)総理でなくて誰か別の人物が、例えば麻生太郎か安倍晋三などが居座っていたらと考えるとぞっとする。官邸で例えば「どんと構えて」動くことなく、ただただ東電からの報告を待っていたような馬鹿な総理が居たらとすれば、最早壊滅的な東北地方の原発汚染がもたらされていたことが明らかであろうからだ。
其の時東電の幹部が「撤退」という名の責任放棄を企図していたことは様々なメディアが報じているところだ。当時、自衛隊や消防隊が駆けつけて大変な尽力を傾けていたことは感服するばかりだが、ここに東電の人間が居ない、もっと云えば逃げてしまった状況を想像すれば、現在の復旧、復興どころか、更なる対原発の一手も打つことが出来ない状況がもたらされたことも在り得るのだ。ソドムの市への第一歩となった可能性がある。
菅直人がそんな東電の逃亡を阻止したことはもっと評価されるべきでる。麻生太郎か安倍晋三でなくて良かったと本当に考えているところなのだ。
夏の終わりに夏バテ解消料理にもってこいなのが、この「鯵の南蛮漬け」である。夏になるとこれが食べたくなるものだが、今季は漸くそれが叶ったのだ。
よくあるサイドメニューの一つにもされてしまいがちだが、相当に手の込んだ料理であり、味わい深い逸品だ。簡単に作ろうとすれば手を抜いて作れるが、それでは本来の「鯵の南蛮漬け」ではなくなつてしまう。手抜き御法度であり、これが美味く調理されている店には常連として通いたくなること必至なり。
小さめの鯵を用意する。まずは鱗を取り、そして鰓を開いて内蔵を取り、小麦粉か片栗粉をまぶして低温でじっくり揚げる。このとき鯵の「頭」は捨てずにそのまま残すのが通の料理と云って良い。
酢、醤油、味醂、砂糖といった日本料理に欠かせない調味料に加えて唐辛子を調合したタレに、薄切りにした玉葱、ピーマン、人参等を加えて漬け込む。漬け込んだ状態で置き、一晩くらい冷蔵庫などで冷凍保存して味をなじませたら漸く完成。手数以上に時間が掛かるが、それだけ完成した時の悦びもひとしおだ。
「南蛮漬け」というからには南アジアが発祥のようであり、異国の料理のようだが、今や日本の暑い夏には欠かせない。日本の、特に夏場のスタミナ料理としては一番にもお勧めしたいレシピなのだ。
今日は外食メニューとして食したが、満足の出来栄えであり、嬉しく感じたのであり、家でも作りたくなったという訳であった。夏バテに効くこと請け合いなり。
どじょうと云えば近頃は、大衆居酒屋にとんと目につかなくなった。地元店でもずっと品切れだったのが、ついにメニューからも消えてしまった。
江戸の時代からずっとこのかた大衆料理の味覚の代表格だったはずのどじょうがいつの間にか希少な食材となっていたという訳だ。そんなとき、御徒町ガード下にどじょうの専門店があると聞き出かけてみたのだ。
ガード下の「喜楽」という其の店はとても狭く、カウンターと小さなテーブルが3つ、10人と少しで満員になってしまうくらいだが、永い時の印を静かに刻んでいた。名店の名に相応しいと云えるだろう。
同店でどじょう(「どぜう」と表記している)のメニューは二つある。定番の「柳川鍋」と「丸煮」。迷わず「丸煮」を注文した。まるごと沢山のどじょうを牛蒡、豆腐、葱、蒟蒻等々とともに醤油ベースの特製たれで丸ごと煮込んだというシンプルな料理だった。
箸で中を掬ってみれば小ぶりだが沢山のどじょうが見つかった。丸ごとどじょうの骨を噛んだ。洗練された料理ではないから泥くささ、土くささも匂うくらいだが、却ってそれが喉に心地よいくらいだ。野趣溢れる料理というのはこういうものを云うのだ。
たぶん今季初だろう「サンマの塩焼き」に遭遇した。大衆居酒屋で「600円」という値段は多少は高くもあったのだが、注文してみたところ、30cmはあろうかという大振りで活きの良いサンマが目の前に並べられていて、その時瞬間的に浮き浮き気分が襲っていた。
顔と目と鰓の部分を注意深く観察したところ、気が漲っているその様をイメージとして認識していた。旬と云うには未だ早いが、これこそがまさに「旬」の顔だろうと感じ取るのに充分なアピールを受け取らざるを得なかったと云うべきだろうか。そんな風に旬のサンマとは向かい合っていた。その目はまん丸でいて、これまた大海を泳ぎ続けてきた逞しさを感じ取らされるに充分な代物だったのである。
そしておいらは、東北大震災による漁場の復旧、復興をこい願いつつ、有り難く旬の味覚を味わっていたのだった。
思うに最初にこんな上物に出遭うの云うのは極めてラッキーだった。過年の記憶には、旬だとばかりに思い込んでいて箸を近づけたらば、目がだらんとたれて死んでいたり、肉をつまんだらかさかさとして冷凍フーズの食感にがっかりしたり、あるいは塩焼きを頼んだはずなのが揚げたサンマに出くわしてがっかりしたりと、この時期は実にさんざんたる経験をも経てきている。であるからに少々のことでは驚かないが、本日のサンマはニュースにしても耐えるくらいに美味であったのでこうして記しているのである。
旬の味覚的便乗商法とも紙一重のものであるが故に、何度となく不条理な場面にも遭遇してきた。今年は幸先好いぞとばかりに、何だかこれからの未来への意欲やら、希望さえもが湧き上がって来たと云えば大袈裟には違いないが、浮き浮きが希望を繋いだ、本日の宵の一齣ではありましたとさ。
いつもの居酒屋で「ほや酢」のメニューが数ヶ月ぶりに再登場していた。
つまりはずっとずっと東北の大震災以来、このメニューは無くなっていたのだ。東北の漁港や加工工場、その他諸々の施設が壊滅的な被害にあい、「ほや」を漁することがずっと出来なくなっていたという事情があったのである。
居酒屋の女将さんは少し前に語っていたのだ。
「ほや」は取れなくて、取れても非常に高くなって、とても買うことが出来なくなってしまったんですよ。東北の漁港からほや漁がほとんど出来なくなっているんだ…」
だが漸く「ほや」も入荷が出来て居酒屋メニューに再登場していたのだから感激もひとしおなのである。
ほやの身と肝が溶け合って、何ともいえない風味を奏でていた。肝には少々の酢で締めてもらったほうがより身がぎゅっと締まって引き立つのである。このメニューには東北の料理家達の研鑽の跡を見ることが出来るのだ。