はらっぱ祭りで「花&フェノミナン」に酔う

大地をつんざくようなリズムに酔い痴れたのだ。

大地をつんざくようなリズムに酔い痴れたのだ。

毎年この季節になると、小金井の武蔵野公園(通称「くじらやま公園」)でははらっぱ祭りが開催されている。今日は数年ぶりにその祭りに足を運んだ。

お目当ては「花&フェノミナン」バンドのライブを聴くことである。「花&フェノミナン」の出演予定時間は11時50分ということで、休日の家でのんびりする間もなく会場へ。全国各地のライブハウスや祭り会場にてライブ活動を続けて居ることは、主にインターネット情報等にて把握していたのだが、なかなかそれらの会場に、足を向ける機会も減ってしまっていた。

小金井市くじらやま公園の「はらっぱ祭り」といえば、そもそもその昔に、保谷にある「かけこみ亭」に「花&フェノミナン」の押しかけ取材を行なっていたおいらが、初めて彼らの本格ライブに接した場所でもあった。いわゆる格別の想い出の場所なのである。当時は会場の裏地に持参したテントを張り、彼女とテントで一夜を過ごしたりしていたものである。わずか十年ほど前の話なのだが、最近は諸事情(地域住民からのクレーム等)により、そんなことも許されなくなってしまったようだ。祭り自体が縮小傾向を余儀なくされてしまっているようでもあり、さびしいことこの上なし。

昼目前の「花&フェノミナン」出演時間となり、手作り感溢れる特設ライブ会場に人がぞろぞろと集まってくる。この時間に会場に来ている来場者の多くは、バンドのボーカル花ちゃんのファンである。長めの前奏曲が響くと会場前に居た花ちゃんが壇上に立ち登り姿を現わす。定番曲「生まれたよ」のスタートである。アフリカ太鼓のジャンベを打ち鳴らし大地のリズムを奏でているのがさっちゃん。いわゆるMCのパートナーでもある。

あたらし目の曲を挟んで、ラストはこれまた定番の「いのちのうた」。さびのフレーズでは会場の全員が全身でリズムをとって盛り上がりをみせる。会場の壇上を降りた花ちゃんは聴衆の間に駆け込むと、そこには巨大な大地がステージとなって、ダンス会場の舞台といった趣なのである。

実況中継を続けても仕方ないのでこのへんでキーボードを置くが、この野生のリズム、ボーカルに呑まれこむような希少な体験は、これからも度々持ちたいとしみじみ思うのである。

巨大な大地を舞台にしたダンス会場。

巨大な大地を舞台にしたダンス会場。

http://www.youtube.com/watch?v=Swa8KMoZJ7E

http://sky.ap.teacup.com/bokurasouko/655.html

大陶器祭りで見つけた南部鉄瓶

右の1点だけが異様に高い値をつけていたのだ。

右の1点だけが異様に高い値をつけていたのだ。

八王子駅前の通称「ユーロード」にて、全国的な「大陶器祭り」が本日開催されていた。「陶器」とは一応名乗っているものの、路上に出展しているのは、木工や家具などもあり多彩である。その中に南部鉄瓶の店が1軒だけあったのである。重々しく黒光りする南部鉄瓶だけを並べているその店は、やはり異彩を放っていた。

鉄瓶の箱を見るとそこに付いている値札は、ほとんどが1万数千円なり。大きさは大小さまざまなれども、それほどの価格差が無いのが不思議だった。しかしながら、燦然と目立つ場所に鎮座されていたその鉄瓶には、二十数万円なりの値札が張られているのを見て取ったのである。一点豪華主義というにもほどがある。何故これほどまでに、その鉄瓶はそれほどに特別な代物であったのだろうか?

カレーにはらっきょうがよく似合う

このカレーに、らっきょうは5粒は食べたい

このカレーに、らっきょうは5粒は食べたい

かつて掲示板にこう書いて喝采を浴びたのはmelodyさんであり、おいらではない。「富士には月見草がよく似合う。そしてカレーにはらっきょうがよく似合う」。このエスプリは見事だった。その見事さは、かつておいらがネット掲示板の管理人を務めていた当時の記憶の中でも筆舌に尽くしがたい鮮明なものがある。しかるにこのタイトルにはおいらに著作権は無いのであるが、ちょいと借りたい気分なのだ。

銀座三原の階段をくぐった界隈を歩くとあるのが、人情酒場「三原」である。昼間は何店か定食ランチなどを提供する食堂である。此処で提供されるカレーが絶品なのだが、たんにカレーの味が秀でているというのだけではなく、カレーと一緒に食する「らっきょう」が、まさにカレーによく似合っている。これが無くてはカレーを食した気分にならないくらいに、カレーと一体化しているさまが、これまた見事なのである。遠くから車を乗り継いでも銀座三原に食べに来る価値があるということは保証してよいのである。しかも通常料金でカツカレーが700円なりが、「金曜日はカレーの日」と銘打ったキャンペーンにより、550円のサービス価格で味わえるのだから嬉しい。

今日もまたこのカツカレーを食しに「三原」を訪れていたのだ。キャンペーン当日に人が集まるのは致し方なく、ちとばかりぎゅうぎゅう詰めの店内ではあった。それ以上に期待に応えるカレーライスとらっきょうのハーモニーは、銀座三原の食文化と云っても過言ではないだろう。

「私しか書けないこと」を書くのが「自己テキスト」である

 

美味しそうなボジョレヌーボーの前を黙って通り過ぎたのです

美味しそうなボジョレヌーボーの前を黙って通り過ぎたのです

ボージョレヌーボーがいよいよ解禁したのだが、おいらの関心は、相変わらずレヴィストローク博士なのである。今日も小雨の降るなか銀座の某喫茶店で、レヴィストローク先生の講演集を読んでいた。やはり百歳まで生き延びた学者の言葉はとても重いのだ。「悲しき熱帯」が何たらこうたら、構造主義の限界がこうたら云うより、長老のドンとした重みのある講演語録には圧倒される。

ボージョレヌーボーのことを書きたくない理由は他にもある。職場からの帰り際に某未来のIT長者から、「最近飲み過ぎですよ」というきついひと言が身にしみていたからなのである。であるからして飲み物の話題は極力避けることとなったのである。美味いであろうその陳列棚をカメラに収めて、今宵は普段の買い物をするのに留めたのです。まあいずれ復活するでしょうが、しばしのお別れなり。

という訳でいつもより前書きが長くなったが、昨日の五十嵐茂さんの発言をもう少し引用してみたい。

「自分という人間は世界とどうかかわるか、他者にどう接し、受け入れるのかという問題を、問うていかなければならない。それこそが人間が生きている意味、自分が抱えてきたテーマを浮かび上がらせることになる。そのときの言葉は自己テキストと言える内容をあらわすようになると思うんだ。表現するからにはやはり、『このことに気づいているのは私しかいない。このことは私しか書けないことのような気がする』というものを書きたいし、読みたいよね。」

引用も普段以上に長くなってしまったのだが、これからもおいらしかかけないことを一所懸命書き続けようと思ったということなりにて候。とすれば、おいらもまたネット人種の一員なのかもしれないなぁ。嬉しいような。哀しいような。

自己テキストの時代

昼間からレヴィストロース博士の本を読んでいて、帰宅途中の電車の中でも読んでいて、「よし、今日のブログはレヴィストローク先生の高尚なネタでいくぞ。タイトルはずばり、レヴィストロースの遺言だ!」とばかりいささか意気込んでいたのです。決まっただろうと勇躍いさんで駅を出てはみたのがつかの間、けれどもまた悪いくせが出て、駅前の居酒屋でホッピー3杯ばかり引っ掛けたせいなのか、脳味噌ぐらぐら廻って、とても高尚なネタをまとめられる状況ではありませぬ。しかるがゆえ、今宵はまた軽いネタで行きたいと思います。

先ごろよんだ本の中に、かの有田芳生氏の「メディアに心を蝕まれる子どもたち」がありました。(決して有田さんの本が軽いということを云っているのではないので誤解なきように)

その本の中で、有田さんの対談相手の五十嵐茂さんという人が興味深い話をしているので紹介してみます。ちなみに五十嵐茂さんという人とはおいらもメールのやり取りをしたこともあり、とても誠実な人柄をそのメール文のあれこれに滲ませていたことを思い出すのです。

五十嵐さんの指摘によれば、ネットの時代とは「空前の<自己テキストの時代>」が始まった時代だという。リアルなコミュニケーション、ネットワークでは表現できないテキストを、自己テキストとして表現し得ることの可能性を述べているのだろう。おいらがかねてより、ネットの達人(かもめさんやみなみさん達)に対してかんじていた、考えていたキーワードを表しているとも見えた。そこには「日常からの解離」もまた存在し、ネットコミュニケーションを面白くさせている。ネットもまだまだ捨てたものではないのである。

南部鉄瓶で日本酒を沸かす

 

デザインはモダンだが、古くからの岩手の名産品なのだ。

デザインはモダンだが、古くからの岩手の名産品なのだ。

今日みたいに寒い夜は、自宅に直行して家ばんしゃくに限るのである。

料理に手間や時間は掛けられないから、畢竟できあいのおかず類に頼ってしまうのは否めないが、ひと手間くらいかける余裕はおいらにも備わっている。今宵もまたスーパーで買い込んできたおでん種になめこ、しめじのきのこ類をたっぷり加え、生姜と大蒜と唐辛子を少々。そして味の決め手となるのが、群馬のいわゆる須川味噌である。利根郡須川でせいさんされるこの味噌は、信州味噌みたいに甘くなく、かと云って八丁味噌みたいなくせもなく、味噌の王道をゆくものであり、おいらの手料理にはこの須川味噌が欠かせないのだ。

さて、肝心の酒であるが、家呑みには日本酒がいちばん。外で呑むより家なら気儘に呑んだくられるから、いつのまにか習慣になってしまった。そして日本酒を沸かすのが、以前に内藤さんからギフトでいた だいた代物なのだ。岩手県の名産品なのだが、がっしりと重い鉄の感触がとてもモダン。天然の鉄分が染み込んだ酒の味わいは格別なり。

先ほど気付いたのだが、ネットの達人ことみなみさんのブログ「伽羅日記」のトップ画像にも南部鉄瓶が採用されていました。みやびな趣がよろしゅうございます。

http://pink.ap.teacup.com/minami24/

「市橋ギャル」出現、然もありなん

帰宅途中の電車の中で、日刊ゲンダイの「『市橋ギャル』ネット中心に大量出現」という記事見出しを目にした。記事内容は読んでいないのだが、家のパソコンで検索してみると、確かにいろいろ出現しているらしい。

http://www.youtube.com/watch?v=xbHCLQnOfnk

然もありなんというネタである。かつてオウム事件でワイドショーが大騒ぎを呈していた頃には、ご存知「上佑ギャル」が大量に出現し、大いに失笑を買ったものである。今回の「市橋ギャル」出現も、同様のメディアとその享受者との間のメカニズムが作用しているに違いない。このあたりのメカニズムについては、マーシャル マクルーハンの著書「メディアはマッサージである」にて詳述されているので参照していただきたい。書名の「マッサージ」とは、「メッセージ」を茶化したものであることを、念のためだが記しておきたい。

ネット人種とは? TV人種とは? そんなことを考え始めたらきりが無いが、ミーハー人種の暴走だとか、匿名人格が悪意を暴走させることなどは、メディアリテラシーの基本として押さえておかねばならない現代社会の常識である。

高尾のもみじを愛でてきました

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今日あたりが高尾山もみじの見頃だという風聞を耳にして、高尾山に向かったのでありました。

そもそも東京都心の公園などで眺めるもみじは色付きがいまいちである。発色が鈍いばかりでなく、透明感がまるで無い。もみじは透明感が無ければ風呂屋のペンキ画と同じで、季節感もへちまもあったものではない。まるで、腐った林檎か柿の実がそのまま木に生っているような姿を見せ付けられているようであり、合点がいかないのだ。少年の頃は、古里に近い赤城山や利根の温泉地などで色鮮やかなもみじに接したものだが、それとはまったく異種のものが、都会で目にするもみじなり。

ある種の期待感などもあり、昔購入したが押入れの奥に仕舞い込んでいた一眼デジカメ(ニコンD50)を引っ張り出してのぶらり旅であった。

京王線「高尾山口」駅を降り歩いていくと、ケーブルカー駅前には群衆の群れが目に入る。そこを通り過ぎ、高尾山頂を目指したのだ。登山コースはいくつかあるが、おいらが選んだのは小川が流れる沢沿いを歩いていくコース。京王案内でのいわゆる6号路コースなり。案内書には3.3kmの90分コースとある。日常のおいらの運動量をはるかに超えている。山登りというイメージとは若干違い、ひたすら川のせせらぎを耳にしながら沢を登るのだ。山登りだからがけ下を目にして歩くコースもあり、道幅は1mに満たないところが頻繁に現れ、ちょっとの油断でがけに足を滑らせてしまいそうだ。

ハーハーと息を荒げて心臓も漠々になり、やっと辿り着いて眺めた八王子市内からもっと先の眺めは圧巻だった。頂上付近はまるで原宿かと見紛うくらいの人だかりで、もみじの美しさも目に留めなかったが、帰り道の薬王院近くに他とはまるで存在を異にするように佇んでいたかえでのもみじは、おいらが求めていたものだった。高尾山で、古き懐かしきもみじの記憶を今に蘇らせたのであるから、満足感もひとしおだったのでした。

ひたすら沢を登ったのだ。

ひたすら沢を登ったのだ。

 

赤と緑のコントラストが大変美しいのです。

赤と緑のコントラストが大変美しいのです。

彼女の写真は絶対だめですよ

そう釘をさされてしまったのです。今晩くらいに完全な「ノン」はなかったのだから、新鮮であった。当ブログ用にと旨いつまみの写真を撮っていたときにマスターからきつく云われたという話なり。

ちなみに撮影していたのがこれ。「牡蠣とブロッコリーのグラタン」と「納豆入りオムレツ」。

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静岡のB級グルメを東京で堪能

黒いだし汁に付け込まれた静岡おでん。ホッピーによく合う。

黒いだし汁に付け込まれた静岡おでん。ホッピーによく合う。

静岡のB級グルメとして注目されているのが、「静岡おでん」。おでんは全国的なB級グルメアイテムであるが、どこが静岡なのかといえば、真っ黒な煮汁に付け込まれた、串に刺さった具が特徴なのである。そんな静岡グルメの出前とでもいえそうな店舗が、おいらの住む町にも出店した。

静岡おでんに欠かせない「黒はんぺん」が1本40円の安さなり。そもそも静岡おでんは静岡の子供たちのおやつとして広まったという。駄菓子屋などと同じくお駄賃で子供たちが食べていた。今でもそうなのだから「食べている」というべきか…。

おいらもたまに静岡に旅行などした折には、必ず「おでんロード」こと「青葉横丁」に足を運んであつあつの静岡おでんを頬張る。そんな旅風情も、幾つも想い出として刻まれている。だが実を云えば、東京と静岡では、やはり肝心なところで味が違うのだ。その味の違いを今日は解明できなかったが、いずれの日にか解明して、当ブログで発表してみようと思っているところなのです。

炒飯にはたくあんがよく似合う

昨日「中華三原」のことを書いたせいなのか、無性に三原の店内が懐かしくなってたまらなくなってしまった。という訳で、何ヶ月ぶりかで、銀座の名店「中華三原」の店の前の行列に並んだのでありました。

今日のお目当ては「炒飯」である。あまり注文する人はいない。だから後回しにされるメニューである。何十分も並ばねばならない覚悟を持ってのチャレンジなのだ。実は以前、この店で、一人黙々と炒飯に喰らい突く銀座風体のおやじを目にしたときから、「今度来るときは炒飯」と胸に決めていたからなのである。

迷いは大きなものがあった。折角の並んで待つ十数分を、秋風吹きすさぶ風街に立っていなければならないのである。それならば折角のご褒美として誰もか賞賛する「タン麺」にありつくべきなのではないかと、おいらも自分自身を省みながら悩んだのである。だが結局、おいらは初志貫徹を貫いたのであった。

席についてからも五分程度の間はあったかとおもう。そしてやってきた「炒飯」。↓写真参照。

炒飯とたくあんの相性がなかなかよいのだ。

炒飯とたくあんの相性がなかなかよいのだ。

昭和の風情が漂う脂っこい炒飯である。ここのオリジナルの叉焼をふんだんに使っているせいか値段も高めで800円なり。じっと見つめる限り、特別な炒飯には見えない。普通盛というのに多めである。通常の大森に近い。盛り土されたかのごとくの炒飯の表面には、フライパンで焼かれたおこげのようなしみも見えてくる。一体これがかの銀座名店の炒飯であるのか? 甚だ疑問の時間を過ごして、いざ炒飯をほお張る。そうそう、これが昭和の味だったのである。脂っこい炒飯にかぶりついて食する光景など、今やほとんど過去の遺産だとして軽んじられる光景が、まさにおいらの身に起こっていたのであった。美味い炒飯は脂っこくてよいのである。しかもトッピングとして添えられているのが「たくあん」。たくあん和尚が愛した逸品である。脂っこさに辟易したときに、このたくあんをつまんで一呼吸置く。これが通の、炒飯の食し方なのである。つまり「炒飯にはたくあんがよく似合う」なのである。

炒飯と格闘しても冷え切った体はいっこうに温まらない。ほとほと「秋はタン麺だな」という教訓を胸に、今度はタン麺を食うぞと誓ったのである。

20分近く並んだ。

20分近く並んだ。

銀座「三原」の名店案内

銀座の名店「中華三原」。ここのタン麺が絶品なり。

銀座の名店「中華三原」。ここのタン麺が絶品なり。

近頃はおいらも、銀座で一杯傾ける機会が増えてきたのです。おいらの行きつけは高級バーなどではもちろんなくて、三原界隈の小料理店である。まさに銀座の裏町風情が漂うこのあたりは、その昔、江戸の時代には相当栄えていた要所だったと聞く。だがいまやそのような面影は微塵もなく、三味線と小唄がよく似合うようなさびれた町並みがまた味わい深いのである。

此処で一杯。しっかりと出汁のきいたおでんの大根などをほお張れば、いつしか小唄などを口ずさんでみたくなってくる。

ところで、このあたりの店舗名は「三原」が定番なり。小料理「三原」、定食屋「三原」、中華「三原」、エトセトラ。これでもかというくらいに「三原」の看板に出くわすのだ。

そんな中でも「中華三原」は、昼飯時には必ずや長蛇の列ができるという繁盛店である。おいらは流石に並んでまで此処へ足を運ぶことは滅多になくなったが、確かに並んでも食べる価値あるメニューが出される。中でも人気なのが「タン麺」である。野菜がたっぷりのって、天然の野菜出汁がピーンと鼻に突き刺さるくらいの絶品なり。職場のかしまし娘などは、初めてこの店でタン麺を食したらその味の虜になって、器までなめていたというのだから、推して知るべしなのである。

村上由佳の「ダブル・ファンタジー」は必読書なり

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最近読んだ小説の中で、ドキドキワクワク感が最高だったこの小説の帯には、「ほかの男と、した? 俺のかたちじゃなくなってる」と意味深なキャッチがある。実はキャッチではなくて、小説中の会話からピックアップしている言葉である。「読者騒然、『週刊文春』史上最強の官能の物語、ついに刊行!」という、ちゃんとした帯書きもある。

誰が称したか「体で書いた本」というくらいに、詳細な性描写が素晴らしい。あるあるレベルでは描ききれないだろうSEX描写のオンパレードなのである。

それまで余り熱心ではなかった村上由佳作品だが、この一作は経験豊富な名シェフが差し出す料理のごとくに、絶品の味わいである。差し出す料理人の器量によって、評価が左右されてしまうのは、こと恋愛小説否、ポルノ小説、おっと失礼、否いなアダルトな高級恋愛小説において致し方ない。容姿に難のある作家の手によって差し出されたとするならば、このような最大級の評価は(おいらの個人的評価はさて置いても)与えられることが無かったであろう。ファンタジーの中にはリアリズムがぎっしりと詰め込まれてあるところが、ワクワク感を引き出す壷なのである。

「ダブル・ファンタジー」という書名は、「男」と「女」の、体は重ねあうが心は決してまじわうことないファンタジーという意味あいをまとっている。「心」と「体」が決してまじわうことないと捉えてみたら、たしかに哲学的ではあるが、とても残念至極なり。ファンタジーはドキドキ感を裏切らない代物であって欲しいと思う。…たしかに年を取るとそう思いがちになる。

おいらはこの「ダブル・ファンタジー」読了後に、作者、村上由佳の過去作品に接したものだが、甘ったるい青春小説節に辟易してしまった。さてはこのギャップこそ、体を張ったことの成果だったのであろうか? だとすれば、いろいろなる妄想が膨らんでくる。おいらはついつい村上先生の私生活が気になってしょうがないのである。

蒸し野菜に舌鼓!

いつもながら今宵はまた、いつもながらの行き付けの居酒屋に立ち寄り、いつもながらのホッピーを飲んでいましたのですが、隣の客が発した言葉「蒸し野菜」には、今宵とても感動的な発見をしたので、ちょっとばかり紹介しておきます。

今宵初めて食した「蒸し野菜」は、れんこん、ズッキーニ、かぼちゃ、ブロッコリー、それにソーセージ、エトセトラなどが一緒になって蒸せられる。極めてシンプルな料理ではあるが、作り置きなどしない真っ向料理の同店ゆえに、一から蒸していたことは天晴れ至極にござ候。

以下は雑談ではあるが、少々お付き合いを。本日は朝から、都心の中央区銀座はピリピリムードであった。おそらくオバマ米国大統領の訪日を受けての予備的な警備であったのだろう。ところがどっこい、おいらはこれには過剰反応してしまったのだ。かつておいらが画学生としての青春期を過ごしているとき、街中でしばしば警官に呼び止められたものである。

「ちょっと! そのかばんを見せてもらえませんか」

口調は穏やかではあったが、仕草は有無を言わせぬものと見えた。かばんの中には大量の絵の具などの画材類が入っているのを見届けると、警官は何事もなかったように挨拶をしてその場を離れたものだ。おそらくその巨大なかばんの中に爆弾が仕掛けられているとでも思っていたのだろう。まったく猜疑心もいいところてなのである。そこで例えば「逃げた」らばどうなったであろうかという友人との議論が、その後に真面目にあったということからして有無を言わせぬということの証明だろう。

米国大統領の来日とあれば、多少の市民生活の不自由は享受するくらいの気持ちはあるのだが、一体このこの状況についての納得はできかねるのである。何か別の事件や、別の目的などが存在していないかと実は疑っているのである。

ホルモン焼きに合うホッピー

関西の味に関東のホッピーがfit

関西の味に関東のホッピーがfit

地元のホルモン焼き店に久々に足を運んだ。そこで発見したこと、まさにホッピーはホルモンに合う。「hormon に fit」なのである。

ホルモンとは牛や豚の内臓のことであり、これを炭火で焼いて食するのが「ホルモン焼き」である。ホルモンという言葉の起源は数種有るようだが、もともと食べずに「放るもん」、すなわち捨てるものの意味であるという説と、ホルモンが医学用語で云うところの「ホルモン」から来ており、活力の源というイメージがぴったりしたことから定着されたという説が有力である。

どちらの説を採る立場においても、その発祥は関西であり、ことに食い倒れのまち大阪のイメージによく合う(fit)なのである。そんなホルモン料理に、ホッピーはよく合う飲み物であった。

色々なブログをネットサーフィンしていると、「ホッピー」は関西には馴染まないなどという記述を目にするが、これは噴飯ものである。おいらが4~5年前に大阪グルメを取材旅に訪れたとき、ホッピーは大阪の大衆居酒屋にたしかに根付いていた。ただ、その薦め方が少々違っていた。

「お客さん。ホッピーには少しのアルコールしか入っていません。もっと豪華に飲むには、焼酎で割って飲むのがお薦めですよ…」

こんな会話はこと関東では聞いたことが無いのである。

人毎の 口に有也 したもみぢ(松尾芭蕉)

東京もいよいよ色づいてきて、吾輩の家の近くの公園にも、紅葉の季節が訪れつつある。散歩した公園にも、色づく様子が見られたので、携帯カメラで撮っておきました。

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ところで俳句にはとんと縁の無いおいらだが、松尾芭蕉さんといえば話は別格なのであります。かの「奥の細道」はまさに、おいらが度々東北を旅するときのあかりの様なものでありますゆえ、存在が別格なり。実は前々から胸に突っかえて居る句があるのです。

人毎の 口に有也 したもみぢ(松尾芭蕉)

実は「したもみぢ」という言葉が引っかかっているのです。紅葉は「下から」色づいていくのだから「したもみぢ」なのか? あるいはそれ以外の特別な意味があるのではないのか? 

我が国の和歌には「したもみぢ」なるキーワードが多数存在する。例えばこれなど。

したもみぢ かつちる山の ゆふしぐれ ぬれてやひとり 鹿のなくらん

紅葉は下から順々に色づくという。それを意味して「下もみぢ」というのか? だが「したもみじ」は、「舌紅葉(したもみじ)」と読めないこともない。人は時々前言撤回する、つまり裏切る。それを意味して「舌もみぢ」というのではないのだろうか?

芭蕉さんの句だからというわけではないが、人生訓として読んでみると、「下紅葉」より「舌紅葉」のほうがずっと、芭蕉さん的ではないのか、なんて考えているところなのです。

銀座のレトロな穴場ギャラリー

これまで銀座のネタはといえば、飲み食いの話題にばかりであったことを反省し、今宵は芸術の秋にも相応しく、画廊の話題など少々。

ビル自体が骨董品である。

ビル自体が骨董品である。

レトロなアコーディオン扉が懐かしいエレベーター

レトロなアコーディオン扉が懐かしいエレベーター

誰が呼んだか「画廊の街銀座」は、犬も歩けば画廊に当たるっちゅうくらいに画廊がひしめきあっている特異な街なのですが、そのほとんどは画商という、得体の知れれないモンスターが仕切っているので、例えば地方から上京したばかりのお上りさんとか、日本観光の最初の日を銀座に訪ねたビジッターさんたちにとっては、格好の鴨となるおそれが大なのであり、ご注意遊ばせなのである。お上りさんの目をしながら画廊に入ったが最後、「お客様、お目が高いです!」というお褒めの言葉に続いてあらゆる高等画商テクニックの実験台にされること必至である。おいらも同様の経験豊富では有るので身につまされること大なのであり、余計なお節介を述べたものなり。

ところで吾輩が銀ブラしながら時々訪ねるスポットに、銀座1丁目の「奥野ビル」があります。一見して時刻が止まってしまうくらいにレトロなビルであり、一度そこに足を踏み入れたことのある人間にとって、そのゾクゾク感を追体験しようとして、何度も足を運ぶことになること必至なり。馬鹿なミーハーどもが集る、かの「メゾンエルメス」なんてものは女子供に任せておけば良いのであります。

レトロなビルに相応しく、大昔の銀座三越に採用されていた、アコーディオン扉のエレベーターに乗って、画廊散策するのはとてもお薦め体験です。人も住む住居が有るというこのビルの中には、十数件の画廊がひしめき合っていて、ゾクゾクとして画廊の扉を開けたときの快感は、他では味わうこと無いものであったと実感している。それくらい貴重な「奥野ビル」。銀ブラしながらゾクゾク感味わえるスポットが、時代とともに減ってしまった。古きものを簡単にぶっ壊す悪しき風潮に「渇!」なのである。

今日は股々、そんなゾクゾク感を期待して同ビルを訪れたのだが、ただし、特別な出会いや発見はなかったのである。残念!

レヴィストロース逝去の報に接して

ご存知構造主義の大家、レヴィストロース博士が逝去したという報道が目に入ったのは昨日だった。御年百歳。いわゆる大往生であろう。

http://www.afpbb.com/article/environment-science-it/science-technology/2659474/4848350

かつておいらも彼の著書「悲しき熱帯」などを、難しすぎるなと感じながらも熱心に読みこなそうとしていたものである。いわゆる近代主義とは西欧中心主義にほかならず、そこにメスを入れていた思想家の一人として、我が国の吉本隆明は特筆されるが、吉本にも負けず劣らずの思想的営為を世に認めさせた思想家こそは、レヴィストロークさんだったのだろうと思います。彼の残した「構造主義的」な足跡の数々は、人間への根源的な思索がぎゅうぎゅうと詰まっているがゆえに、極東の小国である日本のおいらにも、ずきずきと突き刺さるものがある。世界の巨星が逝ったことをしみじみと感じているのである。

ホッピーによく合うメニュー

肌寒さが身にしみる秋本番である。昨夜もまたおいらは、ホッピーのあるお店へと足を運んでしまいました。それはそうと「ホップス」はサントリーが出した発泡酒であり、麒麟ではありませんよ。みなみさまお間違えなきようご注意遊ばせまし。もちろんここで云う「ホッピー」ともまた関係ありません。

そもそもホッピーが最初に市民権を得たのは戦後間もない頃のことで、当時のビールもろくに飲めなかった貧しい小市民が、ビールテイストの炭酸飲料として糊口を凌いでいた、云わば代用品であったのだが、近頃ではあの恐ろしい痛風の原因因子であるプリン体が少ないことから、おいらみたいな高尿酸血症人類に好まれているのである。甲類焼酎と組みあわせれば、ビール以上の健康飲料なり。

些か前書きが長くなったが、地元のサラリーマンたちが足繁く通う某居酒屋店の、創作的おすすめメニューを発見したので紹介しておきます。

イカとアボガドの辛子マヨネズあえ

イカとアボガドの辛子マヨネズあえ

イカは生でなく、程よく湯通しされていてなまぐさくなく、アボガドとの相性が絶妙である。芥子マヨネーズもオリジナルで辛すぎたりせず心地よい。オリジナルメニューをさらりと出せるこんな店は、何度足を運んでも飽きることがないのである。

プラモデル作りに苦戦中なり

シャッターのバネの調子がおかしいのです。

シャッターのバネの調子がおかしいのです。

学研の「大人の科学」という雑誌に「二眼レフカメラ」のおまけがついていたので、ふろくにつられて買ってしまった。ふろくつきで2500円、決して高い買い物ではない。プラスチック製とはいえちゃんと35ミリフィルムを使えて撮影可能という代物だ。

けれどその後がいけない。少年の頃にはプラモデルを組み立てるのは得意で、友人に見せびらかしたりもしていたものだが、昔とった杵柄が、云十年もたっておいそれと通用するはずもなく、悪戦苦闘なのである。

肝心のシャッターの組み立てがうまくいかない。子供の頃の器用さがウソの様にてこずっている。本当に使えるカメラはできるのだろうか? もし幸いにも組み立てが成功した日には、自作カメラを持って撮影日記などつけたいものだが、一向にその日はやって来そうにないのだ。