浅草で飲んだ「元祖酎ハイサワー」にはがっかり

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先日は浅草界隈で飲んでいたところ「元祖酎ハイサワー」というメニューに目がいって早速注文。一般的な「酎ハイ」に特別な味の素的な酎ハイのもとというシロップを入れて飲むユニークなメニユーである。

ネットで早速調べたところ、おやじが「元祖酎ハイの素」と語った正体が「天羽の梅」という名前で販売されている代物だということが判明した。

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こちらは〔梅〕のような酸味と
〔梅シロップ〕のような甘味がついています。
(注:梅果汁や梅エキスは入っていません。)
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実際のメニューといえば、原材料に「梅」は一切使っておらずに合成着色料、保存料を多量に用いた飲料物であったと知り、興醒め至極なのではあった。

素材の香りが引き立つ「蒸し牡蠣」を味わった

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生牡蠣はよほど体調に自信がなければ口にしないいが、蒸した牡蠣はいつでもうれしいものだ。蒸し料理は案外調理時間がかかるもので、素材の香りも生以上に引き立てる。

その磯の香りがプーンと漂いつつ、極めてミルキーであるその磯に特有の風雅な香りにうっとりとした。これだけでも牡蠣を味わう意味があるのだ。

蒸したばかりの熱や香りやらを目の前で感じつつ、おいらは想像していたよりも小ぶりの牡蠣の身を、醤油を数滴かけて味わってみた。やはり磯の独特の複雑な香りや味わいは牡蠣ならではのものである。「海のミルク」等とも称されるようであるが、蒸した牡蠣の風味豊かな味わいは特筆に値する。

「米粉麺」は冷やしで味わうのが正解だ

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八王子の米粉麺専門店の「嚼夢果(かむか)」は何度か訪れたが、米粉麺への愛着はいまひとつ抱くことは無かった。もちもちとした米粉特有の噛み心地は好ましいが、然しながら通常の小麦粉を用いた麺料理に比べて食べ応えの満足感が足りなかったのだ。

暑い夏日に久しぶりに同店を訪れたところ、冷やしのメニューが目についたので早速注文してみたところ、これがなかなかのしろものだったのだ。麺は細めんながらもちもちとした噛み応えが秀逸。なかなか小麦粉ではこの食感は出せない。しかも冷たい鶏の味が染みた出汁が冷たい米粉麺にとてもマッチしていたのだ。いまいちだった印象の米粉麺料理がとても輝いて見えたのであり、まさに米粉麺料理を見直した瞬間であった。ひとつの結論として、「米粉麺」は冷やしで味わうのが正解、ということなのである。

同店店主はとても研究家であると見え、具材にも気合が入っていた。注文した「具だくさん米粉麺」にはトマト、ピーマン、ブロッコリー、等々の夏野菜に、エビ、卵焼き等がトッピングされていた。「具だくさん」の名に恥じない豪華さであり、米粉麺という新規開拓メニューの新しい可能性を垣間見せていたのである。

■嚼夢果
東京都八王子市万町171-11
TEL 042-626-9233

ど真ん中キックでゴール決めた本田圭佑に天晴れ!

ワールドカップ予選を後半戦からおいらは視聴し声援していたが、最後は本田圭佑の同点ゴールで追いついてワールドカップ出場を決めた。PKでのど真ん中キックでゴール決めた本田圭佑に天晴れ!である。

本田圭佑と云えばつい先日にはロシアリーグでの優勝を決めたばかりの帰国であり、体力的にも限界であったろう状況での大活躍であった。

ど真ん中キックというと簡単なようだが、ど真ん中に向かって魂の篭ったゴールを蹴ることは大変なことである。かつてイングランド戦でベッカムが蹴ったゴールシーンを彷彿とさせるほど、このゴールは特筆される。

雑穀米ご飯があれば一汁一飯で充分なのだ

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久しぶりにお米に雑穀を加えて「雑穀米ご飯」を作ったのだった。といって特別な調理をしたのではなくて、いつものお米に雑穀米の元を足していつものように炊飯土鍋で炊いたのだった。するといつものご飯が大変身だったという訳である。

あわ、ひえ、きびという戦前からの日本の郷土に定着され食されていた雑穀類に加えて、黒米、小豆、もち米、等々がブレンドされたのであり、その食感や味わいもバリエーションに富んでいて、これだけで充分に味わって食することができた。

古くから我が国では「一汁一菜」と云う教えが伝えられており、おいらもそのならいを基本にして毎日の日々を送っているのではある。其れらは「粗食」の代名詞として日本食の良さをPRしているくらいだ。

だがおいら自身は時々あるいはしばしばにせよそのならいを破って暴食暴飲を重ねてしまうのが常なのであるが、それにしても美味い「雑穀米ご飯」があれば、「一汁一菜」ならぬ「一汁一飯」の食生活もたまには良いのだろうと考えた次第なのである。

ご飯を白米から雑穀米に変えればそれが可能になるのである。毎日というのではなくてたまには、週に1~2回程度は、このような「一汁一飯」の習慣を身につけようと考えたのである。週に一度程度の「一汁一飯」から始めていこうと思うのである。

「おこぜ(虎魚)」の丸揚げはグロテスクだが味は一級

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「虎魚」と書いて「おこぜ」と読ませる。魚の名前の表記には様々な要素が絡むが、このケースではストレートに、虎のように獰猛な魚であるということを示している。確かに顔を凝視していると虎とも似ていなくはない。

このおこぜ(虎魚)は背びれに毒があるので、尖った針のある背ビレを取り除き、切り込みが入れられており、丸揚げにすると丸く反り返る。その背部分には身が詰まっておりがぶりと噛み付きたくなる。左右のヒレには細い骨が密集しておりそのまま天然のカルシウムを摂取できるのだ。

まさに「おこぜ(虎魚)」とは丸揚げが一番似合う魚である。

銚子の食堂で食べた「イワシ刺し」のボリュームには喫驚なのだった

 

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佐倉市の「DIC川村記念美術館」を訪ねた後、おいらは千葉県の銚子へと向かっていた。銚子駅を降りて銚子港に向かう途中に在る食堂では「イワシ刺し定食」を食したのだが、出てきたそのイワシ刺しのボリューム的インパクトには圧倒されてしまったのであり、ここに記しておきます。

何しろ銚子と云えば、イワシの水揚げ量が断トツの1番なのであり、それかあらぬか豊富な水揚げ高を誇るようにして、新鮮でピチピチのイワシ刺しがこれでもかというくらいに盛られていたのだ。

上の写真に示したのがこれで一人前である。こんなに大量なイワシの刺身があっという間においらの胃袋におさめられてしまっていたことは、何よりもおいら自身が信じ難い思いと感慨に満たされていたと云うべきであろうか。

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その後足を伸ばして、銚子電鉄線に搭乗して終着駅の「外川」へと向かった。外川駅の駅舎は、1923年(大正12年)に開業され、その姿がそのままに引き継がれているのであり、歴史的時間は90年あまりの長きを有している。戦争でも空爆されることなく生き残った歴史的建造物としての評価も高いのだ。

戸川漁港に向かう路地には、心地よくフレッシュな潮風が迎えていたのであり、おいらはその潮風を全身で受け止めつつ、潮騒の街の散策に勤しんでいた。

千葉県佐倉市の「DIC川村記念美術館」を訪問

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総武線の千葉駅から乗り継いでJR佐倉駅を降りて送迎バスで20分。そうとう郊外のところにその美術館は在る。バスに揺られて美術館へと向かう途中の光景は、田植えを終えて水をたたえたばかりの田園風景なのであって、予想以上に会場への期待が高まっていた。

この「DIC川村記念美術館」は、大日本インキ化学工業のDICがその関連グループ会社とともに収集した美術品を公開するために設立された。二代目社長の川村勝巳による近代西洋絵画に加えて、三代目社長こと川村茂邦によるマーク・ロスコの壁画、フランク・ステラの諸作品を始めとするアメリカ現代絵画が常設展示の中心となっている。

特にマーク・ロスコについては、「ロスコ・ルーム」と称される特別な一部屋が設けられている。天地2メートルをゆうに超える巨大な壁画の作品群が部屋中を覆っている。過去には何度も画集、画録等にてマーク・ロスコ作品には接していたが、これほどに巨大なる「壁画」に触れて、初めてロスコのオリジナルを体験した思いがした。ただすこぶる残念なことに、この特設のルームの照明はと云えば、近代絵画の展示室の如くに薄暗い照明によっているのであった。アクリル絵の具の長所を駆使して描いたロスコの作品を纏う照明としては、甚だしくミスマッチであった。

マーク・ロスコを凌いで個人的に最も印象に深く刻まれた作品は、モーリス・ルイスの数点である。村上春樹さんの新著「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」の装丁画として用いられているのがマーク・ロスコの作品である。

幾層にも流し重ねられた絵具の層が画面全体を覆い透明感のある画面が特徴の〈ヴェール〉、カンヴァスの両端から中央にむけて、鮮やかな色彩の絵具が流れ、中央に白い余白を残した〈アンファールド〉、細長いカンヴァスに、いくつもの鮮やかな色の帯を束状に垂直方向に流して描いた〈ストライプ〉といったコンセプトの代表的作品を目の前にして、やはりこの美術館に足を運んで正解だったという思いを強くしていた。

■DIC川村記念美術館
千葉県佐倉市坂戸631番地
代表電話:0120-498-130
http://kawamura-museum.dic.co.jp/

「金目鯛の煮付け」は魚料理の金メダル級の美味しさ

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思いがけなく「金目鯛の煮付け」を食する機会に遭遇した。金目鯛の優雅かつ個性的な外見や洗練された味わいは、高級魚の中でも特筆される。その特別な金目鯛の旨さを最も引き出す煮付け料理にありつけたことはこのところ無かった僥倖に違いない。

そもそも深海に棲息する魚で元々漁獲量が少ないうえ、伊豆などの特別な水揚げ地域ではブランド化されており、価格高騰に歯止めがかからないのだ。

巨きなギョロッとした目は、その裏側にDHAという魚特有の健康成分を含んでおり、舐めるようにして味わっていた。

小さめの「ノドグロ(喉黒)」の焼き物に舌鼓

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高級魚として扱われる代表的な魚に「ノドグロ(喉黒)」がある。喉の中が黒くなっていて見た目はグロテスクながら、味は絶品という評価が定着している。大きくなると全長約40cm以上とされるが、今回食したものは10cm程度の小ぶりである。

出てきたノドグロの赤紅色の背色にみとれつつ、背に箸を伸ばすと、白い魚の身の蛋白で独特なあじわいを堪能していた。

その身は引き締った白身魚で、淡白だが独特の脂身を含んでいる。小ぶりのものであったがその身の独特な味わいは満喫することができたのだった。

そんなのどぐろは、日本海の猟師町に行かなければ遭遇できない、それこそが本物の高級のどぐろなのかも知れない。

春季ならではの「ブリ刺」を味わった

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我が国の大型肉食魚としては代表的な出世魚が「ブリ」である。ハマチが成長してブリになるが、特に冬季のブリは「寒ブリ」と呼び、脂が乗って旨いというのが定説であるが、冬以外の季節にもブリは収穫されており、全国的日常的に食されている。

養殖魚として出回っているハマチとは味わいも旬度も桁違いに上まわっている。

鮮やかなピンクに彩られた春のブリは、冬以上に脂が乗っているようにも見えた。

宮崎県産「鶏炭火焼」でホッピーもいける

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そう遠くないその昔の話。九州の宮崎県ではそのまんま東という芸人が知事になって、宮崎県産の「鶏炭火焼」の知名度が格段にアップして、酒に合う逸品のつまみとして評価が定着したものである。そのまんま東というタレント知事はその後、県政を投げ出して「鶏炭火焼」のブームも去ったが、「鶏炭火焼」自体のうまさは今も変わらぬものではある。いかがわしいタレント知事の話はともかく、「鶏炭火焼」は九州宮崎県のローカルフードであったところから全国区の料理、或いは酒の逸品的おつまみとなっている。

その外見上は黒々とした炭の斑点だらけの料理だが、鶏料理としての優れた調理法は特筆される。強にした大量の炭火を用いた炎で短い時間で焼き上げる。がぶりと噛めば異様な外見とは裏腹に、ジューシーな鶏肉の味わいが口腔の奥までに充溢していく。おいらの定番的アルコールことホッピーともよく似合うのである。

前橋市内のアートスポットこと、元「ラボンヌ」の「広瀬川美術館」を探索

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昨日紹介した広瀬川界隈スポットには、「広瀬川美術館」という更に興味深いスポットが存在している。かつてはもしおいらの記憶が確かならば、その場所と建物などは「ラボンヌ」と呼ばれた、子供向けの絵画教室の舞台であった。文化庁の「登録有形文化財」にも指定されているという「広瀬川美術館」を探索してみたのだ。

極めて個人的な話題にはなるが、おいらは1度として「ラボンヌ」の門をくぐったことはなかったのだが、その名前は、市の繁華街にある有名な絵画塾教室として美術関係者の誰もが知るくらいの、地元では有名な画塾ではあった。だが常にその名前は気にかかっており、おいらの脳裏から離れるものでは無かったと云ってよい。市の郊外に位置したおいらの実家からはかなりの物理的距離があったりしたことからその門をくぐることは能わなかった。まるで自分自身が忘れ去っていた夢の記憶がよみがえってしまったかのようにして、元ラボンヌの探検が開始されたのである。

門を叩いて足を踏み入れると、古めかしい館の奥から関係者とおぼゆき男性が「入館料は500円です」との一言だった。2階から見学して1階に降りてください、とのこと。「五月の版画」というテーマを設定していた同会場には、おいらも敬愛する司修さんの作品が、仄暗い会場で息づいていたのだ。その作品を目にするだけでも価値ある美術館である。

一瞬は怯みつつも足を踏み入れていたその美術館には、司修さんの作品をはじめとして、群馬県にゆかりある美術作家たちの力作が収蔵されているのだから、その歴史的価値ある美術館の眺めとともに目にしておくに損はないはずである。

■広瀬川美術館
〒371-0022 群馬県前橋市千代田町3丁目3−10

前橋の広瀬川界隈は上州歴史散歩の臍的スポット

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上州こと群馬県の県都前橋の市街地を流れる広瀬川は、遊歩道に沿ってツツジや柳が続く緑花が美しく、「水と緑と詩のまち前橋」を象徴している。広瀬川沿いには前橋出身の天才詩人こと萩原朔太郎の貴重な資料が所蔵される「萩原朔太郎記念・水と緑と詩のまち前橋文学館」が存在するのであり、帰省するたびにしばしば足を運ぶエリアなのだ。

萩原朔太郎さん関連の碑は市内に数多あるが、広瀬川右岸の比刀根橋近くにも朔太郎さんの詩碑があり「広瀬川」の詩が刻まれている。萩原朔太郎さんの「広瀬川」という詩には以下のごとくうたわれているのだ。

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広瀬川白く流れたり
時さればみな幻想は消えゆかん。
われの生涯(らいふ)を釣らんとして
過去の日川辺に糸をたれしが
ああかの幸福は遠きにすぎさり
ちいさき魚は眼(め)にもとまらず。
――――――

■「広瀬川」詩碑
群馬県前橋市千代田町 厩橋下流広瀬川畔

市街地の千代田町五丁目銀座通り端には1981年に建立された「前橋望景の碑」が在している。「萩原朔太郎 前橋望景の碑」と刻まれた隣には、朔太郎さんが趣味で撮影していたかつての前橋市街地の写真の風景が刻まれている。進取の精神で撮影にのぞんでフィルムに刻んだ風景写真は、朔太郎さんが生きた時代とともに貴重な街の歴史的資料として、様々なメディアで公開されている。

■萩原朔太郎 前橋望景の碑
群馬県前橋市千代田町五丁目銀座通り端

つまりは纏めてみれば、前橋の広瀬川界隈は上州歴史散歩の臍的スポット、ということなのである。

ゴーヤの苦味を頬張れば、夏本番の季節を感じるのだ

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ゴーヤの緑のイボイボが、夏本番を想起させる。スーパーで30センチ以上のゴーヤが並んだ棚を見れば、買わずにはいられなくなる。暑い季節の到来とともに、ゴーヤの苦味が食卓に欠かせなくなるのだ。

ゴーヤ料理は「ゴーヤチャンプルー」が代表的だが、夏野菜炒めの具材として使っても充分に美味しく食べられる。上の写真はゴーヤとともにシメジ茸、人参、ネギ、ハム等を加えて炒めただけのシンプルな料理だが、ゴーヤの苦味がアクセントとなり満足な味わいだった。

これからの夏には無くてならないゴーヤを素材に、その苦みを生かしたメニューである。TV料理番組等では、ゴーヤの苦みを消す料理法等と云った邪道的調理 番組が蔓延しているが、ゴーヤの素材的魅力はあくまでもその苦みであり、その独特な苦みを舌で感じ、鼻腔で嗅ぐことこそがゴーヤ料理の味わい方の基本であ る。そんな基本的スタンスを抱きながら作ったメニューなのである。

軽米町から逸品の「雑穀麺セット」「やませそば」が届いた

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岩手県軽米町の古舘製麺所から、先日取り寄せていた「雑穀麺セット」その他が届いたのだった。これまでに何度も注文していた雑穀麺の逸品だ。

今回はいつものセットに加えて「やませそば」を注文していた。「やませそば」とはすなわち、地元軽米町で穫れた蕎麦の実をもとにして、やませ(山背)こと冷たく湿った北風によって乾燥された乾麺のこと。

北国では凶作の原因ともなるやませだが「やませそば」にとってのやませ(山背)はやませそばをより美味しく逸品にさせている。

http://hattouya.shop-pro.jp/

おいら流「ナポリタン」の極意についての考察

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我が国巷間では「ナポリタン」が見直されておりブームだという。おいらも近頃は、ナポリタン専門店とやらののれんをくぐって食することもしばしばなのである。

人気の秘密は懐かしさと新しさ――などと、数あるグルメ雑誌誌上では喧伝されてはいるが、おいらは実は、あまりそうした専門店のナポリタンを好きではない。と云うのかあまり好きではなくなってしまっていた。一口食するに、なにしろ油っこくて、とりわけバター味が効きすぎているのであり、バターをふくむ食用油の使い方が望ましくないのである。では自分で作ってみようではないかと思い立ちて、先日はおいら流の「ナポリタン」作りとあいなっていたのであった。

先ずはふつうにスーパーで売られているスパゲティを茹でておき、そして次に、ナポリタンの一般的な具材でもある、玉ねぎ、ハム、ピーマンといった食材を、オリーブ油かサラダ油を使ってフライパンで炒めていく。バターは使う必要がない。というよりも使うこと自体が邪道なのである。

くどくてバタ臭いバター風味はナポリタンにとっては脇役的であり、無くてもよろしい。そして日本的ナポリタンの味の決め手となるのが、ケチャップの味付け。ケチャップこそはナポリタンの味付けを決定づけるものなのだ。

トマトを主原料にして、それに砂糖、食塩、酢、スパイス、等々を加えて、ケチャップという和やかな調味料が作られる。洋食に合う調味料という以外に、和食にも合う。トマトケチャップとしての面目躍如である。事実、おいらは少年の頃には納豆にケチャップをかけて食べるのが好きだった。トマトケチャップの酸味と爽やかさは、それまでの伝統的な調味料にはなかった新鮮さを目覚めさせたのであり、トマトケチャップの扱いについてのを認識を新たにしていたのである。

「みどり企画のブログ」のデザインを更新しました

約2日ほど前に、久しぶりに当ブログのデザインを更新してみました。今回の更新の主目的は、パソコン以外の、スマホ、タブレット等々の様々な媒体に対応していくことでありました。

具体的には、レイアウトを扱うCSSというコードを新しいメディアに対応させることが、今回の更新の目指した目的だった。

そもそもは、おいら自身が出先でブログをチェックしているときに、表示される文字が小さかったりという不具合を感じていたのであり、それを解決するための一方策としての手段であった。

タコの食感がうれしい「タコの大根煮」を作った

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タコと大根を使った煮込み料理に挑戦。大根の煮込みにはブリやイカが一般的だが、タコもなかなかおもしろい味わいだ。煮込んだタコの赤い色素が染みこむことから「桜煮」と呼ばれることもある、おいらも好きな料理の一つ。あまり外食では食べられないので、自宅で作るときは気合がいつも以上に入ってしまう。

先ずは2センチ程度にカットした大根に切れ目を入れて出汁でぐつぐつと煮込む。沸騰して5~6分したところで大きめにカットしたタコを投入。その後、醤油、味醂、砂糖といった調味料を加え、木の落とし蓋をして細火にしてコトコトと40分程度。

大根に含まれる酵素ジアスターゼの働きで、硬くなりがちなタコの身が簡単に噛み切れるくらいに柔らかく煮上がった。大根にも生タコとは違ったタコの上品な味が染みて、いい具合だ。時間はかかるがその費やした時間分の旨さは充分に味わえたのである。

「イワシ(鰯)の刺身」は現代人にとっての必須の魚。刺身で摂れたらラッキーだと思う

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久しぶりにイワシ(鰯)の刺身にありついていた。鰯と云う海魚は身体形が小さいことや陸上げされるとすぐに弱ってしまう。腐りやすい…等々のことからこういう呼び方をされてしまった魚である。同じ位の体長の鯵に比べても、何となく弱いイメージが付きまとってしまう。う~む、鰯の個性とは果たして何だろうか…?

実は青魚の原点とも云うべき豊富なEPA、DHAが含まれており、成人病(生活習慣病)予防には必須の食材なのである。

刺身として提供される生魚は高騰の気配だが、こと「いわし」に関してはそのような動きは無くて安定しているので、いつも普段も値段の事など気にせず注文できるのである。青光りとも称すべき光輝くいわしの光明は、呑兵衛のみならず生活習慣病予備軍の人々に対して相当なる光明となって一段と光輝くはずである。

鰯には青魚特有の「EPA」「DHA」という、血液をさらさら状態にする成分が豊富に含まれている。牛肉等の「アラキドンサン」に比べて、血液の健康状態を維持するのは鰯成分が何倍も勝っているのだ。同じ魚類のカツオ、マグロも、鰯の健康成分を吸収して大海を回遊している。もし鰯の身から摂取する「EPA」「DHA」等の成分が取り込めなかったとしたら、カツオ、マグロ、その他の魚介類は大海を回遊するほどのパワーを持ち得たのかと考えてみれば、とても難しかったと云うべきである。カツオやマグロを食している日本人にとっても同様のことが云えるのだ。