上州前橋が誇る近代詩人の大家を記念する「萩原朔太郎記念館」を散策

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上州前橋が誇る我が国の近代詩人の大家こと萩原朔太郎さんの記念館を散策した。

■萩原朔太郎記念館 群馬県前橋市敷島町262 敷島公園ばら園内

前橋市内の北に位置する市民の憩いの場こと敷島公園内の、バラ園と呼ばれる一帯の敷地の中にその「萩原朔太郎記念館」はある。あまり市民には知られていないと見えて、今回訪れたときも訪問客は少なかった。却っておいらはゆっくりと散策できたのでありラッキーこの上なきなのであった。

もともとは朔太郎さんの実家、生家は市街地の北曲輪町(現・千代田町二丁目1番17号)にあり、父は地域の名医として信望厚く、一時期は患者に整理札を出すほどであったという。しかし大正8年にその父が老齢のため開業医をやめたので、萩原家は石川町に移った。このとき北曲輪町の家は津久井夫婦が入り「津久井医院」を開業し、実質的に津久井家が萩原医院の後を受け継いだということである。

記念館はその後に、敷島公園内に移築されたものとなっている。「書斎」「離れ座敷」「土蔵」という3体の建造物がその記念館として立ちつくしている。もともとは数十の部屋を有した萩原御殿の生家と比すれば、3つの部屋ではありとても狭い敷地内に移築された記念館ではある。

おいらを含めてもともとの朔太郎ファンにとっては些か残念な気もするが、それでも代表的な萩原家の造りを今に残していており、萩原朔太郎さんの作品が創作された現場としてとらえればまた、感情移入することの出来る記念館となっている。

朔太郎さんが生家に住んでいた頃は、特に「離れ座敷」とされる部屋には、北原白秋、若山牧水、室生犀星などの詩友が訪れてこの部屋に通されたとされている。群馬県のみならず我が国における近代文学の発祥の場として貴重な記念館ではある。

かつて地元では慣れ親しんでいた「クワガタ虫」の子供に遭遇

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上州こと群馬へ帰省中のおいらではあるが、実家の家で、いつもの部屋へと足を踏み入れた途端に、足に何やらきりりと指すような刺激が走った。蚊でもなければ蜂でもない。そんな刺すような痛みは強烈に感じていたが、足の裏に巣くっていたのは、なんとも意外な昆虫こと、クワガタ虫の小さな子供のようではあった。ちょいと足をおいらが踏んづけてしまっていたことで、その子供のクワガタは元気がなかったようなのであった。子供クワガタにとっておいらの足は天敵でもあったであろうことは想像に難くないのである。強烈な暑さが襲っていた一時期は過ぎ去ったようだが、未だ暑い夜の木の葉に、本日遭遇したクワガタ虫の子供を置いて、今生の別れの儀式にも似たことなどを行っていたのである。

銀座奥野ビル「ギャルリーヴィヴァン」の「夏目漱石版画展」は一見以上の価値有り

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銀座一丁目の奥野ビル内「ギャルーヴィヴァン」では、20日(土)まで「夏目漱石版画展」が開催されている。

ご存知夏目漱石と云えば、明治維新後の混乱期に生を受け大正5年に没した、我が国の近代文学を代表する文豪である。そんな文豪が数多くの版画をものにしており、其の達筆なる所業が存在していたことはあまり知られていない。

今回の「夏目漱石版画展」は、大正11年から13年にかけて、夏目漱石のご長男夏目純一氏が監修した、漱石遺墨集全5巻のなかに入っていた木版画である。版の制作は当時美術作品の制作では、第一人者の伊上凡骨によるものを中心にしているという。一見、木版とは解らないほどの高度な職人技によって再現された漱石の水墨画は、改めて、漱石の魅力を深めるものとなっている。

夏目漱石の版画展を訪れて気付いたのであるが、夏目先生は自作へ「漱石山人」という署名を記していた。文学とはジャンルの異なる版画制作の世界においては、この「漱石山人」を用いていたと見られるのであり、此れは一驚ではあった。漱石の版画に掛ける特別な意欲を感じ取るに充分なのである。

「漱石山人」という署名についてはおいらのみならずに、漱石さんの後輩である文豪こと芥川龍之介さんがまたとても注目しており、例えば「夏目先生」という一文にて其の驚きを記しているのだ。

―――――(以下引用)

「夏目先生」

芥川龍之介

僕はいつか夏目先生が風流漱石山人になつてゐるのに驚嘆した。僕の知つてゐた先生は才氣渙發する老人である。のみならず機嫌の惡い時には先輩の諸氏は暫く問はず、後進の僕などには往生だつた。成程天才と云ふものはかう云ふものかと思つたこともないではない。何でも冬に近い木曜日の夜、先生はお客と話しながら、少しも顔をこちらへ向けずに僕に「葉巻をとつてくれ給へ」と言つた。しかし葉巻がどこにあるかは生憎僕には見當もつかない。僕はやむを得ず「どこにありますか?」と尋ねた。すると先生は何も言はずに猛然と(かう云ふのは少しも誇張ではない。)顋(あご)を右へ振つた。僕は怯(を)づ怯づ右を眺め、やつと客間の隅の机の上に葉巻の箱を發見した。

―――――(引用終了)

銀座奥野ビル「ギャルーヴィヴァン」の「夏目漱石版画展」は一見以上の価値有りなのである。

■夏目漱石版画展
2013年7/1~20日(土)
ギャルーヴィヴァン
東京都中央区銀座1-9-8奥野ビル1F
TEL 03-5148-5051

銀座の「シネパトス」が消えても「食事処 三原」は未だ健在

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今年3月には銀座の名画座「シネパトス」が消えて、三原橋界隈はてっきりと寂しくなってしまった。

シネパトスと軒を並べていた半地下街の食堂街はほとんどが其の営業に終止符を打って、今では名店の誉れ高き「食事処 三原」が一軒のみ。思えば同店には1年以上訪れていなかったのだが、久しぶりの「カツカレー」にはガツンとまいってしまった思いなのである。

衒いのないカレーの味ははじめて訪れた時のままであり、店内の雰囲気も其のままである。上にのったカツは前より些か小さくなったかのようでもあるが、カロリー控えめ志向のおいらにとっては丁度良いくらいの大きさであった。つけあわせの古き良きラッキョウがまたカレー味にアクセントを添えている。そしてなによりも、こんがりと揚げられた香ばしいカツとカレーのルーのハーモニーが夏バテ気味の胃袋を元気にしてくれていたのであった。

銀座奥野ビルのギャラリーで、鬼塚緑さんの「毛葬展」に出会った

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久しぶりに銀座1丁目の「奥野ビル」を探訪。1932年に竣工されたこのビルは、地下1階、地上7階建て。画廊やギャラリーが入っていて、様々なジャンルの意欲的な作品に触れることが出来るという希少なスポットである。

久しぶりに訪れてみると、1階入口のところは改装されてしまっていたが、ビル中の歴史ある重厚さは以前のままであった。ことに昭和初期のビル建築の象徴とも云うべき、2重の鉄格子に囲まれたエレベーターは以前のままであったのであり、数年ぶりの感銘もひとしおであった。先ずはいつものようにエレベーターで7階へ昇り、階段で下りつつの画廊巡りが始まった。

今回の探訪で最大の収穫はと云えば、鬼塚緑さんの殊更にユニークな「毛葬展」に出会ったことであった。女の命にも比される「毛」を使って人間の葬送を奏でるというような作品イメージに満たされていたのであり、おいらは其の衝撃に身震いするほどだったのである。作家の鬼塚緑さんは、人間の本当の姿をモチーフにして平面作品を制作していたが、2011年から立体と肉体の表現を始めたという。展示会場には半立体的作品が主であり、若き創造力を会場一杯に撒き散らしていたのであり、此れこそ奥野ビル内ギャラリーにぴったりのお勧めの美術展ではある。

■鬼塚緑個展「毛葬展」
7/15(月)~7/20(土)
東京都中央区銀座1-9-8 奥野ビル206号
ART GALLERY 石
03-3561-6565

https://twitter.com/O2midori

http://itigo821.fc2web.com/

暑い夏には「つけ麺」で栄養補給なのだ

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暑い日々が続いている日本全国である。暑い日々にはソーメンや冷やし中華が幅を効かす季節でもある。

おいらは暑い季節にはソーメンや冷やし中華も食するが、だがそれ以上に習慣付いているのがつけ麺なのである。

叉焼やゆで卵といったタンパク質食材が豊富であり、麺類ならではの暑い日々にかき込むべきイメージにも似合っている。こんな季節にはラーメンよりもまたは熱い掛け蕎麦類よりも、中華のつけ麺が身近なメニューとなっている。

 

上州名物、逸品の「水沢うどん」を味わったのだ

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帰省中の上州群馬にて、久しぶりに逸品の「水沢うどん」を味わったのだ。

つるつるした食感が独特な水沢うどんだが、今回味わったものは、通常の水沢うどんよりも細めの麺であり、たまたま歯科治療中のおいらにとっては食べやすく、しかものど越しも抜群であった。

水沢うどんというのはそもそもは、上州水沢地内にある水澤寺(水澤観音)付近で提供される手打ちうどんであったものであり、つやつやつるつるした独特の麺が特長である。四国の讃岐うどん、秋田の稲庭うどんとともに、我が国の「三大うどん」の一つとして評価されている。

乾麺でも生麺でも無く、半生の麺をじっくりと時間をかけて茹でることにより、逸品の食感が生まれるのだ。

実は三大うどんの中では水沢うどんが一番なのであり、それは即ち我が国のナンバーワンうどんである。まだまだマイナーな郷土食である「水沢うどん」は、もっと全国的にPRされるべきである そんなことを考えつつ、上州の郷土食を見直しながらにうっとりである。

上州前橋の「だるまハイボール」で一献

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帰省するたびに地元の酒場に足を運ぶことが多くなった。あまり上州前橋には酒飲み族の名店といったものは無いが、それでも上州ならではのメニューにはいろいろ遭遇し、故郷の味を味わっているのだ。

前橋駅近くの居酒屋では、「かみなり鳥唐揚げ」といった地元特有のメニューなどが提供されていた。それ以上に目に付いたのが「だるまハイボール」。ダルマことサントリーオールドのウイスキーを炭酸で割ったものである。オールドがダルマのメインの酒だったということはユニークであり、以前には愛飲していたオールドへの思い入れを含めてとても味わい深かったのである。

上州酒場とも称しているその酒場では、かみなり鳥唐揚げというメニューが提供されていた。普通の唐揚げとは違いごまがたっぷりかかっていた。味付けは普通の旨いのしろものである。

猛暑の日のスタミナ補給にも役立つであろう「コブクロ刺し」なのだ

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豚や牛の子宮を食材として調理されるのが「コブクロ刺し」である。人類を含む哺乳類の子宮を指している。刺しとはいえども実際は、ボイルされて提供される。数あるモツ刺しの中でもおいらの好きなメニューである。そもそもコブクロ(子宮)とは、人間を含めて女性の哺乳類における生殖器のひとつであり、これを食すると云うことは女性器の一つを身体に含めると云う行為を指しているのであり、これはおいらも含めて男性人にとっての、所謂一つの女性ホルモン摂取の行為ではないかと考えているところなのである。

食感はと云えばおいらが大好きな種類の、適度にもっちりそしてまた、コリコリとして、噛み応え充分ありである。刺身の他にも焼き物があるが、炭火焼にすればもっちりとして中に芯が通って、とても筆舌に尽くし難いと云って良いくらいである。男子たるべき人間が、簡単に味わってはいかんという構えは持っていたはずだが、ついつい欲に任せて注文してしまうのだ。ところではてな、女性人はどうなのだろうか? あまり焼肉、焼トン店にて女性が「コブクロ」を突付いている姿は記憶に無いものである。それはもしかして、無きもの欲しさの食欲なのであろうか?

人生初のリアル的「抜歯」体験を経て思うこと

 

本日は地元の歯科医院にて、おいらにとっては初めての抜歯の体験があったので、いささか恥ずかしながら、其の彼是について報告していこうと思う。

予約していた某歯科医院の門をくぐり、緊張高まる処置ルームへと足を運んだ。いつもの何度となく見慣れていた光景ではあるが、足取りが重かったのはやはり、人生で初めての抜歯と云う体験が控えていたことによるのだからだ。

そういえばかつて、少年から青年期へかけての頃にはよく、歯を抜かれる夢を見ていて其れが恐怖ではあった。自らの身体の一部がもがれ取られていくといった、暗喩的な意味が込められたシーンだったのだと思う。完全なる肉体からもぎ取られていくというイメージは、衰えや老いや不遇といったイメージをほうしていたのだろう。

その後はしばらくは抜歯の夢は遠ざかっていたが、青年期を過ぎたある時期になると、そんな抜歯の夢にまるで取り付かれたかのように其の夢は入り浸っていたのである。身体の一部を削がれるといったイメージに加えて、まるで自らの持つべき能力を剥ぎ取られていくといったイメージとして受け取られていた。かなり苦痛な体験(夢体験)として体験していたことを思い出すのだ。

人生初のリアル的抜歯の体験は、想像以上にあっけなく、時間的には15分ほどで終わっていた。歯茎への麻酔注射から抜歯までは、オートメーション的に仕組まれたルートに載ってあっけなかったというべきであろう。そして、歯科医の今後注意すべき生活習慣への説明(過度な運動を控える。入浴を控える。酒を控える)を聞いてのち、薬剤薬局の門をくぐっていた。ドクターから云われていた通りに、抜歯から3時間ほど経つとズキズキした痛みに襲われていたのであり、処方された痛み止めを飲んで過ごしていた。ズキズキ感は想像以上であったので、処方された痛み止めに感謝の気持ちを強くしていた。

(抜歯に関する夢については、今後別稿にて続く予定)

東松山のご当地名物「やきとり」こと豚のカシラ焼きに舌鼓

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先日は埼玉県の東松山を訪れたのだ。主目的はご当地名物の「やきとり」を食することである。この小都市には約百軒もの「やきとり屋」が密集している。それを称して「やきとりのワンダーランド」などと呼ぶグルメ本もあるくらいだ。同地域にて提供される「やきとり」の材料は鶏ではなくて豚である。本来であれば「焼きトン」と称すべきなのだが、この土地柄では古くからの慣習で「やきとり」と云えば豚の串焼きを指すことになっている。またほとんどの店では、軽く塩焼きにしたものに特性の「辛味ダレ」を付けて食べるのが慣わしとなっている。また特に指定しない限り「カシラ肉」とねぎを刺して焼いたものがやきとりの代名詞である。店に入って席に着くと何も云わずに「カシラ」の焼きトン、おっと間違いだ、やきとりが運ばれてくる老舗店まであるくらいだ。好き嫌いはあるがこの土地では土地の流儀にしたがい個性的なやきとりを愉しむのである。ちなみに「カシラ」とは豚のほほの肉を指すが、程よく引き締まって味わいも濃厚だ。吉祥寺の老舗店「いせや」で出される「カシラ」は脂身がギトギトしていてあまり好みではないのだが、東松山の「カシラ」は下処理が上手にされていて食べやすい。同じ食材でも調理法でこれだけ違いがあることを知ったのである。

初めて訪れた「大島屋」は東松山駅から徒歩数分の立地にある小さな店舗であり、やきとり以外にも多数のメニューを提供している。やきとりのワンダーランドこと東松山の玄関口の、とても趣きある店舗としての名店である。ホッピーがメニューにあることを確認して先ずはホッピーでのどを潤して、やきとりこと豚のカシラ焼きを注文。そして添えられた辛味ダレをたっぷりと掛けて口に含めば、東松山ならではのやきとりの味わいにうっとり。焼きトンはカシラが一番だという説にも納得の美味さだった。

我が国出色の日本語変換ソフト「ATOK」に再会かつ再使用也

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おいらがパソコンというものに接して以来、二十数年を経過している。まずは、NEC98シリーズにて「一太郎」というワープロソフトに触れたのが最初だった。パソコンというものは先ずは日本語を取り扱わなければならず、当時は国産性のNECかEPSONというマシンを選ぶしか選択肢はなかったのである。おいらは職場でNEC製パソコンに触れて基本的扱いを学んだ後に、EPSON社製のパソコンを購入していた。ときに同時に「一太郎」という日本語ワープロソフトを購入し、日本語文書の作成的環境を築き上げていたのではある。一太郎は良くも悪くもない所謂ひとつのワープロソフトだが、日本語変換ソフトの「ATOK」が出色であり、未だにその評価は衰えることはない。

おいらはかつては「ATOK」のヘビーユーザーであったが、ここ数年来、「ATOK」という日本語変換ソフトを使用しないでいた。その理由のひとつには、マイクロソフト製の「WORD」というワープロソフトの席巻があったというへきだろう。ワードを扱うにはマイクロソフト社の日本語変換ソフトを使用するのが一番手っ取り早くて面倒がない。面倒が無いからずっと使い続けていたというのが事実である。マイクロソフト製の日本語変換ソフトも100%ではなくても使えるくらいの性能はあったと、当時は考えていた。

だが近頃はそんな評価も翻っていて、マイクロソフト製日本語変換ソフトはとても重くて使い物にならないくらいの代物である。近日はやっと高性能のウルトラブックを購入していてストレスは解消していたが、日本語変換のストレスは、マイクロソフト製ソフトの影響が強かったということを思う次第なのである。

綿矢りささんの新作集「憤死」を読んだ

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またまた綿矢りささんの新作集「憤死」が発刊されたことを書店で知り、早速同書を読んでみたのだ。

4つの短編からなる作品集である。帯には「新たな魅力あふれる 著者初の連作短編集」とある。「著者初の」というのはその通りだろうが「連作短編集」というフレーズには合点がいかない。4つの作品はけっして連作的な要素で結びついている訳ではない。こんな曖昧な関係性を「連作集」としてひとくくりにすることはあり得べきなのであり、こんな適当な売り文句を冠して売り出してしまった同書籍編集者の常識を疑わせる。貴重な才能を葬りかねないくらいに酷い扱いであり、怒りさえ感じさせてしまうくらいだ。であるから、と強調する訳ではないが、以下には「連作集」ではない同書の魅力について、いささか述べていきたい。

物語の主人公は幼女だったり、少年だったり、妙齢の少女から大人にかけての女性だったり、少年の思いを引き摺って生きる男だったり、等々と多岐にわたっている。取り立てて企図されたテーマはないのだが、あえて述べるならば、人生のあるいは人間存在の裏舞台を、りささんなりの切り口で物語化させた作品集ではないかということだ。裏舞台は表舞台を眺めては色々と批評もしつつ、ときには恐ろしい結末に導いたりもする。順風満帆の人生にはおそらく裏舞台の存在は邪魔な存在であるのだろう。それでも存在を消されることなくある裏舞台の存在を物語として浮かび上がらせるりささんの筆致は見事である。

肩の力を抜いて、綿矢りささん的物語発想の展開そのままに綴られたと思われる短編集の数々には、少女感覚を過去のものとしてなお、其れらの感覚にこだわり続ける登場人物たちに遭遇する。

たとえば表題にもなった「憤死」という短編作品は、主人公の少女と、自殺未遂をした主人公の友人との関係性が主軸となって物語が進んでいくのだが、「好き」や「嫌い」を凌駕してその先にある女同士の遣り取りの機微に触れつつ、やはりりささん的な世界へと入り浸ってしまうのだ。

数十年ぶりの故郷前橋の「七夕祭り」に遭遇したのだ

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おいらの故郷こと上州前橋では、7月の7日の前数日間は七夕祭りで賑わっている。本年もまたその季節になり、数十年ぶりに故郷の七夕祭りに遭遇することとなっていた。

願いを込めた短冊には、市内の老人施設の人たちの書き込みが目立っていた。おいらの家族が関係する施設の展示もあり、一つひとつの書き込みに目をとられていたりしていた。

屋台の数々は、旧市街地の銀座通り、中央通りといった元繁華街に集中して営業がされていた。子供の頃には楽しみだった屋台の料理も、今ではありきたりのものばかりで些か興醒めではあった。それでも金魚すくいや射的の屋台に遭遇したときは、少年心を思い起こしつつ、そんな若かった頃の息吹たちを取り戻していたのかも知れなかった。

■前橋七夕祭り
http://www.city.maebashi.gunma.jp/653/654/p002591.html

「アーツ前橋」プレオープン企画の「からだが語る」展が開催

群馬県前橋市の「アーツ前橋」では、今年10月のグランドオープンを控えてプレオープン企画が展開されている。その第一弾を飾るのが、7月4日からスタートした「からだが語る」展である。前橋市が所蔵する、前橋にゆかりある作家たちの作品群の中から特に展示テーマに添って選ばれた作品が展示されている。

人物画の中で特別にテーマを設定して作品展示するという試みのようである。企画展に関わる関係者の熱意といったものを受け取ることができる。人物画というジャンルの中でも「からだ」というテーマを設定したところに浮かび上がるものとは何か? それはさしずめ動きであったり、解剖学的視点であったりするが、作家の意図とは無縁の要素としてそれらがピックアップされてくる機会に触れるのもまた希少な体験ではある。

■アーツ前橋
群馬県前橋市千代田町5-1-16
http://www.artsmaebashi.jp

蒟蒻(こんにゃく)の本場上州ならではのメニュー「蒟蒻の葱味噌炒め」

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上州こと群馬県は全国一の蒟蒻の産地であり、低カロリー食材としての蒟蒻を使った料理メニューが豊富である。ポピュラーなのは蒟蒻の刺身や味噌おでんといったところだが、本場上州ならではのメニューとして紹介しておきたいのが「蒟蒻の葱味噌炒め」。食材として用いられているのは、刺身用の気取った蒟蒻ではなくて、その見た目も田舎風の、いわゆる灰汁色しており、これこそ蒟蒻色なのである。これを、上州特産の葱と味噌とで炒めて提供されるのが「蒟蒻の葱味噌炒め」なのである。

けっして見た目は良くない。だがひとくち口にすると瞬く間に、あの灰汁のきいた蒟蒻本来の味わいにうっとりとした気分になること請け合い。まさしく蒟蒻は上州前橋で味わうに限るのである。

帰省列車の中で「金目鯛の味くらべ」という駅弁を食らう

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近頃は上野駅経由で帰省することが多く、にありつく機会も増えているのであり、上野駅内の駅弁売り場は行きつけスポットになりつつあるのだ。数ある駅弁類の中で最近の好みだったのは「金目鯛の味くらべ」という小田原産のもの。何しろ金目鯛という希少で旨味満点の食材を使い、照り焼き、角煮、マリネ仕立ての素揚げ、そしておぼろといった4種類の料理を味わうことができるという、金目鯛好きにとってはこの上ないくらいの垂涎的な弁当なのである。

小田原市内の「東華軒」というところでこの駅弁が作られている。「海の幸を贅沢に」という当弁当のキャッチフレーズに恥じない美味しさ。金目鯛の本場の伊豆におとずれても滅多には味わえないくらいの逸品的駅弁ではあった。

小振りの「イイダコ」を酢味噌和えで味わう

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小型のタコとして食用にも重用されている「イイダコ」を酢味噌和えで味わった。疣(いぼ)状突起が多いので、タコらしさを味わうことうってつけなり。頭の中にはぎっしり詰まった卵が詰まっていてそれが「飯」のように見えることからこの名前が付いたという説がある。此の部分はおいらとしては避けてしまいがちだが、たまに味わうことが出来るときは有り難くいただくことにしている。

やはりボイルして酢味噌などで味わうのが一番イイダコの味覚を味わうには最適だと思うのだが、なかなかこのようなシンプルなメニューにはありつくことが出来ないでいた。今回のメニューは、しばしのラッキー的な出逢いだったのかもしれない。

そもそもイイダコとは、マダコ科のマダコ属に分類されるタコの一種であり、小型のものが特にそう呼ばれている。二枚貝の貝殻に生息していることなどから、二枚貝を用いて漁の仕掛けがなされている。古代より食用として漁獲されているが、あまり見かけることは多くは無い。小型で可愛くて、しかも味わいも美味なのであり、メニューに見かけたらば注文することをおすすめする。特にこの季節のイイダコの頭の部分には、卵が仕込まれており、この卵こそイイダコの食味を代表すべき味覚である。

植物性の脂身豊富な「アボカドの刺身」で一献なのだった

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アボカドの刺身と云うメニューを食した。アボカドを酒の肴のつまみとして、所謂つまみ食いをしたのだった。

何時ごろからだったのだろうか? 寿司屋のねたケースに乗っていたのを見つけて、試しにとその「アボカド寿司」を食べてみたのだが、その当時には全然ピンと来なくて、それ以来おいらは、アボガド寿司は邪道であるとの一念を通してきたのではある。然しながら先日、わさび醤油につけて食した「アボカド」は、其れまでの思い込みを払拭させるべきほどのインパクトでおいらの味覚を刺激していたのであった。これは酒の肴に打ってつけであると確信すべきものではあった。

そもそもアボカドはメキシコと中央アメリカが原産とされている。然しながら近頃では国産のアボカドも生産されているのであり、秋期に収穫された国産のアボカドが充分な熟成を経て出荷されている。おいらの狙いは実は、そうした国産のアボカドなのである。果実なのに脂肪分が多く、別名「森のバター」と呼ばれることも納得。脂肪成分のほとんどがDHAなどと同種の不飽和脂肪酸であり、普通に食するにはあまり気にする必要はないだろう。

山ウドの醤油煮は逸品の味わいだった

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山ウドとは山菜の一種であり、夏に小さな白い花をたくさん付け、秋に直径3mmほどの黒色の液果となる。若葉、つぼみ、芽および茎の部分を食用とする。--とされている。

おいらの住まう東京多摩地区をはじめとする地域には多くせい息するという。山菜マニアたちによれば美味しい山菜の代表格とされているようだが、おいらはそこまでの特別な思い入れは有していない。かえって珍しい初夏の山菜の一種としてとても希少な食材として愛でていると云ったらよいだろうか。

山菜特有のあくもそれほど気にならない。旬の時季に収穫された山ウドは、醤油や味噌に漬けて、保存食として利用されることがほとんどのようなのである。

おいらが此のたび口にしていた山ウドも、醤油漬けにして提供されたものである。生では食せないのだろうか? という疑問も生じたのだが、此処は素直に提供された料理を味わうことにしていた。そしてその提供された料理は、感動をもたらすくらいに逸品なメニューであったのであった。