コの字酒場の名店、荻窪「カッパ」のもつ焼き

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「コの字型カウンター」のある酒場と云えば、小さいながらの名店が少なくない。荻窪駅北口からすぐの「カッパ」などはまさしくその名に相応しい名店である。

同店の特長は、その日に仕入れた新鮮なモツの生きのよさ。豚のモツ類は十数種にもおよび、カシラ、タン、ハツ、レバといった定番類から、チレ、子袋、おっぱい、といった稀少部位にいたるまで、どれもが旨い。鮮度が落ちたら噛み切れ難いような部位のモツ類が、歯の悪いおいらでもさくさくと噛み切れてしまうのだから、中々の値打ちものなのである。

それらのモツ類は、炭火にて丁寧にかつ大胆に焼かれて提供される。たれ味がおいらのお勧めであるが、丁寧かつ大胆に炭火で調理されたモツは、最後のたれ付けの工程を経て、カウンター上の皿に乗せられていく。それはまさしく瑞々しく繊細なモツが逸品の料理として提供される工程である。この焼き方の妙が串焼きの味を決定付けているのである。

■もつ焼き「カッパ」
杉並区上荻1-4-3
TEL 03-3392-5870

今年は早くもフレッシュなる「初ガツオ」に出くわしたのだ

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「目には青葉 山時鳥(ほととぎす)初松魚(かつお)」という山口素堂の有名な句に象徴されるように、「初ガツオ」といえば春を告げる味として有名だ。いや春というよりも、現代では5月から6月にあたる、初夏に近い季節の味として広くいきわたっている。今年は早くもフレッシュなる「初ガツオ」に出くわしたのだった。

ところが先日、まだまだ寒気吹きすさぶそんなときに「初ガツオ」に出くわすこととなっていた。上に示した写真のとおり、その身の色は鮮度まばゆい赤色に占められている。魚の青味を内に含んだ赤味とでも云おうか。

大きく切りさばかれたカツオの身は、フレッシュさみずみずしさ至極であり、春の食欲を謳歌させる食材にもってこいであった。

「鯨(クジラ)の大和煮」はどこか懐かしい味わい

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先日、上野を散策して立ち寄ったアメ横界隈の有名なスーパー「吉池」にて、「鯨大和煮缶詰」を見つけた。今では入手が難しくなっている鯨肉を、甘辛の大和煮にして缶詰パッケージにされている。

こんなに甘みが強くくどいくらいな味付けではある。けれどもどこか懐かしい。あまり沢山食べた記憶などは無いが、たまに食べていた鯨肉の味は、どこか懐かしく感じられた。

日本の国民食として一時はポピュラーだった鯨肉は、今はこのような缶詰で味わうくらいが現実的な入手法である。いつもの晩酌に一味違うつまみとしての「鯨(クジラ)の大和煮」は、とても懐かしい味わいに満ちていたのであった。

男の「プチ贅沢」の第1位は「お酒(49.3%)」というアンケート結果も納得というべきか

男の「プチ贅沢」の第1位は「お酒(49.3%)」というのも納得というべきか、というアンケート結果。

http://www.asahigroup-holdings.com/news/2013/0212.html

世知辛い日々が続いている。今日的に云えば、経済学者や政治家やマスコミ関係者達の多くによればその原因はすべからく「デフレーション」にあるのだとされており、まるでデフレ脱却を実現する「アベノミクス」こそは日本経済を救う魔法の杖のようだ。安倍首相の主唱する「アベノミクス」という言葉はまるで魔法の杖のごとくであり其の魔法の杖は何度かその姿かたちを変化しながらマスコミ媒体を席巻しており、これからもまたそんな馬鹿げた空話を垂れ流し続けていくのであろう。そんな空話を真に受ける日本人の国民性にかんしてはといえば、なんとも空しい限りである。そしてさらにそこぶる残念なことだが、男の「プチ贅沢」の第1位は「お酒(49.3%)」というのも、この世知辛い時代の風景として、納得というべきかもしれない。ちなみにおいらは毎日のようにそんなプチ贅沢とやらを続けている。もう少しましな時代であればこんな習慣は、贅沢以前の当たり前の習慣として捉えられるべきなのであろうことなのだ。

高級魚の「シマアジ」を久しぶりに味わう

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アジ科の魚だが体長はかなり大きく、1メートル以上のものまである。鯛にも似ており、縦に長い縞模様があるのが名の由来だとされ、その味は鯛にもひけをとらないほどの美味である。漁獲量が少なく高級魚の代表格である。

おいらも過去、神奈川県真鶴町を訪れたときにシマアジを食し、その美味さに驚いたものである。それ以来、都内で食する機会は訪れることはなく、先日はメニューを目にするなり注文していたものではあった。

見た目もまた青魚より白身魚に近く、薄い皮の下にはきれいなピンク色が光っている。コリコリとして弾力があり繊細な味わいだ。

温かくなりそうな季節の日に食べた「菜の花」おひたし

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今年も温かくなったらこれを食べたい、あれを食べたいという思いを強くしているところなのだが、温かい春の息吹をもたらしてくれたのが「菜の花」ではあった。黄色い絨毯と称される花か咲く前に収穫されて食用に供されるものである。

先日はニュース番組にて、どこぞかは失念したがどこぞかの地方で菜の花の黄色い絨毯が咲き誇る前の畑をレポートしていた。そんなことも手伝って、菜の花は大変至極に待ち望んでいた。

そんな地域は房総であろうか、あるいは伊豆地方だろうか、四国の某地域なのであろうか? 何処であろうとも既に春の準備は整っているということだろう。

高田渡さんは稀代のエンターティナーだったことを思い起こさせる「タカダワタル的」の特典CD

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先日当ブログにて紹介した「タカダワタル的」には、同名の映画にはなかった特典映像のCDがおまけ的にもうけられている。

さきほどまでそのおまけ的特典CDを鑑賞していたのであり、稀代の高揚感に囚われていたと云ってよく、これはまさに高田渡ファンにとっては必鑑賞の映像であった。

下北沢「ザ・スズナリ」におけるライブ映像には、柄本明、蛭子能収達の歌唱映像がてんこもりでありそれに加えて、高田渡さんの私生活を追跡した貴重映像が盛り沢山なのである。

あらためて高田渡さんは稀代のエンターティナーだったことを思い起こさせるに充分至極な映像ではあった。

「飛騨の円空 千光寺とその周辺の足跡」展の円空仏に魅了された

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上野の東京国立博物館にて「飛騨の円空 千光寺とその周辺の足跡」展が開催されている。

円空とは江戸時代に現在の岐阜県である美濃国に生まれ、数々の霊山に登り、その途次に立ち寄った集落で仏像を造っている。没後の伝記によれば、生涯に12万体を造像する願を立てたとされ、現在でも5000体以上の円空仏が知られている。今回の「飛騨の円空 千光寺とその周辺の足跡」展では、特に千光寺とその周辺に所蔵されている円空仏を中心に展示されている。

ノミの跡がくっきりと残された大胆至極の円空仏は、2メートル以上の大木を掘り込んだものから、5センチ以下の小品に至るまで、すべてに円空の、稀有なる創造力がまんいつしているのであり、仏教彫刻の真髄に接した思いにおける歓喜の心情に満ち溢れていたのである。

可也の変人、奇人に思われる円空こそは、稀代の仏教家であり芸術家だったということに驚かされた。とともに彼のその世界に魅了されていたのである。

「ふきのとうの天ぷら」を味わえば今年も春の訪れを実感するのだ

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冬の極寒を経てふきのとうが芽吹いている。この時季のふきのとうの料理に出会うのことは即ち、春の季節の訪れを実感するのに等しいのである。本日は偶然にも「ふきのとうの天ぷら」の滋味に遭遇したのであり、その独特の苦味とえぐみが 、今年もまた春の訪れを実感させる手助けをしてくれていた。

ふきのとうを採取するにはこつがあり、けっして素人が簡単にものにできる代物ではない。そもそもふきのとうが地上に顔をだすことは極めて稀である。茎は地上には伸びず、地中で地下茎となり横に伸びる。のであるから、地下に眠っている時間がいかに長くて重要であることを指し示しているのである。

早春に葉の伸出より先に花茎が伸び出す。これをふきのとうと呼んでいる。個性が極めて豊かかな植物であり、人間の食用としても重用されている。これから春の季節にかけての季節、ふきのとうは要チェックであり、超々的ゲットしたい食材であるということなのである。

滋味豊かな「とんこつ木耳ラーメン」の味わい

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とんこつラーメンの専門店は都内にかなりの数が存在する。「博多風龍 秋葉原店」もシンプルなとんこつラーメンを提供するので、おいらの行きつけの店となっている。

此処でもおいらがよく注文するのが「木耳(きくらげ)ラーメン」である。どんぶりの上一面に木耳が覆い尽くしている姿は、見た目も圧巻である。

木耳とは、キクラゲ目キクラゲ科キクラゲ属のキノコのこと。ブナなどの枯れ木に群生する。黒々として艶があり、食感はほどよくコリコリと噛み応えがある。

そもそも「不老長寿の素」とも云われるきくらげであるからして、漢方食材だとばかり思っていたがそうでは無さそうではある。だか
栄養価は馬鹿にならないくらいだ。不溶性の食物繊維がたっぷり含まれており、腸の蠕動運動を活発化させていくのだから、積極的にとっていくのに越したことはないのである。

DVD「タカダワタル的」には高田渡ファンの思いが詰まっていた

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先日「BOOK OFF」にて偶然遭遇して購入することになった「タンダワタル的」というDVDを視聴している。

それはとても懐かしい映像であった。かつて同名の映画「タカダワタル的」が公開されておったのであり、おいらは厳しかった日々のスケジュールをぬって万難を排して映画を観に行った記憶がつまびらかに甦ってくるのだ。

公開当時、高田渡さんは存命であった。稀有なアーティストである渡さんのライブ活動や日常生活を追跡して、一遍の映像作品として世に問うた作品である。

熱狂的な渡さんのファンでもある俳優の柄本明氏が、実質的なプロデューサー的に同作品の製作に大きく関わっていた。DVD「タンダワタル的」には高田渡ファンの思いが詰まっていたのである。

DVD裏表紙の説明には以下の説明書きの言葉がある。以下引用してみる。

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伝説のフォークシンガー高田渡。彼の孤高の音楽性とは裏腹に、周りにはいつも沢山の人達が溢れ、笑い声が絶えない。そんな高田渡の魅惑的な世界を記録したドキュメンタリー音楽映画が「タカダワタル的」である。ギターを抱え全国を歩き回り、代表曲として親しまれた「生活の柄」など名演奏の数々を収録。一方で彼の住む吉祥寺の生活に完全密着、馴染みの<いせや>で一杯飲み、井の頭公園の桜を眺め、自宅で酔いつぶれるまでの貴重な姿を記録した。
―――――

アーティスト高田渡のあるがままの魅力を表す形容詞として、既存の言葉に頼ることなく、「タカダワタル的」という新たな造語を生み出して世に問うている。未だに新鮮なる高田渡ファンの息遣いや情念がよみがえってくるのである。

(この稿は続きます)

連載再開した雁屋哲原作「美味しんぼ(福島の真実)」を読んでいる

雁屋哲原作、花咲アキラ画による人気漫画の「美味しんぼ」が「BIG COMIC スピリッツ」誌上にて連載再開された。

発行元小学館の発表によれば、作者の雁屋哲氏はこの1年間のなかで、4回にわたって福島を訪れて取材して作品に取り組んできたということらしい。たかが4回なのかという疑問がおいらの中でも勃発してしまっていたが、おいら自身も2回程度の訪問ではあり、他人のことのあれこれをとやかく云うことはできないことは承知している。

ご承知のように、作者こと雁屋哲氏は、反原発に対する思いを云わば甲高く公言してきた文化人の一人あ、そうした意味からの期待度が高く、それ故により一層の注目度を増しているのだろうことは想像に難くないのである。さてそうした意味合いからも、この「美味しんぼ」の展開には興趣をそそがれてならないのだが、願わくば作者の雁屋哲氏が下手な日和見的見解を示さないことを。自民党安部政権になり原発容認の流れが加速しつつあることを踏まえつつ、断乎たる反原発のメッセージを発信し続けていくことを期待する。

ピリッと辛い「エシャレット」は黒ホッピーに好相性

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このエシャレットとはラッキョウが早生的に刈られたものだと云うのだが、ラッキョウとはやはり異質の食物であるとの認識が強いのである。ラッキョウは生では食べ難いがエシャレットは食べ易い。そういう点では日本料理的食材である。更にはラッキョウに比べて香味が豊かであり、更にはブーンと鼻腔に抜ける鮮度がたまらない魅力である。

脂っぽいつまみを食した後にはもってこいである。串焼きの豚モツにはとても似合っているのだ。

お酒は「黒ホッピー」である。刺激的な味覚を放つエシャレットその他、辛み系のつまみには、黒ホッピーがなかなかの好相性なのである。

寒い冬には根菜の煮付けが常備食だ

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昨日は小春日和の気候であったが、まだまだ寒い冬が続いている。身体の中から温まる料理は、鍋料理以外にも幾つか存在するが、その代表が「根菜の煮付け」。寒い冬には根菜の煮付けが常備食だ。

冬の根菜類をじっくりと煮込んだ根菜の煮付けは、まさに寒い冬の身体を芯の中から温めてくれる料理、冬の定番的常備食となっている。大降りにカットして煮込んだ人参の味わいが滋味豊かに味覚を潤している。

本日は、いつもの人参、蓮根、牛蒡、蒟蒻、等に加えて、椎茸、舞茸を合わせて煮込んでみた。椎茸、舞茸から滲み出たきのこのエキスが、根菜の煮込みに深みとバリエーションをもたらしてくれた。

「となりのクレーマー」は経済至上主義的現代日本が産み落とした鬼子

新書版「となりのクレーマー」を読んだ。著者の関根眞一氏は元西武百貨店にて勤務し、全国3店舗のお客様相談室長および池袋店のお客様相談室を担当。クレーマー処理、苦情処理のプロとしての体験と知見から、同書を記している。消費社会の裏側で蔓延る「クレーマー」たちとの交渉術が述べられ、彼らとのバトルの実例が記されている。全国のショッピングセンター等における講演以来も数多あるといい、クレーマー対策の第一人者として認められている。

少なからずの期待を抱いて読んでいたが、その読後感は決して良いものではなかった。何故だろうか? と考えてみた。そしてその答えとして導き出された一つの理由は、クレーマー処理の達人もまた市場経済、消費社会の申し子だったということだった。同書の副題には「『苦情を言う人』との交渉術」とある。苦情を言う人の人間性を見極めて交渉することが大事だということを、同書の主張の端々にのぞかせている。格差社会から来る人間性の歪みがクレーマー増強の故とされていることや、お客の苦情をきっかけにより大きな販売に結び付けようと主張されているところなどは、同書の著者もまた、経済至上主義的日本国の歪みの一例だと捉えるしかなかったのであり、クレーマー処理の達人も現代的日本社会が産み落とした鬼子であると感じたのである。

「ハタハタのしょっつる干」は秋田の味わい

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秋田県の日本海側でのみ漁される珍しい「ハタハタ」という魚がいる。おいらも秋田地方に旅したときなどには必ずといってよいほど口にする、秋田の名産的食材である。体長はおよそ10センチ程度。小ぶりである。秋田地方ではこのハタハタを食材にしてつくる「ハタハタ鍋」が名物となっている。そんな鍋に必須の調味料が「しょっつる」である。出されたメニューは、ハタハタをしょっつるに漬けて干して焼かれたものである。

小さい魚ではあるが骨は太く、がぶりと噛み切って食するわけにはいかない。魚の骨を煩わしいものと見るか、或いは食の楽しみとして捉えるかによって、骨に対する評価は異なるのだが、魚好きの日本国民のおいらは、骨あってこその魚料理であり、魚骨大万歳なのだ。ハタハタは小骨が良い味わいなのだ。

思いの外にグッドなる「カレイの子持ち煮付け」

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白身魚の中でもポピュラーなのがカレイではあり、たとえば高級魚のヒラメと比較して、ポピュラーであることが評価的低位に甘んじているようであり、それは極めて不条理であることをここにリポートしていくのである。

カレイの煮付けには、カレイの魚卵の煮付けが添えられている。でありの「子持ち」であるのだが、しこしこのカレイの魚卵はとても風味抜群である。思いの外にグッドなのである。

思いの外にグッドなる「カレイの子持ち煮付け」なのであった。

「鶏皮餃子」は手羽餃子より確かにいけたのだ

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「鶏皮餃子」というメニューを食したのだった。

メニュー表を一見したところでは「鶏の手羽餃子」なのだろうと早合点していたのだが、よく見たところ手羽餃子ではない。手羽餃子はある種ポピュラーなメニューになりつつあるが、おいらはこれが中々合点がいかぬ、邪道的メニューとして捉えているところなのだ。

それにひきかえ出されていた「鶏皮餃子」は多分はじめて食する代物だったが、当初の予想以上に美味しくいただいたのである。

先ずとりあえずは口にしたところ、照りの利いた鶏皮の食感は、コラーゲン的潤いを彷彿とさせる味わいなのであり、軽く噛み切れるほどの弾力がナイスである。ナイスナイスを何度も口にしたくなるくらいにぐいっとくる。噛み切った奥には馴染み深い餃子のあんが待ち構えていた。

「コの字酒場案内」でみる「コの字酒場」の特別な魅力

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「コの字酒場案内」という本を読んだ。呑兵衛向けの酒場、居酒屋案内の書物であり、サブタイトルには「厳選! コの字カウンターのある酒場ガイド」とある。東京都内の「コの字」に設定された酒場、居酒屋を紹介しつつ、その独特の魅力について言及しているのだ。

「コの字」のカウンターと云えば、コの字の外側には酔客が並び、中では店主をはじめ酒場関係者が注文を受け付けていると云った光景が目に浮かび、古き良き酒場の伝統を今に引き継いでいるとも云うべき、象徴的存在である。

酒場のマスターはじめスタッフ達との密接で適度な距離感において向かい合い、客同士のコミュニケーションもとりやすい。そんな酒場のことを「コの字酒場」と命名している。此のカウンターにスポットを当てた同書の切り口には、流石の命名的センスを感じ取っている。

加藤ジャンプと名乗る同書の著者は、「コの字酒場探検家」を自称し、四半世紀にわたってのコの字酒場歴を経験するという猛者である。おいらも翻って考えてみれば、四半世紀以上にわたってコの字酒場には入り浸っていた呑兵衛の一人であることを、改めて思い至ったという、有り難い一冊でもある。

今年の「ワカサギ」も絶品の苦味と野趣性にうっとり

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大衆居酒屋にて「ワカサギの天ぷら」を食したら、また今回もという季節の味わいにうっとり。寒い湖底の中に生息するワカサギの姿は、その苦味とともに絶品の味覚を届けてくれる。

おいらの出身地の上州群馬県ではこの時期になると活き活きとしたワカサギ料理が目に付いてくる。上州のみならず東京都内の居酒屋でも、このワカサギ料理がポピュラーになったことは甚だ喜ばしいものではある。

このワカサギも多分、上州の榛名湖の湖底に生息していたものたちであろうという想像をたくましくしつつ箸を運ぶと、湖底のエキスさながらの苦味のエキスが口腔内を取り囲むように広がっていくのだ。