そら豆の炭焼き食したのだった。茹でたボイル調理のそら豆もメニューにあったが、炭焼きに勝るそら豆はないなと合点しての注文なのである。そもそもは「天豆」とも呼ばれる春期の風物が「そら豆」である。青くて大きな豆粒を口にするにつけ、春期の入り口に立ったということを知らし召されていたものである。ある種繊細ではなく大味であり、房を破って一つ一つの豆を取り出さなくてはならなくてもあり、それほど人気の食材ではないとみられる。だがこの「そら豆」に対する認識を一変すべきメニューに先日は遭遇したのであった。そのメニューとは「そら豆の黒焼き」というもの。黒焼きとは如何なるものかと興味津津で出されるのを待っていたのだが、出てきたものは豆の殻をそのまま火に炙って焼いたという野趣溢れるものであったのである。手で豆の殻を破って取り出したそら豆の実は、ぴんぴんと活き活きとしていてとてもフレッシュであった。余計な調理方法を介在せずに出されたシンプルなこのメニューにはうなったのである。味もまた申し分がないのである。
「ホタルイカ酢味噌和え」を食した
「レバカツ」は意外な美味だった

以前の健康診断では鉄分が不足という結果を受けたこともあるおいらは、鉄分補給のために、鉄分豊富なほうれん草とともにレバーの摂取を心がけている。そんな中での「レバカツ」との出逢いは新鮮なものであった。
中に込められる具材がレバーであること以外は、とんかつと同様に調理されたものである。ところがいざ口にしたところ、その新鮮なレバー、とにかく油揚げされた中身のレバーの食感、香り、ともどもに、期待していた以上のものが其処にはあったのであり、喫驚至極なのでありました。
レバーに関して云えば、その何とも云えない匂いについては好きではないのである。だが然しながら生命を維持する食材の「匂い」についてあれこれと批評することは馬鹿げていることは確かである。自然界の摂理というものは、好き・嫌いといった人間どもの嗜好を遥かに突き抜けて存在しているのだから、そんな摂理には従うしかないのである。
「国立新美術館」の「創元展」を訪問
六本木から数分の場所にある「国立新美術館」を訪問した。おいらの親戚であり、長らく美術教師として携わっていた人が、同美術館にて開催中の「創元展」に出展していることを聞き、訪れたという次第なり。「創元展」とは所謂全国規模の公募展であり、年に一回の同展覧会に出展することを目指して、いろいろ関係者の意気込みも激しいようなのだ。そうとう広い展示会場には、キャンバスのサイズで云うところの100号かそれ以上の巨大な作品が展示されており、それらの巨大な作品群に圧倒されながらも会場をたどって行くと、おいらの親戚の人が描いた巨大な作品に遭遇することになっていた。毎年この展覧会にあわせて大作を描いているということを先日は聞いていて、そんな美術イベントの重みにも接していたというべきなのであろう。ちょうど都内の六本木界隈にても桜の花散らしの風が舞っていて、春の季節の最初の風景を垣間見ることとなっていたのだ。
「平茸炊き込みご飯」は何時も美味なり

「平茸炊き込みご飯」をつくったのだった。そもそも日本人でありながらこのところご飯食が減っていると自覚しているおいらである。ご飯が足りないのは日本の食文化の基本を蔑ろにすることと近しいのであり、そんな思いから炊き込みご飯作りに勤しんだという訳なのである。冷蔵庫に残っていた平茸とその他の具材とを合わせて炊き込みにしたご飯だ。土鍋の蓋から上がる蒸気が溢れると、ほかほかとした甘い香りが部屋中に漂っていく。水蒸気が吹き上がらなくなるころからがほんのりおこげご飯が出来ていく過程なのであり、耳を鍋に近づけて、しっかりと炊き上がりを確かめていく。火を止めてそのまま15分程度蒸したら出来上がり。土鍋ご飯専用の土鍋に具材を投入し、薄めの出汁と醤油と味醂で味付け。平茸きのこはまるごとを投入していた。これで充分な味わいに仕上がったのだ。久しぶりの「平茸炊き込みご飯」がすこぶる美味かったのである。
「スルメイカのお造り」で一献
桜好きのおいらは富士森公園へと向かっていた

桜が満開のこの時期、桜好きのおいらは富士森公園へと向かっていた。おいらは基本的に桜は大好きではあるので、地元の近くで桜見物が出来ないかと、桜が咲くという公園の「富士森公園」へと向かっていたのだった。やはり同公園には、桜祭りの屋台が多数出現していて、おいらもちょうど空腹を埋めるべくに、焼きそばなどを食していて極めてお祭り気分を味わうことが叶っていたと云うべきなのである。と桜はちょうど満開であり、曇り空から桜へのビジョンはいまいちの代物ではあったのである。然しながらおいらはそんなイマイチの桜の祭りには、特別なる情緒を感じ取っていたのであった。
■富士森公園
http://www.city.hachioji.tokyo.jp/shisetsu/koen/41606/42331/042545.html
春の訪れをチューリップで感じる
「ワラサの刺身」を食した
生姜、山椒の風味が効いた「イワシの煮付け」を味わう

先日は鰯の煮付けを食したのだが、甘辛の味付けに生姜や山椒の奥深さが顔を覗かせていた。山椒といえば其の実が貴重として珍重され、古くから香辛料のほか、薬用にも使用されてきている。夏の味覚の代表である鰻の蒲焼きには、山椒の実を摺ったものを振り掛けて味わうのが定番である。振り掛けのほかに薬味として添えられることもあり、ピリリとして辛く、鮮烈な味わいは夏の鬱陶しさを一時忘れさせてくれるに充分である。近海の魚は高騰しているだが、こと「鰯(いわし)」に関してはそのような動きは無くて安定しているので、いつも普段も値段の事など気にせず注文できる。さらには、青魚の原点とも云うべき豊富なEPA、DHAが含まれており、成人病(生活習慣病)予防には必須の食材なのである。青光りとも称すべき光輝くいわしの光明は、呑兵衛のみならず生活習慣病予備軍の人々に対して相当なる光明となって一段と光輝くはずである。「弱い魚」などと蔑んでいる人はまだこの鰯の凄さを知らないのだというべきなのである。
又吉直樹著「火花」は芸人内のネタ止まり
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又吉直樹氏の「火花」を読んだ。現役のお笑い芸人が書いたとして話題の一作。若手芸人の「僕」こと徳永と、僕が師匠と慕う神谷才蔵とのエピソードが中心の、芸人世界の舞台裏を描いた作品である。
お笑い芸の修行と成長がさながら人生の全てとなる彼らの芸人魂は、些か大仰であり、作家の思い入れを拒絶させるが、芸人自らが描いた内輪ネタの物語として読み進めるにつけ、数々のエピソードに興ずることができたのだった。だが其れ以上の文学的関心を呼び覚ますことは無かったのだ。
師匠の神谷は芸人仲間内では天才との評価もあり、自己のけったいな心情に真直ぐで直情型の個性派として描かれている。このキャラクターづくりには作家の仕掛けがあると見て読み進めていた。物語の後半部分では、僕がそこそこ売れるようになったのに対比して神谷の奇矯な行為が目立つのだが、最後の仕掛けでは、天才の成れの果てと呼ぶには滑稽にすぎるものとなったことに落胆させられた。いわば芸人人生の追求が、文学的テーマとして素直に合致しなかったということになる。
数年ぶりに糠漬けの古漬けを味わう
「タラコの炙り焼き」は「失われた時を求めて」の如くの味わい
上野の森美術館で開催中の「VOCA展2015」を訪問
神田の居酒屋名店「みますや」のランチ

仕事の帰りに神田の「みますや」に立ち寄りランチを食した。この「みますや」とは、神田界隈の居酒屋名店として有名であり、一説によれば我が国最古の居酒屋とされているようである。過去にはおいらも何度か足を運び酒を肴を饗していたものである。夕刻以降に神田に足を運んだ際にはよく立ち寄るのだが、ランチメニューを食したのはこれが初めてであったようなのである。
ランチタイムのメニューは全てセルフメニューとして提供されている。先ずは主菜と副菜と味噌汁とを選んで、中央の勘定処で支払いをしながらご飯を受け取るというスタイルである。今こそ珍しくなくなったが、定食屋としての定番スタイルを踏襲していることに、少なからずの郷愁的懐かしさを感じ取っていた。ちなみにおいらが主菜として選んだのは「サバ味噌煮」である。定番的な定食屋で先ず味わうべきなのがこのサバ味噌煮だと踏んでいたからである。副菜として選んだ「ヒジキ煮」は、濃い目の甘辛い味付けが江戸風の風味を主張して止まないようなのでありました。
■みますや
東京都千代田区神田司町2-15-2
03-3294-5433
11:30~13:30 17:00~22:30 ランチ営業
定休日:日曜・祝日
武蔵小金井の居酒屋「大黒屋」でクサヤを味わった

武蔵小金井の居酒屋「大黒屋」でクサヤを味わったのだ。その昔は「クサヤ」と云えば居酒屋の定番メニューであったが、近ごろはその匂いが敬遠されてか、中々メニューに見かけなくなってしまった。いまどき「くさや」を食したいと希っても、どこでも簡単に食せられる訳ではない。あのつ~んと鼻に来る、独特の腐ったような匂いは、人によっては食欲を減退させるばかりか嘔吐をもよおす異臭ともなりかねない。異臭と闘って食するに値するメニューなど、そうそう滅多に出遭えるものではない。小金井の「大黒屋」はその「クサヤ」が味わえる今時の希少な居酒屋なのである。炭火にかざしてクサヤを炙れば、その匂いは店内に広まっていくのだ。酔客がその匂いにクレームを付けることも今では珍しくはないのである。多数派を取り込むメニューばかりが幅を利かすのが、どこの居酒屋でも当たり前になってしまった今や、ほとんどの店にてこのメニューは、取り扱い厳禁の一品となってしまったようである。無性にくさやが食したくなったときなど、自然と足が向くのが、ここ小金井の「大黒屋」なのである。今宵もふとくさやの面影につられてぶらりと足を運んでみたのでありました。
■大黒屋
東京都小金井市本町5-17-20-101 1F
「アーツ前橋」にて「小泉明郎 捕われた声は静寂の夢を見る」展が開催
おいらが帰省していた群馬県前橋市内の「アーツ前橋」では、昨日から「小泉明郎 捕われた声は静寂の夢を見る」という展覧会が開催されている。映像作家ととして活躍する小泉明郎氏の作品にスポットを当てた企画展である。副題には「捕われた声は静寂の夢を見る」とあるように、映像作家の特異な思い入れが反映された展示となっている。
小泉明郎氏についてはおいらはほとんどと云ってよいくらいに関心外であったのだが、わが国で注目される以前に米国内の美術界にて注目を浴びて評価されていたという、稀有な評価を浴びている作家だということである。
展覧会会場にて放映されてていた映像作品の多くは、戦時中の日本人の家庭におけるやり取りや、特攻戦士を義務付かれた若者のエピソードや独白、等々、戦争と人間の有様がテーマとして浮かび上がっていた。おいらはそれらの映像作品に接していながら、ほとんどの場面で違和感を抱いていたのだが、未だにその違和感の本質は見て取ることができないでいる。まずは冷静に、本日視聴していた小泉氏の作品群のイメージを反芻しながら、介錯と解釈とを進めていきたいと思う次第なのである。
http://www.artsmaebashi.jp/?p=4983
■アーツ前橋
〒371-0022 群馬県前橋市千代田町5-1-16 アーツ前橋
tel:027-230-1144
「生ダコの刺身」は茹でダコより美味なり
「白魚の卵とじ」に舌鼓み
冬を惜しむ様に「牡蠣のグラタン」を作って一献



「牡蠣のグラタン」を作って一献したのだった。寒さが身に染みる頃からずっと牡蠣が美味い季節になって牡蠣料理を味わう機会が増えたが、「牡蠣のグラタン」はやはり欠かせない逸品である。謂わばグラタン料理の一種のアイテムだが、他のグラタンにはない愛着を感じさせるメニューなのだ。海の幸そのものの磯の味わいが、チーズやミルクと出会って凝縮された味わいである。そもそも海のミルクとも云われる牡蠣に、たっぷりのミルクやチーズを用いて調理するものだから、ミルクの風味がたっぷり至極の料理なり。気持ちや身体が震えているかのごとくの昨今のおいらには、たっぷりと温まれるメニューなのだった。相当以前にはおいら自身が生牡蠣が所以で食中毒にかかったことがあり、その体験がある種のトラウマ的な影響を及ぼしていることと推察可能である。だが焼いた牡蠣ならば話は別である。「牡蠣のグラタン」には特段の食欲を刺激していたのであった。

















