神の焔の苛烈を知れ(太宰治の遺言〔1〕)

太宰治さんの生誕百周年というのに、本年これまでにあまり関心も示さずに過ごしてしまった。本日はそんな太宰治原作映画を鑑賞しようかなどとレンタルビデオ店に立ち寄ったのだが、そんな作品のビデオは無かった。吾ながら拙いの一言なり。世間一般においては、太宰さんの原作による映画が沢山に公開されていたり、雑誌には太宰さん特集が組まれていたり、さまざま賑わせていたことに接して、偉い、とてもえらかった太宰さんの足跡をいま一度辿ってみたいと考えたしだいてあります。題して「太宰治の遺言〔1〕」なのである。

ある日太宰さんはおいらの神になっていた。詳細は忘却の彼方にありて見出すことできないのであるが、確かに15歳を過ぎたひと頃のおいらは、太宰さんを現人神のように崇拝していた。そして毎日のように太宰治全集に齧り付いていたのでありました。

改めて想うに、太宰さんのえらさを一言で述べるならば、苛烈なる探究心である。そんな彼の探究心は己をも滅ぼすまでに徹底していたのだから益々えらいのである。昨今流行りの「自分探し」などといったお笑い種などとは比較にならない。取るに足らない「自分」を探している輩などは、とかく「自由」だとか「自我」「個性」とか云々したがるものであるが、太宰さんの自分探し的自我の探求は、「津軽」といった一作品に書き表す程度のものであった。もっとえらい太宰先生による自分探しの旅はといえば、吾が身を賭した彼の膨大な全集に眠っているのである。

そんなこんなを云々する以前に、太宰さんは、正しきデカダンスの思潮を広めていたのだし、誰にも真似できない文学的才能を発揮したのであるし、さらには戦後の出鱈目な「戦後民主主義的」世相に対する強烈な批判を呈してもいたのである。であるからにして一流文化人としての評価は枚挙に暇がないのである。たださらに以上の太宰さんのえらいところについて述べていきたいと考えたのである。という訳で今宵は「太宰治の遺言」の序章を記してお仕舞いにします。